1話 出会い
年内中に上げれたよ~~~~~!!
では、次回は来年と言うことで。
次話で会いましょう ノシ
2016年 1月12日:誤字修正 及び 追筆しました。
2016年 2月 6日:誤字修正
2016年 2月19日:『竜』→『ドラゴン』に修正
文書一部修正 及び 追筆しました。
2016年 3月11日:文書修正を行ないました。
2016年 6月23日:『フード』→『ローブ』に修正
今現在、俺は大きな一本の樹が生えた草原にいる。空を見上げれば晴天で、二羽の鳥が飛んでいる。青々とした草花が風に揺れてのどかな風景が目の前に広がる中、大きな声で泣いている少女とその奥の方では死体の山がある。そして、そんな俺を見て眉間に皺を寄せながらピクピク頬を引きつらせながら笑っている『嬢ちゃん』の姿があった。
少女の姿を確認するため、目線を其方に向けた。腰まであるだろう綺麗な白銀のロングヘアーである。最初に見た時は綺麗なルビー色の瞳だったが、今では泣きじゃくっているせいもあり目元が腫れている。だが、少女の着ている緑色のドレスに涙の跡がついているのが気になる。結構前から付いていたのか、所々にシミがついていた。
「これは、どういう事かな? ダーリン」
引きつらせていた笑みがニヒルの笑みに変わると、殺気を放ちながら上空に無数の赤黒い槍を召喚した。そんな嬢ちゃんを見てしまい、ようやく落ち着いたと思ったのにさらに大泣きする少女。俺は思考を停止してようと思ったが、それを「するべきではない」と『彼奴』が言うので止めた。取り敢えず、嬢ちゃんに対して説明をしなければならないため、何があったのか説明を始める。だが、その説明を淡々と言うのも何なので、何故このような現状になったのか説明するとしよう。
まず、事の発端から説明した方が良いだろう。前世でトラックに轢かれた事で、俺と言う『魂の器』が完全に蘇生不可能となり、無事に仕事場に帰ることが出来た。一瞬だったので、痛みもなく死んでしまったがその事は別に詳しく話す必要はないな。さて、その後、俺の作業机の上に仕事の書類や書物等が置かれており、書類整理をしながら依頼を受けた世界へと旅立つための準備として確認を行なっていた。だが、これがもう酷いのなんのって。世界の情報はまだ良かったのだが、無許可の異世界人の転生や召喚を行っていた事が分かり、説教をしなければならない状況になった。その為に今後の対応について打ち合わせを終えた後、この「ユーテリア」と言う世界に仕事をしに向かった訳だ。
「と、言うわけだ」
「それで、こんな事だけでこの世界の女神が泣くのは不思議なのだけど」
「半分は、嬢ちゃんの殺気が原因だからな。今回は、そこにいる「アリア」が無許可で異世界の住人を転生や召喚を行ったことが原因だ。他の神が結託してアリアを騙していた事が判明してな、全員始末してから説教している。多分、その光景を見てしまったことも原因の一つだろう。ほら、あそこで転がっている死体の山がそうだ」
死体の山が置かれている方へと指差すと、嬢ちゃんは呆れた表情でその方向へと身体を向けて指を鳴らした。死体の山が一瞬にして『蒼い炎』に焼かれ、肉体も残さず灰となった。今思えば「この世界の神様を殺してどうするんだ」と言う話だが、アリアがこの異世界の神として残っていれば問題ないだろう。師匠兼隊長に頼んで、俺がここの監督官になれば良いだけの話だ。
「アリア、もう泣くな。お前は騙されていたに過ぎない。故に、今後のお前の対応に対して説明する。だから、もう泣くのはよせ。これからは、お前がこの世界を護ることになる。そのために、俺がこの世界の毒を全て抜き取ってやる。だから、俺の手を握り誓え」
俺は右手を彼女に差し伸べながら、真剣な表情で彼女を見つめる。彼女がこの手を握るのならば、俺は『断罪者』として全ての罪を刈り取る。握るか、握らないかは彼女次第だ。そして、彼女の返答は『YES』だった。
「はい。ぅ、ち、誓いましゅ」
「大事な所で噛むな。嬢ちゃん、アリアに『異世界転生における許可申請の交付及び召喚行為による他世界への影響』についての講義を頼む。それと旅人たちとの交流会を開き、なるべくアリアにコネを持たせて欲しい」
「えぇ、構わないわ。アリア、貴方には私の家で講義を受けてもらうわ。衣食住は私が責任を持って行なうし、貴方の世界は五十鈴がしっかり見守ってくれるから問題はないわ」
優しく微笑む嬢ちゃんの後ろでは、今も灰となっている神々の遺体があった。本来、無許可の転生や召喚は『死刑』か『世界の抹消』と言う処罰を受ける。彼らには『以前』ちゃんと説明したのだが、どうやら彼女にはその説明をしていなかったようだ。俺たち旅人には三つの分類の仕事に分かれている。一つ目は、監視官として『他の世界』が悪いことをしていないかを監視する仕事。二つ目は、執行官として他世界に干渉し武力行使をする仕事である。三つ目は両方を行なう仕事である。ちなみに、俺は三つ目の両方を行なえる。ちなみに、旅人になるために試験を受け合格後に監視官か執行官の試験を受けなければならない。両方共合格した者は、それなりに優遇されるわけだ。さて、話が脱線したな、監視者には『世界の記憶』を閲覧することが許されており、他世界で起こったことや、神々がどんな行動をとったのか等など、全てを確認する義務がある。そこで、そこにある死体の山たちは、彼女に対してちゃんと説明すると言う義務を怠った事が判明したわけだ。そして、問答無用で執行権限を用いて『死刑執行』をしたわけだ。
(まったく、この世界の神っていうのは、本当に馬鹿が多すぎる。もう少し、利口であってもらわなければ困るのだがな)
そんな事を思いつつ、今回の『アリアの住む世界』への干渉について確認をする。俺たち『旅人』には三種類の転生方法がある。一つ目は「通常転生」と言い、記憶を失った状態での転生だ。基本、休暇の時くらいしか使われないが、抜き打ちによる監査で必要な時に使用される。二つ目は「使徒転生」である。この使徒転生は、記憶を持ったままでの転生だ。ただし、力に制約が施されている状態での転生になる。そして、三つ目は「執行転生」である。この執行転生には、執行官権限の使用許可を得た状態での転生になる。つまり、世界バランスの崩壊を許可された転生と思ってくれれば良い。その他に召喚もあるのだが、その話は止めておくとしよう。理由は簡単で、説明するほどの内容ではないからだ。
さて、今回の俺は『転生』でも『召喚』でもない。ただの監査でその世界に介入する事になった。どうしてかと言うと、全てはそこの灰になっている神々のせいである。アリアの住む世界が保有できる魂の『キャパシティ』が、もう限界スレスレになったからだ。本来、どの世界にも『魂を保有できる量』が決まっているのだが、それがもうレッドゾーンスレスレなのだ。この状態で転生を行えば、俺を除く魂が消滅する可能性がある。だからこそ、今回は召喚ではなく監査として介入する事になったわけだ。監査として向かえば、魂保有量は関係なく介入できる。なので、今回は仕方がなくこうするしかないのだ。
「執行官として行かなければならないとは、アリアの事を責めるつもりはないが困ったことをしてくれたものだ。召喚を行なえば、他の魂に悪影響を与える可能性がある。そうなれば、俺からの介入しかない、か。まったく、本当に余計なことをしてくれたものだな。だが、アリアを騙していた神々が悪いのであって、今回の件を報告後に裁判官として『今回はお咎めなし』と言う判決をしなければな」
「そうね、今回は私が上に報告しておくわ。それに、貴方にしか倒せない敵がいるのかもしれないわ。まぁ、私の感だけど。それに、私たちが増えすぎた魂を回収中、貴方は重罪人たちを見つけ、世界を狂わす存在を全て裁きなさい。それが、今回の任務よ。さてと、私たちは帰るわ。アリアの世界を頼むわよ、五十鈴」
「あぁ、分かった。こっちは俺に任せておけ」
「えぇ、任せるわ。ダーリン」
その一言を残すと嬢ちゃんたちは蒼い炎に包まれ、炎が消えると同時に二人の姿は消えていた。どうやら彼方側に帰ったらしく、この場にいるのは俺ひとりだけだ。今回の転生先で使用する『武器』を作り出すことにした。右手に赤黒い球体を作り出し、強く握りつぶす。すると、凄まじい爆音とともに『目の前に広がる光景』が全て白へと変わった。それは真っ白なキャンパスのように、俺以外には何も存在しない虚無の世界のような虚しさの残る世界である。
「はぁ、まったく――さて、旅を始めるか。まずは、邪魔なゴミ掃除と行きますか」
指を鳴らし、足元に広がる影の中へと落ちた。
☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆
―side ???―
目が覚めれば、そこはススだらけの世界だった。まだ、季節は冬で寒い風が吹く中を、私は呆然とその光景を見ていることしか出来なかった。今、目の前に広がっている光景が夢なのではないかと思い頬を抓るのだが、頬の痛みからこれが現実なのだと理解させる。そして、私は昨日のことを思い出した。
それは突然のことだった。私は、小さい体を震わせながら、家の中にあるお風呂場の浴槽に入り頭を両手で抑え丸まった状態で隠れていた。パパが浴槽の蓋に防御魔法を発動させ、私だけを助けるために蓋をしめた。私はずっと暗闇の中から聞こえる『ドラゴン』の鳴き声と衝突音を聴きながら、必死に声を殺しながら恐怖と戦っていた。外では村の人たちの叫び声が、絶えず聞こえている。その恐怖に身を震わせながら、次第に意識が薄れていった。気がつけば寝ていたらしく、お風呂の蓋を少し開けると驚愕の光景が広がっていた。平和で長閑だった私たち『シャトゥルートゥ集落』は、たった一夜にして焼け野原に変わっていたのだ。私が寝ていた浴槽以外は何も残っておらず、目の前に広がるのは『焼け焦げた』住人たちだけである。今日は、私の十三歳の誕生日で、私の友達や村長さん、パパにママ達がお祝いしてくれると言っていた。でも、私の目の前に広がるのは『死体の山』である。
「パ……パ。パパ、ママ!! 何処に居るの!! お願い、返事をして」
涙で視界が滲みながら、必死に私はパパやママの事を叫び続けた。朝が来て、夜が来て、私はずっとこの場所で必死に叫んだ。夜になると、浴槽の中に入り必死に恐怖と戦い続け、朝になれば焼け焦げた里の中を徘徊しながら、必死に叫んだ。絶対に生きていると信じて、必死に叫び続けた。そして、私は見つけてしまった。パパとママの焼け焦げた死体を。その日から、私は孤独を知った。ずっと、浴槽の中に入り体を丸めながらずっと泣き続けた。誰も慰めてくれる事もなく、誰も声をかけてくれない。この里に誰も来ることなく、私はずっと泣き続けるしかできなかった。空腹で里を徘徊し、食べられそうな食べ物は無かった。私はずっとこの三日間、飲まず食べずの生活を送っていた。
私はドラゴンを、世界を恨んだ。私のパパとママを、里の人たちを奪った竜を殺したいとさえ思った。集落が襲われたのに、誰も助けに来てくれなかった国を恨んだ。でも、私には力がなかった。獣人族の中で、私は比較的に弱い『狐族』である。魔法には長けていても、物理には弱く体力も殆んどない。私は、そんな自分も恨んだ。憎かった、この世界が憎い、壊したい。そんな憎悪に心が染まりそうになったが、太陽の暖かな日差しによって『その感情』は押さえ込まれた。ただ、今は生き延びなければならないと思い、必死に浴槽の縁を両手で掴み立ち上がった。
「ぇ」
急に目の前に綺麗な切れ目が入ると、紙を破るような音を立てながら切れ目が開く。その奥に目を向けるが、暗い闇を照らすように『赤いランタン』が地面に置かれている。そのおかげか、石畳の道だけが見えた。初めて見る風景をジッと見つめると、そこから『灰色のローブを被った者』が此方へと向かって来るのが見えた。ローブの人が『この集落に足を着ける』と、空間が一瞬にして閉じた。
「肉体が変更されるとは、思いもしなかったが。まぁ、問題はないだろう」
フードの人の声が聞こえ、その人の姿を確認する。顔の上半分を隠している『二本の角の生えた黒いお面』をつけており、両手には漆黒のように黒い拳当てを着けていた。フードを被っているせいで黒い髪の毛と、十代前半くらいではないかと言う予想しかできない。それに、お面から見える黒い瞳でキョロキョロと周りを見ている。
(王国の人かな――、ぇ? 何、この人の魔力量!? に、人間、なの)
私は初めて人間に対して『恐怖』を感じた。いつも集落に来る人間の人に似た匂いが彼からしたので人間だと思ったのだが、彼から放たれる異常なまでの魔力量に驚いてしまった。あれは、人間と呼んではいけない分類だ。本来の人間が持てる魔力を軽く超えている。昔、パパが話してくれた『魔神族』ではないかと思ったけど、絶対に魔神族ではない事はすぐに分かる。私は心の底から恐怖を感じてしまい、急いで浴槽の中に戻ろうとした。だが、前のめりの状態と極度の疲労のせいもあり、私はそのまま地面に顔を打ち付ける形で転倒してしまった。あまりの痛みに顔を上げると、そこには先ほどの人間が立っていた。私は恐怖で心が潰れそうになったとき、彼はどこか暖かな優しい声で言った。
「俺を呼んだのは、お前か」
―side 五十鈴―
「なるほど、これは酷い」
監査先である世界に無事に到着したのだが、目の前に広がる光景に眉を歪めた。人間の焦げた匂いは無いが、炭となった木や焦げ跡の残るレンガなどが広がっている。戦争でもあったのか解らないが、この場所に来たのは間違いだったのではと思った。だが、俺はこの場所にいる誰かに呼ばれたのだ。その憎悪に対し懐かしさを感じて来てみれば、この黒一色の焼け焦げた風景が広がっていたのだ。つまり、俺を呼んだのはこの村に住む――いや、住んでいた人間だと想定した。取り敢えず、俺を呼んだ者を探そうと一歩足を前へ出したとき、何かが落ちる音が聞こえ顔を向けた。
「ん? 俺を呼んだ――いや、生き残りか」
そこには、この場所にある事自体が不思議な白い浴槽と、所々に黒いススの後がついている白いワンピースを着た茶髪の少女が居た。特に、少女には立派な茶色い耳と尻尾が生えており、傍から見れば『狐の獣人』だとすぐに分かる。どうやら手すりが滑って前のめりになったことが原因だろう、あまりにも可哀相なので彼女の下へ向かい治療を行なう為に其方へと体を向けた。すると、何故か全ての時間が止まった。今思えば、俺は魔力を全開放した状態だった事を思い出した。
(なるほど。だから、彼女は俺を見て青ざめていたのか。それは、悪いことをしたな)
時間を停止したまま彼女の目の前に着いた後、発動中の時間停止を解除し、魔力にリミッターをかけた。仕事とは言え、この世界の住人の俺への第一印象が『恐怖』だと仕事がやりづらい。それに、どうやら俺を呼んだのは彼女のようなので、ここは一つ優しく声をかける事にした。
「俺を呼んだのは、お前か」
「ぇ? よ、呼んだって、ど、ど、どう言うこと」
どうやら、彼女は理解できていないらしい。それに、俺はこの焼け焦げた『廃村』について聞かねばならない。それに、この世界についてまだ詳しい内容を理解できていないのも事実だ。もしも、この廃里が戦争以外の要因で起こされたモノならば、俺はその『大罪人』を処罰しなければならない。それが俺の仕事なのだ。
「俺は、他世界から来た人間だ。この世界に向かう途中、恨みや憎しみと言った『負の感情』が俺の方に伝わったのでな。だから、この場所に来た」
「負の感情、ですか」
悲しそうな表情になったのを見て、そっと右手を彼女の頭に乗せて優しく撫でた。急に頭に手を載せたことで驚いてしまったようで、ビクッと体を震わせたがすぐに目を細め尻尾を左右に振る。少しでも恐怖心を無くしてあげたいのと、これから彼女にこの里に何が起こったのかを聞くために出来る限り優しく撫でながら話しかけた。
「何があったか、話してくれ。俺の仕事に関係している可能性があるからな」
「ぅ、ん。そ、その――」
彼女は声を震わせながら、この里――いや、集落に起きたことを話した。それは、彼女にとって深い傷を抉るような、とても重い内容だった。この世界に住むドラゴンが突然この集落に舞い降りたらしく、村人を襲ったらしい。頑張って話してくれているのだが、その恐怖から声を震わせながら必死に伝えてくれた。その内容を聞いて、裏に幕を引く人物がいないか確認するために『地の記憶』を閲覧することにした。撫でている右手を離し、人差し指で漢字の『一』を書くように虚空に書く。すると、脳内に映像が流れた。
二匹のドラゴンによる激闘により、この集落に住む獣人族や人間、そしてエルフ族たちに火炎が飛び火したわけだ。つまり、この集落はドラゴンたちの争いに巻き込まれた形になる。その映像を全て見終えたあと、その場で指を鳴らした。すると、映像は消えて彼女の姿と集落の風景に戻った。全てを見終えたが、怪しい点も幾つか確認することができた。ドラゴンの叫び声と争う姿は、何かを取り返すために争っていたようにも見えた。それに、この集落を急いで逃げていく数名の人間の姿も観えた。つまり、この集落を襲わせるように仕組んだのは、その人間たちだろう。
「さて、全てを理解した。俺の名は御心 五十鈴だ。五十鈴と呼んでくれ」
「イスズさん、ですか?」
「あぁ、それで良い。取り敢えず、まずは食事にしよう。今、手持ちの食料で何か作るから、少しだけ待っていて欲しい」
その言葉を聞いて、彼女は涙目になりながら頷いた。彼女にとって、辛く苦しい体験をしたのだ。最愛の両親や大好きだった集落の者たちが殺され、その死体を見てしまい精神的にも辛い状態なのだ。まずは、食事を取らせてから死体となってしまった者たちを、きちんとした埋葬を行なう。それが、生きている者たちの役目でもある。
「さて、三日間も飲まず食わずの状態だとスープ系が良いはず。そうだな、温かいコーンポタージュでも作るか」
その場で指を鳴らすと現在装備している拳当てが消え、代わりにキッチンと冷蔵庫が現れた。その光景に彼女は驚いた表情で見ているのだが、それを無視しコーンポタージュを作るため食材を冷蔵庫から取り出し調理を始める。隊長から「何時、如何なる時でも、料理を覚えていた方が良い」と言う教えにより『調理技術』を叩き込まれたおかげか、家庭料理から宮廷料理まで作れるレベルにまでなっていた。なので、彼女が食べやすいように調理する事に苦労する事は全くなかった。
しばらく調理をしていると、彼女が俺のそばに近づきジッと俺の手の動きを見ていた。コーンポタージュはもう出来ているのだが、調理中に俺の腹が鳴ってしまい『おにぎり』を作っていた。具材となる鮭の切り身を焼き、身を解してから具材として入れている。その光景が珍しいのか、涎を垂らしながらジッと見ていた。どうやら、この焼き鮭が気になるようだ。
「食うか? あまり長時間飲まず食わずの胃に入れるのは良くないが、少しなら良いぞ」
「良いの?」
「あぁ、構わん。だが、手を洗ってからな」
キッチンに備え付けの流し台から水を流し、彼女が手を洗えるように『木の踏み台』を造り出した。いきなり足元から踏み台が現れたことに彼女は驚き、何度も俺と踏み台を見ていたので、苦笑しながらも黙って頷いた。その後、彼女は石鹸で手を洗い終えてから、解した『焼き鮭の切り身』を手で摘み、匂いを嗅いでから食べた。その瞬間、彼女の目から大粒の涙が溢れ出し泣きながら食べ続けた。
(辛かったろうに。五十鈴、彼女を連れて行くのはどうだ? 彼女を置いて行くと言うのは、とても酷なことだ)
急に脳内に話しかけてきた彼奴の声を聞いて、俺は黙って頷いた。確かに、彼女を置いて行くのは心苦しい。それに、彼女が俺を呼んだのは間違いない。ならば、彼女を守ることが『旅人』としての役目だ。執行官として重罪人を裁き、旅人として彼女を守る。その事を彼奴に伝えると、何やら満足げに「了解した」の一言を残し声が消えた。なんと言うか、まぁ。彼奴については、いずれ話すことにしよう。
「ミーア」
彼女が涙を両手で拭うと、儚げな笑みを浮かべながら言う。その姿が、殺人鬼時代の妹の姿と重なって見えた。一瞬、動揺しておにぎりを落としかけた。何とか落とさずに済んだのだが、その光景が面白かったのかクスクスと彼女は笑った。その時、初めて彼女の本当の笑みが見た気がした。
「私の名前は、ミーア・チェルト。ミーアって呼んで」
「ミーアか。良い名前だな」
ご飯を作り終え、俺はもう一度指を鳴らす。すると、キッチンは一瞬にしてテーブルに姿を変えた。テーブルの上には『スープを入れるための皿』と、先程まで作っていた『コーンポタージュの入った鍋』の他に、俺が腹が減ったので握った『おにぎりの置かれた皿』が置かれている。もう驚き疲れたようで、驚く事もなくジッと目の前に置かれている食事を見つめている。ガラス製の食器が珍しいのか、ジッと観察している。それほど高価な物ではないのだが興味があるらしく、右人差し指で食器を触るとすぐに手を引っ込めた。そんな彼女の行動を見て、何故か微笑ましくも思えた。この集落は、まさに地獄そのものだ。このような場所に三日間も居続けた彼女は、精神的にも肉体的にも参っているはずだ。
「さて、ご飯にしようか」
「うん」
ガラスの食器へコーンポタージュをよそる。暖かな湯気を立てながら、美味しそうな匂いが漂う。その匂いから彼女は生唾を飲みながら、必死にコーンポタージュを見ていた。流石に『焼き鮭の切り身』の残りだけでは空腹を抑えることは出来なかったようで、必死にコーンポタージュが食器によそられるのを見ている。俺はスプーンを彼女に渡すと、コーンポタージュの入った食器を彼女の前に置いた。すると、再び涙目になりながら俺を見るので黙って頷いた。彼女はスプーンを握り、ゆっくりだが食べ始めた。美味しかったのか、スプーンを忙しなく動かしながら食べている。おかわりを望めばよそり、おにぎりを手に取ると必死になって食べていた。
「慌てて食べないようにな」
「うん」
美味しそうに食べる彼女を見ながら、俺もおにぎりを食べる。周りを見渡し、敵がいないことを確認してから、この集落に横たわる死体たちのお墓をどこに立てるかを考える。現状、この集落の人間の魂がどうなったのかを確認しようにも、彼女の前でやるべき行為ではない。今は、彼女に不安を与えずに傍に居てあげることを優先的にするべきだ。せめて、彼女のためにも、まずは死体をちゃんとした形で埋葬すべきである。
(敵意や魔力を放つ気配は無いが、この集落の下の方から不思議な力を感じるな。取り敢えず、埋葬を終えてから彼女を連れて調べに行くか。彼女は怖がって付いてこない場合は、別の方法で連れていけば良い)
そんな事を考えながら、俺は彼女の食べている姿を見ながら優しく微笑む。それを見て、彼女もとても嬉しそうに笑っていた。その笑顔を見るだけで、なんだか此方まで嬉しくなる。もし、俺に子どもがいたらきっと彼女のように笑えていたのかもしれない。まぁ、その話は別に話すに値しないことだ。
(ミーアか)
彼女の名前を心に刻みながら、もう一度指を鳴らしマグカップ一個とりんごジュースの入ったポットを呼び出した。もう驚く気配もないので、マグカップの中にりんごジュースを淹れて彼女に渡した。お腹もいっぱいになったようなので、最後に渡したマグカップを掴むと匂いを嗅がずにそのまま飲んだ。お腹いっぱいになった事や今までの疲労から、目を擦っている。
「眠いのか?」
「――――、ぅん」
「そうか。なら、安心して眠れるようにテントを用意しよう」
その場で指を鳴らすと、テーブルなどが消え代わりにテントが現れた。彼女が寝られるようにテントの中には銀マットと、その上に青い寝袋が置いてある。取り敢えず、彼女が寝ている間に埋葬の方は俺がやるとしよう。後は、彼女が一人で寝ている間に誰かに襲われる可能性もある。それを避けるために、俺の部下である一人を呼び出すことにした。
「一人で寝られるか?」
首を横に振るうと、顔を青ざめさせながら俺の傍に近寄り袖を掴んだ。一人で寝ることに対し、恐怖を感じているのだろう。ならば、部下に埋葬の方を任せるとしよう。ただ、部下がちゃんと埋葬してくれるかどうか悩んだ。俺の部下の事だ、きっと、それはもう、豪勢な墓標を作るのだろうな。いや、別にフラグを立てているわけではない。今までの部下の行動を理解しているから言えるのだ。まぁ、何ができるかは当日になってからのお楽しみになるだろう。
「仕方がない。私の部下が、この集落の方々の埋葬をしてくれるだろう。じゃ、先にテントの中に入って待っていなさい」
だが、それでも首を横に振るうので、仕方がなく「部下が来るまで傍にいるか?」と伝えると黙って頷いた。本来なら彼女に会わせたくはないのだが、俺と一緒じゃなければ寝なさそうなので仕方がないと諦めた。取り敢えず、コートの内ポケットから携帯電話を取り出しメールを送った。内容については、集落の情報と死体の埋葬を頼む文を書いた。その後、何時来るかの返答メールを確認後、俺は携帯電話を内ポケットに戻した。携帯電話が気になったのか、目を輝かせていたのを見てしまった。だが、不注意で壊されたら困るので説明だけで終わらせた。
「まぁ、仕事の関係上必要な物でな。こればかりは、ミーアに渡せないんだ。後、部下に此方へ来るように連絡したのだが、俺の部下を見ても決して怯えたりするんじゃないぞ? 意外と繊細な奴もいるからな」
「うん、分かった」
「なら、良い。多分、ミーアは驚くはずだ。どんな他世界でも、部下たちを見たら剣を構えて戦闘態勢になるからな。でも、俺の部下が戦闘で負けることはないから、別に気にする事じゃないがな。ただ、一言だけ忠告させてもらうと――」
彼女に、俺の部下について一言だけ伝えた。それが何を意味するのか、きっと理解できないだろう。だが、これは必ず伝えねばならないことなのだ。俺と一緒に鍛えてきた部下に対して、彼女が失礼な対応をとらないようにしっかりと言わなければならない。
「これから来る部下たちは、俺たち旅人に鍛えられた『世界最強の軍団』だ。礼儀作法はちゃんとしなければならない。優しい奴らだから、怯えたりしちゃダメだぞ」
「うん!! 約束する」
そして、お互いの自己紹介をしながら部下が『この世界』に到着するのを待つことにした。