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階級フェイト2

カヤ「スカラーさんって、どんな女の子が好きなんですか?」

スカラー「うるさくない子」

カ「あたし、今日から静かな人間になりますね……!」

ス「……無理だろ」

俺がヒューイを殴った日の翌日。

双子捜索のためにスラム街へ行くのであまり人を怖がらせるとダメだろうというヒューイの意見によって、俺はガスマスクとライフルを部屋に置いていくことにした。外から見えないようにハンドガンだけを持って行く。いざとなれば殴る蹴るで突破すればいいし、短剣より体術の方が使い慣れていた。

ヒューイも、本来のメイン武器である太刀は置いていくだろう。


俺が準備を済ませてから部屋を出ると、既に準備を終えていたヒューイがすぐそこで待っていた。その隣には車椅子に座ったティカ。


「どうしてティカがここに?」


「渡したい物があるんだと」


当たり前ではあるが、答えたのはヒューイだ。

ティカは俺の前まで車椅子を進めると、ポケットから何かを取り出して俺に差し出した。


「……錠剤?」


ポケットサイズの、プラスティックで出来た牛乳色の入れ物。振るとガシャガシャという音がする。蓋を開けて中を見ると、楕円形の錠剤が入っていた。どれも半分はオレンジ色で、もう半分は白色をしている。


『それは薬です。貴方が通常の空気を吸ってもいい時間を延ばします』


……え。

ティカのブレスレット型端末から空中に浮かび上がった文字を困惑して眺める。ヒューイの方を見ると、彼も初めて知ったようで驚いた顔をしていた。


『一つで48時間。活動限界が来てから飲んで下さい。ただし、身体への負担が大きいので一つ飲んだら三日間あけてから二つ目にしてください』


俺が何もしないで外に出て、普通に活動できるのが二日。限界が来てからその薬を一錠飲んで、動ける時間が二日延びる。しかし、二つ目の薬を飲むには一つ目から三日をあける必要があるので、一つ目の効果が切れてから二つ目が飲めるまで一日の空白時間が出来てしまう。その間にこの屋敷へ戻ってこれなければ……考えたくもない。


『研究部によれば、貴方は一日活動限界が来た状態で外にいても死ぬことはないようです』


研究部は誰が所属しているのかもわからなくて、何をやっているのかも定かではないが、俺のための除菌システム、ティカのブレスレット型端末、食堂のアンドロイドなど、その恩恵は確実なものだ。

……だから、きっとその言葉も信じていいものだとは思うけれど。あの時の苦痛をまた味わうくらいなら。


『まぁ、それほど長引く依頼は拒否できますし、何かあった時に優先されるのは貴方の命ですから』


俺達には三つのルールがある。ここで生きていくためには絶対厳守の、最早規則のようなルールが。

そのうちの一つが、何かあった時には依頼ではなく自分の命を最優先にするということだ。


『だから、それは未知のトラブルがあったときの保険だと思ってください』


「……分かりました」


持っていて損は無いだろう。俺が上に羽織っている服の内ポケットにプラスティックの入れ物を仕舞うのを見て、ティカはいつも通りの微笑みを浮かべた。

そして、とんでもないことを言う。


『これからはガスマスク無しで依頼をこなして下さい』


なっ……?!


「それは無理です!スカラーが死んじゃう!」


何故か俺より先にヒューイが抗議した。

抗議するのはいいけれど、あまり縁起でもないことを言わないで欲しい。


『さっき説明した通り、死ぬことはありません』


「そういう問題じゃ……!」


「ヒューイ、黙って」


いくら薬が完成したと言っても急すぎる。

それに今回は何故か護衛部のヒューイを連れてでも俺をスラム街に行かせようとしている。

また、昨日の誘拐犯が言った言葉。俺が有名だということ。


……多分、ティカにも考えがあるのだ。


「分かりました。今日からガスマスクを使いません」


ヒューイは何か言いたそうだったが、心配そうに俺を見るだけで結局何も言わなかった。


「……じゃあ、行ってきますね」


俺はティカに挨拶をして、そのままヒューイを連れてスラム街へ出発する。つもりだったのだが、


『あ、その前に、車椅子を事務室までついてくれませんか』


満面の笑みで介護をお願いされ、勿論断ることは出来ず、ヒューイが苦笑しながら車椅子の持ち手に手をかけた。



――そしてその30分後。


「なあ、スカラー」


「どうした」


「スラム街って、結構広いよな」


「そうだな」


「どうやって捜すんだ?」


「……それは今から考える」


俺とヒューイは貴族街でも少し離れたところにある組織の屋敷から、城下町を通ってスラム街へ来ていた。

貴族街は石造りの道だが、城下町とスラム街はレンガ造りの道だ。また、スラム街に行くほど野生の動物がいる森が近くなるし、川も増えていく。


それにしても。

俺が昔、ずっと見ていたスラム街は、なんというか、普通だった。確かに裕福そうな人はいなかったが、かと言って不幸そうな顔をした人もいない。

……幸福の感覚が麻痺しているのかもしれないが。


けれどやはり、彼らは皆対等な立場にあるのだ。

腹のさぐり合いをする必要はないし、媚を売る必要も無い。ただ、生きていければそれでいい。

……羨ましかった。


自分にどれほど生きようという強い意志があったとしても、自ら行動することは許されず、ほんの少しの分け前をただ与えられるままで。半分死んだように生きたあの時間は、多分……


「……ス……ラ……スカラ、……スカラー!」


「あ……ごめん」


考え込んでしまっていたようで、ヒューイに名前を呼ばれてわれに帰る。


「あんまり考えすぎんなよ」


分かってる。分かってはいる。


「……双子を捜そう」


俺はヒューイの言葉には答えずにそう言って歩き始めた。

どうやって捜すのか。俺の目を使えば遠くの物は視えるし壁も透視できるので簡単になるかもしれないが、透視すると家の壁も透ける。あまり視たくないものも視える。だから。


「聞き込みが早いだろ」


ヒューイもその意見に反対ではなかったらしく、ポケットから双子の写真を取り出すと積極的に人に話しかけ始めた。確かに人とのコミュニケーションはヒューイの方が上手いかもしれない。俺が下手に近付く必要はないだろう。


……ヒューイは、今朝俺とティカがした話のことをもう出さなかった。


「おーい、スカラー!」


呼ばれて振り向くと、少し先でヒューイがぴょんぴょん跳ねながら手を振っていた。

……何でそんなに楽しそうなんだ。しかも大の大人の行動じゃないだろ。

仕方ないのでそちらへ歩いていくけれど、多分俺は今疲れた顔をしている。


「居場所分かったのか?」


「皆同じ場所を言うから、そこが怪しいと思う」


これほど聞き込みの成果が出るなんて、双子はスラム街では有名なのだろうか。


聞き込み調査によってヒューイが怪しいと検討をつけた場所は、俺達がいた所から50メートルくらい進んで右折。またすぐに左折した、川の近くだった。

そこへ行くまでにすれ違った人たちは皆こちらに恐怖や好奇の目を向けるので、やはり俺にとってスラム街はあまり居心地のいいものではない。


搜索対象は案外簡単に見つかった。

本当に、その川の近くにいたのだ。

紫の髪。写真と違って擦り切れた簡素な服を来ていたが、間違いない。片方はボロボロのフード。

まだ俺達には気付いていないようで、仲良さそうに話をしている。


「……ヒューイ、話して来い」


「え、俺?」


「さっきまで楽しそうに聞き込みしてただろ」


話す相手が搜索対象となると気分が違うらしい。渋々といった様子で双子に近づいて行く。すると、流石に双子の方もヒューイに気付き、ぴたっと話をやめた。


「ごめん、ちょっといい?」


ここからは見えないが、多分ヒューイは普段の人懐っこい笑顔を浮かべている。

双子は不思議そうに顔を見合わせていた。


「俺はヒューイっていうんだけど、二人がソラとシンで間違いないよな?」


「ヒューイ?聞いたことないな、オレ達に何か用?」


フードじゃない方が言う。


「ああ、俺はある人にお前達を連れてきて欲しいって頼まれててさ、ついて来てくれないかな」


……え。ヒューイのあまりにも直球すぎる説明に、驚きと焦燥を覚える。それでついてくる子供がいるのか?余計警戒されたらどうするんだ。しかしここで俺が出ていって弁解すると逆に不審がられる可能性も高い。

双子はヒューイの言葉を聞いてまた顔を見合わせ、次の瞬間、二人同時に川に沿うように走り始めた。


「あっおい!待てよ!」


くそっ、この馬鹿……!


ヒューイは逃げた双子を慌てて追いかけ始めた。

俺もやむを得ず双子を追いかけるヒューイを追いかけることになったのだが、子供は大人に比べて足が速い。今までの依頼の中で、逃亡する大人を追いかけたことは何度かあったが、子供を追いかけるのはこれが初めてだ。

しかも二人は予想以上にすばしっこかった。スラムにいたのだから土地勘も俺達よりはあるはずだし、俺とヒューイが追ってくるのを確認すると右へ左へと方向を変えて巻こうとしてくる。


しかし、それではあまり意味が無いのだ。

俺の目は双子を逃がさない。どれだけ複雑に動いたって、見ようと思えば見えてしまうのだ。

それに双子が気づくはずはないのだが、彼らは早々に共に逃げることを諦めた。諦めたと言っても、降参して立ち止まったというわけではない。彼らが諦めたのは、二人で一緒に逃げるということなのだ。


双子は分裂した。

レンガ造りの道と小さい家で出来たちょっとした交差点みたいなところで、フードじゃない方は左に曲がり、フードの方は右に曲がった。


「ヒューイ、右行け!」


「了解!」


すかさず指示を出して俺達も分裂する。

……どうしてこんな鬼ごっこみたいなことに。


俺はそのまま双子の片割れを追いかけ、いつの間にかスラム街でも人気のない場所まで来ていた。

流石にスピードを出して走り続けたので辛い。空気も汚いし、息も苦しい。

そろそろ止まってくれないだろうか……。

その願いが通じたわけではないだろうが、片割れは急に速度を落として立ち止まり、こちらを振り向いた。


「っ……」


俺もそれに合わせて止まり、膝に両手をついて息を整える。


「ぅ……はぁ、……はぁ……っ」


……行き止まりだった。

バラバラになった双子のうちのひとりは疲れた様子を全く見せないでこちらをキッと睨みつけた。


「お前も、あのヒューイってやつの仲間か」


「そうなる」


仲間というか、同じ仕事をしている親友みたいな感じではあるが。


「オレらを探すように頼んだのはどんな奴だったんだ」


「……教える必要を感じない」


わざわざ搜索対象に情報を与える意味は無い。あるとしたらそれで依頼の進行が楽になる場合くらいだろう。


「お前、貴族か?」


確かに俺もヒューイも貴族っぽい格好をしてはいるけれど。

……貴族はやめたんだ。俺をあんなやつらと一緒にしないでくれ。


片割れは俺が答える前に続ける。


「もう貴族の所には戻らない。お前が諦めないって言うなら、力ずくでも逃げ切る……!」


「っ……」


片割れは、擦り切れてよれよれになってしまっている人気ブランドの上着の下に手を入れ、そこから短剣を取り出すと器用にくるくる回して俺の方に突きつけた。


「おい……!」


武器。子供が。

子供が武器を扱えるのは珍しいことではない。狩人の息子は早くから銃を使えるようになるし、ほとんどの貴族は習得するべき嗜みとして剣舞を教えられる。しかし、それらは全て人に向けるためのものではない。


スラム街の人たちは、生きることに必死なのだ。


「いくぞ」


出来ればその短剣を下ろしてほしかったし、俺がここで諦めて帰ればそうしてくれただろうけれど、流石にここで依頼放棄をするつもりはなかった。そりゃあ、命の危険を感じたら逃げることにはなるが。


どうやらこの人探しは結構大変な依頼だったらしい。


俺は、向かってくる小さな敵に身構えた。

彼が自分を変えてくれるなんて、思いもしない。思うはずがない。


だって、彼には現実しか見えないから。

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