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断罪の旅人  作者: 玖月 瑠羽
二章 試練のダンジョン
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8話 白夜大森林 = 其の三 =

 テントの出入り口が開く音が聞こえ、私の眼が覚めた。どうやら交代の時間がやって来たようで、私は寝袋に入ったまま体を起こす。まさにミノムシ状態ではあるが、取りあえず周りを見渡す。私の隣で眠っていたキャティちゃんの姿はなく、寝袋も新しい物に変わっていた。それを見て、私は寝袋から出ると、テントの外から入って来るホムちゃんの姿があった。もちろん、頭の上には妖精姿のリューちゃんがいる。だが、器用にも寝袋に入った状態でだ。まったく落ちることなく、その位置を固定したまま寝ているリューちゃんに、普通に『良く落ちないな』と思った。


「母さん、おはようホム」


 嬉しそうに微笑みを向けるホムちゃんに、私は目をこすりながらその場で伸びをした。まだ若干疲れが取れていないようだが、この程度なら特に問題無く戦闘は出来る。ロストエデンを振るくらいの体力は回復しているとは思うが、もう少しだけ休憩したいと言う気持ちもある。そんなことを思いながらも、一度あくびをしてからホムちゃんの挨拶に私は答える。


「うん。おはよう、ホムちゃん。もしかして交代の時間かな」


「そうホム。キャティさんはもう起きて、ジュデッカ君の仕事を手伝っているホム」


 ホムちゃんのその言葉を聞き、寝坊しちゃったかなと思いながら右手で頭を掻いた。四階層でのゴーレム大量発生の時に無理をしたせいだろうか。そこまで疲れていないと思っていたが、思いのほか疲れていたようだった。やっぱりゴーレム大量発生の地獄と言えるあの場で、かなり無理して戦っていたのが響いたのかもしれない。私としては、そこまで無理はしていないはずだけど、体は正直なのかもしれない。


「母さんは、かなり無理をしてたから仕方がないよ。キャティさんの魔力を補強や、ヘイトを全部受け持つなんて、普通はありえないことだからね。リシューさんも心配してたくらいだもん。あまり無茶しちゃ駄目だよ?」


 頬を膨らませながらジッと見つめている。初めて見るホムちゃんの頬を膨らます表情に、私は頭を掻きながら何と答えればよいのか悩んだ。普段なら『ごめんなさい』の一言で済むのだが、正直に言ってそれで良いのか悩んでしまった。でも、普段通りに謝るべきだと思い、私はホムちゃんに素直に頭を下げた。


「うん、ごめんなさい」


「分かれば良いホム。僕たちもアレはかなりきつかったホム。だから、ヘイトをすべて受け持ってくれたのは助かったホム。でも、それはそれ、これはこれ。バツは受けてもらうホム!!」


 そう言うと、ホムちゃんは寝袋を取り出し、そのまま私の手を掴み微笑んだ。私はこの流れに覚えがあった。ホムちゃんが生まれてまだ間もない頃、眠れないと言って一緒のお布団で寝た記憶がある。そして、このパターンは間違いなく。


「一緒に寝てもらうホム!! 実は、あの階層での戦いのせいか、全然眠くないホム。寝たいのに寝れないのは、この後の戦いの事を考えても大問題ホム。だから、その、えっと。一緒に寝てもらっても良いホムか?」


 本当に困っているらしく、上目遣いで私に許可を貰おうとするホムちゃんの表情がとても可愛い。世の女性たちの心を鷲掴みする(貴族のご婦人たちからの情報)くらいの可愛らしいホムちゃんの上目遣いとこの表情を見てしまえば、誰も断ることが出来ないような気がする。それに、今だから分かることだけど、ホムちゃんは少しずつイスズ様に顔に似てきた。昔の話だけど、イスズ様が見せてくれたアルバムに、小さい頃のイスズ様の写真があった。確か、イスズ様が九歳の頃の写真だったが、その頃のイスズ様と今のホムちゃんの顔が少し似ている。イスズ様の血を使って生み出されたのだから、顔が似てくるのも当たり前かもしれないけど、本当によく似ているのだ。


「そうだよね、あの戦いは本当に大変だったし。頭が冴えてしまって、眠れないよね。でも、一人で寝れるようになった方が良いんだけど、うん。そうだね。念の為に聞くけど、皆から許可はちゃんと貰ったの?」


「うん、ちゃんと許可は貰っているホム。ちなみに、母さんの代わりに璃秋さんがジュデッカ君への解体指導をしてくれているホム。そこは抜かりなく、準備したから問題ないホムよ。そして、ちゃんとティエにも許可はもらっているホム。これが証拠ホム」


 そう言って、証明書を懐から取り出した。その紙の内容を見ると、確かに『ホムちゃんが眠れない場合は、ミーアちゃんの添い寝する事を許可する』と記載されていた。ま行とら行だけが何故か斜めになっており、これがティエちゃんの字だとすぐに分かる。なんせ、あの癖が治っていない事に苦笑してしまった。

 さて、根本的にだけどティエちゃんから許可を貰ったのはどうなのだろうか。でも、ホムちゃんだから良いかと思い、証明書をたたみ後ろを振り向いた。そこには、先ほどまで寝ていた寝袋はなく、二人が入れるくらいの大きな寝袋が一つだけ置かれていた。


「たまには、母さんに甘えることも必要ホム。その、良いホム?」


「そうだねぇ。今思うと、ホムちゃんは今年で四歳だものね。まだまだ、母さんに甘えた時期だし。よっし、一緒に寝ましょう」


「やったーホム」


 とても嬉しそうに笑うホムちゃんを見て、私はホムちゃんと一緒に大きな寝袋の中に入った。ホムちゃんの頭の上にいたはずのリューちゃんは、いつの間にかテントの上にある小さなハンモックの上に移っていたい。一体いつの間に移動したのか疑問だが、それについてはあえて触れることはせず、私はホムちゃんを抱きしめながらもう一度眠りについた。



「血抜き後は、なるべく皮に肉が付着しないようにこうやって剥ぐ」


 地面に引かれたシートの上に、二匹の鹿が置かれている。そのうちの一匹をリシューさんが慣れた手つきで、ゆっくりと解体をしながら説明をしてくれている。その説明を受けながら、俺は目の前にある鹿を解体していく。本当ならミーア様とホムさん(様付け禁止令のため)の交代する時間なのだが、前の階層で僕たちを護るために全ヘイトを一人でかぶった。そのせいで、俺らよりもかなり疲労が溜まっているはずだ。なので、ホムさんと話し合いもう少し休憩してもらうことにした。

 さて、思惑通りミーア様はホムさんと一緒に休憩している間に、リシューさんの手の動きや解体する様子を見ながら、ゆっくりとだが解体を進めていく。義盗賊団時代は諜報部として活動してたので、解体なんて一度としてやった事が無い。だから、こうして解体技術を上げようとしているわけだ。


「なるほど、こうやってこう剥ぐのか」


「そうです。なるべく、丁寧に。この足の蹄部分は、特に剥ぎ辛いです。なので、一般の業者でしたらこの蹄から約十センチくらいは切断します。ですが、このように蹄前に切れ込みを入れれば、こうやって剥ぎ取れます」


 なんて言いながら、部位によってどのように剥いでいくのかちゃんと説明してくれる。その解体方法に、俺も頑張って頭の中に叩き込む。今後のためにも、今身に着けられる技術は身に着けたい。実際に、この集落には解体業者が少ない。だから、今のうちに学べることは学んでおきたい。


「なるほど、こうやって剥いでいくのですね」


「そうです。さて、次の説明を始めましょう」


 リシューさんから解体術を教わり、しばらくしてキャティが解体したての鹿肉を調理場へと持って行った。調理場と言っても、ミーア様たちが寝ているテントのすぐ隣にある。そして、解体したてとは言え量が量な為、リシューさんはキャティと共に鹿肉を運んでいる。そのため、今は一人でもう一匹いる鹿を解体している。この鹿肉は解体後は収納指輪に入れ、試験終了後にお疲れ会として食べる予定である。

 さて、しばらく集中して解体していると、テントの中から誰かが出てくる気配を感じた。もうすぐ解体が終わるので、一度その手を止めて時間を確認する。現在、深夜零時を過ぎたところだ。日が沈まないため、実時間が解からないのは辛い。だが、今思えばこのダンジョンに入ってから時間の感覚が少し鈍っているような気がした。まぁ、そんなことを考えながら時間を確認し、誰が出て来たのか確認するためテントの方へと顔を向けた。なんせ、まだ交代の時間まで三時間ほどある。そのため、三人の中から誰がテントから出てくるのか確認する為に顔を向けると、テントの中から人型サイズのリューセン様が出て来た。


「おはようございます、リューセン様」


「ん、おはよう。ジュデッカ」


 挨拶を交わしてから、俺はすぐに解体の続きを行なう。鹿肉の臓器を抜き取り、水魔法で抜き取った臓器と中身を軽く洗う。臓器については、食べられない部位は一か所に集めて炎魔法で燃やす。鹿肉を部位ごとに切断し、地面に引かれているシートの上に並べていく。初めて一人でやったのだが、意外と上手く解体できたのではないだろうかと思う。


「ほぉ、だいぶ上達したな。テーブルの上に置かれている鹿の皮は、ジュデッカが解体した物か?」


「ぇ、ぁ、はい。まだ、下手ですが」


 そんな事を言うと、リューセンさんは「いやいや、そんなことは無いぞ」と言うと、鹿皮を手に取りながら確認し始めた。まるで、最終試験の合格結果を待つ生徒のような感覚でソワソワする。だが、取り合えず部位ごとに分けた鹿肉を皮が置かれているテーブルとは別に用意された木製のテーブルの上へと移す。これは、ホムちゃんがそこら辺にある樹を使って作ったテーブルである。


「うむ、初めてにしては上出来だ。この皮なら、リュックが作れるな。腕がもう少し上がれば、頭部を切断せずに皮が剥げるようになるだろう。そうなれば、狩人用のフードコートも作れるな。それに――」


 リューセン様はそう告げると、先ほどまで見ていた毛皮を元の場所に戻し、解体した肉が置かれているテーブルまで近づいた。そして、解体したての鹿肉を見て頷いた。


「うむ、合格だな。初心者にしては、ちゃんと部位ごとに解体も出来ているし、これなら問題なくギルドの解体業者に手伝えるな。さて、璃秋に今後の事は伝え終えておるし、儂もそろそろ行動に移すか」


 そう言うと、リューセン様はそのまま森の方へと体を向け歩き始めた。その姿をジッと見つめていると、俺の視線が気になるのか足を止めた。振り返ることなく立ち止まると、リューセン様に「森へ行かれるのですか?」と問いかけた。すると、俺の方へと体の向きを変え、真剣な表情で話し始めた。


「ん? あぁ、少々気になる事があってな。どうも、儂と旦那で挑んだ時とは状況が変だ。実はな、儂らもこの試験と同様の状態でダンジョンに挑んだのだが、先ほどまでの状況には一度もなかった。もちろん、冒険者レベルに最低限合わせた状態で、だ」


「ぇ、そうなのですか!? その前に、冒険者レベルに合わせられるんですか」


「あぁ、それについては経験の差だな。いろんな世界を旅すれば、自然とこの程度だなと理解できる。さて、話がそれたな。先ほどまで考えていたが、この階層の現状はどう考えても変だ。この白夜大森林の五階層は安全地帯ではない。安全地帯はこの下、第六階層だ。フロア全体が安全地帯ではないが、安全地帯が数ヶ所に分かれて存在する。だが、現状はフロア全体が安全地帯になっている。何かがおかしい。本来ならお前たちが行くべきだが、何か嫌な予感がする。よって、今回は儂が調べに行くわけだ」


 なんとなく理解は出来たのだが、リューセン様が出ないと拙い状態が起きている。それに先ほどから、俺も気になる事があった。それを解決するためにも、一緒に行動をするべきなような気がした。


「あの、足手まといになるかもしれませんが、俺――いえ、私も同行しても良いですか」


「ん、同行したいのか? 別に構わないが、武装は第三レベルまで開放しておけ。正直に言って、何が起こるか分からないからな。儂も第一段階までは解放しておく」


「はい!! すぐに準備を整えてきます」


 解体していた道具を水魔法で洗い、すぐに道具を収納指輪にしまった。そして、胸ポケットに居れている一つの銀色の鍵を取り出し、コキュートスのグリップのそこに差し右に回した。すると、鍵はそのままコキュートスの中へと入っていた。コートを抜いていた為、収納指輪からコートを取り出し羽織る。


「準備は出来たようだな。では、行くぞ」


「はい」


 そして、俺はキャティたちに一言告げてからリューセン様と共に森の中へと入る。リューセン様と同じ速度で走るのは辛いが、見失わない程度の距離で何とか追いついている。それに、もし迷子になったとしてもリューセン様の持つ魔力を追えるので、特に問題はない。しばらく走って行くにつれて、この階層で感じていた魔力が少しづつだが大きくなっていくのを感じる。魔力が大きくなることで、確実に魔素濃度も上がっていく。だからだろうか、森の樹々が近づくにつれて枯れ葉てて行く。

 この違和感、間違いなく経験したことがある。ただ、どこで経験したのか思い出せない。確か、凄く最近の事だったような気がするのだが、なんだったか思い出せないのだ。でも、いずれ思い出すと思いながら、目の前を走るリューセン様の後を必死に追いかける。


「ジュデッカ、そろそろ目的地に着くぞ」


 どうやら、魔力の中心部に到着するようだ。腰に着けているホルスターからコキュートスを引き抜き、リューセン様の元へ追いつくため、発している前方に氷結弾を放つ。地面に着弾すると、一瞬で直線状に凍り付く。その光景を確認し、その上へと移動し滑りながらさらに加速する。先ほどよりもスピードも上がり、リューセン様までの距離が一メートルくらいまで近づけた。


「ほぉ、なるほど。そう言う使い方もできるのか」


「えぇ。ですが、氷を一定距離だけ常に凍らせ続けるのは以外に疲れるです。何度か練習して、ようやく会得したんですが、魔力切れしないように調整するのが難しいんです」


「ハッハッハ。誰でも最初はそんなものさ。儂もようやく会得した技を初めて実戦で使用した時は、よく加減が出来ずに暴発したものだ」


 昔を思い出すかのように、楽しそうに笑うリューセン様の声。最初から完璧な人なんていないのだと、優しく諭してくれているようで、なんだか嬉しくなってしまう。でも、魔力を過剰に流さないように意識だけはしっかりと保つ。


「あれですか」


 ようやくリューセン様の隣にまで追いつくと、目の前に広がるその光景について聞いた。観れば誰だってそう問いかけたくなるような光景。そこは円形に広がっている広場があった。キャティが待つ広場に比べればそれほど大きくはない。そして、広場の中央には金色の祭壇があり、それを囲うように銀色の四本の柱が配置されている。祭壇の中央には金色の台座があり、台座の壁面には十本の長方形の青いクリスタルが均等の位置に埋め込まれている。そのクリスタルの中で、文字が規則正しく一文字ずつ表示されている。他にも、柱の先端部分に紅いひし形の水晶が浮遊している。そして、先ほどから気になっているのだが、祭壇の上に置かれている金色の台座に『一匹の巨大な狼の石像』がお座りをした状態で置かれている。


「そのようだな。そして、嫌な予感が的中してしまったようだ」


 リューセン様はそう言うと、狼の石像が置かれている台座へと歩き出した。台座の壁面には細い長方形の青い水晶体のようなものが埋め込まれいる。それをリューセン様は全部抜き取り、それを収納指輪に入れると此方へ振り返った。眉間に皺を寄せ、両腕を組みながら語り始めた。


「どうやら、異変が起きていたようだ。それも、昨日今日と言うレベルじゃない。これは、半年前から少しずつ起きていたようだな。仕方がない、ジュデッカ。これから話す内容は『機密事項』として話してはならない内容だ。しかし、異変が起きている時点で、機密事項云々の話ではない。どうやら、このダンジョンに他の侵入者が住み着いているようだ」


「ぇ、そ、それは、ど、どう言う事で」


 いきなりの事で動揺してしまった。このダンジョンに住み着いたなんて、どう言う意味なのか全く理解できない。だが、それを分かっているからか説明を始めた。


「本来なら、旦那が説明した通りのダンジョン構成になるはずだ。だが、それが上手くいかない場合が存在する。それが、今の現状だ。第四階層のゴーレム大量発生の件だが、あれは『警備ゴーレム』と言ってな。各箱の世界に数十体のダンジョンを管理する。お前たちが戦ったのは、その警備ゴーレムだ。そして、ここは第五階層管理区域だ。本来なら、各世界の最下層に存在する場所だ」


「ぇ、そ、そうなのですか」


「あぁ、まったく。取りあえず、この白夜大森林をクリアーすれば合格とする。そのことは璃秋にも後で伝える。それと、俺と嬢ちゃんでこの異変を解決する――つもりだったが」


 急にリューセン様の表情は暗くなった。今まで見た事が無いリューセン様の表情に、俺は戸惑ってしまった。今まで一度としてこのような表情をするリューセン様を観たことがない。そんな戸惑っている俺に対して、そのまま話を続けられる。


「お前たちにも手伝ってもらう事になる、やもしれん。これは強制参加ではない。だが、儂らとともにこの異変を解決するのを手伝ってもらえるのならば、それなりの報酬を用意しよう。なに、お主らはこの階層のボスを討伐すれば合格になるのだ。そこまでは、儂は手を出さん。すまんな。儂としても、まだ新米であるジュデッカ達にとっては辛い仕事だと分かっている。だが、手伝ってもらえぬのだろうか」


 深く頭を下げるその姿に、今起こっている現象が緊急事態レベルの異変なのだと理解した。そんな危険な仕事をリューセン様は、俺たちにも手伝って欲しいと頭を下げたのだ。そんなの断れるはずがない。だから、俺は「分かりました」と告げた。この異変を解決しなければ、集落にも影響があるかもしれない。なら、それを解決するために全力を振るうのみだ。


「でも、取りあえずは他の皆にも説明した方が良いですね」


「その通りだな。だが、まずは此奴を倒してからだ」


 リューセン様は頭を上げるとすぐに此方へ走り出した。そして、遅れてやって来る地面を抉るような爆発音と土煙が舞う。何が起こったのか理解できず、取りあえず前方へと向けて銃を構えた。土煙が徐々に晴れて行くと、爆発音の正体がようやく分かった。目の前にいるのは、たった一匹の巨大な狼。太陽のように紅い毛並みに、金色の瞳は此方を睨んでいる。


「なるほど、これは強敵のようだな」


 リューセン様が隣にやって来ると、裾の中から金棒を取り出した。裾の中にあること自体が不思議なのだが、それについてはあえて触れないことにした。今は、目の前にいる狼である。コキュートスのグリップを強く握りしめ、相手――もとい狼の出方を見守る。先に動いた方が負けと言うわけではないが、どうも此方から動くべきではないと感が告げている。たった数十秒くらいだが狼と俺は互いに睨みつけている。


「ジュデッカ、あの獣はどうやらお前にご執心のようだ。儂の攻撃なら楽に当たるだろうが、お前の銃弾はどうだ?」


「当たるか解からないですが、我がフォント家の誇りにかけて必ず仕留めます」


「誇りをかけるか。それくらいの意気込みがあれば、勝てるだろう。では、まずは儂から仕掛ける。援護は任せたぞ!!」


 その言葉を最後に、戦闘が始まる。リューセン様が金棒を振り下ろすと、爆風と共に衝撃波が狼へと襲い掛かる。以前、この一撃を受けたことがあったが、正直に言って死にかけた。あばらが五本完全に折れ、右足や左腕があらぬ方向へと曲がり、壁に衝突した背骨に少しヒビが入った。まぁ、この時は攻撃を受けた時にはもう意識が無かった。その衝撃波を片手で出せる時点で凄いが、目の前の狼はそれを受け止めた。いや、正確には『結界のようなものを張って防いだ』が正解もしれない。しかし、それでも――


「――――!!」


 口元から滴り落ちる血と痛みを消し飛ばすかの咆哮。その一撃に耐え抜いたことは凄いのだが、やはりあの衝撃には耐えられなかったようだ。前足が若干震えており、尻尾は垂れ下がっている。だが、その眼には未だに闘志は潰えていないようだ。足の震えはなくなり、敵意だけを俺たちへと向けている。一瞬だけど恐怖心から、体が震えてしまった。これは武者震いなのか、恐怖心からなのか分からない。でも、だからだろう。自然と狼へと向けて引き金を引いていた。コキュートスから放たれる氷弾が着弾する前に、狼は一瞬リューセン様の方へと目線だけを向けると、リューセン様のいる左の方へと回避した。いや、あれは回避なのだろうか。何かに無理やり引っ張られているような回避に見えた。それを見てか、リューセン様は眉間に皺を寄せながら狼の胴体に一撃を与える。


「ガァァァ!?」


 なんか、リューセン様が複雑な表情を浮かべている。正直に言おう、自分も同じ気持ちである。だが、そんなことを気にしている暇などない。狼は先ほどの一撃で完全にダウンしている。今が好機なのだ。そう、好機なのだが、何故か違和感が襲う。魔素の発生源であるこの場所に、何故こうも堂々と台座があるのか。それにこの狼もそうだ。まるで、この場所を護る番人のようにずっと一定の感覚でしか動かないのだ。そして、一番の違和感は『まったく攻撃してこない』ことだ。攻撃を仕掛ける絶好のチャンスがあったはずなのに、一度として此方へと攻撃を仕掛けてこない。これが何を意味しているのか、この短い時間で頭をフル回転させる。


(何故、攻撃を仕掛けてこない? 絶好のチャンスに仕掛けてこない理由――。そう言えば、ここは魔素の発生源であり、その中心はあの台座の下。もしかして、あの台座が壊れるのを恐れているのか? だが、先ほどの地面を抉る爆発力を考えても、なんで攻撃を仕掛けてこないのか――)


 頭の中でまだ答えが出ていないが、攻撃をするのを止め台座を観察する。先ほどのリューセン様の攻撃だって避けずに、結界を張ってまでも防いだ。俺の攻撃だってそうだ。あの弾丸を避けずに結界を張れば良かったのに、リューセン様の方へと移動し攻撃を『受けに行った』ように見えた。あの台座に何かあるとしか思えない。だからだろう、俺はリューセン様に俺の考えを聞いてもらうことにした。


「リューセン様、聞いていただきたい事があります」


「ほぉ、あの戦いの中で考え事を、か。ハッハッハッハ、奇遇だな。儂も気になる事がある」


 どうやら、リューセン様も同じく疑問があったようだ。そして、戦闘の中でその疑問について答えを導き出そうとしていたようだ。そして、一通りの回答が導き出せたのかもしれない。それに比べて、まだ答えが導き出せていない。ならば、先にリューセン様の考えを聞くことにしよう。そこで、気になる点を質問し答えを導き出せば良いのだ。


「それは、奇遇ですね。まだ、私の考えは確定しておりません。あくまで状況判断で導き出している段階です。もしよろしければ、リューセン様のお考えをお聞きしたいです」


「そうか。儂とジュデッカが同じ考えかは知らんが、間違いなくあの狼は台座を護っているな。本来なら避ければ良い攻撃を、甘んじて受けに行く。儂の攻撃から放たれる衝撃波の先は、全てあの台座にぶつかるよう打ち込んではいるが、まさか全弾当たりに行くとは驚いた。間違いなく、あの台座には何かあるな。そして、この均等に置かれている柱からも何か良く無い魔力を感じた。あの台座から漏れている魔素の流れも変だ。原因は、間違いなくこの祭壇にあるはずだ」


「なるほど、そこまで見抜かれていたのですね!! 私の考えでは、そこまで導き出せませんでした。あくまで、自分の意思で攻撃を受けに行ったように見えておりました。それに、柱には意識しておりませんでした。私もまだまだ精進が足りませんね。それにしても、あの狼について気になりますね。何故かあの狼、私の氷弾を回避する時、無理やり引っ張られているような回避行動をとったように見えたので」


 狼の方へと近づき、その姿をジッと見つめる。リューセン様のあの一撃を受けて、体が動かないらしくジッと俺を見つめている。瀕死ではなさそうだが、敗北を認めたのか眼には覇気がない。そして、今だから分かるのだけど、この狼の首や足首に細い魔力の綱のようなものが巻かれているのが見えた。釣り糸のような細い糸状の魔力が何重にも巻かれている。そして、その糸状の魔力は四の本の柱のひし形の水晶から出ている。


「何か縛られているような気がします。すいません、私は狼の調査を行ないます。リューセン様は台座の調査をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「分かった。では、儂は台座の調査に移る。それと、璃秋たちには此方に来るように通信端末で伝えておく。二人で調査するよりも、多人数での調査で気づく事もあるはずだ。皆と合流後、情報を共有するぞ。その間は、その魔物の調査を頼む。では、儂はあの台座の裏にいる。何かあり次第、呼んでくれ」


「了解です」


 そして、俺たちは互いに調べ物を始めた。

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