10話 竜仙とボルト
旦那に頼まれ『ミーアの指導』をする事になったのだが、まだ子どもにも関わらず『基礎体力』はあるようだった。まぁ、獣人族だからと言う理由で片付くのだが、それでも動きは中々に良かった。その為、今回の指導をどうするか悩んでいる。武術に対して、何を教えるべきかが悩みどころだ。現在、旦那が帰って来たのでシータと共に魔術の指導をしている。シータと旦那の手によっての指導と考えると、些か不安にはなるが問題はないだろう。それにオショウからの報告も上がっている中、集落に来ている者たちの為に民家を作る必要がある。現状の出来上がっている建築物について、先ほど部下から報告を受けている。報告によると『鍛冶屋』と『調合屋』が先ほど完成したらしい。他にも『トレーニング場』や『模擬戦場』、それに『錬成所』と『お寺』が出来ている。
「さて、部下の大半が帰っている。今、集落に残っているのはシータとベラーダ、建築系と鍛冶師に調合屋の二十四名か。ボルトが戻り次第、錬成所に行ってもらいホムンクルスの作成に入ってもらう。だが、此方に来た者たちの人数が百名もいる中で、住居スペースの拡大かも必要だ。そうなると、集落の拡大も視野を含めなければならないか」
「そうですなぁ。魔女たちが森を復活させたおかげで木材不足はないですし、先ほどゴーレム部隊に防壁の拡大を頼んでおきました。取り敢えず、石材の確保をするためにゴーレムの力を借りて作成している状況です」
背後からボルトの声が聞こえ振り返ると、そこには元の姿に戻っているボルトが立っていた。オールバックにしている赤紫色の髪に、狼のような鋭い目つきをした黄色い瞳。二十代半ばではあるが凛々しい顔立ちが印象的な『本来のボルトの姿』に戻っていた。白いワイシャツの上に焦げ茶色のジャケット羽織っており、下には黒い長ズボンを履いている。そして、昔だが俺がボルトの出世祝いに買ってやった『焦げ茶色の靴』を履いていた。
「ぉ、ボルトじゃないか。無事に元の姿に戻ったのか」
「えぇ、始祖様に文句を言われながらも、なんとか元の姿に戻してもらいました。取り敢えず、御館様の『上半身裸で薪を割っている瞬間』を撮影した写真を渡して機嫌を直してもらってから、ゴブリンの呪いを解いてもらいました」
「なんだか、大変だったようだな。まぁ、旦那の写真を対価にして元の姿に戻ったのは驚きだが、始祖様ならありえることか。お疲れ、まだボルトにやってもらわなければならない仕事があるのだが、大丈夫か」
ボルトの肩を軽く叩くと、苦笑しながらも「はい」と返事を返して来た。本来ならボルトには今日一日休みにしたいのだが、急遽の仕事が増えてしまった。ボルトには悪いが、このまま仕事をやってもらう事にした。取り敢えず、ボルトには集落の修復状況と、この世界の商人と冒険者たちが来ていることを説明した。
「あそこにある荷馬車から人が出てきているだろ」
集落に入ってくる際に商人が運転していた荷馬車を見たのだが、人を目的地まで送り届ける輸送用の荷台に目が行ってしまった。木製で作られた長方形の箱の形をした荷台には窓がなく、焦げ茶色に塗装されてはいるのだが、ところどころに矢が刺さっている。それに、木製の四輪の車輪が所々破損しており、いつ壊れてもおかしくない状態の中を二匹の馬がその場で立ち止まっている。
その後、荷馬車から――いや、これはもう「運搬用護送馬車」とでも言うべきか、その馬車の後ろ扉が開くと、続々と中に入っていた者たちが外へと出てきた。大きな荷物を持った者や革製の首輪を付けた者、それに何やら武器を持った者などが続々と出来ては、集落の光景や部下たちを見て驚いていた。まぁ、一々驚いている者に反応するのも面倒なのでさっさと仕事をするように指示を出した。
「それにしても、車輪の方はもう壊れてもおかしくはない状態だが、荷台はそれほど損傷が少ないですね」
「あぁ、あの運搬用護送車には、防御魔法が展開されているらしい。まぁ、俺らからすれば付け焼刃程度だがな。それより、ボルトに頼みたいことがある」
ボルトの方へと体を向け、見下ろすような形で言う。まぁ、なんせ身長差が二十cmもあるのだ。どうしても、このように見下ろすような形になってしまう。俺としては、部下に対してこのような状態で指示を出すのは嫌なのだが、身長差ではどうしようもない。それを分かっているのか、ボルトは微笑みながら体の向きを俺の方へと向け背筋を伸ばした。
「私に頼みごとなんて珍しいですね。で、何を行なえばよろしいのでしょうか? 始祖様から『御館様と協力してホムンクルスを創る』と言う要件は伺っておりますが、早急に対応しなければならない要件であれば、そちらを優先させますがどのような依頼でしょうか」
ボルトに伝えるように頼まれ依頼については、始祖様が話してくれたようなので『その件』は伝えなくて良いだろう。なら、他の件について話すことにした。これは急ぎの件ではないのだが、旦那が「是非、ボルトと共に共同研究したいから伝えといて」と言われた事について伝えた。
「始祖様から聞いているのなら、その件を先に進めて欲しい。それとは別の要件でな、ボルトに伝えといて欲しいと言われている。旦那がダンジョンコアを持って帰って来たのだが、それを研究材料として『ダンジョンを作ろう』と言い出したんだ。そこで、このシャトゥルートゥ集落専用のダンジョン――その名も『試練のダンジョン』を作ろうと言っていた」
「試練のダンジョン、ですか。なるほど、御館様の意図が大体分かりました。了解しました。その件については、ホムンクルスを創り終えてから取り組みます。ところで、ドラゴンの素材についてですが、今は何処に置いてあるのでしょうか」
真剣な表情で俺を見るボルトに、この集落の地図を袖口から取り出し、ボルトに手渡した。この地図は、昨日の晩に書いた物で、今のところこの地図通りの配置に建物を建設している状態だ。修復不可能な家については、一度解体してから同じ場所に家を建てている。修復可能な一割に対しては、なるべく内装をそのままにして修復作業に取り組んでいる。そう言った事も踏まえて書いた地図なのだが、今集落には百人もの移民が来ている。皆が皆、疲れ果てた表情をしており、商人から話を聞いた際、ワケありの者たちだと言っていた。国を追われた姫君やら、戦争に巻き込まれ命かながら逃げてきた農民などなど、ワケありでこの集落に来ているのだが、今の状況では防壁を広げないと彼らがこの集落に住めない状態にある。しかしながら、この地図はそれについて考慮していないため、必要な情報が抜けた地図になっている。
「あぁ、その件についてだが、解体部隊がドラゴンの解体を終えたらしい。血液や臓器、頭部と鱗、翼に尻尾と骨など、部位ごとに分けてあるのだが、使いたい素材があるのなら調合屋にいる「カトゥル」に言ってくれ。彼奴に「ボルトが来るまでは絶対に使うな」と伝えている。集落に来た冒険者や商人にも伝えているから、先にそっちに向かってくれ。必要なら、何人か部下を連れて行って構わない。あと、これは昨日書いた地図だ。今のところは、この地図通りに建物ができている。だが、この現状だ。新しい地図を書かなければならないだろう。それとホムンクルス部隊と烏天狗部隊には帰還命令を出した。そのため、今いる部隊はゴブリン部隊と魔女部隊、後は、神楽部隊とゴーレム部隊だけだ。何度も部下の出入りがあったのでな、今この集落にいるのは四十名だ」
「そうですか……分かりました。取り敢えずは、私一人で問題はありません。それと、カトゥルがいるのならば、今のところ問題はないですよ。御館様が来るまでの間に生成の方を終わらせておきます。あと、ドラゴンの魂の件ですが、どうなっているでしょうか? 確保は出来たのであれば、今すぐにでも欲しいのですが」
不安そうな表情で問いかけてくるのだが、その気持ちは痛いほどよく解かる。何故なら、ドラゴンが亡くなってもう四日は経っているのだ。魂の確保が間に合わなかった事を考え、手に入ったのかどうか気になったのだろう。そんな事を思いながらも、魂の件について説明することにした。
「すまない。その件なのだが、どうも手遅れだったようだ。流石に四日も放置されていたとは言え、地縛霊のように留まってくれていると思ったのだが、この世界の死神が優秀だったようでな。もう、あの世に持って行かれた。すまないが、魂の件は諦めてくれないか」
「そうですか。そうなると、魂の精錬の方も考えないといけませんね。魂を作るのと、肉体の生成するのを同時並行でやる必要がありますね。まぁ、この世界の住人の魂を一人選別しておけば問題はないのですが、そちらの方はどうなっているのでしょか」
「あぁ、それについてか。実はカトゥルが、あの世を管理している方々に挨拶回りをしに行ったのだが、そこで閻魔大王様と同じ役職の神様と出会ったらしくてな。取り敢えず、事情を説明したのだが、本来は駄目なのだが『特別に一人だけ』と言って候補者を一人だけ用意してくれたんだ。今、その候補者もカトゥルに任せているのでな、ちゃんと連れて行くんだぞ」
「分かりました。では、ホムンクルスの件は、カトゥルから素材などを回収してから、すぐにでも始めますね。あと、集落の件ですが、この現状を見るとこの地図通りには行かなさそうですね。取り敢えず、食料の普及や住居スペースを考えると、この倍は面積が欲しいですね。この件については一度、会合を開く必要があるかと思います。どうするかは、竜仙様におまかせします。では、私はこれで」
そう言うと、カトゥルのいる調合屋へと向けてボルトは歩き始めた。ボルトが行くのを見届けてから、ダンジョンがあった場所へと向かう。旦那たちがダンジョンを殺したことで、守護者が現れることもなくなったわけだが、生前のダンジョンの内部がそのまま残っている。そのせいもあり、このダンジョンの有効利用方法を考えている。地下十一階もあるこのダンジョンには、酒ダルや食料などの貯蔵に適している事もあり、どうするべきか悩んでいた。地下十一階の部屋は、旦那のせいでまだ完全に修復されていない状態で残っている。このまま崩落する可能性もあることから、やはり埋め立てるべきなのだろうか。
(しかし、ダンジョンを殺したとは言え、このまま放置するのもどうだろうか? 旦那とティエ殿が攻略したダンジョンを、何もせずにこのまま有効活用しないのも勿体無いような気もする。だが、再利用すると言ってもなぁ)
しばらくダンジョンの事を考えていると、誰かの視線を下の方から感じたので其方へと顔を向けた。すると、そこには俺の帯に差している鉄扇をジッと見つめている首輪を付けた二人の少女の姿があった。二人とも顔がそっくりで、髪型も瞳の色も体型も全て同じだった。水色のハーフショートに金色の瞳、体型は「ロリ巨乳」と言えば簡単に想像してもらえるだろうか。そして、麻布で作られた簡易的な服装を着ている。彼女たちはどうやら奴隷なのだろうと、すぐに分かるような格好をしている。そんな二人の少女が、鉄扇をジッと見ている。そんなに珍しい物でもないと思うのだが、目を輝かせながら見ている。
「触ってみるか? ほれ」
帯に差している鉄扇を引き抜き、その場で軽く腰を屈め手渡した。すると、俺の顔を見て一瞬驚いたのだが、すぐに鉄扇と俺を交互に見ながら「良いの?」と聞いてきた。俺は黙って頷くと、少女たちは恐る恐る鉄扇へと手を伸ばした。少女たちが鉄扇を掴むと、嬉しそうにはしゃぎながら、鉄扇を開いたり閉じたりをして遊び始めた。銀色の鉄扇だが、広げれば両面に『蓮華と蓮の葉の絵』が描かれており、それを見ては目を輝かせている。
「わぁ~、すっごく綺麗だねぇ」
「うん!! 綺麗だねぇ。でも、ちょっと重い」
「ハッハッハ!! そりゃ、そうさ。それは鉄扇って言って、鉄で作られた扇子だ。超軽量化されてはいるが、オルハリコンですら簡単に砕けるからな」
少女たちが持つ鉄扇について軽く説明すると、目を輝かせながら「すごい、すごい!! 鉄扇ってすごいね」と言いながらはしゃいでいた。やはり、子どもとは元気が一番である。だって、可愛いじゃないか。子どもが元気よく遊んでいる声を聞くと、なんと言うか心が温まる。なので、少女たちが鉄扇で遊ぶ姿を見つめながら奴隷たちの事について考えることにした。この集落に来た奴隷たちの殆どが『戦争に巻き込まれ、孤児となった者』である。他にも、罪を犯した犯罪者が奴隷なった犯罪奴隷と言う者や、仕事による派遣業を行なう奴隷もおり、その者たちの扱いについて考えなくてはならない。一様ではあるが、孤児たちについては、旦那が「可哀想だから」と言う理由で全員買い取って部下たちが面倒を見ている。ちなみにこの二人に関しては、まだ引き取り手が見つかっていない状態である。現状、孤児たちの話は旦那と相談しており、もし彼らが俺たちの傍で暮らしたいと言うのなら連れて行く予定であり、孤児だけで二十名はいるのだが、九割強は「一緒について行く」と答えた。なんでも部下たちが気に入ってしまったらしく、親心が芽生えたのか「絶対に連れて帰る」とか言い出している者さえいる。
(労働奴隷については、畑を作るスペースが出来次第か。問題は、犯罪奴隷の方だな。彼らについては、ちゃんと指導をするべきだ。己の罪と向き合い更生を促し、頑張ってもらわねばならない。その点も含めて、俺が指導するべきか? いや、此処は旦那に任せるか? はぁ、どうしたものか)
奴隷の件についてどうするべきか悩みながらも、ボルトの言っていた会合について考えることにした。まずは、会合場所をどこにするべきか悩んでいる。流石に旅館の方で会合をするとなれば、室内での会話が誰かに聞かれる可能性がある。なんせ、旅館に会合に適した部屋を作ってはいないのだ。そんな中で一室を借りて会合を開けば、隣部屋や通路から俺たちの会合内容を他者に聞かれる可能性がある。そうなれば、会合の場所を考えなくれはならない。
「竜仙様ぁぁぁぁああああああ」
遠くの方から急に大きな声で呼ばれたので顔を向けると、俺の方へと向かって走るボルトの姿があった。何やら右手に封筒のような物を持っており、必死の形相で俺の下へと向かって来ている。取り敢えず、腰を屈めている状態なので、体をまっすぐに伸ばしボルトの方へと目線を向ける。すると少女たちもボルトの方へと顔を向け、首をかしげながら俺の方へと顔を向けて手に持っている鉄扇を返してくれた。しかし、ボルトが近づいて来るのを見えると、すぐさま俺の後ろに隠れた。だが、少女たちのことなど気がつくはずもなく、ボルトは俺の目の前で立ち止まると、右手に持っている封筒を両手に持ち替えて差し出した。
「ん? おぉ、ボルト!! どうしたんだ、大声出して」
「御館様が所属している隊長様から『許可書』が届きました!! カトゥルが受け取ったらしく、御館様に渡して欲しいと頼まれたんで届けに来ました」
旦那の名前が書かれた『橙色の封筒』を俺に手渡した。副隊長とは違い封筒の裏面に桜と三日月の印が押されており、さらに微かに感じる『同族の覇気』から本物だと解かった。無月隊長は『鬼神族』を従者として従えており、力試しで鬼神族の大将と本気の殴り合いでカスリ傷一つのみで大将を打倒した。そのせいもあり、無月隊長は鬼神族の覇気を身につけてしまった。その残り香とでも言えば良いのか、この封筒からもその覇気を感じ取ったのだ。これは重要な物なので右手人差し指にはめている収納指輪に入れ、ボルトに「確かに受け取った」と言い、旦那のいる旅館へと向かおうとした。しかし、後ろにいる二人が俺の腰をしっかりとホールドしており、動こうにも動けない状態だった。そんな中、ボルトも二人のことに気がついたらしく、首をかしげながら不思議そうな表情で言う。
「あれ、そちらのお二人はどうしたのでしょうか? 確か、部下たちが全員引き取ったと報告を受けていますが」
「あぁ、実はな。この二人だけ、未だに引き取り手が見つかっていないんだ。そんで、今はこうして俺の鉄扇で遊んでいたわけさ」
俺の説明を聞いて納得したらしく、その場で両腕を組み頷いた。だが、しばらくして何か疑問でもあるのか、また首をかしげた。
「なるほど、そうだったのですか。ところで竜仙様、一つ疑問があるのですが」
「ん? どうした」
「なんで、竜仙様は『儂』ではなく『俺』と言うのでしょうか? いつもでしたら、儂がとか言っていませんでしたっけ?」
ボルトからの一言を聞いて、無意識にいつもの口調に戻っていることに気がついた。だが、今更戻すのも面倒だし説明するのも何だかなぁと思い、取り敢えず適当に話を流すべきかと悩んだのだが、ボルトになら話しても良いかと思い話すことにした。
「あぁ、本来なら部下の前では、自分のことを『儂』と言っている。だが、部下たちのいない前では――と言うより、普段の生活では『俺』と言う言葉を使っているんだ。この場所に慣れちまって、気が抜けちまったのか。自分自身のことを俺と言ってしまうんだ」
「なるほど、それは仕方がないですね。私も、時々ですが俺って言ってしまいますし」
「だろ? なんだかこの場所、妙に居心地が良いんだわ。不思議で仕方がねぇが、な」
互いに苦笑いをしていると、ホールドしていた二人の手が離れ、俺の背中越しではあるがボルトの方をジッと見つめていた。何やら頬を赤く染めているようにも見えるのだが、何故か俺の背中越しで見つめているのだろうか。気になるのであれば話しかければ良いのだが、二人とも俺の背中から離れようとはしない。どうしたものかと考えていると、ボルトは、二人の目線へと腰を落とし微笑みながら声をかけた。
「俺の名は「ボルト・ローグベルグ」だ。君たちの名前はなんて言うのか、教えてくれないかな」
優しく声をかけるボルトに対し、二人は俺の後ろで何か話し合いをしている。そう言えばあの時、二人とも頬を赤く染めていたような。いや、もしかしてだが、ボルトに恋でもしてしまったのだろうか。まぁ、ボルトも旦那とは少々事情が違うのだが、妻を三人以上作るように命令が出されている。もしも、二人がボルトに恋をしたと言うのなら、このままボルトに一任した方が良いのではないだろうか。背中越しではあるが小声で話し合いをしているため、話の内容までは解らないが何故か楽しそうな声だけは聞こえる。その後、話し合いが終わったようでボルトの前に現れると、何故か解らないが両手を前に出してモジモジとする。そんな二人の姿を見て、一瞬だがボルトに目線を向けると微笑んでいた。どうやら、恥ずかしそうにしている二人の姿を見て、懐かしい記憶を思い出したのだろう。二人へ向けている微笑む姿が、初めて俺と旦那に出会った頃に見せた「優しい笑顔」に似ていた。
「私は、メルト・トワイライトです」
「私は、イリス・トワイライトです」
名前を名乗ると、その場でもう一度お辞儀をした。実は、俺もこの二人の名前を知らなかった。取り敢えず、この許可書を貰った以上、部下に孤児奴隷の全員を連れて帰ることが出来ることを伝えなければならない。まぁ、どちらにしても、まずは旦那に封筒を渡さなければならない。それに、この子達の面倒を見てくれる者も決めなければならない。そんなことを考えていると、ボルトはメルトたちの頭を優しく撫でながら嬉しそうに笑った。
「そうかそうか!! メルトちゃんとイリスちゃん、だね。これからもよろしくね」
「「うん」」
メルトたちが元気よく返事をすると、すぐにボルトの隣に立つと俺の方へと体を向け満面の笑みで笑った。どうやら、この子達の面倒を見る――いや、お気に入りを見つけてしまったようだ。こうなると、俺が面倒を見る者を見つける必要はないようだ。メルトたちの希望する人材に対して、後は命令を出すだけだ。まぁ、ボルトには悪いが仕事だと思って働いてもらうとしよう。それに、どうやら妻候補も一緒に見つかったわけだし、問題はないだろう。
「ボルト、この子達の面倒を見てくれるな」
「はい。私は構わないのですが、メルトちゃん、イリスちゃん。俺が君たちを引き取って良いかな」
「「うん、お兄ちゃんと一緒がいい」」
やはり双子なのではないだろうかと思いながら、旦那にメルトたちの件について報告するとしよう。旦那のことだから、ボルトたちの給料を少し上げるだろう。これでも、家族手当などの各種手当はしっかりしている。だから、多分だが給料は間違いなく上がるはずだ。ただ、旦那の仕事量がさらに増すのは確実だろうから、俺やシータで支えるとしよう。ただ、旦那が俺たちに遠慮し無理をしすぎて『あの化物』が目覚めなければ良いのだが。いくつものリミッターがかかっているとは言え、いつ目覚めるか冷や冷やもんである。しかしながら、今回はボルトにメルトたちを任せた。これにより、かなり負荷を与えていないかが心配である。
「ボルト、本当に任せて良いのか? 無理ならば、他の者に頼むが」
「いえ、問題はないですよ。一人暮らしとは言え、実家の方にいる妹が喜びそうですし」
頭を掻きながら苦笑するボルトに、メルトたちはジッとボルトのことを見つめていた。取り敢えず、メルトたちの件は片付いたと言うことで、これで良しとする。ボルトも問題はないと言っているのだから、これ以上念入りに聞くのも失礼だろう。いざとなれば、姉上に頼めば良いことだ。この件は、旦那に伝えて終わりである。
「あぁ、彼女か。確かに、彼女なら喜ぶだろうな。では、済まないがこの子たちを頼む」
「はい、任せてください!! ところで、御館様はまだ長引きそうですか」
メルトたちがボルトの腰辺りに抱きついている中、何故かボルトは旦那のことについて質問してきた。何か旦那に急ぎの用なのか気にはなるが、シータが関係しているためもう少し長引くだろう。それに、魔法がどこまで扱えるかについての確認もあるため、予定よりも一時間は遅れる可能性がある。なので、先にボルトにはホムンクルスの生成をやってもらう必要がある。なので、その件についてボルトに説明することにした。
「ん? あぁ、まだ終わりそうにはないな。なんせ、魔法関連はシータが講師を務めるからな。本来なら、これほど時間はかからないはずなのだが、俺たちがミーアに武術と魔法を教える。だからこそ、現状のミーアのレベルを確認する必要がある。体力などは、体を動かす事ですぐに解かるが、魔術に関しては違う。魔法がどこまで扱えるか、魔力の限界値はどのくらいか。魔力回復にかかる時間はどの程度か。その他にもいろいろと調べなくてはならない。だから、まだ時間はかかっているのだろう。なんせ、シータの扱う魔法は全て旦那の魔法だ。それを扱えるかどうか、旦那も確認したかったんだろう」
「そうでしたか。では、竜仙様にお願いがあります。御館様に「こちらの準備はもう出来ております」と伝えてもらえないでしょうか? カトゥルから聞いたのですが、今回の件は御館様と一緒に行なうらしく、御館様がいない状態では行なうことができないのです」
「そうだったか? 確かに旦那は「ボルトを呼んできて欲しい」と言っていたが、作成に関しては旦那も協力をするとは聞いていないが。いや、ボルトが一緒に行なった方がより完成度もますか。解かった、旦那の方には――」
話の最中だったのだが、右の振袖からクラシックの曲がなった。その音にメルトたちが驚いたのだが、ボルトは苦笑しつつ「出てください」と言ったのだが、話の最中で電話に出るのもどうかと思った。だが、この曲が流れていると言うことは、旦那からの電話であることは間違いない。仕方がないと思い、ボルトへ「済まない」と告げてから振袖の中に入っている携帯を手に取り、一瞬ではあるが『ファンタジーの世界で携帯が鳴るのは、変なのでは』と脳裏を過ぎったのだが、こればかりは「いつも通りだな」と思い苦笑しつつ旦那からの電話に出る。
『竜仙。ミーアの件が終わったぞ』
「そうですか。こちらも孤児奴隷の件が片付きました。無月隊長からの許可書も届いたので、問題なく孤児たちを連れて帰れますよ。あと、ボルトが来ていますよ」
『そうか。なら、今からそっちに向かう。ところで、最後の二人は誰が面倒を見ることになったんだ』
電話越しではあるが、旦那の声が聞こえたのだろう。ボルトは黙って頷き、メルトたちの頭を撫でた。嬉しそうに笑うメルトたちの声を聞きながら、旦那に誰が引き取るのか報告をする。
「それについては、ボルトが面倒を見ることになりましたわ。二人とも、ボルトと一緒に暮らしたいと言うので、二人の意見を尊重したのですが宜しかったですか」
『あぁ、構わない。取り敢えず、俺の件も片付いたから、今からそっちに行く。隊長の手紙に関しては、そっちに着いたら受け取る。それと、この後だが竜仙にはミーアのためにシータと協力して授業の割り当てを頼む』
「分かりました。では、ここで待機しています」
『あぁ、済まない。では、また』
通話が終わり電話を切り、ボルトに旦那から許可を貰ったことを伝える。その言葉を聞いて、メルトたちが「やった」と言いながら飛び跳ねている。そんなに嬉しそうにはしゃいでいる姿を見て、ボルトに任せて良かったと心から思った。今思えば、孤児奴隷である子ども達は、全員女性だった事が気になる。もしやとは思うが、この世界では男性の孤児奴隷の方が高いのではないだろうか。そう、戦争の駒として引き取られる可能性もありえる。それが本当に起こっているのならば、俺は全力を持って地獄送りにするだろう。子ども達を道具のように扱うのならば、それ相応の罰を与えるのみ。
(はてさて、俺の考えが間違っていると良いのだが)
その後、旦那が来たので封筒を手渡した。旦那は封筒を開け、手紙を取り出してから読むとそのまま収納指輪にしまい、ボルトを連れて錬成所へと向かって行った。四人の姿が見えなくなってから、旅館の方へと体の向きを変えた。取り敢えず、今はミーアの件を先に終わらせることを考えることにした。あとは、シータにこの集落の今後について話し合わなければならない。これからのことを考えると頭が痛くはなるが、この集落がどう変貌するのか楽しみでもある。
(さて、この集落の為にも、頑張るとするか)
鉄扇を懐から抜き、軽く肩を叩きながら旅館の方へと歩き始めた。




