11話 白夜大森林 = 其の六 =
どうも、最近執筆に時間をかける余裕が出来ました。
うん、今後もこのくらい余裕があれば良いなぁ。
では、皆さま。次話で会いましょう ノシ
祭壇へ向かって走ると、ダイヤモンドウルフは立ち上がり吠えた。その雄たけびにも似た遠吠えに、私たちは足を止めることなく突っ込む。祭壇までの到着距離はざっと見て三キロメートルくらいはあるが、ダイヤモンドウルフも此方へと向かって走り出したことでその距離は縮まっていく。此方を睨みつけながら牙を剥き出しにし、グレイブと同様に口から炎が漏れ出ている。縄張りに勝手に侵入して来ただけではなく、白夜の呪いを解いたのだ。そりゃ、ダイヤモンドウルフも怒るだろう。だが、私としてはさっさと試験を終わらせたい。だが、これは命をかけた戦いなのだ。手を抜くことは、絶対に許されないのだ。
(まずは、右前足を潰す。骨を完全に折れば、後は魔法で仕留めるで良いかな。それにしても、なんでこんなに暑いのだろう。まるで、サバンナの中に居るような、湿気が凄くて気持ち悪い。今思うと、白夜大森林って密林地帯だよね。うん、ここサバンナじゃないかな)
そう、この神殿に入った瞬間から何故か凄く室内が熱い。まるで亜熱帯地方に居るのではないかと錯覚するほど、この神殿の中が熱いのだ。神殿の外はまだ適温だったのだが、中に入った瞬間から少しずつ温度が上昇しているような感じだ。そんな中での戦闘と言うのは、結構きついものである。集中力を保ちながら、いかに相手に対して最初の一撃を与えられるか。最初の一手で摘んでしまえば、勝敗は決してしまう。だからこそ、最初の一撃を『私たち』が始めに決める必要がある。
(集中しなきゃ。どんな時も、冷静な判断力が勝敗を優位にする。隊長から教わったこと、ちゃんと思い出さないと)
別の世界で仕事中だろう隊長から教わった事を思い出し、しっかりと敵であるダイヤモンドウルフを睨みつける。あれは、この世界にとっての害獣だ。手加減など無用の相手に対して、致命傷を与えるのなら右前脚である。最初の一撃を与える場所は決まった。後は、確実にその右前足の骨を砕く。走りながらではあるが、確実に仕留めるためならば手段など選んではいられない。先頭に居るホムちゃんの元に追いつくために加速をし、ホムちゃんに目線で合図を送る。すると、ホムちゃんも眼でどこを砕くつもりか教えてくれた。どうやら左前脚を叩くつもりらしく、タイミングを私に合わせてくれるらしい。
「じゃ、行くよ」
「了解!!」
これは珍しい、語尾に『ホム』がない返事。そんな事を心の中で思いながら、ホムちゃんと共にさらに速度を上げる。それが戦闘開始の合図だと理解したようで、キャティちゃんは無詠唱で魔法名を叫んだ。
「フレイムランス!!」
後方からダイヤモンドウルフへと向かって、激しく燃える三本の炎槍が放たれる。紅く燃える炎が美しく、たった三本だと言うのに火力は今まで見た中で最高威力だろう。そのフレイムランスに対して、ダイヤモンドウルフ――もう言い辛いので『ダイヤウルフ』で良いや。そのダイヤウルフは避けることなく当たりに行く。多分だが、フレイムランスの力をそのまま利用するつもりだろう。だが、そうはさせないとリシューさんの魔法が放たれた。
「ウォーターカーテン!!」
ダイヤウルフの前に突如出現した水のカーテンに、何故かいきなり左へと回避した。水を避ける姿を見て、やはり水が弱点なのではと思わせる。だが、多分『それは違う』ような気がすると、私の感がそう告げる。こう言う時の感は必ず当たるのだ。あくまで感ではあるが、水を浴びると拙いのかもしれない。あの一歩一本の毛に魔力を纏わせ発熱させているのではないだろうか。つまり、水を浴びさせた時に毛を乾かそうと魔力を多く消費する。そこが、物理攻撃のチャンスなのかもしれない。
さて、たった数秒の間で考えを纏めていると、フレイムランスとウォーターカーテンがぶつかる音が聞こえた。炎と水がぶつかれば、それは『水蒸気』となり一瞬で霧が発生される。それを待っていたかのように、ジュデッカ君はコキュートスから魔弾を天井へ向けて放つ。一度熱せられた水蒸気を急速に冷やせば何が起こるか。誰だって解かるだろう。室内に雲を発生させ、雨を降らせる。たった数分の出来事で室内に雨が降り、ダイヤウルフの身体に雨粒が当たる。
「!?」
「全員、水魔法による攻撃をメインで!! 彼奴をびしょ濡れにさせて、魔力を大量に消費させるよ」
私の指示に「了解」と言う返事が聞こえる。そんな中、ダイヤウルフは苦虫を噛むような表情をする。先ほどから、毛に触れた水が『ジュ』っと言う音を立てている。どうやら私の感は正しかったようだ。ダイヤウルフは本当に水が嫌いなようで、雨が当たる度に不満度が上がっているように見えた。それに、先ほどから雨が当たる度にジュっと言う音を聞く度に、唸り声を上げて威嚇している。身体と言うより、あの白銀の毛一本一本が高温なのだろう。魔力を流して無理やり乾かしているようだ。なら、怒涛の水攻めをするだけだ。いつの間にか雨が止んでいたのだが、キャティちゃんの十八番である『あの』回避不可能な魔法によってもう一度びしょ濡れにしてやれば良い。そして、私が思っていた通りに、キャティちゃんは『あの魔法』をまた無詠唱で発動する。
「アクア・チェイスボム。乱舞!!」
先ほどまで振っていた雨が一瞬で止んだと思えば、代わりに室内に直径五メートルくらいはあるだろう水球が二十個ほど出現した。あれ、避けようと思えば避けれるのだが、魔力が続く限り無限に出現し、目標を時速六十キロ以上の速さで追いかけ、触れた瞬間ダイナマイト級の爆発が起こる。いろんな意味で、危険すぎる魔法である。是非とも、神狼にはこの魔法を受けてもらいたい。あの事件――もしかして、ジュデッカ君が笑っていたことってあれの事だろうか。魔法の誤爆で鉱山が大爆発事件の事かな。確か、鉱山での採掘中に魔法による大爆発が起こったとか。それで、何故かキャティーちゃんがずぶ濡れになったらしい。で、確か天井から魔結晶の原石を見つけ出したらしく、その何割かを貰ったとか。もしかして、その大爆発事故ってこの魔法が原因なのかもしれない。
(って、そんなことを考えている暇はないか)
ダイヤウルフは苛立ちがピークに達したようで、此方へと向かって走り出した。それも、空中に飛び上がるアクア・チェイスボムを巧みに避けながら、先頭を走る私とホムちゃんを睨みつけている。どうやら、私たちにぶつけるつもりだろう。なんせ、先ほどからダイヤウルフの背後に沢山のアクア・チェイスボムが追いかけているのだ。観ていて面白いのだが、私は絶対に巻き込まれたくない。
だが、私たちがそうそう当たるわけがない。対処法はちゃんと出来ているのだ。すぐに開いた状態の葬刃に『水雷斬』を纏わせ、二つを重ね合わせた。二つに重ね合わせたことで、水雷斬はロングブレードと同等の大きさになる。それに合わせてか、ホムちゃんは双剣を腰の鞘に戻し手刀の構えをとる。ホムちゃんが最も得意とする手刀『斬撃フォーム』である。さらにホムちゃんは手刀に私と同じ『水雷斬』を纏わせ、手を合わせ葬刃と同じように形態を変化させ、私に目線だけを向けて指示を待っている。
「ホムちゃん、行くよ!!」
「了解ホム!!」
私とホムちゃんはダイヤウルフと接近し、そのまま両前足に向けて斬撃を放った。だが、流石はダイヤウルフ。その名の通り、ダイヤモンドのように硬い皮膚を切断することは出来なかった。だが、火傷を負うことなく確実に骨に一撃を与えられた。一瞬ではあるが、間違いなくダイヤウルフが苦悶な表情を浮かべていた。骨の芯に響いたらしいが、日々の入る音までは聞こえない。だが、それでも良いのだ。その一瞬の苦悶な表情を見てから、私たちはすぐにその場から退避する。そう、この瞬間を待っていたのだ。ダイヤウルフは現在空中にいる。先ほどの攻撃の反動で、ダイヤウルフは後方に飛ばされたのだ。苦悶の表情を浮かべ、私とホムちゃんを睨んでいる。だから、気が付かなかったのだろう。その後方から『アクア・チェイスボム』が、確実に着弾する距離までダイヤウルフに迫っている。
(後、二秒。一秒。今!!)
私とホムちゃんは同じタイミングで後方へと飛ぶと、カウント通りダイヤウルフの背後にアクア・チェイスボムが触れた。シャボン玉のように水の玉が割れた瞬間、凄まじい音と爆風を放ちながら大爆発が起こった。近場に居たとはいえ、その爆風で一気に後方へと吹き飛んだ。ここまで想定通りだったようで、後方で待機していたリシューさんが私たちをキャッチする構えを取っていた。そのおかげで怪我一つなく、衝撃を和らげるように受け止めてくれた。私たちはすぐに離れ、目の前の光景を見つめる。とめどなく爆発が起こり続ける。
「まったく、恐ろしいですな。アクア・チェイスボムの爆発力が、これほどまでの威力だとは驚きですな。しかし、その一撃でも致命傷までは負わせる事が出来ないか」
爆発が止み、アクア・チェイスボムの雨が止んだ。ダイヤウルフの姿を見えたのだが、あの爆発を受けたと言うのに『まだ』生き残っていた。血も出しておらず、涎を垂らしていた。いや、あれはアクア・チェイスボムの水滴かもしれない。足を震わせながら、全身を濡らしながら立っている。いや、必死に立っているようで、息を切らしながら目は血走っている。
「ホムさん、交代です。此処からは僕が行きます。リシューさんとホムさんは後方へ。ミーア様、例の魔弾をよろしくお願いします。出来上がるまでは通常弾で足止めします」
「わかった。でも、作成するには彼奴の血が必要だよ。少量で構わないから、確実に仕留めるつもりでダイヤウルフに撃ってね。絶対に、手は緩めちゃ駄目だからね」
「了解!! 先頭に出ます」
ジュデッカ君は先頭に立つと、銃口をダイヤウルフの足元へ向けて威嚇射撃を行なう。怒りに満ちた目で此方へと迫ろうとするが、放たれた弾丸が水の魔弾だと勘違いしたのか後方へ退避した。それを見ながら開いていた葬刃を閉じ、左手で持っていた方を腰に納めた。左手の方が弾丸の生成がやりやすい。だから、右手に持つ葬刃を逆刃持ちに変更し混力を発動させる。混力とは、その名の通り『混ざり合わせた力』である。複合魔法とは違い、大本である力を混ぜ合わせる事が可能である。簡単に言えば『魔力』と『念力』を混ぜ合わせる。さぁ、そうすればどうなるだろうか。話は簡単だ。その世界で『魔力と念力は使えなくなる』のだ。何故なら、その世界にある『魔力と念力』と言う材料を『混ぜる』のだ。材料がなくなれば、創り出す事が出来なくなる。つまり、その世界で魔法や念力が使えなくなると言うわけだ。故に、旅人は混力を使用しない。それが、どれ程危険なものなのか理解しているから。
(では、さっそく。混力、解放!!)
混力を使用する。混ぜる対象のモノは、混力を使用するときに文字となって見る事が出来る。そして、この世界にある力は『魔力』と『自然力』そして、まさかの『妖力』出会った。ならば、もう混ぜるモノは決まっている。混ぜる素材はもちろん『魔力と妖力』である。この世界は、箱の世界だ。つまり、ダンジョンの外の世界には何の影響もない。しかし、この世界に居る皆はその影響で『魔法を使えなくなる』ことになる。本来なら、魔力が無くなればジュデッカ君たちは死んでしまうはずだが、そこは私の混力のパスによって強制的に魔力供給をしている。そのおかげで、三人とも生きていられるわけだ。
では、ホムちゃんとリューちゃんはどうかと言うと、私と同じ混力持ちなので私が発動した瞬間に混力を解放した。混力所有者同士なら、すぐに分かるパスで発動したことを確認できた。だが、それでも持って三十分が限度である。供給し続けることで、三人に悪影響を与える可能性もある。だから、私は短時間で六発のみ弾丸を生成を始める。その間、私の身体は灰色のオーラを纏わせている。このオーラが出ている間は、皆に魔力を供給が出来ている状態だ。
(あれ、そう言えば――なんで、ダイヤウルフが立っていられるの?)
今思ったのだが、この状態で何故あのダイヤウルフは平気で立っていられるのだろうか。この世界では魔力は生命力である。言うなれば、魔力によって生かされているわけだ。魔力が無くなれば死ぬが、やりようによっては魔力量を増やすことも可能だ。と、話はそれた。なんで、ダイヤウルフは生きていられたのかだ。これについては、情報が無いため可能性と言う曖昧な事しか言えないが、もしかすると『このダイヤウルフは、旅人と同じ世界に住んでいるモノかもしれない』と言う可能性がある。そうでなければ、弾丸生成時点で死んでいるはずだ。他の可能性があるとすれば、この世界で生まれたモノたちは『魔法≠生命力』もありえる。まぁ、どちらにしてもだ。ダイヤウルフを仕留めた後にゆっくりと調査すれば良い。
「ジュデッカ君、弾丸の生成を始めるよ。彼奴、もしかしたら旅人の世界から来た奴かもしれない。今から三十分以内で、弾丸の生成を全て終わらせる。その間、ダイヤウルフの足止めをお願い」
「ぇ、あ、はい!! 全力で止めます」
ジュデッカ君はダイヤウルフへと銃口を向け照準を合わせる。確実に当てると言う意思を感じ取ったらしく、警戒してか唸り声を上げていた。先ほどの爆発でかなり疲労が溜まったのか、動こうとはせずジッと見つめている。そんな中、私は弾丸の生成を始める。まずは薬莢から。ゴーレムの素材がまだある為、それを利用することを考えていた為、急いで素材に混力を込め始める。すると、銀色の鉄石だった形が徐々に薬莢の形へと変化し、私の手のひらから空中へと浮遊する。空中に浮かぶ六発の薬莢は、葬刃と同じように表面に黒文字で『刻』と言う一文字が浮かび上がる。そして、文字が消えると次々と違う文字が点滅するように変わって行く。一秒間に一文字ずつ表示されるのを見て、後何分後に完成するかすぐに判断した。
「ミーアちゃん、開始から三分経過したよ!!」
「了解!! ジュデッカ君、後三十秒で薬莢は完成する!! 後は、あれのみ!!」
「分かりました!! この一発、確実に当てる」
錬成が完成し、ダイヤウルフへと走り出す。それを確認してから、ジュデッカ君はダイヤウルフへと引き金を引いた。しかし、放たれたと言うのに、一向に動こうとしない。先ほどまでずっと撃っていたのが通常弾だと分かったようで、避ける必要が無いと分かったようだ。そして、絶対に皮膚を貫通する事などないと言う確信があるのだろう。
(憐れだなぁ)
絶対に傷を負うことはないと言いたげな笑みを浮かべながら、ダイヤウルフは回避行動は取らず真っ直ぐ私へと向かって来る。しかし、忘れてはいないだろうか。私は混力を解放した。その瞬間から、この世界に魔力と妖力が無くなった。そして、太陽は沈み、身体はずぶ濡れ状態。これだけの条件を考えれば、解かるだろう。簡単だ。着弾すれば、確実に毛を貫通する。理由は簡単だ。身体の毛が濡れており、高熱を放出していた毛の機能は切れている。では、その状態で『ただの通常弾』を、まともに受けたらどうなるか。
『――!?』
信じられなかったのだろう。右前足のつけねに着弾した瞬間、体を走る激痛に驚きと同時に声なき叫びをあげながら足を止めた。それは肺にある空気を全て吐くような叫びである。特にジュデッカ君の使うコキュートスは四十五口径のリボルバーと同等レベルの弾丸を放てる銃である。そんなもの、人間の柔らかい肉質なら軽く貫通する。つまり、伝説と言われる『ダイヤモンドウルフ』と言えど、これ程の条件が揃えば『ただの大きな狼』に過ぎない。着弾して、傷を負うのは当たり前の結果なのだ。
(血の回収は出来そう。混乱している今なら、血を確実に回収が出来る。そして、ジュデッカ君が作ってくれたあの傷跡。あそこに葬刃を突き刺して血を回収できれば)
激痛に耐えているのか、唇を噛みしめながら睨みつけている。ジュデッカ君の放った弾丸のおかげで、傷口から赤黒い血が地面にポタポタと落ちていく。あの血では流石に少ないだろうが、あの血で『対滅弾』を作り出せる。対滅弾さえあれば、ダイヤウルフの能力を対消滅させる事が出来る。つまり、太陽が昇ろうとも能力は発動しないと言うわけだ。
ダイヤウルフを睨みつけながら、どうやってあの血を回収するかを考える。ジュデッカ君が作ってくれた傷跡をピンポイントで狙えば、大量の血をゲットすることができる。そうすれば、より強化された弾丸が出来る。ただ、あの小さな傷跡に差し込むのは結構難しい。だが、私なら絶対にできるはずだ。ピンポイント攻撃の練習を何度も行なってきた努力の結果を、今ここで出さないでいつ出すのか。決まっている。今、この瞬間である。あのダイヤウルフの血は、何が何でも絶対に回収する。混力で作った薬莢にその血をかければ、後はジュデッカ君に弾丸を渡し、コキュートスによる一撃でチェックメイトだ。
「着弾!! ミーア様」
「任せて、ジュデッカ君!! その血、頂く」
ダイヤウルフとの距離はもう目と鼻の先。右手に握る葬刃を一気に引き絞り、弾丸で出来た傷口へ向けて一気に突き刺す。隊長直伝『血塗牙突』と言われる技である。傷口を抉る突き技と言われており、今その一撃が見事傷口に命中した。さらに深い傷を与えるため、傷跡に抉るように葬刃をさらに奥へと押し込んだ。噴出した血液が私の顔にかかったが、そんな事は気にせず、グリグリ押し込み続ける。悲鳴を上げるダイヤウルフの事など気にせず、私は握っている葬刃を見つめた。押し込んだところから葬刃を伝って来る血液を観ながら混力を解き、すぐに魔力とをこの世界に戻した。
(ホムちゃんたちも解除したね)
私の身体を覆っていた灰色のオーラは消え、皆への魔力供給を強制的に切った。このまま徐々に切ると、魔力暴走を引き起こす事になる。混力で作った魔力と素材だった魔力を混ぜると、変な混ざり方をして魔力暴走が起こってしまう。だからこそ、ここで強制的に混力を切断した。それによって、送り続けた混力で創られた魔力はすぐに消滅し、純粋な魔力が供給される。その為、魔力暴走は起こらなくなる。
さて、いきなり断ち切ったので三人が一瞬ふらついたようだが、すぐにしっかりと立ち直し武器を構え直した。どうやら、魔力もちゃんと回復したようだ。あまり大きなダメージを負わないで良かったと安心しながらも、さらに傷口を抉る。それはもう、しっかり血を回収するのだ。ちょっと多めにゲットして、今後の素材用に保管したいなと言う欲で、さらに抉って回収する事にした。
(何とか、間に合ったかな。取りあえず、これだけ浴びれば問題ないね)
葬刃の溝から流れ出る紅い液体が私の皮膚に触れ、手の甲から肘まで伝い、そのまま地面へと流れ落ちる。流石は、葬刃である。毒を塗る場所から流れ落ちるとは、この設計を考えたボルトさんとイスズ様に感謝である。私の皮膚に触れたことで、強制的に弾丸へと血が供給される。私の能力であるブラッド・コードは、自身の皮膚に血液が触れただけでその血の記憶を見る事が出来る。だが、その他にも『血の生成』と言う効果もある。今、私の手に握られている薬莢に、強制的にダイヤウルフの血液が入れられる。血液は血液でも、火薬と同じ効果を持つ『火血薬』が完成した。
(本音を言えば、もう少し欲しかったけど。うん、仕方がない。必要な分は回収は出来た。弾丸は完成したし、後はジュデッカ君に渡すだけだね)
必要な分は回収済みである。ならば、後はこの状況をどうするかである。未だに、こうして抉り続ける私とその激痛で叫び続けるダイヤウルフ。はたから見れば、動物虐待している映像でしかない。だが、あえて言おう。ダイヤウルフは私たちを殺そうとしている。ならば、殺られる前に殺るである。
さて、この状態をどうするかである。退避するか、撃ち飛ばすか。そして、今の私なら間違いなく『後者』を選ぶだろう。このまま引き抜いて退避したときに反撃を受けるかもしれない。ならば、それさえも許さず撃ち飛ばすのが一番である。私の得意とする『爆撃魔法』を放つため、頭の中で魔法陣を速攻で描き、ダイヤウルフに向けてニヤリと微笑んだ。その肉をさらに抉り傷口を広げるために。
『人間、風情ガァァァアアアア!!』
あまりの激痛からか、初めてダイヤウルフが喋った。いや、喋るなんて思わなかった。それも、十代くらいの声だったことに驚いてしまった。だが、今は戦闘中なのだ。気を抜くわけにはいかない。もう、魔法陣は描き終わっている。激痛から動けないであろうダイヤウルフは吠えるだけである。
「その激痛に、もがき苦しめ!!」
葬刃から放たれる爆発び、そのまま後方へと吹き飛んだダイヤウルフ。その光景はまるで『拳銃から放たれた弾丸』のような感じだ。凄まじい速さで吹き飛ぶが、あの一撃を受けても爆散しないあたり凄いと思う。だが、先ほどまで深く突き刺しながら抉り続け、さらにあの一撃を受けたのだ。普通の奴なら絶対に立ち上がることはできない。それほどの激痛を与えたのだから、もう動くこともできないはずである。
「この好機、逃してたまるか!! 我が弾丸にて、氷風に抱かれて眠れ。レッドクリスタルバレッド!!」
ジュデッカ君の叫びと共に、弾丸が放たれる音が神殿内に響く。私の背後から放たれた弾丸は、確実にダイヤウルフの横っ腹に二発着弾した。そして、凄まじい音と共に祭壇へとぶつかった。叫び声を上げる暇などなく、砕け散った祭壇と共に紅い氷柱が天井まで伸びていく。まるで、マンモスの氷漬け標本とでも言えば分かるだろう。柱の中心にダイヤウルフが氷漬けとなっていた。
本来なら『戦闘が終わった』と思うのだが、私には分かる。まだ終わっていない。吹き飛ばした瞬間、あの目を見てしまった私が言うのだ。絶対に何かが起こるような気がする。だから、すぐにジュデッカの元へと走り叫んだ。
「ジュデッカ君、弾丸生成が完了したよ!! 彼奴は、まだ生きてる」
「分かりました!! 今、そちらに向かいます」
ジュデッカ君も私の元へと走って向かって来る。いつあの氷柱が砕けるか、誰にも予想が出来ない。凍らせているとはいえ、まだダイヤウルフの眼は生きている。氷漬けになったモノたちを観て来た私が言うのだ。氷柱の中にいるダイヤウルフの『あの目』は、まだ『諦めていない』モノが向ける目である。果て無き闘争に飢え、ようやく好敵手を見つけ出した歓喜。そう、あれは――あの目は喜びに満ちた目だ。
「ここからが、本番だよ!! 皆、彼奴は本気になったようだよ」
「それは、面倒くさいですな。よろしい、私が奴を止めます。コキュートスとミーア様の弾丸が馴染むまで、最低何秒必要ですかな」
ジュデッカ君の元にたどり着き、私は「六発、お願いね」と言ってから弾丸を手渡した。その言葉を聞いて、ジュデッカ君は黙って頷いた。私は、すぐに氷柱へと目を向け、ダイヤウルフを確認する。そこには、怒りを超え喜びに満ち溢れた子どものような眼で此方を睨みつけている『本気になったダイヤウルフ』がいた。ダイヤウルフの毛の一本一本が赤くなっていき、氷柱が徐々に溶け始めていた。
「この六発を装填するのに、最低、百八十秒です。つまり、三分間抑えていただければ、確実に仕留められます」
「ふむ。三分でよろしいのですね。では、羅刹解放」
リシューさんの身体から赤いオーラが現れた。私はすぐにリシューさんの隣に立ち、ゆっくりと深呼吸をする。リシューさんが本気になったのだ。手加減をするのは止め、私はすぐにホムちゃんとキャティちゃんに指示を出す。
「キャティちゃん。すぐに全員に強化魔法を。ホムちゃんはジュデッカ君とキャティちゃんの護衛に専念。私とリシューさんでダイヤウルフを抑えます。全員、氷柱が砕けたと同時に戦闘を開始をする。全力でダイヤウルフを仕留める!! 覚悟は、いいね」
「「はい!!」」
キャティちゃんとジュデッカ君の返事を聞き、私は葬刃を強く握りしめた。先ほどまで一方的な攻撃だったが、どうやら完全に怒らせてしまったようだ。いや、その前に一方的にやられている時点でどうかと思う。
(でも、あの攻撃を受けてもまだ戦えるとは、恐れ入るよ)
そんなことを考えている間に、ダイヤウルフを閉じ込めた氷柱は砕け散った。赤黒いオーラを纏わせたダイヤウルフが、私たちを睨みつけながら氷柱の上で立っている。私を睨みつけながら、言い放つ。
『我に傷を負わせるとは、やるではないか。良いだろう、まずはそこに獣人と人間。貴様から、確実に殺す』
「いや、私が貴方を確実に殺す。徹底的に絶望を与えながらじっくりと、ね」
「いやはや、どちらが悪なのか分かりませんな。だが、私もミーア殿と同じく貴方を殺してあげましょう」
互いに睨みあいながら、私は葬刃を構え直す。ダイヤウルフをどう殺すかじっくりと頭の中で描きながら、私とリシューさんは駆けだす。氷柱から飛び降り、ダイヤウルフは私達へとその鋭い爪を向ける。
そう、第二ランドの開始だ――




