1話 最終試験 = 前 夜 =
ども、お久しぶりです。
久しぶりに、2章の設定を書いた紙を失くし、PCが壊れて落ち込んだ私です。
さて、これから2章の始まりです。
これからもガンガン書いて行きますので、よろしくお願いいたします。
賑やかだった祭りが終わり、集落は静まり返っていた。それは『四年前の惨劇』を思い起こさせる程の静けさだった。他人からすれば『たった三日間の出来事』で片付けられることだけど、私にとっては『三日間もの出来事』なのである。あの日、イスズ様が来てくれなければ、私はきっと死んでいたと思う。だから、私はあの日の光景を思い出す度に、イスズ様の温もりを求めてしまう。あの日、私に手を差し伸べてくれた時から、ずっと私はイスズ様のそばから離れられなくなっていた。去年からようやく一人でも買い物ができるようになった。でも、やっぱりイスズ様がそばにいないと不安で心が潰れそうになる。
「イスズ様、遅いなぁ」
今、私はイスズ様の部屋の中で帰りを待っている。明日からダンジョンに潜ることになるので、武器をいくつかピックアップできたから砥石などのダンジョンに必要な物を貰いに来たのだ。本来なら、事前に用意するのだけどイスズ様が先に用意してくれたらしく、荷物確認も含めて貰いに来たのだ。それに、最近だけど双鉄扇以外の武器を扱えるように特訓している。その特訓していた『とある武器』の調整や掃除の仕方が分からないため、ついでにイスズ様に教えて欲しかったので、こうしてイスズ様の羽織っていた赤いコートを着ながら待っている。イスズ様の匂いは、太陽のような暖かな匂いで好きなのだ。待っている間はいつもこうしてイスズ様の匂いを嗅ぎながら、いつ来るのか待ち続けている。でも、今回はそれだけではなく――――
「シリンダーに使いたい魔法を注ぐと、自動的に弾丸が生成されてシリンダーに装填される。ハンマーを引くとシリンダーが周り、トリガーを引くとハンマーが落ちてシリンダーの中に入っている弾丸が弾け飛び、剣身の内部中央まで行くと魔力玉へと姿が変わり剣身を覆う」
手元で弄っている『ガンブレード』と呼ばれる武器を触りながら、イスズ様が戻ってくるのを待っている。この武器は、三年前にボルトさんが個人的な趣味で作ったモノで、確か名前は『ロストメモリー』とか言っていた気がする。ロングソードに『シリンダーとハンマー、トリガー』と言う物が取り付けられた武器で、シリンダーに弾丸と呼ばれる物を詰め込み、引き金を引くことで『属性付与攻撃』が可能となる不思議な武器である。刀身は蒼天のような蒼い刀身で、そこには片翼の絵が描かれていた。なんでも『元々、旦那が個人的な趣味で設計図を作成し、ボルトさんがロマンをぶち込んで作った作品だ』と、リューちゃん(竜仙様)が言っていた。なんでも、危険度SSS級の武器らしく、私がリューちゃんに認められるまでの間は触らせてもらえなかった。本当ならイスズ様が扱う予定だったのだけど、リューちゃんが『一度握ってみろ』と言うので握ってみたところ、シリンダーに弾丸が自動装填されたのだ。それで、私にも扱えることが分かり急遽調整が行なわれて、今では私専用の武器となっていた。一度も使ったことがなく、リューちゃんから双鉄扇を扱えるようになってから渡された。ようやく認められたんだと嬉しかった。だから、この四ヶ月間は必死にガンブレードの特性を掴むために、時間を決めてこのガンブレードを素振りし続けた。まだ『四ヶ月』くらいしか使っていないが、なんとなくだけどコツが掴めたような気がする。ただし、引き金を引いた時の衝撃と爆発音で、驚きのあまり心臓が何度も止まりそうになった。
「どのくらいの魔力を込めれば良いのかな? 弾丸の生成って、魔力を込める量によって属性や威力が変わるけど、どのくらいまで耐えられるのかな」
少しずつ魔力をシリンダーに向けて注ぐと、八つの穴が空いているシリンダーが回りだし色とりどりの弾丸が装填されていく。火属性は『紅い弾丸』で、水属性は『蒼い弾丸』と言うように、時計回りに『紅・蒼・黄色・緑・茶色・金・白・黒』の弾丸が装填された。属性を説明するとすれば『火・水・雷・風・土・金・光・闇』となっている。私が使える八つの属性が弾丸として作られたようだが、この後どう使えば良いのか分からない。トリガーを引いてから斬れば良いのか、敵を切り裂く瞬間にトリガーを引けば良いのか。未だに分かっていない。ただ、弾丸が放たれることで『属性攻撃』が可能であることだけは解っている。まだ、一度も属性攻撃を行なった事がないから、それについてもイスズ様に質問したかった。
「うぅ~、イスズ様遅いなぁ」
武器を武器掛け棚に収め、羽織っているコートをコート掛けにかけた。そして、いつものようにイスズ様のお布団の上に仰向けで寝っころがり、ゴロゴロと転がりながらイスズ様が来るのを待つ。こうしてゴロゴロすると、ついお布団の中に入って温々してしまう。布団の中でもイスズ様の匂いに包まれることは、私にとって祝福であり天国である。だが、こうしてゴロゴロしているだけでも幸せなので、こうしてゴロゴロしながら待ち続ける。
しばらく布団の上でゴロゴロとしていたせいか段々と睡魔に襲われ始め、意識が遠のいて行きこのまま寝てしまいそうになった。今日も朝の六時から素振りや模擬戦などの特訓で溜まっていた疲れが出たらしく、もうこのままイスズ様のお布団へと潜り込んで寝たいと言う気持ちになる。だが、そんな事をさせてくれないのか、玄関扉を叩く音が聞こえ目を擦りながら起き上がるのと同時に玄関扉が開いた。
「お父さん、いる?」
扉から此方を覗くように顔を覗かせるホムちゃんが、満面の笑みで私へと向けて声をかけてきた。ただ、私だと分かると笑顔のまま汗をダラダラと流しながら、ジッとそのまま私を見つめながら固まっていた。いつもなら語尾に『ホム』を付けるホムちゃんが、いつもの語尾を付けずにイスズ様に声をかけたのだ。驚きのあまり眠気が一気に冷めてしまった。そして、ホムちゃんも普通に話せることがバレてしまったことで、すごく焦っているように見えた。だが、もう諦めたのか深い溜息を吐くと部屋の中へと入った。ホムちゃんは扉を閉めると、そのまま私の前で立ち止まると腰を下ろした。第二ボタンまで開けた白いワイシャツに、漆黒の長ズボンと言ういつものスタイルであった。そして、イスズ様に作って貰った『緑の生地に黒い斑点模様がついたローブ』を着ている。確か、蛇竜のローブと言う名前だった気がする。毎日外出の時に着ているお気に入りの緑色のコートで、腰には一本の剣鉈のような武器をさげていた。確か、最近ホムちゃんが個人的に作った武器だった気がする。
「僕としたことが、お父さんと母さんを間違えるとは――僕も修行が足りないのかな」
「そ、そうなの? 私としては、語尾に『ホム』のないホムちゃんに驚きを隠せないよ」
「うぅん、母さんの前で普通に話すのは初めてだったかな? でも、今後は普通に話すね」
エヘヘと笑いつつ、壁にかけられた私のロストメモリーの方へと顔を向けていた。ホムちゃんがジッとロストメモリーを見つめながら、何か気になることでもあるのか考え事を始めているのを見て、私もロストメモリーの方へと顔だけを向けた。シリンダーには魔力の弾丸を装填中で、その下にはストップウォッチ付きの時計が置かれている。その時計には、現在『15分経過』と表示されている。ただ、シリンダーの部分から光の粒子が漏れており、弾丸の形状を保つ限界を告げているように見えた。そんな光景を不思議そうな表情で見ているのだけど、私はいつものことなのでそこまで気にしていなかった。
「それにしても、本当に綺麗なガンブレードだね。ボルト兄さんが作っただけあって、凄いモノ使って作っているみたいだね。なんとなくだけど、この世界とは違う鉱石で作られたと言うことだけは分かるよ。何の鉱石を使ってるのかな? それに、このガンブレードには何か強い意志を感じるよ」
「強い意志? う~ん、私にはよく分からないな」
ホムちゃんの言葉に首をかしげつつ、初めてロストメモリーを握った日のことを思い出す。今思えば、ロストメモリーを完成させたときイスズ様が『また、面倒なモノ作りやがって』と言っていた。私がグリップを握ったとき、一瞬だけロストメモリーと私の中で何かが『繋がった』ような感覚に襲われた。もしかしたら、それが関係しているのかもしれない。
「この鉱石――もしかして、禁忌の鉱石? でも、この世界にあるなんて聞いたことがないけど。それにしても、なんでこんなに綺麗なのか? 僕の記憶が正しければ、あの鉱石はどす黒い負の感情の塊なんだけど。いや、それにしてもこんな複雑に作られたリミッターは初めて見たよ。普通の人間――ううん」
何か呟きながら考え事をしているホムちゃんを見つめながら、そのまま布団へと顔を埋めゆっくりと目を瞑る。別に眠いわけではなく、無意識にやっていた。目を閉じそのままの態勢でいると、急に視界に私とホムちゃんの姿が映った。まるで第三者目線での私とホムちゃんを見ていた。鏡に映った自分を見ているようで複雑な気持ちになるけど、どうしてか嫌な気持ちにはならない。何故なら、いつも私の右隣に『灰色のロングコート』を羽織った女性が私を優しい目でジッと見つめてくれているのだ。知らない人なのに、でも懐かしい感じがする。
『――――』
私のそばに立っている女性が、私に何かを伝えようと口を動かしていた。読唇術なんて私にはないのだけど、なんとなくだけど『思い出して』と言っているように見えた。何を思い出せと言うのか分からないけど、彼女は確かに私にそう伝えようとしている気がするのだ。そして、それを告げると私の背中に手を乗せるとそのまま光となり、私の中へと入っていくのだ。ロストメモリーを手にしてから、私はずっと彼女の姿を見えている。イスズ様たちに伝えてはいるのだけど、どうやらイスズ様達には見えないらしい。
「なるほど、答えが見えてきた。これはだね。魂を喰らうことで強度が増すという禁断の鉱石。どうやって手に入れたのか分からないけど、これはとても複雑な工程を経て製錬されたに違いない」
ホムちゃんの声が聞こえたので顔を上げると、今まで見たことがないくらい真剣な表情でロストメモリーを見ていた。その横顔が何故かイスズ様に似ており、考える時に右手の親指と人差し指で顎を掴み、左手は腰を掴んで前のめりになるところがすごく似ている。そんなホムちゃんを見つめながら、先ほどのことに対して答えた。
「う~ん。私はよく解からないけど、ロストメモリーに魔力を流しながら素振りしたんだけど、今まで使っていた武器の中でも一番流しやすかったよ。こう、手に馴染むって言うのかな? まるで、私の体の一部なんじゃないかなって思ちゃったくらい流しやすくて、気を抜いちゃうとつい流しすぎちゃって魔力が切れそうになるんだよね」
「確かに、そうかも。観ただけでどの鉱石が使われたか大体解かるけど、滅魂石の他に『
宝玉』も使用されているから普通よりも魔力が流しやすいのかもしれない。それと、ロストメモリーだっけ? このガンブレード、母さんの魔力じゃなきゃ動かないように教育されてる。一体、どうやって作られたのか分からないけど、母さんの魔力じゃなきゃ動かないなんて不思議だね」
目を輝かせながら言うホムちゃんに苦笑しつつも、私はロストメモリーについて何も知らないことに気づいた。いつもリューちゃんから「自身が扱う武器について、理解をしておくことは重要なことだ」と教わってきた。自分が扱う武器の長所と短所を知ることで、その武器の扱い方が解かるのだとリューちゃんは言っていた。ロストメモリーのことを知ることで、扱い方も変わってくる。だから、今ホムちゃんが解かる範囲でも聞くべきだと思った。
「ホムちゃん。私、ロストメモリーについて知らないことばかりなの。分かる範囲で良いから、教えてくれないかな?」
「う~ん、分かる範囲でよければ」
そう言うと、ホムちゃんは此方へと体の向きを変えて話を始めた。
「このロストメモリーは、通常の製錬では作ることは不可能なんだ。特に滅魂石は、オルハリコン鉱石と製錬は似ているけど、製法が難しいと言われているの。それなのに、さらに魔物の宝玉を用いて作成された武器なんだ。魔石は『魔力の流れをよくする』のと『属性効果を付与する』ために使用される。でも、そんな中で魔石の中でも高級品とも言われてる『宝玉』を使われている。それも『火、風、水、土、金、光、闇』の全七属性の宝玉を使用されている。こんな贅沢な武器は、まずありえないね。魔石を用いて作られた魔剣なんかの二倍――いや、十倍は魔力の流れやすくなっている」
ホムちゃんは嬉しそうに語りながらも、どこか複雑な表情で話している。多分だけど、先ほど呟いていた『滅魂石』が関係しているのだと思う。でも、ホムちゃんが話してくれると思い、ここは何も言わずに聞くことにした。
「問題は、滅魂石の方かな。滅魂石とは『魂を滅する鉱石』とも呼ばれており、本来ならこの世界には存在しない鉱石なんだ。ボルト兄さんに聞いた話では、この鉱石は自然に出来るものでも、人の手によって作られるものでもない。どうしてこの世界に存在するのかも分からない。ただ、言えることは武器となって製錬された滅魂石は『使用者を選び、使用者の魂に強い繋がりと言う絆を打ち付ける』ことだけ。ただ、どうやって契約するのかも分からず、未だに謎の多い鉱石なんだって」
「謎の多い鉱石なのは解かったけど、この世界に存在しない鉱石ってどういうこと?」
「う~ん。僕もよく解からないんだ。ただ、他世界も含めて、この鉱石はと言うことしか知らないんだ。お父さんなら詳しく知っているとは思うけど、教えてくれるかは解からないかな」
ホムちゃんは苦笑しながら、コートのポケットから一枚の紙を取り出した。緑色の綺麗な用紙なのだけど、ホムちゃんの魔力を感じ取れた。あれは魔導符と言うモノだった気がする。魔力を込めることで、結界や攻撃などに使える手軽で簡単な魔法道具だった気がする。そんな魔導符を取り出すと、私の目の前に置き説明を続けた。
「ここからは、誰かに聞かれるのは拙いからね。簡易的だけど結界魔法を張らせてもらうね。お父さんやリューちゃんなら簡単に入ってこれるから問題はないと思うよ」
そう言うと、魔導符に右人差し指を乗せ、ゆっくりと魔力を込め結界を張り出した。しばらくすると結界が完全に張り終えたらしく、指を離して「ふぅ」と息を吐きだしてからニッコリと微笑み話を始めた。
「お父さん仕込みの結界を張り終えたっと。さて、ロストメモリーのことだよね。あくまで僕の能力を使ってみた限りで話すね。僕が見た限りでは、魔力の流す量によって複数の術式が発動仕組みになっているみたい。特に危険そうな術式に関してはリミッターが施されているようで、指定されている魔力を流すことで解放される仕組みになっているみたいだよ。それも属性によって分かれているみたいで、複合属性もできるように作られているみたいだね。弾丸を放つことでロストメモリーの中に流れる仕組みだね」
魔力のあたりから興奮気味で説明するホムちゃんに驚きながらも、私はロストメモリーについてしっかりと頭に記憶する。実際にホムちゃんの説明を聞いていると、合点のいく節がいくつか思い当たった。ロストメモリーに弾丸に形成した魔力を流し込むときに、何かの錠前が外れたような音が聞こえたのは、そのリミッターが外れた時の音なのだと今なら分かる。
「そんなにすごい武器だったんだね」
「うん。この武器は本当にすごいよ。僕が言うのもなんだけど、母さんがこの武器を扱えることに驚きを隠せないよ。僕はいつも遠目で見てただけだから実際にこんなに近くで見たことはないけど、近くで見ただけでもこの武器の凄さを理解できる。本当の意味で、この武器はお母さんやお父さん並みの魔力を持たないと、絶対に扱えない武器だと思う」
「そっか。なるほど、私とイスズ様くらいじゃないと扱えないんだ。えへへ」
イスズ様と同じと思うと、なんだか嬉しくなる。でも、今思えばロストメモリーを私に託したのもイスズ様だ。そう言えば、完成したロストメモリーをイスズ様が手に持ったときに何故か眉間に皺を寄せながらジッと刀身を見つめていた。あの時の姿も私としてはグッと来るものがあったけど、それ以上にロストメモリーに対して何か思い入れがあるのかもしれない。
「僕の知るのはここまでかな。まだ、この子は生まれて間もない赤子。つまり、僕みたいに成長し続ける力を持った武器とも言えるね。今回の最終試験である『試練のダンジョン』だけど、ロストメモリーを振るうお母さんの姿を見れるのが楽しみだよ」
ホムちゃんと一緒にリューちゃんの訓練に参加していたが、今まで鉄扇での戦闘がメインだったため、ロストメモリーを使って戦う姿を見せたことがなかった。だから、きっと楽しみなのだろう。それに、私も含めてだけど初めてのダンジョンが『イスズ様作』のダンジョンなので楽しみなのだが、今回のダンジョン探索は最終試験なので凄く緊張している。
「そうだね。私もホムちゃんと一緒に戦えるのが楽しみだよ。でも、璃秋さんの言ってたけど、あまり無茶な行動はしないようにね。いつも魔力限界ギリギリまで魔力を放出してたり、深夜まで素振りや戦闘稽古してるってティエお姉ちゃんが言ってたし」
「あはは。限界突破するための練習をしてたんだけど、中々上手くいかなくてね。いずれ、僕にとっても必要になる技を会得するために頑張ってたんだけど、ティエにバレちゃっていたんだね。うん、無理はしないよ」
苦笑しながら言うホムちゃんは、その場で指を鳴らし張っていた結界を解くとゆっくりと立ち上がった。もう夜も遅いと言っても、時刻は『1時30分』になっている。未だにイスズ様が戻ってくる気配がないのだが、ホムちゃんはその場で軽く伸びをすると玄関の扉が開く音が聞こえた。
「すまん、遅れた……って、ホムホム? 何でここに」
イスズ様が部屋に入ってくると、ホムちゃんはすぐに体の向きを変え、イスズ様の目の前に立っていた。残像ができるほどの速さで振り返り目の前に移動する当たり、イスズ様に似ている気がする。
「お父さん‼ お父さんのことを待ってたんだよ。けど、そろそろティエが心配する時間だからもう部屋に戻るよ。お父さんを待っていた理由はお母さんと同じだから、明日ダンジョン用のアイテム一式を貰いに来るね」
「あぁ、分かった。明日、ちゃんと皆に配給するか安心しろ」
「うん、分かった‼ おやすみなさい、お父さん、お母さん」
ホムちゃんは満面の笑みで言うと、そのまま部屋を出て行った。後姿が本当にイスズ様にそっくりで、一瞬だけど『イスズ様が二人いる』と錯覚してしまった。イスズ様の血を使用して作られたホムンクルスとは言え、イスズ様の血を受け継いだ息子なのだ。そう考えると、似ているのも納得してしまう。
「相変わらず、ホムホムは元気だな」
嬉しそうに私へと微笑むイスズ様に、私も微笑み返した。イスズ様の笑顔を見るだけで私は好きだが、訓練時に見せる鋭い目つきも好きである。真剣な表情で打ち合いをしながらも、時折見せる優しげな微笑みなど見た日にはテンションが一気に上がってしまう。さて、イスズ様の微笑みを見ながら私も微笑み返した。
「うん、そうですね。元気に微笑む姿なんて、イスズ様にそっくりです」
「そうか? う~ん、どこら辺がそっくりなのか分からないが、俺の血を使って生み出されたホムンクルスだからな。旅人の力を使用しないと『旅人の血』は扱えない。それに、下手なことをすれば、世界が崩壊するから危険なんだ。まぁ、そんな危険な素材を使用してホムホムが生まれたんだ。俺の血と旅人の力をほんの少し使用して作られたわけだから、似るのも仕方がないのかもしれんな」
「なるほど。だから、イスズ様と同じように無茶なことをするわけですね」
イスズ様が二週間も飲まず食わずで徹夜していたことを思い出し、つい納得して腕を組んで頷いてしまった。その日のことを思い出して呟くと、私のそばまで近づいて頭を撫でると、そのまま頭を鷲掴みしニヤリと笑った。
「俺と同じく、ホムホムも無茶をしたって? どういうことか、説明しておくれ」
「あ、いたたたたた!? 痛い、痛いです!! イスジュしゃま」
「あはははは。さぁ、吐きなさい!! あの子が何をしたのかねぇ」
その後、私はイスズ様にホムちゃんの無茶について説明すると、最初は眉間に皺を寄せながら聞いていたのだが、徐々に何かに気が付いたのか険しい表情から嬉しそうに微笑んでいる。もちろんだけど、説明しているときは掴んでいる手を放して、腕を組みながらイスズ様は聞いている。全て話し終えると、イスズ様は黙って頷くと私に微笑んだ。
「なるほど、そう言うことか。ホムホムは、きっと『カウントダウン』と言う技を扱えるように特訓していたのだろう」
「カウントダウン? 何をカウントするんですか?」
「あぁ、そのカウントではないよ。カウントダウンと言うのは、人間の本来の力を完全に開放する技だ。人間が普段出している力とは、本来の力の一部に過ぎない。本来の力は脳がリミッターをかけているため、本来の力を完全に扱えないわけだ」
脳のリミッターと言うのが何なのか分からないけど、なんとなくホムちゃんが危険なことをしているのではないかと思った。イスズ様はそんな私の頭を撫でながら、説明を続けた。
「脳のリミッターを外すと言うことは、人体が耐えられるかどうかと言う問題もある。だが、ホムホムの肉体なら問題はないと思う。まぁ、明日にはホムホムの体調確認をするから問題はないだろう。さて、説明を続けるぞ。ホムホムは何度も脳のリミッターを外すための訓練をしていたのだろう。もちろん、ホムンクルスとは言えホムホムにもリミッターがかけられているのだが、それを解放するために一度魔力を完全に燃焼させていたのだろう。結構危険な技だから教えてはいなかったが、独自に調べて練習していたわけか。最終試験が終わったら説明するか。ミーア、なるべくダンジョン内での使用は一回までにするよう注意しておいてくれ」
「分かりました。ホムちゃんにちゃんと説明しますね」
「あぁ、頼む」
話を終えると、イスズ様は寝間着に着替え始めた。もう夜遅いので私も寝間着に着替えると、背後で重たい物が置かれたような『ドサ』っと言う音が鳴った。音の聞こえた方へと顔を向けると、部屋の隅に五つの布袋が置くイスズ様の姿があった。布袋はパンパンに膨れ上がっているのだが、あれが私たちの為に用意してくれた道具一式だとすぐに分かった。布袋を置き終えると、イスズ様は部屋の照明を切るために部屋の隅へと向かいスイッチに手を乗せた。
「じゃ、もう寝ようか」
「はい、寝ましょう」
そう言って、私はイスズ様のお布団に潜った。当然だけど「俺の布団に潜るんかい」と、突っ込みを入れてくれた。でも、そんなことを言っても微笑みながら私を見てくれるイスズ様が好きである。イスズ様がスイッチを切ると、明るかった部屋が暗くなり私の近くへとやって来ると一緒の布団の中へと入ってきた。イスズ様の胸の中へと顔を埋めながら「えへへ」と笑うと、優しく頭を撫でてくれる。
(明日は最終試験。絶対に合格をもらうんだ)
私はそう心の中に呟きながら眠りについた。明日から――いや、今日の朝から始まるダンジョン探索と言う名の試験に向けての準備は、イスズ様から貰う道具を除いてもう終わらせている。初めてのダンジョン探索への不安と緊張、そして皆と一緒と言う喜び。そんな感情を抱きながら、イスズ様の匂いに包まれながら眠りにつく為に目を閉じる。私を優しく抱きしめながらも、頭を撫でてくれるイスズ様の手は暖かくて気持ちよい。
「明日は、頑張るんだよ。もしものことがあれば、竜仙もいるし俺も駆けつけるからな」
「うん。ありがとう、イスズ様」
そして、私はイスズ様の胸の中で目を閉じた。明日から始まる最終試験『試練のダンジョン』への探索。イスズ様が創られたダンジョンでは、まだ出来たばかりと言うこともあり何が起こるのか分からない。でも、何故か不安ではなかった。私の仲間やリューちゃんにイスズ様。それに、私のことを見守ってくれている彼女。きっと、私なら――うぅん、私たちならこの試練を突破できるだろう。
そんな思いを胸に、私はイスズ様の心臓の鼓動を聞きながら眠りにつく。これが、私にとって最初の試練であり、これから起こる数多くの驚きの出来事の前触れだとは思いもしなかった。そして、この試練が私と彼女との繋がりを思い出すことになろうとは、まだこの時の私には想像もつかなかった。




