表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪の旅人  作者: 玖月 瑠羽
プロローグ
1/90

0話 プロローグ

どうも、皆様。

プロローグから1万1千文字ですが、どうか温かい目で見守ってください。

 どうも、初めまして。俺の名前は『御心(みこころ) 五十鈴(いすず)』です。

 今、とても綺麗な満月が登っている夜の草原で、驚きのあまり絶句した状態で棒立ちしている。それに心地よい暖かな風が頬に触れ、ここが現実なのではないかと錯覚を覚えた。何故、絶句しているのかと言うと、俺は先程まで自宅のベッドで寝ていたのだが、気がつけばこの場所に立っているという訳だ。これは夢なのではないかと思いつつ、今日一日のことを思い出すことにした。

 今日の午前中は新しい検査装置の操作手順書を作り、午後には客先に置いてある製品の修理作業を行った。その後、会社に戻り『今日』の修理した製品の報告書と『月曜日』の客先へ向かう準備を終えてから会社を出た。会社の外では、明日がクリスマスイヴと言うことで、クリスマスツリーのイルミネーションを観ながら駅へと向かう。この歳になって、この街道のイルミネーションが年々変わっていることに気がついた。今まで仕事に追い込まれて、こういった風景を観る程の余裕がなかった。こうして観ると、この街道のイルミネーションは歳を重ねるごとに進化していることが良く解かる。


(まぁ、誰かと一緒に観る事はないのだがな)


そんな事を考えながら、駅の改札口を入り満員電車に乗る。電車の中は空いており「今日は結構空いているな」と思いながら降りる駅に着いたので降り、駅の近くにあるスーパーで夕飯の買い物をする。その後、六階建ての自宅アパートに着き、五階にある自宅の玄関ドアの鍵を開け室内に入る。靴を脱いで廊下を歩き、いつもの様にリビングにかけてあるコート掛けにあるハンガーにスーツをかけ、ネクタイを外しながら台所に向かい冷蔵庫を開くと、缶チューハイを取り出して夕食の準備を始める。今日の夕飯は『ミネストローネ』と『和風パスタ』を作り、いつもの様に刑事ドラマを観ながら食べた。久しぶりに作ったので美味しく出来ているか心配だったが、そんな心配もする必要はなく美味しく出来て大満足だった。そして、風呂を掃除しお湯をため、明日の予定を思い出しながら風呂に入り疲れをとる。


(あぁ、明日は妹たちが来るんだっけ? 何作ろうかな)


そんな事を考えながらも風呂から出て、身体を拭きながら明日の予定を考える。明日は双子の妹たちが遊びに来るので、夕飯やクリスマスプレゼントを用意しなくてはならない。その為、何をプレゼントすれば良いか悩み、まだ買っていないのだ。なので、取り敢えず明日にでも池袋でプレゼントを買って用意しておくとしよう。明日の予定もまとまり、身体を拭き終え、下着とパジャマを着て洗面台に向かい歯を磨く。そして、歯磨きを終えてから、電気を消してベッドに入り就寝しておりました。そして、目が覚めたらこの場所に立っている。これは、テレビ番組のドッキリではないかと思い「何かのドッキリか」と言いたい気持ちにさせた。つまり、そんな経緯から今に至ると言うわけだ。


「ココドコ、ワタシハ――――って、ネタが古いか」


 そんな事を呟きつつも、現状を確認する事にした。服装は昔お爺ちゃんと一緒に見た時代劇のドラマで侍が着ている茶色い生地の着物を着ており、腰に巻かれた黒い帯に一本の刀を差している。帯に差した一本の刀を鞘ごと抜き、その刀を確認する。この刀には見覚えがあった。昔やっていたオンラインゲームで使用していた刀にそっくりだ。確か名前は『逆刃刀(さかばとう) 幻龍(げんりゅう)』だった気がする。なんせ、そのオンラインゲームはとっくの昔に終了しているのだ。確か、高校三年の冬に配信終了した筈だ。配信終了まで皆と思い出話をした記憶がある。あれからもう十年が経ったわけだから、忘れていない方が驚きだと思う。


「懐かしいな。こんな形で、愛刀(おまえ)と出会えるなんて」


 黒い鞘に収まった刀を、懐かしい気持ちになりながら見る。卍型の鍔と頭柄に白い鈴が付いており、握り手に黒い漆で塗られた包帯で巻かれている。刀身を確認するために鞘から抜くと、月光に照らされながら真紅に染まった逆刃刀が目に映る。これは、俺が初めてギルドに参加した時に知り合った『カルマさん』が俺の持っていた素材から打ってくれた『打刀』である。オンラインゲームで使用していた『打刀』が、ギルド公式イベントでの祖龍戦で止めを刺したのと同時に壊れてしまった。その時に入手した『祖龍の素材』と『折れた刀』を使用して打たれた刀だ。


「止めを刺した時に、人間族だった俺が『竜の因子』を強制的に植え付けられたんだったかな。今更ながら、あの時から『祖龍の申し子』とか変な称号がついたんだっけ」


 昔のことを思い出しながら、その刀を鞘に戻してから帯に差した。しかしながら、本当に懐かしい刀と出会えて嬉しさ反面、寂しさを感じたのは言うまでもない。あの頃は、ギルドの仲間たちと一緒に多くの魔物を倒してきた。あの頃がとても懐かしいし、もう一度あの仲間たちと『オフ会を開きたい』と言う思いに駆られた。

そう言えば、この場所についてのことを確認するのを忘れていた。取り敢えず、この草原内を探索することにした。草原を歩きながら、左手で鞘を握り親指で鍔を抑えながら周りを見渡す。360度すべてが草原と夜空だけだ。満月に万点の星が広がる草原の中で、美しく響く鈴の音が気持ち良かった。しばらく歩いていると、目の前に巨大な一本の桜が現れた。それはとても美しい橙色の桜が咲いている。いや、あれは本当に桜なのだろうか。


「なんだろう。何故か解らないが、懐かしさを感じる。何かを忘れているのだろうか? いや、この風景に見覚えがある? なんだろう、思い出せない」


 舞い散る桜の花を見ながら不意に右手を差し伸ばすと、手のひらに橙色の花びらが一枚だけ乗っかる。その瞬間、急にノイズが走った。体は動かず、目の前に巨大なスクリーンが現れる。そして、スクリーンに見覚えのないCM映像が再生される。まるで映画を観ているかのように、その光景をただ傍観者として観ている事しかできなかった。そして、ナレーターの声が入ると映像が始まる



     ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ 



 それは、一人の青年が語る物語である。

 この世界の住人なら誰もが知る一人の『殺人鬼』の話だが、真実を知る者はたった二人だけ。世間には決して語らないからこそ、誰にも『真実』は知られる事がないとも言える。そして、彼は何も語らずに、その生涯を終えるのだ。彼には語る必要のないことだが、実は真実はもうすぐ明らかになる。悪名だけを語る者はいるが、真実を語る者はいない。だからだろう、その二人による本当の真実がもうすぐネットやテレビによって白日の下に曝される。だが、それを知らない俺は、今日こそ『死ぬ事ができる』と思い、自分自身の生涯を思い出しながら窓の外を見つめる。


「昔は、良かったな――。ガハ!? ぃ、つぅ。ッチ、まったく、俺の命も、今日までかな」


 殺人鬼になる前から重い病気にかかり、自主をした途端に病気が悪化した。その後、裁判で判決を受けて、こうして警察病院の一室で死ぬのをただ待つ日々が続く。誰かが来るわけでもなく、いつも寝たきりの日々だ。ただ、徐々に眠る間隔も短くなっている。きっと、もうすぐこの命の灯火も消えるのだろうと思うと、何だか苦笑しか出なかった。俺が死ねば、すべてが終わるだろう。もう、この世界に「殺人鬼」はいらない。いや、元々いらない世界なのだ。


(誰かが、俺を殺しに来るのだろうか。殺した男の母親か? それとも、妻か? はたまた、恋人か。真実など知らない方が良い。彼女にも、誰にも、知られてはならない。知れば、すべての国で抗議デモが起こるからな。人体実験による、人間兵器の作成なんて。政治家も、科学者も、本当にバカな事をするもんだ。挙げ句の果てに、警察のお偉いさんも国防省の連中も、隠蔽に必死だったからな)


 俺の大切なモノを殺そうとする者達を、躊躇なくこの手で殺してきた。そして、俺は自首をして裁判所で裁かれた。それだけで、俺は満足だった。もう彼女を殺そうとする者はいないのだ。なら、後は死を待つだけだ。もう、生きている理由はなく、死ぬ理由だけしかないのだ。


「疲れたよ。まだ、三十路だと言うのに、もうすぐ死ぬのか。次は、閻魔大王様に裁かれるために。多分、俺は地獄へと、行くのだろうな」


 体の感覚が少しずつ無くなっていき、まぶたが重くなっていく。なんとなく、もうすぐ死ぬのではないだろうか。そんな期待に心が踊る。別に、死ぬのに恐れているわけではない。ただ、俺はこの世で裁かれた時は、死刑ではなく無期懲役だった。その判決が正しいのか、俺には解らない。だから、あの世で俺の罪を裁いて欲しいのだ。自分勝手なのは理解している。でも、知りたいのだ。俺の罪を、俺の犯した大罪を。


「ようやく、眠れそうだ。もう、す――ぐ。かな。ゴメンな――」


 そして、俺の意識は完全に闇へと落ちた。これが俺の人生の幕引きであり、あの世へと旅立つ始まりだ。俺が今まで犯してきた罪を考えれば、きっと地獄へ行くだろう。だが、もし一つだけ願いを叶えてくれるのならば、どうか彼女だけは許してほしい。彼女に罪はないのだ。ただ、彼女の父親に、父親の幹部たちに命を狙われていただけだ。だから、俺は彼女を護ってきた。だから――。



     ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ 



 映像が終わると、また先ほどの風景に戻された。ようやく体が動かす事が出来たのだが、急に襲いかかってくる深い喪失感に、立ち眩みと言うダブルパンチで桜の樹に手を触れてしまった。その瞬間、先ほどの男性の過去記憶が映像として脳内に再生される。人を殺した時の感覚や、俺が殺してきた者たちの表情が映像として映る。まるで追体験しているような感覚に、吐き気に襲われるがなんとか耐えた。


「今のは、なんだったんだ。ぅぐ、気持ち悪い」


「アレは、貴方の前世の記憶。貴方は私と契約を結び、旅人としての人生を与えた。そして、今貴方が観ている映像の全てが、貴方の魂に刻まれた『真実の記憶』であり、私と契約を果たす前の記憶」


 背後から声が聞こえたのだが、振り返る気力も立っていられる気力もなく地面に片膝をつけた。他にも沢山の記憶が蘇り、自分が何者なのかを告げるかのように映像が脳内に再生される。それは前世や前々世などの記憶であり、俺が何者かを思い出させようとする。観ているだけで頭が痛くなり、気が狂いそうになる。だが、そのおかげで『俺が何者か』を思い出すことができた。正直に言って、忘れていた方が幸せだったと思えるほど、俺は人を殺していた。殺人鬼としての俺の記憶を観させられ、正直に言って気分がすごく悪い。


「で、思い出しましたかしら? 私と交わした契約と、貴方が何者なのか」


 催促するように声をかけてくる彼女に対して、気分が悪くなったのは言うまでもない。そんな最悪の気分の中で、吐き気もようやく収まり身体も軽くなったので、ゆっくりとその場で立ち上がる。そして、嫌味を半分込めて背後にいる仲間に対して言う。


「あぁ、胃がキリキリしているが思い出したわ。で、どう言う要件で俺を『この場所』に呼び出した? 嬢ちゃんが俺を呼ぶなんて、滅多にないことだな。いつもなら死んだ後に『この場所へ戻る』ように設定されているはずだが、寝ている時に呼び出すなんて珍しい。何か、面倒事でも起きたのか? それこそ、どっかの神様にしつこく泣きつかれない限り、俺を呼ぶわけが――ま、まさか!? マジで、どっかの世界の神様らへんに泣き付かれたのか」


 後ろを振り返ると一人の少女が、ジト目で俺を見ながら両手を組んだ状態で立っていた。腰まであるサラサラな白髪は風が吹く度に揺れているが、少女の着ている『フリルのついた真紅のドレス』は全く揺れていなかった。人形のような整った顔立ちで可愛らしいのだが、どうしてなのか分からないが目にクマを付けて眠そうな表情をしている。いや、正確に言えば『寝落ちする五秒前』と言った方が良いと思う。スタイルも良く、少女にしては胸が意外に大きい。


「えぇ、盛大に泣きつかれてね。自宅に押しかけて、私の前でずっと土下座して『お願いします』と、ずっと言うのよ。それも昼夜問わず言うものだから、そのせいで睡眠不足で辛いわ。本当なら、休暇と言う事で五十鈴の世界(こきょう)に帰してあげたけど。私の貴重な睡眠時間が消えるのだけは避けたいから、仕方がなく貴方を呼び出すしかなかったのよ」


「嬢ちゃんの貴重な睡眠時間を奪った神様に対して、俺は別に文句を言うつもりは無いのだが、そこで何故、俺が対応しなければならないのだろうか。休暇中の俺の人生を返上してまで、その神様の世界を救わなければならないのか聞きたいのだが、その前に嬢ちゃんが寝落ちしないかが心配だ。嬢ちゃんがこの場所で寝落ちされたら、俺は情報もなく飛ばされるから――って、聴いているか? おい、目を閉じるな!! 俺を選んだ理由とか、他の先輩たちに頼んだのか聞きたいのだか――って、おい」


 俺が話している間に、嬢ちゃんは一瞬だが目を瞑った。しかし、そのまま寝落ちしそうになったのか自らの頬を一発だけ殴ると、痛みで目が覚めたようで目を開き殴った方の頬を撫でた。唇が切れたらしく、唇から赤い血が垂れていた。いつもの事ながら、見事な拳の一撃だと関心はしたが、自らの頬を殴るのに衝撃波を伴う程の一撃が必要だったのだろうか。普通なら顎が外れたり歯が砕けたりするのだが、彼女の場合は唇が切れた程度だった。


「あぁ、痛かった。そうそう、あの子達じゃ手に負えないから貴方を呼んだのよ。あの子達は『他世界の観察と執行権限』しか持っていないけど、他世界での干渉権限は持っているわ。でも、貴方と師匠だけは『他世界の歴史変更権限』を持っている。だから、休暇はそろそろ終わり。依頼を受けて貰うわよ、御心 五十鈴」


 真剣な表情の嬢ちゃんを見て、今回の仕事がどれほど重要なのか痛いほどよく分かる。なんせ、体からほとばしる『殺意のオーラ』を感じれば、断ることが出来ないのは言うまでもないのだ。嬢ちゃんは右手から青い球体を出すと、それを握りつぶし『一枚の青いハンカチ』を作り出し、唇から流れる血を拭う。どうやら血は止まっていたらしく、拭い終えたハンカチをその場に投げ捨てる。すると、ハンカチは一瞬にして燃え灰と化した。それを見届けてから、嬢ちゃんの仕事を引き受ける返事をした。


「ぁ、あぁ。わかったよ、嬢ちゃん。今回の依頼は俺が引き受けるが、大丈夫か? さっきの一撃で目が覚めたようには見えないが、コーヒーでも淹れてやろうか」


「確かに貴方の淹れたコーヒーは魅力的だけど、今はいらないわ。あと、痛みはないから別に気にする必用はないわ。それに、この後でゆっくりと睡眠が出来るのだから。それだけで、私は幸せだわ」


 ようやく熟睡が出来ると言う事に、喜びを感じているのだろう。祈るように手を組み、空に昇る月を見て微笑んでいる。嬢ちゃんにとって凄く辛い事だったのだろう。多分だが、あのクマを見てだが『一週間』は寝てないだろう。昔からの付き合いだから、大体は分かってしまう。なんだかんだで、いつもそばに居たから俺は『奴ら』と戦えたわけで、俺としてはこれでも凄く感謝をしている。だからか、嬢ちゃんがゆっくりと熟睡が出来ることにホッとしている。


「それもそうか。いつも、嬢ちゃんには助けられてばかりだからな。ゆっくり眠ってくれれば、それで良いさ。だが、その前に『その世界』についての情報が知りたい。世界設定、種族、語学に社会レベル、通貨とかが知りたい。まぁ、他にもいろいろと知っておきたいことは多々あるが、それに関して俺が死んだ後に『本』にして置いて欲しい。後、転生についてはちょっとだけ待って欲しい。まだ、やり残したことがある。取り敢えず、それを片付けてからじゃ駄目だろうか」


「やり残したことって何かしら? 貴方にしては珍しいわ――あぁ、そうだったわね。記憶を失っていた事を忘れていたわ。でも、私が今まで貴方を観ていたけど、貴方が『やり残す用事』なんて何かあったかしら? 同僚との飲み会は断っているし、仕事の引き継ぎに関しては、いつも『用意』しているのは知っているわ。そうなると、あの双子の姉妹の事かしら? でも、知らなかったわ。貴方が、私のような子が好きだなんて」


 俺の性格を理解している嬢ちゃんに、俺は何だか恐怖を感じてしまった。俺の私生活をずっと観ていたようで、何か嬉しそうに微笑みながら見つめてくる。つまり、俺の性癖も熟知していると言うことだ。それも長い付き合いであるが、今まで『ずっと』隠していた性癖を知られてしまった。


「ぁ、アハハハ。まぁ、その話は置いといて。明日、妹たちが家に来るんだ。俺は家族から絶縁状態だが、最後くらい兄としてお別れをしたい」


 兄妹とは言え、俺はあまり彼女たちの事があまり好きではない。両親もお金ばっかりしか考えていないし、彼女たちは親の悪い所だけを受け継いでいる。俺とは絶縁関係だったはずだが、何故か彼女たちは毎週土曜日に会いに来る。別に遊びに来るのなら構わないが、何故かお泊まりセットを持って来るので、彼女たちの分を作らなければならない。だが、一人暮らしをしている身としては、彼女たちが遊びに来ることは嬉しくもある。それに、彼女たちから好意の眼差しをいつも受けるのだ。そのせいか、俺も彼女たちに対して無下にできず、いつの間にか兄として彼女たちを家に迎え入れている。


「別に構わないわ。私はずっと貴方の生き様を観ていたから。ただ一言だけ言わせてもらえるのなら、どうして彼女たちに入れ込むのかしら? なんかあの子達を観ていると、貴方にとって害にしかならないと思うけど」


「まぁ、一様は兄妹だからな。親に話せない相談事や家族のこと。俺のことを心配するのも無理はない。それに、俺は旅人であり『罪人』だ。俺に対して『旅人として罪を償え』と言ったのは、嬢ちゃんだったはずだが? それに、俺にとって彼女たちは『妹』なんだよ。最後くらい、兄らしく彼女たちのそばに居たいだけさ」


「――そう。なら、貴方の好きなようにしなさい。私は、最後まで貴方の一生を見届けてあげるわ。そう、初めて貴方に逢った時のように。そう貴方がまだ、く「それ以上は言うな」あら、そう」


 何やら残念そうな表情で言うが、どうせ心の中では笑っているのだろう。今思えば、旅人として『あの世界』で修行してから、俺は殺人鬼時代の『名前』を捨てようとした。いや、違うな。捨てるしかなかったのだ。だから『過去の名』は捨て、今の『御心』と言う名を名乗っている。


「貴方は、もう少し殺人鬼として受け入れるべきではないかしら? 何故、そこまでして『あの名前』を忘れようとするのかしら」


「別に忘れたいわけじゃないさ。殺人鬼としての俺を受け止めてはいる。だが、その名前は、今の俺には似合わない。それに、嬢ちゃんが俺に『竜の因子』を植え付けた挙句、俺の中に変な力を叩き込んだのだろ。そのせいで、殺人鬼の名を言う度に『竜人』になっちまう。だから、俺はその名を捨てるしかなかった。ただ、それだけだ」


「あぁ、そう言えばそうだったわね。忘れていたわ、ごめんなさい。あの時は、貴方の中に無理やりねじ込んだせいで、大変な状態になっていたのよね。すっかり忘れていたわ。取り敢えず、一眠りしてから貴方の身体の調整をするわ。だから、貴方があっち側に魂を飛ばしている間に調整の続きをしておくわ。それまで、死んじゃダメよ? 私のお人形さん」


 不敵に笑う嬢ちゃんを見て、ため息を吐いてしまった。今思えば、この身体は嬢ちゃんが創り出した『偽りの身体』だ。どうやって創ったのか知らないのだが、あの世界の技術者たちには本当に驚かされたような気がする。それに本当の身体は、隊長達の手によって絶賛治療中である。まぁ、その原因がなんだかんで、この嬢ちゃんのせいだったりする。


「さて、もう時間のようね。あの子に情報を全部整理させたら、ちゃんと約束を果たすわ。取り敢えず、あの双子の妹さん達の件が終わったら『ちゃんと』殺してあげるわ。あと、最後に一言だけ言うわ。――には、気をつけて」


 重要な部分だけ聞き取れなかったのだが、これは何を意味しているのか口の動きで理解した。嬢ちゃんが何と言っているのかと言うと「トラックには気をつけて」だろう。嬢ちゃんの事だから、こっちの世界に呼び出すために死ぬ必要があるのだろう。だから、トラックには気をつけろという忠告をしたのだろう。まぁ、いざとなれば「その死」を受け入れるだけだ。それもまた、俺の運命だと受け入れるだけだ。


「んじゃ、ちゃんと寝ろよ。そっちの準備と俺の件が終わり次第、問答無用に殺してくれ」


「えぇ、わかったわ。あの子にはちゃんと準備させてから呼び出すから、それまでは貴方の物語を楽しみたいと思うわ。なんたって、貴方は『狂い神』でありながら『その運命』を捻じ曲げた狂喜者ですものね。さぁ、狂いし者よ。貴方の人生と言う幕引きを、私に観させて」


 色っぽく、それでいて妖艶な笑みで言う嬢ちゃんに、俺は苦笑しつつも空を見上げながらため息を吐いた。今更ながら、この嬢ちゃんに対して嫌味を言うこと自体が間違いである。どんなに嫌味を込めて言ったとしても、意味がない事は分かりきっている。なんせ、嫌味を込めても無意味だから仕方がない。だが、それでもあえて言いたい気持ちになり、嫌味を込めて言う。


「――言ってろ、クソガキ」


「あら、これでも貴方より一万年長く生きているのよ。それに、これでも貴方の妻に向かって言う言葉かしら? ねぇ、ダーリン」


「――。はぁ、そりゃそうか。まぁ、また逢おう」


 その一言を最後に、俺は立ったまま意識は完全に闇に落ちた。



     ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ = ☆ 



 カーテンの木漏れ日から、眩しい太陽の日差しが顔に照らされる。その光によって、俺は重い瞼を上げた。あまり熟睡出来ていなかったらしく、何故か身体の節々が痛い。そして、すごく二度寝したいと言う気持ちになる。だが、それを阻止する為にベッドの隣に置かれている目覚まし時計が鳴り響く。その音のせいで、寝ぼけていた意識が完全に覚めてしまった。


「はぁ、マジで寝みぃ」


 口を大きく開けて欠伸をした後、夢の中での出来事を思い出す。嬢ちゃんが俺に会いに来たことに対して、この世界での『俺の運命』が決まってしまった。これが人生最後の一日だと思うと、何故か分からないが悲しい気持ちになった。今思えば、この世界に来る前に記憶をリセットした事で、この世界を好きになっていたのかもしれない。だから、この世界を離れなければならない事に悲しみを抱いてしまったのだろう。


「さて、今日と言う日を存分に楽しまないとな。まずは、あの子達を迎える準備をしないと」


 取り敢えず、顔を洗ってから私服に着替える。そして、いつも通り朝食を取り、食器を洗う。ここまでは、いつも通りの生活スタイルだ。ただ、今日は池袋へと出かけるため、身だしなみを整えてから家を出た。池袋へと足を運び、デパートに向かうと装飾品や家電製品などを見ながら、彼女たちへのクリスマスプレゼントを考える。最後くらい形に残るモノを残したいと思っている。どうせ、俺は明日には死ぬのだから逆に手軽な物の方が良いのかもしれない。そんな事を考えながら彼女たちに対して、何をプレゼントすれば良いのか分からず、池袋を散歩していると一件の店に目が行った。池袋の通り道に『文房具屋』が並んでいるのが珍しく、気がつくとそこへと足が向いていた。


「たまには、文房具とか良いか」


 店内に入り、文房具用品と値段を見ながら選んでいく。しばらく見ていたが、これといった物が見つからず店を出ようとした。その時、ショーケースの中に入っている万年筆に目がいく。それは、季節外れだが『しだれ桜の絵』が描かれている万年筆。そう言えば『桜が好きだ』とか言っていた事を思い出したので店員を呼び、その万年筆を二本購入した。クリスマスプレゼントで万年筆を贈ると言うのも中々に斬新だと思うが、彼女たちの仕事上で必ず役立つものだから良いだろう。クリスマスプレゼント用のラッピングをしてもらい、夕食に必要な材料などを買い揃えてから自宅に帰る。

 さて、自宅のリビングへ戻り、急いで飾り付けの準備を始める。まぁ、飾り付けと言っても、押入れの中にある『四十五センチ程のクリスマスツリー』を取り出して、部屋の隅に飾るだけだ。飾り付けを終えた後は、少し豪勢な夕食の準備をする。今日は彼女たちの好きな『チーズフォンデュ』にするとしよう。今思えばクリスマスにチーズフォンデュや、チキンと言うのは定番ネタなような気もする。だが、別に定番に乗るのが悪いかと言えばそうではないだろう。今日はクリスマスなのだから、奮発して彼女たちに振舞う事にしよう。それに、今まで生活のために十年間も貯金をしているのだ。それに明日には、この世界から旅立たなければならないのだ。だが、その必死に貯めた貯金ですら、もう無意味になるわけだ。ならば、全部下ろしても問題はないはずなのだが、どうしてもそのような行動に走る勇気がなかった。貯金してざっと『五千万』くらいは溜まっている貯金だが、俺がいなくなれば『ただの数字』と『紙くず』に変わってしまうわけだ。しかし、俺は仕事上で遺書を先に書いている。それに、俺が死んだら彼女たちが貰えるように銀行の従業員に話は通した筈だ。


「明日には死ぬと言うのに、後始末が本当に大変だわ。ハァ、嬢ちゃんがもっと早く連絡をよこせば、こんな急ピッチの作業をせずに済んだのだが」


 今更嘆いたところで現状が変わるわけでもなく。結局はいつも通りの展開になるわけなので、今出来る事をやるしかない。それに、嬢ちゃんからの依頼である『他世界への干渉』についての情報も早く欲しい。他世界と言っても、この世界の住人の言葉を借りるなら『異世界』になるわけだが、やはり転生して異世界に行きたい者はいるのだろうか。転生や召喚されたところで、全ての者が『勇者』になるわけでもない。それに、仕事が増えるから面倒くさい。


「さてと、もうそろそろあの子達が来る時間だな。さっさと夕飯の準備に取り掛かるか」


 こうして、俺は無事に妹たちとクリスマスを迎える事となる。もう二度と逢えないと言うのに、どうしてか『また』逢える気がした。本来ならありえないが、こう言った予感は大体当たる。だからだろう、俺はその予感を信じる事にした。人生最後の日が『妹たちと迎えるクリスマス』と言うのも、何だか不思議な気持ちになる。だが、俺はこうして嬢ちゃん達との約束を終えたのだ。そして、次の日の午後。俺はガソリンタンクを配送中のトラックに轢かれ『絶命』した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ