転章 Chocolate CANDY
ヒューイ「お前に殴られた時めっちゃ痛かった」
スカラー「ごめん、あれは本能的な防御だった」
ヒ「余計酷くねぇか?!」
——神様は僕たちを救ってくれた。
——けれど、同時に苦しみも与えた。
自分が、神様が、僕たちを救うためには、僕たちが救われたと感じるような状況をつくることが必要だったから。最初に苦しみを与えた。死に近い苦しみを味わせた。そして、まるで自分が善人であるかのように僕たちを救済した。
……これが、救済と呼べるのなら。
「……ソラ」
僕は愛しい兄の名前を呼ぶ。
僕と同じ紫色の髪をした兄は、ハッとしてこちらを振り向いた。
「ああ、シン」
そして僕を見ると少しぎこちない笑顔を浮かべる。
「大丈夫、何とかなる!今までだってそうだっただろ?」
確かに今までは何とか生きてきた。でも今までとこれからは違う。
貴族だった僕たちは父に裏切られた。いや、最早裏切りなんて綺麗なものではない。最初から、彼には不必要だったのだ。優秀な跡継ぎ以外、必要なかった。
「そうかな……」
ここはスラム街。子供だけでは生きていけない。力のある大人のいい的だ。
僕たち双子と母は父に捨てられた。
知っていた。父が、僕たちの母以外の女と頻繁に会っていることくらい。
分かっていた。父の僕たちに対する態度は、愛する家族へのそれではなかったことくらい。それでも長男だったソラはそれなりに大事にされていたけれど、数週間前から僕と同じように酷い扱いをされるようになった。多分、その頃から既に僕たちは本当に不必要な邪魔者だった。
……別の女と、別の子供が出来てからは、邪魔者でしかなかった。
「二人一緒なら生きていける」
母は死んだ。病死だ。お金のない僕たちには、母を救う方法がなかった。そもそも、ここには医者なんていなければ十分な薬もない。お金があっても城下町まで行く必要があり、そこにスラム街の人間が助けを求めて行ったところで、快く助けてくれる人がそう簡単に見つかるはずがない。
子供だけでは生きていけないこのスラム街で。ソラは大丈夫だと言うが、まさか何もしないでいるにはいかないだろう。力のない僕たちだけで生きていくには賢くならなければ。ずる賢く、ならなければ。
助けは来ない。
死にたくないなら……。
「ソラ、行こう」
「どこに?」
「食べ物、確保しなきゃ」
二人一緒なら生きていけるって言ったのはソラだよ。
僕たちにはもう、子供の体力と知恵しか残っていない。着ていた服はとっくの昔にスラムでの生活が苦しくなって売ってしまった。
残った僅かなお金を節約するために、一つの缶詰を母と兄と僕で何日にも分けて食べた。……これから、母はいないけれど。
「ソラ、このままじゃいつか飢え死にしてしまう」
与えられているだけでは駄目だ。
そこにある物に食いついているだけでは駄目だ。
「武器になる物を探そう」
「……動物を狩るのか?」
僕たちは双子。生まれた瞬間から一緒にいて、一時も他人だった時間はない。だから、お互いの考えていることが何となく分かるようになっていた。
「成功すればタダで肉が食べられるよ」
「おお!やろう!肉だ!」
肉という単語に反応するソラ。本当に、あくまでも成功すればの話で、狩りなんて経験したこともなければまだ武器も見つけていないのだが。
……まぁ、いいか。
兎に角これが、僕たちが果物ナイフとか畑を耕すための斧とかを凶器として扱うことになるきっかけだった。
最初のうちは獲物を一匹捕まえられただけでかなり大きい成果だった。しかし、何度もやるうちに慣れてきて、時には食べきれない量を捕まえることができたので、それらを売ってお金を稼いだ。
自分たちが生きていくために必要な物は絶対誰にも渡さない。
誰にも騙されないように、馴れ合わないように。
けれど、僕たちはまだ知らない。
そうやって、ずる賢さを盾にして生きていくような生活に終止符が打たれようとしていることを。
神様が、僕たちを救ってくれることを。
その救いが、次こそは本当に救いと呼べるものだということを。
ソラと一緒に過ごすことの幸せしか知らない僕には、想像もできないような未来が、そこにあることを。
――神様は僕たちを救ってくれた。
――それと同時に、他人の温かさという困惑も与えた。
神様に救われたことのある人は
神様に苦しめられたことがある人




