階級フェイト4
ヒ「クリスマスって家族か恋人どっちと過ごすもんなの?」
シン「家族でしょ」
ソラ「いや恋人だろ」
シン「えっ……信じてたのに、ソラ……」
ソラ「えっ……」
俺達の住んでいる国は王都と呼ばれている。一番北に巨大な王城が設置されており、国はそこから南へと広がっていく。王城に一番近いのが貴族街だ。貴族街は東西に長く伸び、貴族の家が密集した場所で、スラム街や城下町とは違って道路は石で造られている。また、東西に伸びた道路の北側、つまり王城に近い方には上級貴族の家、道路の南側で王城から遠い方には下級貴族の家が並んでおり、上級貴族と下級貴族の家が正面に向かい合って設置されていることになるので、日々権力的な争いが耐えない。
俺は確かに上級貴族だった。
俺達の組織が使っている屋敷は貴族街の西の端で上級貴族側の場所にあり、俺が住んでいた家は東の端にある。貴族街の端から端までは、貴族街だけに走っている馬車を使っても三時間以上はかかる距離があるので、まず俺が貴族だった頃の知り合いと会うことはなかったしないと思っていた。
ソラとシンという名前の双子の捜索を頼んだ依頼者の男は、昔の俺を知っているようだった。勿論、男が言った「昔の知り合い」が俺だと決まった訳では無いが、その知り合いの特徴を聞く限り、俺であるとほぼ確定したと思っていいだろう。それに男は上級貴族なのだから昔の俺を知っていてもおかしくはない。
けれど、俺はあの男を知らない。小さい頃のことで覚えていないのか、ただ単に忘れてしまったのか。
……それとも、全てがハッタリか。
俺は貴族に歯向かうような発言をして、たったその一言だけで貴族には不必要だと決定され、冷たい部屋に監禁されて、俺の生存を証明するものは全て消されたはずだ。文字通り消されて、俺は生まれなかったことになった。
——もしお前が本当に俺の知り合いだったなら
あの時あいつは何を言おうとしたかのか。
俺が思考のスパイラルにはまりかけた時、バシンという音と共に背中に鈍い痛みが走った。
「いった……」
後ろを振り向くとそこには困ったように笑うヒューイと、その隣に相変わらずフードを被ったシンがいる。
「折角大通りまで来たのに、そんな難しい顔すんなよ」
言われてから改めて前を見ると、確かにここは大通りの入口付近だった。大通りは城下町に存在する。
貴族街の南には貴族のための高級店が並ぶ高級街があり、もう一つ南にあるのが城下町で、城下町の真ん中を南北に真っ直ぐ貫いているのが大通りだ。大通りの脇には数々の露天や店が並び、常日頃からお祭り騒ぎ状態なので人の数も多い。
俺達は与えられた二時間の休憩時間を城下町で過ごすことにした。シンについては、ティカが貸すと言った部屋に置いていくことも考えたが、ヒューイかどうせならと言って一緒に連れてきてしまった。その時のシンの嫌がりようは結構凄かったが……。
「ああ……そうだな……」
俺がまだ少しだけうわの空で返事をすると、何を思ったのかヒューイが近づいてきて俺の肩に手を置き、顔をぐっと耳に近づけた。
「忘れちゃいなよ。怖いことはぜーんぶ」
「……?」
囁かれたその言葉は、何故か狂気を含んでいるように聞こえた。
忘れる。全部。怖いことかどうかは定かではないけれど。……もしかしたら俺がそう思っているだけで、本当は怖いのかもしれないけれど。
忘れるといえば、俺は重大なことを忘れている気がする。つい最近の出来事ではなく、もっと昔の、何年も前の重大な出来事を。
だって、俺はあの日死んだはずだ。手術室で、誰かもわからない相手に殺されたはずなのだ。
「ヒューイ」
既に俺から離れ、何も無かったかのようにシンを連れて本格的に大通りに入ろうとするヒューイを呼ぶ。当然彼は立ち止まってこちらを振り返ったのだが。
……困った。どうして呼んだのか分からない。
何を言えばいいのか迷っているとヒューイが途端に不安そうな表情になる。
「どうした?具合悪いのか?」
「いや、この空気には大分慣れたからまだ大丈夫」
「そうか、辛くなったら早く言えよ。お前のためにここへ来たんだからな」
待て。俺のためって何だ。
疑問が顔に出てしまっていたのか、ヒューイが笑って続ける。
「ティカに耳打ちされたんだよ。お前を大通りに連れていけって」
応接間をティカが出ていく前にヒューイにした耳打ちの内容はそんなことだったのか。しかし、それなら俺とヒューイに大通りに行けと言えばいいのに、何故ヒューイだけにこっそり言うようなことを。
「ほら、何もねぇなら行くぞ」
と、前に向き直るとルンルンした軽い足取りで再び歩き始めるヒューイ。
俺もその後をついていくのだが、さっきまでヒューイについていたシンが俺の方へ来て並んで歩き始め、すぐに声をかけられる。
「ねぇ」
「どうした」
「あなたたちは何なの。あの車椅子の人の声は普通じゃない」
車椅子の人とはティカのことを指しているのだろう。確かに聞き慣れるまでは、言霊の能力の対象にされていなかったとしても奇妙な感じがする。あの声はあまりにも可憐で美しすぎるのだ。
「知らない方がいい。それより今はヒューイの財布を空っぽにしてやれ」
「……でも、もうその人いないけど」
「え」
ハッとして前方を見ると、ヒューイの姿はどこにもなかった。早くも人混みに紛れてしまったのか。
俺は視界に入って目に映っているものしか見えないため、何か別のことに気を取られてそちらに視線が行くとヒューイがいなくなったり人に紛れたりする気配に気づけない。
「はぁ……こっちだ」
しかしあいつが大通りに来て真っ先に行く場所は決まっている。しかもこのお昼時なら尚更だ。
俺はシンを連れ、迷わずに10メートルくらい先まで進み、右側にある店に向かった。その店は外装が赤色で結構目立つ。看板にはピザの絵がいくつも描かれていた。
「ここ……ピザ屋?」
「そう。ヒューイの大好きなもんがある」
ちょっとだけ目を使って中を覗いてみると、カウンターに並ぶヒューイの背中が見えた。中は限りなく絞られた照明のせいでシックなイメージが湧く。
「ここで待ってれば出てくるだろ」
ここの店員は商売上手で、中に入れば何か買わせようと巧みな話術を使ってくる。巻き込まれないためには入らないのが一番だ。
そこで待つこと約3分。カラカラという扉が開く音と共にヒューイが戻ってきた。両手に袋をぶら下げている。
「あっごめん、待った?」
「その前に置いていくな」
「はーい」
聞いているのか聞いていないのか、ヒューイは楽しそうに軽い返事をして右手の袋から8分の1にカットされたピザを包みごと取り出し、笑顔でシンに手渡す。
「食ってみろよ、美味いぞ」
「……いただきます」
何も知らないシンは、渡されたピザの尖った端っこ部分を口に入れた。生地は普通のピザより分厚めで、口から離れた部分にはたっぷりのチーズが伸びるのが見え、確かに美味しそうではあるのだが。
シンは数回咀嚼した後に声をつまらせてピザをヒューイに突き返した。
「~~~っ!!」
涙目になって必死に飲み込んだ後、ゲホゲホと咳き込む。
……かわいそうに。
「げほっ……ごほっ……辛い……!」
「えー、普通に美味いじゃん」
このピザは生地が分厚めな以外何も変わったところはなく普通に美味しそうに見えるのだが、実は分厚い生地は三層に分かれており、真ん中に激辛の生地を敷いて隠した構造になっているのだ。
辛党のヒューイにとってはこれが丁度美味しい辛さらしい。
俺には普通の(ヒューイにとっての普通ではなく一般人にとって普通の)ピザを差し出す。
「……そっちは?」
受け取ったピザに齧りつき、ヒューイが左手に持っている袋を視線で示して訊く。
ピザが出てきたのは右手の袋からだ。
訊かれたヒューイはにやりとイタズラっぽく笑って答える。
「お前にプレゼント」
「……」
袋を受け取って、警戒しながら中身を見てみる。するとそこには、
「いちご飴……!」
そう、お祭りではよく見るりんご飴の親戚的なものだ。しかも三本も入っている。
俺は自他共に認める甘党で、特にいちごが好きだった。それを知った色々な人に以外だ以外だと言われ続けてきたのは言うまでもない。
「わあ、何て嬉しそうな顔、いつものクールさはどこにいったんでしょう」
「……死にたいのか」
「すみませんでした」
……まあいい。
チラッと隣を見ると、辛さから解放されて大人しく待っているシンが目に入った。……一本くらいあげてもいいか。
「シン、いるなら分けてあげてもいいぞ」
「ありがと……!」
今までほとんど表情をつくることがなかったシンがちょっと嬉しそうに笑ったのは気のせいではないはずだ。
俺の手にある袋からいちご飴を取り出して舐め始める。ちょっとだけ謎の親近感が湧く。
「んじゃ、次はシンの服見に行くか」
既に一つ目の激辛ピザを食べ終えたヒューイが二個目のピザを取り出しながら言った。ティカが部屋を貸し出してくれる期間が過ぎれば他人同士になる相手に何故そこまでするのか分からないが、確かにシンの服はボロボロになっていて堂々と街中を歩くものではなかったし、何よりヒューイのお金なので黙っておくことにする。
「次ははぐれるなよ」
「はーい、先生!」
先生って何だ……。
服を買うならデパートだろう。デパートは大通りを脇道にそれた所にあるが、別に道をそれたからといって賑わっていない訳では無い。
俺達は相変わらず楽しそうにはしゃぎまくるヒューイを先頭に、五分ほどでデパートにたどり着いた。行き慣れたデパートでもあるので、入ってから迷わずエスカレーターで二階に上がり、ちょっと安めの店に入る。そしてヒューイが直ぐに入口のベンチに座って一言。
「俺らここで待ってるから、好きなの選んできな」
俺ら、ということは俺も入っているということだろうか。シンは表情ひとつ変えず頷くと、俺達に背を向けて行ってしまった。仕方ないので俺もヒューイの隣に座る。
「疲れたのか?」
いつものことではあるが一番はしゃいでいたし、だからベンチに座ったのかもしれない。
「まさか。こんくらいで疲れねぇよ」
「じゃあどうしたんだ。普通ならついて行ってまたぎゃーぎゃー言うだろ」
「俺をなんだと思ってんだよ」
と、苦笑するがすぐに真面目な表情になり、俺から視線をはずしてシンが行った方向をぼんやりと眺める。
「スカラーはさ、子供の頃の俺を覚えてる?」
「今と変わらない感じだったと思うけど」
ヒューイは昔から人懐っこくて元気だったと思う。毎日のように俺の屋敷へ来て俺を呼び出していた。俺の家の人は何故かヒューイをよく思っていなかったようで、何度か玄関口で口論するのを聞いたことがあり、どうしてそれでも俺の所に来るのか分からなかったが。
「俺も貴族だったからお前と遊べたんだけどさ」
俺はヒューイが何を言いたいのか分からず、静かに耳を傾けた。
「俺の家、お前ん家の真ん前にあったんだよ」
「え……」
そういえば、毎回遊ぶ時はヒューイから俺を誘いに来たし、別れる時も毎回俺の屋敷までヒューイが送ってくれたので、俺はヒューイの家の場所を知らなかった。
貴族の家は、冒頭でも説明したとおり東西に伸びる貴族街にあるが、道を挟んで向き合うように上級貴族と下級貴族の家が建っている。
俺は上級貴族だったため、その正面の家に住んでいたということは。
ヒューイは下級貴族だったということになる。
下級貴族の子供が、上級貴族の子供の家に遊びに来て、敬語も媚もなく接していたなんて。そんなことをしていたら、確かにヒューイは俺の家の人に好かれるようなことはなかっただろうし、そもそも自分の家の人にだって……。
下級貴族が上級貴族と意図的に接する時は、ほとんど将来的に自分たちに利益があるだろうから媚を売っておこうという思惑があってのことで、それなら尚更どうしてヒューイが人に嫌われてまで俺と普通に友達でいようとしたのか分からない。
それに、ヒューイが住んでいたというその場所の家は……。
——火事で全焼した。
シルヴァなら一瞬で整理してしまうであろう量ではあるが、一気に様々な情報が入りすぎて何を言うべきなのか迷っていると、ヒューイが「あっ」と声を漏らした。
「シンが戻ってきた!」
さっきの真面目な雰囲気が完全に吹き飛び、シンの方へ走って行く。
「って、何で二人分持ってんの?」
「……ソラの分も」
シンは余程ソラのことが好きらしい。
そのままヒューイが一方的にシンに話しかけながらお会計の方へ歩いていくので、俺もモヤモヤした疑問を振り払って二人を追いかけた。
……その後も城下町を歩き回り、ヒューイの財布が空っぽになったことは言うまでもない。
皆様、ここまで読んで下さりありがとうございます。
なんか変なところで終わらせてしまって申し訳ないです。
予想以上に続いている階級フェイトですが、まだまだ続きます!(多分)
今回は依頼ばかりでは退屈かなと思い、二時間の休憩時間を書いてみました!なんだか作者も一緒に休憩してしまった感じです(意味不明)
そしてメリークリスマス!
これからも作品共々宜しくお願いしますm(_ _)m
次の前書きのネタがお正月なので、恐らく次はそれくらいに更新します!お待ちいただければ幸いです……!:(;゛゜'ω゜'):