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階級フェイト

スカラー「苺まだ売ってないの」

ヒューイ「季節的にそろそろじゃね?てか苺好きとか乙女か」

ス「蹴るぞ」

ヒ「スミマセンデシタ」

「失礼します」


シルヴァからティカが呼んでいたと聞いて、すぐに普段彼女が事務的な仕事をしている幹部室へと向かった。

ノックをしてから入ると、いつも通りの部屋。真ん中より奥側に横長の事務机があり、こちらに向かってウェーブがかった茶髪でドレスっぽい服を着た女性が車椅子に座っている。雰囲気は優しいものだが、その瞳は血のように真っ赤な色をしており、近づき難い威圧感が溢れる。

彼女は俺を見てふわりと微笑んだが、文字通り異色のその瞳に捉えられて身体が強ばる。


『ごめんなさいね、疲れているところを呼んでしまって』


車椅子に座ったティカは、その口で喋らず、手首に巻き付けたブレスレット型の端末から文字を浮かび上がらせて話した。俺はその文字を読んで答える。


「いえ、大丈夫です」


ティカが喋らないのは異能力が言霊として言葉に宿っているからだ。彼女が喋ったことは全て本当になる。絶対的な強制力。何も無い場所に物を生み出すことも出来るし、今すぐ俺に死ねと言えば俺は意思に関係なく自殺する。だから、喋れない。

彼女が人とコミュニケーションを取るために使っているのが、よく分からないブレスレット型の端末だ。それはティカが話したいと思ったことを読み取り、文字を空中に浮かび上がらせる能力を持っている。


『明日は休日でしたね?』


「はい」


『振替休日を作るので、明日も依頼をこなして下さい』


「今からじゃダメなんですか」


まだ16時だ。夜間業務として数えられ、夜間報酬が上乗せされるのは21時からなので、夜と呼べるようになるにはまだまだ時間がある。


『今日は休んだ方がいいでしょう』


「理由を教えてもらえますか」


『貴方は、貴方が思っている以上に疲れています。あまり外に出ない方が賢明です』


屋敷内は俺の部屋ほどとは言えないが、研究部によって開発された見えない防御壁によって、俺がガスマスクなしでも生きていけるくらいには守られている。

今日外の空気を吸ったのはさっきの依頼で誘拐犯に背後を取られた時だけなので、それほど長時間ではないが。


ちなみに、ティカのブレスレット型端末も研究部が開発したものらしい。


『それに、この依頼はスラム街へ行くものですから』


「スラム街……」


あまりいい思い出がない。寧ろ行くとなれば不安さえ覚える。


『貴方ひとりでは行けないでしょう。ヒューイを連れて行ってください』


「護衛部のですか?」


『護衛部ですが、彼を連れていくのが妥当でしょう』


普通、執行部と護衛部が同じ依頼を受けることは無い。そもそも、その二つの部は専門とすることが全然違うのだ。執行部は血も涙もなくただ依頼をこなす。護衛部はティカが外出する時や、屋敷に来客があった時に彼女を守る。その来客とティカが一度も対面しないとしても、来客があるだけで、ずっと彼女の側に控えておく。


『ヒューイがいれば、少しは気が紛れるはずです』


ヒューイと俺は小さい頃から仲が良かった。家は徒歩で行ける場所にあり、多分親同士がそれなりに面識のある関係だったのだろう。

……家はこの屋敷と同じく貴族街にあり、その頃から異能力を所持していた俺は、三階の自室からずっと見ていた。スラム街を。人々が苦しい生活の中助け合って生きていくその様を。時に正面から奪い合って生きていくその姿を。ドロドロした陰謀が渦巻く貴族街で、ずっと。


——俺は、貴族だった


「分かりました。依頼の詳細を教えてください」


明日に回さなければいけなくて、スラム街に行く必要があり、カヤではなくヒューイを連れていかなければならない依頼。ここまで聞いて、どんな難しい依頼なのかと身構えたが、


『人探しです』


ティカは簡単にそう言った。いや、実際に人探しの難易度はそれほど高くないので簡単ではあるのだが。


「人探しは難しい依頼ではないはずですが……」


『今回も難しくはありませんよ。ただ、分からないことが多いんです』


「はぁ」


『探してもらうのは双子の子供です。歳は15、髪は紫。名前はソラとシン。写真をヒューイに渡しています。見つけ次第、2人を連れてきてください』


「その2人がスラム街にいるということですか」


『そうです』


何故スラム街に。


『依頼人は上級貴族の男でした』


余計分からなくなる。貴族の人間はスラム街に興味が無い。使用人として奴隷のようにこき使う、人とは思えないような性格をした奴もいたが、そういうのは例外として。やむを得ずスラム街から人を捕まえてきて使用人とするのは、貴族の中でも下級貴族ぐらいだった。上級貴族は金持ちの為、ちゃんとした使用人を雇う。わざわざスラム街の子供を捕まえて来て使用人としての仕事を教えるようなことはしない。


『依頼人が事情を話さないので、分からないことが多いのです』


「でも人探しなら今からやった方がいいように思えますが」


もし、もっと重大なリスクがあるのであれば言って欲しい。ティカがここまで依頼を明日に回すハッキリとした理由を言わないのは珍しい。


『……本当の理由は、言えないのです。言えば貴方は混乱する』


混乱?俺が?今でもそれなりに混乱しているような気がするが……。


「……分かりました」


納得した、とは言えないがこれ以上聞いても教えてはくれないだろう。


『話は以上です。あとはヒューイと打ち合わせをしてください』


「了解しました」


俺は短く答えて事務室を出た。その瞬間肩の力が抜け、緊張していたことを自覚する。二人きりで話すとなると毎回こうなる。多分、俺はティカが苦手だ。好みが合わないとか、話しづらいとか、そういうわけではなく、彼女を見るとよく分からない感情を覚えるから。あまりいい感情ではないことだけは確かだ。悲しみでも、寂しさでも、怒りでもない。何とも言えない。しかし、その感情を覚える理由は何となく分かっている。

……きっとそれは、ティカが車椅子生活をしなければならない理由が、自分にあるからだ。


「スカラー」


事務室を出ると同時に、よく知った声に名前を呼ばれた。

目前の壁にヒューイが背をあずけて立っている。


「待ち伏せか?」


部屋で待ってればいいのに。呆れて肩をすくめて言うと、ヒューイは綺麗な金髪を揺らして苦笑した。鳶色の純粋な瞳が困ったように、けれど嬉しそうに細められる。


嗚呼、お前は。

まだそんな表情が出来るのか。

お前こそ、もっと幸せになるべきだった。


「俺の部屋行こうぜ」


ヒューイに歩き始めながら言われ、俺もその後に続く。と、無言で長方形の紙を差し出された。


「ああ、これか」


受け取って見てみると、それは写真だった。そこには2人の男の子が映っている。明日の捜索対象。紫色の髪、確かに似た顔つき。片方の目は青色。もう一方は髪で片目が隠れていたが、隠れていない方が青色だったのと、双子の片割れが青色だったので隠れている方も青色だろうと推測。顔だけでなく、背丈もどれくらいなのか予想しておいた方がいいだろう、と思い顔から焦点をずらした時。俺は気づいてしまった。彼らがスラム街に住んでいるなら、まず有り得ないことが有り得ていることに。


「……おかしい」


思わず呟いたその言葉にヒューイが反応する。


「何が?」


「こいつら、ちゃんとした服を着てる」


そうだ。写真に映っている双子は、ちゃんと綺麗な服を着ていた。片方はフードを被っている。

ヒューイが驚いた顔をして俺から写真をひったくる。そして写真を指さして大声を出す。


「言われてみればこれ超人気ブランドの刺繍じゃね?!」


「うるさい」


「すまん」


……今、反省なんてせずに条件反射で謝っただろ。


「この双子、誰か貴族と面識があるはずだ」


そうじゃないとスラム街の人にブランド物の上等な服を手に入れることはまず出来ない。

依頼人は上級貴族だったらしい。貴族と関係があるのはほぼ確定だろう。


そこまで考えたところで、俺達はヒューイの部屋に辿りついた。俺の部屋と隣同士の場所にあり、ベランダは柵で区切られてはいるものの繋がっている。休みの都合が合った夜にはよく晩酌をしているし、暇になると遊びに行ったりもしているので、第二の俺の部屋みたいなものだ。


「はいはい、入って入ってー」


ヒューイに部屋の鍵を開けてもらって中に入る。部屋の鍵はカード式になっている。

入って迷わず一直線に冷蔵庫まで行き、遠慮なしに開ける。中には缶ビールと三人前くらいの寿司が入っていた。

今日の昼に俺達が使った食堂のシェフは研究部が開発したらしいアンドロイドだ。彼らは料理のためだけに生み出されたもので、記録された料理レシピしか作れないので毎回同じ味のものを作る。さすがにそればかりを食べていると飽きてきて、基本的に夜は自分で買ってくるようにした。

俺とヒューイは大きい依頼や夜間の依頼がない限り晩飯を一緒に食べる習慣ができており、買ってくるのは当番制にしていた。


「何見てんだ」


ヒューイが肩越しにのぞき込んで訊いてくる。


「ちゃんと晩飯買ってるかどうか確認」


たまに忘れてる時があるから、と振り返りながら答えた。が……顔近。幼なじみの顔をこんな間近で見ることなんてない、と妙に冷静に考える。至近距離にあるその鳶色の瞳は、やはりどこまでも純粋で、あまりにも綺麗で、俺は、


「っ……!」


思わず、無意識で、本当に自分の意思とは関係なく、ヒューイの右頬にそれなりの力でパンチを食らわしていた。


「ぐぁっ……いってぇ……!」


「あ……」


盛大に、とまではいかなかったが床の上に吹っ飛び、ゴロゴロと二、三回転がって失速したところで俺に殴られた頬を摩りながらこっちを睨みつけてくる。しかし涙目になっていて全く迫力がない。その姿を見ていると笑いがこみ上げてきて、我慢出来ずに吹き出す。


「ぷっ……あっはははは!」


「何で笑うんだよ?!」


「ご、ごめん……ぷっ」


「この野郎!殴っておいてそれはねぇだろ!」


何やら抗議しているヒューイをよそにひとしきり笑って落ち着いてきた頃、殴られて抗議しながらも楽しそうだったヒューイが急に真面目な表情になって俺を見た。


「……何だよ」


「お前、大丈夫か?」


何が……?心配されるほど笑っただろうか。それとも笑ったということだけで心配されたとか。だとしたらまるで俺が笑わないやつだと思われているみたいだが。

しかし、ヒューイはそんな予想を上回り、突拍子もなく、話題を本当に真面目な方向に切り替えた。


「スラム街、行くんだぞ」


「そうだな」


別にスラム街と直接関わりがあって嫌な思いをしたことがあるわけではない。ただ、俺には当時の部屋から何キロも先にあるスラム街が見えていて、そこの人たちは皆裕福でなくとも幸福そうに見えたから。世間とか立場とか、大人の世界を知らなかった俺は、両親に言ってしまった。彼らは幸せそうだ、貴族は腹のさぐり合いをしていて馬鹿馬鹿しい、こんな狭い場所に生まれなきゃ良かった、って、そんなことを。


貴族は嫌いだ。


「スカラー、明日留守番しててもいいんだぞ」


動けない奴は、邪魔になるから。


「いや、俺も行く」


あの時は俺の立ち回りが悪かった。世界を知らなさすぎた。

貴族はあの言葉だけで、一人の人間を居なかったことにしてしまえるなんて。誰もいない空間で、餓死寸前の生活を強いられて、俺が弱って死んでいくのを黙ってみているのが家族だなんて。

彼らに罪悪感はない。いらなくなった人間にわざわざ最低限の食事を与え、‘‘場所’’を恵んだのだから。

誇りを持たない貴族はいらない。


「大丈夫か?」


「フォローしてくれるんだろ?」


依頼を遂行するのは執行部だしな。護衛部ひとりに行かせるわけにはいかないだろう。それに、ティカがカヤではなく俺に行かせることを選んだのだ。


「おおっフォロー!めっちゃいい響き!任せろ!」


……カヤといいレベルの馬鹿だな。


でも、ほんと、お前がいてくれてよかったって、そう思うんだ。何か特別なことをしてもらったわけではないけれど。


お前がいるなら、きっと大丈夫なんだ。

まだ、頼っていてもいいですか。



……皆様、おはこんばんちは!作者です。

ほとんどの方が初めましてですよね!初めましてでない方は、自分の他の作品も読んでいただいているということで、ありがとうございます!

さて、今までの後書きでは、読者様は下手な作者コメントを読むよりその話に合ったフレーズを読む方が読んでいて楽しいかなーと思い、作者コメを書いていなかったのですが……今回はお礼を言いたくて出てきました。

ここまで飽きずに読んでくださってありがとうございますm(_ _)mどうかこれからも宜しくお願いします!


前回から前書きでショートコントみたいなものもやっているので、そちらも楽しんでいただければ幸いです……!

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