15話 ゴブリン部隊 ガーランド VS 盗賊団
どうも、書き上げるのに遅れた私です。
この季節、体調崩しやすくて困りますね(汗
取り敢えず、この話を書き終えたので、次話はもう少し早くできると良いなぁ(涙
2016年5月30日:タイトルを編集(記入忘れしておりました)
目の前にあるフロアは上の階とは違うようで、土床ではなく石床になっている。この部屋は拷問部屋なのだろうか、タイル床以外は天井も壁も土のままである。元々はダンジョンだと聞いていたが、此処に着くまでは全部の階層が石床などない土床だった。
(ここだけが、特別というわけか)
そんなことを考えながらも、この後の行動について考えている。これから戦闘になるのだが、黒ずくめの罪人の背後にいる少女のことが気がかりなのだ。何故なら、このまま戦闘になれば、間違いなく彼女にも被害を与えかねない。このままにするわけにもいかず、先に女性を救出するために背後で冒険者たちを避難させている部下へと振り返らずに手信号で指示を出す。誰も見ていない可能性があるのだが、取り敢えず指示を出し終えてから罪人の動きを見守る。ここで私が不用意に動けば、囚われている女性に危害を加える可能性があるからだ。最悪の場合、人質にされ攻撃ができない可能性がある。
『こちら、ジャック。ガーランド、手信号なんて珍しいな。了解した、少しだけ時間をくれ。まだ、冒険者たちの避難が終わっていない。あと一、二名で終わるのだが、罪人の輸送に手間取っている。指示を出し次第、囚われている女性を保護する。少しの間で良い、罪人の注意を逸らしてくれ。戦闘をしても構わない。その隙をついて、私と部下一名で保護する』
ジャックからの通信を聞き、まだイヤーカフ付きヘッドセットを付けていたことを忘れていた。先程の指示を受け、私は黙って頷いてから罪人のもとへと駆ける。瞬く間に目の前に私が現れたことで驚いたのか、一瞬だが目に同様しているのを感じ取った。此方を見つめる視線を感じ取りながら、天井へと殴り飛ばすために溝へと一発だけ打ち込んだ。その瞬間、何やら拳に違和感を覚えた。確かに溝を殴ったのだが、何故か手応えを感じなかったのだ。それは、言葉に言い表すと『麻袋を殴っている』とでも言うべきか。そんな感触が拳から伝わった。
「ゴハ!?」
空気を吐き出すような音が聞こえたが、私は先ほどの疑問を覚えたまま天井へと打ち上げた。土の天井に背中から打ち付けたことで、悲鳴すら上げることができずにそのまま地面へと落下する。彼を天井へと打ち上げている間に、背後から素早く囚われた女性に駆け寄るジャックと部下一名へと目を向ける。一瞬ではあるが二人と視線が合い、私はすぐに罪人が落下するのに合わせて罪人の頭へと左フックを決めた。そして、右側の壁へと打ち付けた。今思えば、この部屋の構造を確認していなかった。左右を向くと、左側の壁側には拷問用の器具やテーブルに置かれた書類が配置されていた。当然だが、第二部隊の部下がそれを回収し撤退していく。そして、右側の方へと顔を向けると、そこには武器のようなものが一つだけ壁にかけられている。それは、シャムシールのような形をしている。それに、何か武器に付与されているのだろうか、ピリピリとした気配を放っている。先ほどの一撃を受けて多少フラつきながらも立ち上がる罪人は、その武器を掴み取ると鞘から剣を抜いた。
「ガーランド、後は任せたぞ。終わり次第、また来る」
背後から声が聞こえ振り向くと、部下とジャックがタンカーを担いだ状態で声をかけてきた。あの一瞬の隙に女性を保護し、尚且つタンカーに乗せて出口付近へと撤退している。流石は私のライバルであり、同僚であると言うべきか。ジャックたちへ向けて黙って頷くと、ジャックたちは隊長達の待つシャトゥルートゥ集落へと向かうべく階段のある方向へと走り出す。それを見届けてから罪人の方へと体を向けると、口元を覆っていたスカーフを外した状態で睨みつけていた。その姿を見て、私は先ほどの違和感の答えが解かった。
「なるほど、屍人か」
そこには鼻の頭から顎の先まで、茶色く腐敗していた。そして、頬の肉は剥がれ茶色く汚れた歯が見える。つまり、この罪人は死んでいるにも関わらず、この世界に留まり続ける存在と言うわけだ。それに、スカーフを外したことが原因か解らないが、体を覆っている魔力オーラを目視できた。皮膚に近い部分は紫色に光っているが、皮膚から離れるに連れて薄くなっている。これは、魔力を過剰に出し続けることで起こる魔力低下ではないだろうか。そう結論づけると、すべてが納得できる。
「お前の出している魔力を見る限り、ゾンビやグールではなさそうだ。その腐食具合からして、五ヶ月前からその肉体に取り付いていたのだろう。己の魔力を使用して、死体の腐敗を遅らせていたようだが、その魔力の色を見れば分かる。もう、その肉体を保つのは限界なのだろ」
手に握るシャムシールを私へと向けているのだが、肉体の限界が来ているのか体はふらつき握っている。手に握っているシャムシールすら体のふらつきのせいで揺れており、狙いがまったく定まっておらず大きく左右に揺れている。あと一発でも殴れば、完全に動けなくなるだろう。私の一撃なんぞ、御館様たちからすれば『子どもの肩叩き』程度である。その一撃を受けてこのザマでは、まったく面白くないし期待して損をした。さて、もう一撃を与えるために拳を強く握りしめ、目の前にいる死体から『本体』を引き摺り出すとしよう。
「ッグ!? き、きき、貴様は、何者だ!!」
罪人は震えた声で叫びながら私に問う。先程も私は言ったはずなのだが、聞こえていなかったのだろうか。可能性の一つではあるが、術者は死体を通じて体を動かすことはできるが、言葉などの音は聞こえないのではないだろうか。いや、そんなはずはない。魔力を通じて体を動かしているとは言え、音を理解できないなどまったく意味のない。可能性として考えられるのは、魔力の持続時間が切れ始めており、肉体は動かせるのだが声や音は聞こえない可能性がありえる。つまり、魔力が完全に無くなるか、死体が使い物にならなくするかのどちらかである。まぁ、どちらにしても『私が何者か』など、本来ならどうでも良いことだ。だが、問われたからにはもう一度だけ答えるのが一般的な回答である。
「先ほども言っただろう。罪人、お前を倒す者だと」
「違う!! 貴様は、貴様は!?」
どうやら声は聞こえていたらしい。だが、罪人が何を問うているのかが解らない。正直に言って、言葉のキャッチボールが全然出来ていないのだ。気がつけば、無意識のうちに拳を強く握りしめた状態で、サイドリラックスのポージングを取っていた。無意識とは言え、やはり本能的に警戒はしていたのだろう。しばらく相手の出方を見守ることにした。本来ならここで一撃を決めて死体を操っている存在を引っ張り出すべきなのだが、先ほどの二撃が効いていることもあり不用意に突っ込む必要ないだろう。焦らず、確実に仕留めれば問題ないのだ。ならば、ここは正確に急所を狙い定めることにしよう。
「貴様は、同族なのか!? それとも――」
続きを話そうとしたのだが、魔力が弱まったせいで左腕の腐敗が進み、筋肉の細胞組織が脆くなったのだろう。肘の部分から引きちぎれるように左腕が抜け落ちた。ゾンビなどの屍人種には痛覚などないはずなのだが、左腕が抜け落ちた瞬間に苦悶の表情をする。どうやら、目の前にいる屍人の肉体に対し痛覚は操っている者、つまり『術者』が受けるようだ。だが、魔術によって『操り人形』となった死体に、どうして術者の方がダメージを受けるのだろうか。
「いい加減、その肉体から出て行くべきではないか? 魔力的にも限界のように見えるが」
「ッチ!? 貴様らさえ来なければ、あの女の肉体を――ッグ!?」
聞き捨てならないセリフが出たため、罪人へと一瞬で近づき右フックをかました。だが、その勢いを殺すべきではないと筋肉が告げており、反撃など出来ないほどの速さで左フック、右フックの一セットを計十二セットほど打ち込み、最後に顔面へと向けて右ストレートを叩き込む。その威力に耐え切れなかったのか死体は壁に叩きつけられ、死体の立っていた場所に『黒い円形の影』のみがその場に留まっている。どうやら、術者本人の登場のようだ。バックステップでその場から離れ、次の攻撃に備えてサイドリラックスのポーズを取る。
『まさか、貴様如きに俺の姿を見せることになろうとはな』
影が波紋を打つと徐々に広がり、ゆっくりと影の中から一人の『人間』が現れた。体をローブで覆い、右手には金の装飾があしらわった杖を手に持っていた。背の高さは私よりも少し低く、見た感じではあるが百六十五前後くらいではないだろうか。そして、顔を確認しようと思ったのだが、室内がそれほど明るくないせいでローブの下にある顔を確認することができない。だが、腕や足の太さ、手の大きさなどを見ても、体格的に男性であることは確実である。
「ふむ、なるほど。最初は魔族と予想していたのだが、どうやら人間のようだな。清らかな蒼い魂の中に、微かだが汚れ――いや、魔族特有の紅い光が混ざっている。どうやら、魔族が持つ魔力と人間が持つ魔力が混合しているようだが。つまり、お前は人間と魔族の間に生まれた『混血種』という訳か。ふむ、御館様からの命令もあるが、どうしたものか」
御館様から『罪人どもを生きたまま連れて帰れ』との指示が出ている。そして、今回のシャトゥルートゥ集落襲撃の黒幕が目の前にいる。だが、混沌種が相手になったと考えると生きたまま連れて帰るべきか悩んでしまう。人間と魔族の間に生まれた存在を、人間として捕獲するべきか、魔物としてこの場で始末すべきなのか。この罪人を集落へと連れて行くのは危険だが、部下たちのことを考えると別に連れていっても問題はないような気もする。ならば、私の攻撃を耐え抜けば捕獲。耐えられなければ、ジッエンドである。
「貴様は、魔物なのか? それとも、同族なのか? 貴様は、貴様は一体、何者だ!!」
「同族? 罪人、お前なんぞと一緒にしてもらいたくはないな。私は確かに混血種だ。だが、貴様程度の雑魚と、私を一緒の括りにされては困る。罪人よ、お前は下等な存在であることを理解するべきだ」
「っな!? き、貴様ぁぁぁああああ!!」
どうやら、ようやく戦う気になったようだ。私としてはさっさと終わらせ、御館様とボルト様にシャトゥルートゥ集落産の試作品ワインを試飲してもらいたいのだ。時間飛ばしをして作ったとは言え、ワイン自体の芳醇な香りや味は問題ない。なので、さっさと終わらせて試飲をしてもらい、今後のシャトゥルートゥ集落の目玉商品として量産や輸出を視野に入れた計画書を提出したいのだ。この仕事を終えた後のことを考え、さっさと決着をつけるとしよう。
「さぁ、攻撃でもしてみればどうだ? 私は受け止めてやるぞ」
上から目線で罪人に聞こえるように挑発すると、堪忍袋の緒が切れたようで手に握る杖を私へと向ける。杖の先端からは赤い炎の球体が現れると、私へと向けて叫びながら火球を放つ。
「フレイムボム!!」
炎の球体が此方へと近づいてくるのだが、正直に言って『この程度』の火球で私を殺そうとしているのかと残念で仕方がなかった。私に傷を負わしたいのならば、御館様の技である『バッドゲイル』くらいの一撃で来なくては不可能だ。故に、私は右手を火球へと伸ばし、掴み取ることにした。なに、ただ罪人に対して恐怖心でも与えてやろうと思っただけである。
「死ねぇ!!」
火球が右手に直撃したのだが爆発は起こらず、そのままの形状を保ち掴んでいる。火属性の魔法とは言え、人間にとっては皮膚を焼くほどの熱さなのだが、私にとってはまったくもって関係のないことである。この程度の熱など、ぬるま湯と同じくらいである。
「な、何故、爆発しない!?」
「この程度の炎か。我らの部隊には全く効かないのだよ。この程度の火球なら、デコピンだけで防げる」
右手に握られている火球を握りつぶすと、共学の表情のまま罪人は一瞬よろめき後方へと一歩下がった。だが、その後ろには土壁と壁に埋もれた死体のみである。だが、私はあえて攻撃はせず、ラットスプレットのフロントポーズを取り罪人へ向けて言った。
「さて、次の攻撃はないのか? まだ、待ってやるぞ」
「ゥググ。何なんだ、貴様は!!」
「まったく、つまらない男だ。仕方がない、久しぶりだが少々気合を入れるか」
私はゆっくりと深呼吸をし、両手を後頭部へと動かし一気に気合を入れた。その瞬間、私を中心に押し出そうとする凄まじい風圧に罪人は吹き飛ばされ、壁に埋もれた死体の隣へと受身を取るすべなく打ち付けた。その間、私は気合を込めながらサイドチェストを決める。風圧はやんだが、私を中心に地面へと引っ張られるように重力が発生する。もちろん、罪人はそのまま地面へと叩きつけられ身動きが取れなくなっている。
「ぁ、が!? ぉ、ぉも」
「この程度か。筋肉を極めた者が辿り着く究極の美!! その身で堪能すると良い」
サイドチェストからモストマスキュラーのポーズにした瞬間、この部屋を覆っていた重力が解けた。本来ならここで立ち上がるなり、魔力を使用しての攻撃に出るのだろうが、罪人はそのどちらでもない行動をとっている。
「ぁ、ぁが、グギィ、グガァァァ!?」
喉を掻きむしり、息が出来ないのか苦しそうな表情で天井を見つめている。口のはしから涎を垂らしながら目を見開き、嘔吐まではしなかったもののその場でうずくまる。必死にこの場から逃げたいようだが、体が思うように動かないのだろ。右手を伸ばし、必死に石床の溝を掴もうとするが、床の石床を掴むことができずに拳を強く握る。
さて、何が起こっているのかについて説明は簡単にできるのだが、原理については説明することができない。如何せん、私自身が理解できていないのである。さて、何があったのかと言うとだ。このフロア一帯の魔力を強制的に消滅させたのだ。いきなり魔力を多く所持しようとも、一瞬にして無くなれば『魔力欠乏症』と言う状態へとなってしまう。このフロアからでない限り、魔力が回復することは絶対にない。ちなみに、私には全く影響がないので問題はない。筋肉を痛めつけ、より強く、より美しく。筋肉を極めるために日々トレーニングを行なった結果、敵とみなした者に対してポージングをとるだけで、この罪人と同じ状態になった。つまり、知らずのうちにこの力を手に入れたわけだ。そして、私自身には全く影響はない。まさに完璧な力と言えよう。
(苦しそうだな。魔力を失っただけで、もがき苦しむか)
ここで攻めても良いのだが、敢えて何もせず見守る。これは、罪人に対しての罰である。罪人の手によって苦しめられた者たちの苦しみを理解させ、己が犯した罪の重さを罰として受けてもらう。ただそれだけの理由である。
「ふむ。この程度で苦しむか。さて、そろそろ終わらせるとしよう」
苦しんでいる罪人へと向けて見下ろすように見つめ、ポーズを解いて罪人のもとへと歩き始める。もがき苦しむ姿に見飽きたわけではなく、そろそろジャックたちが来るからだ。この罪人がもがき苦しむのとほぼ同時に、ジャックがアジトの入口に入った気配を感じ取った。罪人を連れて行くのは『任務』なので良いのだが、このままキャティ殿の父上の死体を放置する訳にもいかない。今回は、キャティ殿の父上も連れて帰るとしよう。
「貴様が犯した罪に対し、正しき罰を受けてもらう。それが、貴様の運命だ」
左手で罪人の頭を掴み上げ、そのまま勢いをつけ地面へと叩きつけた。地面にクレーターができたのを確認し、掴んでいた手を放し罪人の首筋へと手を伸ばす。脈があるかは確認したがどうやら、死んではいないようなのでただの気絶で済んだ。もう少し穏便な方法で倒すべきだったかと思ったが、このくらいが丁度良いのかもしれない。それに、先ほどから何者かの視線を感じる。気配を殺しているようだが、私にはすぐに解かる。これは、部下やジャックたちではないようだ。取り敢えず、殺意を放っていないようだから、ここは無視することにする。
「この程度か。つまらん」
つい本音が出てしまったが、誰も聞いているはずもない。そのまま罪人を縛り上げ、魔力が発動できないように『魔力吸収手錠』を罪人の手首につける。魔力を失ったとは言え、魔力が回復し逃走する可能性もある。なので、この手錠が出番となったわけだ。この手錠は、装着された者の魔力を吸収し続ける効果があり、吸収すればするほど頑丈になる仕組みになっている。
「遅れてすまない。罪人は――なるほど、これは酷いな。少々、やりすぎたのではないか」
毎度のことだが、背後からジャックの声が聞こえた。忍の技術を身に付け、アサシンとしての技術が上がっているとはいえ、出来れば消してではなく普通に声をかけてもらいたいものだ。だが、ジャックにとってはこれが普通なのだろう。これに関しては諦めるしかないのだろう。ジャックの方へと振り返ると、ジャックの他に四名の部下が棺桶を持って立っていた。
「あぁ、それはすまなかった。如何せん、そこの男が素直に出てこなかったものでな。シャトゥルートゥ集落で起きたドラゴンによる集落襲撃の主犯格は、この手錠をはめている男だ。特に、そこの死体――いや、キャティ殿の父上である死体を此奴が操っていたのだ。取り敢えず、この方を丁重に扱い、弔ってやりたい」
「あぁ、解かった。ご遺体の件だが、右階段を下りた三階層の方にあった部屋に棺桶が何台かあったのでな。取り敢えず、これ運ぶとしよう。お前たちは、丁寧にご遺体を運べ。俺とガーランドで、この罪人を運ぶ」
ジャックの指示を受けると、棺桶を持った部下たちがキャティ殿の父上の死体へと歩き出す。部下たちが丁寧に死体を扱っているのを見つめながら、私は罪人の頭を掴み上げ引きずるように階段のある方へと向かう。その光景を見て苦笑するジャックに対し、私は質問することにした
「ところで、キャティ殿の母上については聞いたのだろうか」
「ん? あぁ、その件については聞いているが、それがどうした」
「いや、キャティ殿の父上がとうの昔に亡くなられたのだ。せめて、母上の死体の隣に埋めてあげたいと思っただけだ。きっと、彼もそれを望んでいるはずだろう」
とうの昔に亡くなっているとは言え、あの罪人に操られ最愛の妻を殺されたのだ。あの世にいるであろう、キャティ殿の父上に対して、このような仕打ちをしたのだ。罪人には罰を与えるが、せめて殺されてしまった最愛の妻の隣に埋めて上げるべきだ。
「なるほど。キャティ殿の母上の件だが、キャティ殿の頼みでご遺体はシャトゥルートゥ集落に埋葬することになった。だから、安心してくれて構わない」
「そうか。なら、安心だな。それにしても、今回のシャトゥルートゥ集落襲撃に対して、誰が得をするのだろうか。ボルト様からお聴きした限り、鉱石のみの輸出を行なっていたようだが、たかが鉱石のみで集落を潰すような計画を立てるだろうか?」
「確かに、ガーランドの言う通りだ。バルト王国に七割も輸出しているからとは言え、それ以外にも何か理由がある可能性はあるな。だが、それに関しては俺たちがでしゃばる必要はない。それに――」
ジャックは話をしながら二階層へと続く階段の前で立ち止まると、抑えていた殺気を放ちながら後方にある鉄の檻へと体の向きを変え睨みつけた。私も、この罪人を掴んだあたりから何やら視線を感じていたが、どうやら明確な殺意を出していたからかジャックが睨みつけたのだろう。
「貴様ら如きが、我らに勝てると思うてか? 雑魚ども」
『っ!?』
細い小さな悲鳴が聞こえたが、私は何も言わずジャックに任せることにした。
「次はない。殺されたくなければ、身を引け。今すぐにな」
ジャックの言葉を聞いてか、魔力を使いこの場から退場したようだ。魔力の色は見えたが、顔までは見えなかった。何故なら、姿を隠す魔法を使用していたようで、気配と魔力の色以外は何も見えなかった。私ですら見えなかったと言うことは、この罪人と同様に何かの死体を操って見ていたのかもしれない。
「ハァ。これで罪人が増えたな。今後の事を考えても、これについてはボルト様と御館様に報告するとしよう。ジャック、そろそろ殺気を抑えないか。その状態で集落に戻るのは流石に拙いだろう」
「あぁ、そうだな。俺としても、こんな状態で帰るつもりはない。取り敢えず、先ほどの者については、見つけ次第に殺しても構わないと思うがな。あの殺気は、集落に危害を加える可能性がある」
「そうだな。だが、見つけ次第殺すと言うのはどうかと思うぞ。ジャック、罪人には正しき罰を。それが、我らのスローガンだ。この程度で殺しては、可哀想ではないか」
罪人の頭を掴んでいる手を放し、そのまま地面に落としてから米俵を担ぐように罪人を持ち上げて、ようやく私自身の異変に気がついた。茶色かった皮膚が、肌色に戻っていたのだ。もしや、ゴブリンの呪いが解けたのではないだろうか。今すぐにでも確認したいのだが、今は任務中なので諦めるとしよう。
「そう言えば、ガーランド」
「ん、なんだ」
殺気を解いたジャックが、何やら不思議そうな表情で私に問いかけてきた。
「元の姿に戻っているな。どうやって元の姿に戻ったのだ」
どうやら本当に元の姿に戻ったらしい。ならば、早急にこの場所から撤退する必要がある。このアジトを襲うのは、人間ではなく魔物でなくてはならない。私の呪いが解けてしまった時点で、この任務に支障が生じてしまう。今すぐにでも逃げる必要があるのだが、その前に聞くべきことができたので聞く。
「私の呪いは、いつ解けた」
「俺が放っていた殺気を解いたあたりからだ。取り敢えず、我々を監視していた者が逃げたときは、まだマッチョなゴブリンだったからな。問題はないだろうが、今は急ぐべきだろうな」
「そうか。ならば、急ぐとしよう」
そして、我々は無事に任務を完遂した。集落に戻る際に、誰かの監視する気配はなかったので特に問題なく戻ることができた。取り敢えず、我々はすぐに罪人どもを外に置かれた超強化専用ガラスで作られた牢屋へと投げ入れた。このガラスには魔力吸収機能が付いており、戦車の砲撃ですら貫通及び破壊できない牢屋である。別名『ガラス張り生活』と言うらしいのだが、この牢屋、一度入れたら御館様以外に開けることのできない『あかずの牢屋』である。
「さて、精神が持つかどうか。見ものだな」
そんなことを呟きつつ、私は罪人に鞭打ちされていた女性の元へと向かうのだった。
Side ???
電気のついていない暗闇の中、俺は無言で棒付きキャンディーを舐めていた。本来なら電気をつけるべきなのだが、今は暗闇のままで問題はない。我々の仕事に関しては、誰かに見られるべきではない。そんな中、俺はこれからの事について考え事を始めた。
「無月隊長、どうします? このまま彼を『あの世界』に留めるのですか」
考え事をしている中、不意に男性の声が右隣から聞こえた。聞き覚えのある声だったので、驚くことなく俺はその問に答える。
「卯月副隊長。今は、一刀をあの場所に留めるべきだ。狂いし者が目覚め始めている中、ここで『玖々梨 一刀』に退去命令を出すのは危険だ」
「そうでしょうか? 私には、みこ「違うだろ」――、そうでしたね」
「ハァ。彼奴のことは『玖々梨』か『一刀』のどちらかで呼べ。此方の世界では、その名は禁句だ。以後、気をつけるように」
副隊長から「了解しました」との返答が帰ってきたので、俺は口の中に入れている棒付きキャンディーを噛み砕く。今は、俺たちのするべき仕事をしなくてはならない。あの時のことを思い出し、俺は本当に彼に任せて良かったのか考えている。あの時、あの世界へと向かわせる旅人選びで、一刀の妻が「夫を向かわせたい」と言った事で、一刀が行くことになったのだ。
「こうなるとが解かっていて、一刀を選んだわけか。いや、これによって最後の爆弾を見つけ出せたと考えれば――いや、それでもだ。もう少し、穏便に済む方法があったはずだ。そう考えると、焦りすぎたのかもしれんな」
「そうですね。今更ですが、少々焦りすぎだと実感しています。ですが、あの世界はすぐにでも救わなければならない状態でした。もう過ぎたことではありますが、私たちに出来るのは『すべての世界に起きた異変』を解決しなければならない。なんとしても、四年までには終わらせ、一刀がすぐに行動できるようにする。それが、今、我々が出来ることです」
副隊長から最もな回答が出たので、俺は黙って頷き歩き始める。今は、なんとしても一刀にあの世界を救ってもらわねばならない。何故なら、あの世界にいる狂い神は一刀にとって『忘れてはならない存在』なのだ。故に、あの妻は一刀を行かせたかったのだろう。ならば、今は俺たちがやれることをするだけである。
「行くぞ、卯月」
「はい、隊長」
一人の部下のために、俺はすべての世界に起きた異変を解決するべく走り出す。俺の後を追う副隊長の走る足音を聴きながら、聞こえているはずもない一刀へ向けて呟いた。
「さぁ、こっからが本番だ。しくじるなよ、一刀」




