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断罪の旅人  作者: 玖月 瑠羽
一章 シャトゥルートゥ集落
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2話 部下の到着

どうも、遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。

今年も、どうぞよろしくお願い致します。


では、次話で会いましょう ノシ


2016年 2月19日:文書追筆しました

 しばらく待っている間、彼女――ミーアに秘匿すべき情報を話してしまった。いや、本当なら話すつもりはなかったのだが、二人で話している時間が楽しくて、ついついこの世界の神を殺した事や旅人たちの日常について話してしまった。最初は驚いていたのだが、事情を説明すると納得してくれた。そんな感じで話が盛り上がっていると、目の前の地面に直径約十メートルの大きさで描かれた『鬼と狼の紋章』が現れた。どうやら、部下たちが到着したようだ。彼女の恐怖心を和らげるために、右手で優しく頭を撫でながら、左手で紋章の方へ指を指した。


「ミーア、あの紋章が何だか分かるか? あれはな、俺たち旅人が執行官として他の世界に来る時に使われる転移門だ。特に、今回は大所帯で来るからだろう。これ程の大きさだと、十名から二十名くらい来るだろうな。取り敢えず、俺が部下に指示を出し終えたら、ゆっくりと寝られるだろう」


「うん。まだ、頑張って起きる」


「そうか」


 撫でている手を頭から離し、その場で腕を組みながら部下が来るのを待つ。転移門の中央から空間が裂け、ゆっくりと開きだした。空間の中は、朝日が燦々と照らす森林である。その中をゆっくりと歩いて向かって来る、総勢三十名の部下達の姿が見えた。先頭に立っているのは、黒生地の着物を着た男だ。黒い短髪と額には一本の角が生えており、腰に巻かれた赤い帯には『銀色の扇子』を差していた。歩く度に揺れる黒髪だが、赤く光る左目の瞳と角、着物に描かれている彼岸花の絵のせいか、異様に恐怖心を煽っていた。右手に握られている『金のキセル』を吹かせながら、不敵な笑みを浮かべていた。後ろには黒いスーツ姿の者たちがゾロゾロと歩いている。ファンタジーで有名な『ゴブリン』や『ゴーレム』、『ウィッチ』に『ラミア』と『ヴァンパイア』などのモンスターの他に、獣人族や人間などを率いて此方へと向かって来ている。


「――!? ぅ」


 彼女が手を強く握りながら、必死に目の前の光景を見ている。握っている手から感じられる震えから、必死に我慢しているのだとすぐに理解できる。まぁ、当たり前の反応ではあるのだが、俺との約束を守ろうと頑張っている姿に微笑んでしまう。今更ながら、彼女にとって俺が現れた時点で驚きの連続だっただろう。驚きと緊張の連続で、疲労もかなり蓄積している可能性もある。そんなことを考えながらも、空間の中から部隊の連中が出て来るのを見届ける。無事に部隊全員が出ると、何事もなかったように裂けた空間が閉じた。


「旦那、遅れて申し訳ありません。儂ら『百鬼夜行』部隊、到着いたしました」


 先頭を歩いていた男がキセルを腰に差し、真剣な表情で会釈した。彼の身長が約百八十はあるため、どうしても俺を見下ろす形になっている。そして、開いていない右目には三本の爪で引っ掻かれた傷跡があり、ハスキーボイスがより恐怖を与えている。そんな彼の姿や声を見聞きしてか、彼女の握る手が若干強くなった。必死に怯えないようにしているようだが、彼には一瞬で彼女が怯えているのを見抜いた。彼は苦笑しつつ膝を曲げ、彼女の目線に合うようにしゃがみ、怖がらせないように微笑みながら言う。


「すまねぇな、お嬢ちゃん。怖がらせちまったな」


「ぅ、ううん。ごめんなさい、怯えちゃって」


「いやいや、気にしなくて良いさ。いつものことだから、あまり気にしとらん」


 彼女たちのやり取りを横目で見つつ、後方にいる俺の部下たちの姿を見る。黒いスーツ姿を着た部下を見て、俺の依頼した内容をちゃんと理解しているのか疑問に思った。今回、彼らには『埋葬』をお願いしたわけだ。だが、スーツ姿で来る時点で違和感があった。いつもはスーツ姿ではなく、全員普段着で作業をしていたような気がした。


「どうしました、旦那」


 ゆっくりと立ち上がり腕を組むと、微笑みながら俺を見ていた。何故か、一瞬だが違和感があった。いつもなら「どうしたんだ、旦那」と言うのだが、口調が何故か礼儀正しい。そんな違和感を覚えながら、どうやら俺の疑問に答えてくれるようなので彼に質問をする事にした。


竜仙(りゅうせん)。何故、部下全員がスーツ服で来ているんだ? 工具とか何も持っていないようだが、メールの内容は確認したんだよな」


「えぇ。確認はしておりますよ、旦那。それに、忘れたのですかい? いつも儂らは『スーツ服』で仕事を行なっておりますし、工具に関しては部下の指輪の中に入っております」


「あぁ、そうだったわ。すまん、忘れていた」


 今まで仕事の関係上、指輪を使用する事があまりなかった。なんせ、俺は罪人を裁く立場の仕事が中心だったのだ。それに指輪を使う仕事など、もう二千年以上も請け負っていない。その為、指輪の能力についてすっかり忘れていた。それに気がついたらしく、彼は彼女にも分かりやすく説明を始めた。


「忘れていると思いますので、念の為に説明しときます。旅人には多くの道具を保管する『収納指輪』と言う指輪を所持する義務があります。指輪に保管できるのは『道具』だけではなく、食糧や家も入れることが可能。また、当然ですが人間や動物と言った『生き物』も入れることが可能と言う便利な機能を持っております。指輪は肉体と一つになっているため、取り外しが不可能。指輪には自我が存在し、主以外の命令は絶対に聞きません。それが、指輪の能力です」


「あぁ、そうだったな。改めて、説明ご苦労」


「いえいえ。お嬢ちゃんにも説明する必要があると思いまして、改めて説明させていただきました」


 竜仙とそんな会話している中、部下たちは周りの焼け焦げた家や死体を見て、今後の方針について会議を始めていた。いつもながら部下が率先して行動してくれるのは嬉しいのだが、俺の部下の起こした『前回の件』が原因であまり信用できないでいる。前回、各隊長たちから『民宿の老朽化を修復して欲しい』と言う依頼があった。そう、民宿を修復する話なのだ。なのに、部下たちは『民宿』を『旅館』に建て直してしまったのだ。それも、一ヶ月以内で全老朽化した民宿二十件を、だ。まぁ、民宿を旅館にグレードアップさせただけであり、隊長達も「民宿の人たちが喜んでいた」と報告があった。部下たちは満足そうな表情だったのだが、建て直するのなら先に報告が欲しかった。と、言う理由から、部下たちが会議をするのを観ると、何故か嫌な予感しかしないのだ。


「今回の件は、彼奴らに任しております。どんな墓石が出来るのか、儂には想像できませんが、きっと立派な物が出来るでしょう。あの一件については、儂は関わっていなかったので何とも言えませんが、今回は儂がちゃんと責任をもって監督させて頂きますので安心してください」


「あぁ、それならまだ良いのだが――すまん、先に言っておくぞ。絶対に墓石以外に『変なもん』を作るなよ」


「――。了解しました」


 俺の一言を聞いて、一瞬だが間が空いてから返答がきた。別にフラグを立てるつもりはないのだが、彼はニヤリと頬を上げると部下の下へと向かった。今の間は、確実に何か余計な物を作るつもりの笑みだった。まぁ、この焼け焦げた集落を元通りにするくらいの事なら、目を瞑ってやるとしよう。彼女にとって、帰るべき場所がある事は心の支えになるはずだ。それに、俺の部下が創り出す防犯設備についても興味がある。今後、隊長たちとの会議でより良い防犯設備の案を議題に出すチャンスにも繋がる。そして、俺の給料も上がれば、嬢ちゃんが喜ぶだろう。


「さてと、この場所では作業の邪魔になるだろう。作業の邪魔にならない場所にテントを設置しておくか。ミーア、それまで耐えられるか」


 彼女に問いかけると、目をつぶりそうな状態で頷いた。どうやら、本当に限界のようだ。度重なる張り詰めた緊張状態の中で、頑張って起きていたのだから仕方がない。それに、先ほどテントに一人で寝かせようと思ったのだが、一人でいるのが嫌なようで嫌がっていた。三日間も一人でずっとこの場所にいた事で、トラウマになってしまったのではないだろうか。俺の傍にいるだけで安心出来るのならば、彼女のトラウマが治るまで傍にいてあげたい。それに、もし「強くなりたい」と言うのなら、俺が一から特訓に付き合う。そんな事を考えながら彼女を見るのだが、もう限界らしく目を閉じて俺の体に寄りかかっていた。この状態だと抱きかかえた状態で向かうしかないだろう。ただ、抱えた状態でテントの位置を変えるのは、俺一人では対処できないだろう。どうしようか困っていると、彼が図面を持ってやって来た。そろそろ、俺も彼に対して言っておきたい事がある。


「取り敢えず、墓石については立派な物を作ろうと思います。現状ではこち――」


「いい加減、元の口調に戻せ。部下がいるとは言え、お前さんのその口調は違和感がある。今回は特例だ。元の口調に戻せ」


 一瞬だが、険しい表情になった。だが、すぐに理解したらしく黙って頷いた。


「へいへい、わぁーたよ。んじゃ、旦那。今回はこの集落の真ん中に墓石ではなく、どでけぇ慰霊碑を立てることになりましたわ。んで、テントが邪魔なんですわ。取り敢えず、テントの代わりと言っちゃなんだが、仮拠点として家建てたんで、そこで寝泊まりしてくれませんかねぇ」


 いつもの口調に戻ったので俺は黙って頷くと、ニヤリと頬を上げて仮拠点のある場所へと案内を始める。この集落の奥の方に向かって歩き出す彼を見て、寄りかかる彼女を『お姫様抱っこ』をして彼の後を追う。あまりの眠たさに現在の状況を理解する事が出来ないのだろう、何の抵抗もなくお姫様抱っこをする事ができた。そのまま腕の中で眠ってくれても良いのだが、両手で目を擦りながら必死に起きていようと頑張っている。その仕草が、何とも可愛らしかった。


「旦那も隅に置けないねぇ。始祖様と言う妻が居ながら他の女を作るとは、いや、あっぱれだねぇ」


「ぅっさい、そんな事はどうでも良い事だろうが。それに、俺には国王からの勅命を遂行せねばならんからな。コレもその勅命の遂行と思え、この糞鬼が」


「カッカッカッカ!! 言うじゃねぇか、糞餓鬼。まぁ、確かに旦那にゃあ、遂行しないといけない勅命があるわなぁ。確か『十人以上の妻を作り、一族を繁栄させろ』だったか」


 面白そうに笑う竜仙の顔面を一発殴ってやろうかと思ったが、部下の前で暴力を振るうわけにも行かず我慢する。それに彼の言っていた勅命の内容も、俺はどうかと思う。だが、その勅命を遂行しないと、国王から呼び出され怒られるのだ。本当に面倒くさいのだが、国王からの勅命となると断ることが出来ずに遂行せねばならない。


(ただ、どうして十人以上の妻を作らなければならないのだろうか? ふむ、不思議だ)


 そんな事を思いつつも、集落の置くにある広いスペースに着いた。さて、仮拠点に家を建てたと言っていたが、皆さんなら何を想像するだろうか。多分、簡易的な住居や小屋を想像するだろう。プレハブ小屋とか、倉庫のような大きさの何もない空間とかだろう。俺もそう言うのを想像していた。だが、流石は俺の部下たちだ。見事にその斜め上の物を作っていた。


「いやぁ、一時間ではこれが限界だったが、良いもんが出来たぜ」


 目の前にある建物を見て、俺は絶句するしかなかった。目の前にある建物は、俺の知る限り「旅館」だった。あぁ、とても立派な旅館が目の前にあるのだ。もしかしたら、収納指輪に入っていた旅館をそのまま設置したのではないだろうか。だが、目の前には大工道具や使われたであろう木クズが置かれている。他にも木材や石などが置かれており、部下たちが必要な物と不必要な物を分けていた。それに、とても満足した笑顔とサムズアップする部下たちを見ればすぐに分かる。此奴ら、マジで作りやがった。確か、部下がこの場所に来てまだ三十分しか経っていないのだが、彼は今「一時間では限界」と言っていた。そこに矛盾を感じた。

 それに正直に言おう、一時間で旅館を作り上げること自体が不可能なのだが、それを可能にした部下たちに絶句してしまった。この世界の時間を止めたのか、世界全ての時間を止めたのか。俺の知る限り、その二つしかありえない。だが、どちらにしても部下たちでは『俺の時間』を止める事は不可能だ。出来るとすれば、隊長か副隊長のどちらかが来ない限り不可能である。


「旦那。副隊長殿から旦那に渡せと言われたんで、渡しときます」


 振袖の中から一通の手紙を取り出すと、俺の腕の中で寝息を立てている彼女のお腹の上にそっと置いた。手紙には宛名がなく、兎と狼の絵が描かれている印鑑が押されていた。これは副隊長の紋章印だと直ぐに解かり、すべて納得した。


「あぁ、分かった。後でちゃんと確認しておく。あと、この集落に結界を張り、集落の警備をホムンクルスたちにやらせろ。リミッターは常時付けて置くようにと言っておけ。リミッターのレベルは竜仙、お前に任せる」


「了解した。まぁ、彼奴らに関してはリミッター無しだと、危険でしょうがねぇからな。ハッハッハッハ、たまには花を持たせるのも良いか!! 殺戮衝動に駆られなけりゃ、優秀な奴らだからな」


 大声で笑いながら言う彼に、俺はため息を吐いた。部下の指導は彼が行なっており、俺は殆んど事務仕事ばかりだ。部下の教育を疎かにしているわけではないのだが、稽古は殆んど一任していた。特にホムンクルスに関しては、かなり力を入れて指導したと聞いている。だから、ホムンクルスたちが暴走した場合、俺と彼で止めなくてはならない。それが面倒くさいので、念入りに言っておく。


「その殺戮衝動を抑えるために、リミッターを付けるんだろうが!! いいか、絶対に暴走だけはさせるな!! 絶対だぞ!! この前みたいに、大陸の半分が吹き飛んだ事例がある。そのせいで、巻き込まれた全員を生き返らせるだけではなく、大陸を元通りに直せ、記憶処理をやれ、リミッターの再設定と強化などなど、後処理が面倒だからな」


「ハッハッハッハ!! それは、儂の言葉では無理だ。彼奴らが、ハメを外さないことを願うしかないな。彼奴らを創り出し、教育したのは旦那だ。儂は彼奴らに武器の持ち方や戦闘方法を指導しただけに過ぎん。故に、後処理の文句は受け付けん」


 高笑いする姿を見て、再びため息を吐いてしまった。仕事が増えるのは間違いないと思うだけで、俺の心がズタボロになりそうだ。部下の不始末は上司の責任と言うが、俺の仕事がまた増えるのだけは絶対に避けたい。


「はぁ、俺の仕事がまた増えるのか。マジで疲れるぞ」


「ハッハッハッハ!! 諦めろ」


 諦めろ発言に対して、三度目のため息を吐いてしまった。ため息を吐く度に幸せが逃げていくと聞いた事があるが、それが本当なのだろうか。だとすれば、俺の幸せはもう遥か遠くへと逃げているのではないだろうか。


「諦めろって、はぁ。取り敢えず、まず先に部屋へ案内しろ。後、ホムンクルスたちに『コード零』の命令を出しておけ。その制限だけでも、暴走の確率が格段に減る。何か起こり次第、一人は伝兵として俺に報告するように伝えておけ」


「了解だ。さて、旦那の部屋に案内する」


 彼の背中を見ながら、旅館の中に入る。玄関に入ってから靴を脱がずにロビーの奥にあるフロントへと向かう。フロントには和服姿の獣人族が立っており、彼と何か会話をしていた。その後、会話を終えたのか鍵を渡した。なんの鍵かすぐに理解し、フロント前で此方の方を向いて手招きする彼の下へと向かう。ロビーにはソファーやテーブルが置かれており、部下たちが何か相談をしていた。本来なら部下の相談に乗るのが俺の仕事なのだが、まずはこの子を布団の中で寝かしてあげたい。


「旦那、早く行くぞ。取り敢えず、現状についての話し合いながら飲もうじゃないか」


 御猪口でクイッと飲むジェスチャーをするのを見て、苦笑しながらも彼の誘いに乗ることにした。休暇を終えてから、ずっと書類整理やアリアの件についての会議で忙しく、いつも彼の誘いを断っていた。それに、俺だってたまには休憩がてら一杯酒を飲みたい。だが、俺の肉体年齢が『二十歳未満』であることに気がついてしまった。元の二十五歳の肉体であれば、彼と酒樽を四、五本空けるくらい飲めるのだが、今の肉体では飲むことができない。これでも『断罪者』として働いているわけで、法の番人が法を守らないのは間違いである。そのせいもあり、泣く泣く酒は諦めることにした。


「あぁ、わかった。だが、俺の肉体を見れば解かるだろうが、絶対に酒は飲めない。そこのところは、理解しているな」


「おう、理解はしている。見たところ、年齢は十五歳くらいかねぇ。うむ、そうなると、俺も酒は控えるか。まぁ、旦那と飲めれば別に俺は構わねぇ。取り敢えず、炭酸水とツマミも持って来ている。部屋に置いてあるらしいから、さっさと飲もうじゃねぇか」


 嬉しそうに笑いながら部屋の方へと歩いていく姿を見て、久しぶりに彼と飲める嬉しさからか微笑んでいた。いつも一人で酒を飲んでいたので、誰かと一緒に飲めるのが少し嬉しかった。さて、今回の相手が彼となると、ツマミは魚介類系になるだろう。鬼神の一族である彼だが、こいつは変わり者で酒よりツマミに拘わっている。そう言えば「旨い酒には旨いツマミが必須だ」と、言っては『ホタテのバター焼き』に『タラの煮付け』などを作って持参して来るのだ。


「さてさて、今日のツマミはなんだろうか。ふぅ、それにしても気持ちよさそうに寝ている」


 腕の中で眠っている彼女を見つめながら、あまり振動を起こさないように歩いていく。何故か解らないが、本当の娘を持ったような気持ちになる。肉体年齢では俺より一個か二個下だと思うが、精神年齢では彼女よりもずっと上だ。いや、考えてみれば本体は若いままだが実際に数千年以上は生きているのだから、お爺ちゃんか、仙人かのどちらかになる。何故か複雑な気持ちになったのだが、寝息を立てながら眠っている彼女を見ていると、そんな気持ちも吹き飛んでしまった。


「まぁ、早く部屋の布団に寝かせてあげないとな」


 そんなことを呟きながら、振動で彼女が目覚めないように彼の後を急いで追う。そして、しばらく歩いていると彼が立ち止まり、体を左側へと向けると手に持っていた鍵を差し込んだ。どうやら部屋に着いたようで、鍵を開けるとそのまま中へ入っていた。俺も急いで部屋の中に入ると、そこには畳が引かれた室内があった。主室には木製のテーブルが置かれていたのだが、彼はテーブルを退かし、押入れから布団を取り出すと引き始めた。どうやら、彼女のために引いてくれているようだ。部屋の奥にある広縁にはテーブルがあり、向かい合うように椅子が配置されている。テーブルの上には、ガラスのコップと大量のツマミが置かれ、テーブルの中央奥側に蛇口が付けられた小さな樽が配置されていた。


「旦那、引き終えましたんで嬢ちゃんを寝かしましょう」


「あぁ、ありがとう」


 布団の上に彼女を寝かせ、俺は彼の待つ広縁に向かう。広縁に置かれた椅子に座ると、コップには飲み物が入れられていた。どうやら、彼女を布団の上に寝かせている間に用意してくれたらしい。彼はコップを手に持ち、真剣な表情で俺を見つめながら言う。


「んじゃ、始めますか。まず始めに、この集落の住人のご冥福を祈り、献杯」


「献杯」


 コップの中に入っている炭酸水を一口だけ飲み、ゆっくりとテーブルの上に置く。テーブルの上に置かれたツマミは、どうやら炙りイカとチーカマのようだ。そして、ツマミとは別に一冊の文庫本が置かれていた。黒い革で作られた表紙の本にはタイトルが書かれておらず、触れるのも躊躇うような歪な気配を感じた。


「さて、話を始めまるとするか。旦那、始祖様から詳しい内容を聞かせてもらったが、本当なのか? この世界が、隊長――無月様が関わった事案であり、現時点では崩壊を防ぐことが不可能だとか、俄かに信じられねぇんだが。本当、なんだな」


「あぁ、間違いない。隊長から当時のことについて詳しい内容を聞いている。そして、この世界の崩壊を防ぐ方法は、現状では不可能と言うことも事実だ。メインミッションは二つある。一つは、この世界の邪神がどこまで成長しているかの確認だ。そして、もう一つは、各拠点に封印されている『狂い神の破片』の回収を行なうことだ。取り敢えず、優先順位は決められていないので同時進行で進めていこうとは思っている」


「そうか。出来れば、あの厄災を観たくはねぇからな。旦那も、覚えているだろ? 狂い神が目覚めた世界の末路を。儂が観るのならまだ良いが、実際に体験している部下たちだけは、見せたくはない。あんな地獄が、この世界に起きるなんて反吐が出る」


 怒りをあらわする彼を見て、あの日のことを思い出していた。俺の部下たちは、全員狂い神によって世界を滅ぼされた難民たちだ。俺が竜仙に頼み、部下として彼らを引き取り教育したのだ。あの時の彼らの目を思い出すだけで、俺ですら憤りを感じたほどだ。俺も一歩間違えれば、彼奴らのような狂い神になっていたのだと思うだけで、恐怖を感じたこともあった。だからこそ、もう二度と悲惨な現状を作り出したくはないのだ。なんとしても、狂い神を殺す必要がある。


「旦那。儂が言うのもなんだが、狂い神は旦那のことを『同胞』と言っていた。旦那――いや、あんたは殺せるのか? 同じ力を持つ彼奴らを」


「殺せるか、か。愚問だな。殺すか殺さないかは、まず会わなければ判断がつかん。だが、この世界に害をなす存在なのは事実だ。もし、話し合いで解決できるのならば、俺は仲間に引き込みたいと思っている。だが、それがダメならば確実に殺す。その魂も含めて、完全に消滅させるだけだ」


「そうか。旦那には世話になりっぱなしだ。儂ら百鬼夜行、全員が旦那の命令に従う。それは、部下だの上司だの関係ねぇ。あの惨事を食い止めるためならば、儂らは人間だろうと、魔物だろうと殺す。それだけは、理解しておいてくだせぇ」


 その目から放たれる殺意を感じ、本気で言っているが解かった。だが、その殺意で布団の中で寝ている彼女が目を覚まさないか内心ヒヤヒヤした。この話だけは、この世界の住人には聞かれてはならない内容だ。なので、彼女が目を覚ましたりするのだけは避けたい。だが、起きている気配はないのでそのまま話を続けた。


「あぁ、分かっている。部下たちの手助けが必要な時は必ず呼ぶさ。竜仙、今回は俺とお前のペアーで行動を行なう。お前の仕事内容としては、主に執行官補佐だ。まぁ、いつも通りだと理解してくれれば良い。あと、個人的な仕事の依頼だが、もしミーアが一緒に来ると言った場合、武器選びと戦闘訓練をしてもらいたい」


「戦闘訓練か。旦那、儂の場合は近接メインで嬢ちゃんを鍛える事になる。魔法関係についてはシータに一任するが、問題はねぇな」


「あぁ、それで構わない。訓練期間は、一ヶ月間だ。個人差はあるだろうが、ミーアにあった武器と間合いの取り方。あとは、体力をつけることも重要だ。魔法に関しては、シータに任せる。一ヶ月後、この集落の下から感じる気配を辿りに向かう。まぁ、一緒に来るという前提での話だがな。取り敢えず、まずは慰霊碑を立てるんだろ? それが終わり次第、ミーアに聞いてみるとしよう」


「了解だ、旦那。まぁ、嬢ちゃんの気持ちもあるからな。訓練に関しちゃ、警備が手薄になる。仕方がねぇ、シータの穴を埋めるんでもう一人幹部を呼ぶ必要がある。しゃーないか、ボルトを呼ぶか」


 そう言うと、彼は振袖の中から携帯電話を取り出した。ボルトに連絡をとっている間に、俺は彼女の下へと向かい寝顔を見る。とても気持ちよさそうに寝ているのだが、時折苦しそうな表情になり目から涙を流した。きっと、この集落に起こったことを夢で見ているのだろう。彼女の頭に右手のひらを乗せ、優しく撫で続ける。すると、先程まで苦しそうだった彼女の表情が少しだけ和らいだように見えた。


「旦那、嬢ちゃんの寝顔はどうだ」


 連絡が終わったようで、俺の隣に来て彼女の寝顔を見ていた。どうやら彼も彼女のことが心配だったようで、手に持っていたタオルを彼女の額の上に乗せた。そのおかげで、彼女の表情も安らかな寝顔に戻った。


「さっきまで魘されていたが、少しは楽になったようだ」


「そうですか。ところで、旦那。もう少し飲まねぇか? 折角なんで、ここで」


「そうだな。俺たちが隣にいた方が、ミーアも安心だろうしな」


 そして、俺たちは片付けていたテーブルを運び、彼女を見守るように飲みの続きを始めた。俺が休暇中に起きたことなど、他愛のない話をしながら彼女を起こさないように盛り上がっていた。時折、部下が来て慰霊碑の完成図の許可をもらいに来る者や、周辺警備を行なっている者から報告を受けるなど、彼と飲んでいたはずなのだが、気がつけば仕事をしていた。だが、彼は嫌な顔をせず笑いながら飲んでいた。

 しばらく時間が過ぎ、窓の外はすっかり夜になっていた。そして、大量に置かれていたツマミも無くなった。今の時刻が気になり、部屋の中を見渡すと時計が置いてあった。時計の針が「十二時」を差しており、今が真夜中の零時だと解かった。


「儂はそろそろお暇しますわ。風呂場などの旅館の案内図は此処に置いてありますんで、明日の朝にでも入って下さいな。あと、嬢ちゃんの下着や服については、シータたちに任せてある。今日は、ゆっくり休んでくれ」


「あぁ、そうさせてもらう。なにかあり次第、報告を頼むぞ」


「了解だ。では、ごゆっくり」


 彼が部屋を出たのを見届け、周りに散らばっている書類などを軽く片付ける。明日には慰霊碑を立てる事になるのだが、彼女に確認を取らなければならない。俺たちについて行くか、この場所に留まるか。そして、この集落の下にある気配の存在について。これからのことを考えながら、彼女の隣に布団を引き眠りについた。


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