執行部リクエスト2
ヒューイ「シルヴァはお洒落しないのか?」
シルヴァ「必要を感じないわ」
ヒ「恋とかは?」
シ「不安定すぎるものには興味ないわ」
ヒ「甘いものが好きだったりは?」
シ「食べられるなら何でもいいわ」
ヒ「シルヴァは女の子なの?」
シ「どういう意味かしら」
俺の異能力は、目に宿った。見ようと思えば何キロも先の物が見えたし、異常に分厚い壁じゃない限り1枚や2枚くらい楽々と透視できた。シルヴァに3回以上は「スカラーが変態じゃなくてよかった」と言われた覚えがある。彼女は些細でどうでもいいことを覚えていられないから。兎に角、それほど俺には見えてしまうのだ。
だから、俺には見えるものしか見えない。気配の察知は人より弱いし、人の心とか気持ちなんてもってのほかだ。
「準備完了です」
耳に装着しているマイクからカヤの声が聞こえた。
シルヴァ情報での誘拐犯の居場所は、自然に囲まれた場所にあった。というか、草原の中にぽつんとガラス張りの建物が建っているような感じで、違和感さえある。外からは建物内が見えないようなガラスを使用しているらしく、普通にしているだけでは中の様子は窺えない。一階建てのようで、横長の長方形型だ。そらほど大きい印象はないが、この中のどこに誘拐犯がいるのか探さなければならない。
俺は既に建物から充分に離れた所で草むらに伏せ、背中に背負っていたライフルに三脚を立て、スコープの微調整を終わらせていた。肉眼で建物の上空に目を向けると、人が一人乗れるくらいに巨大化した猫に翼が生えたような神獣に乗って旋回するカヤが目に入る。
「了解。誘拐犯の位置を特定する」
視線を下に落として建物を視る。俺が視ようと思えば、外から中の様子が窺えない性質のガラスなんて関係なく、無いもの同然のように透ける。
しかし。俺はこの依頼を進めるにあたって、自分たちに大きな困惑を与えるものを見てしまった。
……見えてしまうから、見てしまった。
「……何だ……ここは……?」
「どうしたんですか?」
1箇所に大勢の人が集まっている。大人は5人。子供がざっと数えて20人近く。
これはどういうことだろう。大人が誘拐犯で、子供が誘拐された被害者ということか……?だとしたら、この誘拐犯は20人近くもの子供を誘拐していることになる。
しかし。これはそんなものではない。そんな、悪意に満ちたものとは思えない。何故なら、彼らは、
「カヤ、何かおかしい」
「え?」
彼らは、楽しそうなのだ。
犯罪が絡んでいるような雰囲気はない。ここはまるで……
「幼稚園、みたいだ」
「幼稚園?」
まさか、シルヴァの情報が間違っていて、誘拐犯の居場所はここではないということなのか?
……思えない。シルヴァが敵情報を間違えるなんて。彼女が俺達に教えるものは、全てしっかりした確証があるものだ。不確定要素の多いものを扱う時は、必ず「多分」とか「分からないけど」とか、そういう曖昧な表現をつかうようにしていると本人から聞いたことがある。彼女は、そんな表現を使っていただろうか。
「幼稚園なんですか?ここ」
建物内を見れないカヤが、よくわからないといった風に問う。俺にもよくわからないけれど。
「ああ、そう見える。大人と子供を合わせて20人以上が1番東の部屋に集まっている」
「そんなに人が……?いや、でも、スカラーさん、それはおかしいです」
おかしい?おかしいと言えば、この状況は既におかしいけれど。
「人が多いのがおかしい、という意味じゃなくて、ここに幼稚園があるのはおかしい、という意味です」
そうなのか?
「だって、シルヴァちゃんが言ってました。この国の幼稚園と保育園は全部都会にあるって、5日ぐらい前に」
5日前。たった5日で、新しい建物が建つだろうか。この場所は都会だとは言えない。だとしたら、今までここは幼稚園ではなく別の意図で使われていたという考えになる。
「中に入ってその人たちに話しかけてみるのはどうでしょう。話を聞けば何かわかるかもしれません」
「……ダメだ」
この建物には視認できるセキュリティが存在しない。監視カメラのひとつくらいあってもおかしくないはずだが。
「ドアを開けようとしたり窓を割ったりした瞬間に警報が鳴るかもしれない」
それ以前に、知らない人が急に入ってきて話しかけると警戒させてしまうだろう。
「困りましたねー……スカラーさんッ!後ろ!」
カヤが急に鋭い声を出したので反射的に言われた通りに体ごと後ろを振り向く。と、知らない黒色のズボンと靴が目に入った。瞬時に顔を上げ、立ち上がろうと思ったが流石にそこまでは許してもらえず、顔を上げて咄嗟に両手を上げたところで腹の上に乗られて首筋に冷たい無機物が突き付けられる。
俺の背後に立っていて、ナイフを突き付けたのはサングラスで黒色のマスクをかけた細身の男。
「っ……そういうことかよ」
こいつが、敵。誘拐犯。依頼対象。ここにいるということは、なるほど、やはりシルヴァの情報は間違っていなかったのだ。
間違っていたのは俺の推測の方。
「おー、怖い怖い。そんな睨むなって」
男は言う。愉快そうに。面白そうに。
そして、おもむろに俺のガスマスクを取ってその辺へ投げ捨てた。手を伸ばして届く距離ではない。
「はっ……お前、俺を知っているのか」
一気に‘‘普通’’の‘‘汚れた’’空気が肺に流れ込んできて呼吸が乱れる。最初にガスマスクを奪ったり取ったりする奴は、俺を知っている奴だ。そうすれば、俺は苦しむから。
「知ってるも何も、有名だからなぁ、オマエ」
「有名……?」
聞いたことがない。善良な一般人が俺のことを知るわけがないだろう。誰に有名だというんだ。
「スカラーさん!」
その声がマイクから聞こえてきて安心する。
こっちに近付かれては困る。カヤの役目は誘拐犯の捕獲でも、俺の救助でもなく、被害者の保護だと伝えたはずだ。
被害者は今建物内にいる大人と子供だろう。それが分からないほど馬鹿ではあるまい。
「助けます!」
……は?
次の瞬間、バリバリと窓が割れる音がかすかに聞こえ、続けて警報がハッキリと聞こえてきた。
俺の上に乗っている男がハッとして建物の方を見る。
その隙に男がナイフを持っている方の手首を両手を使って地面に押し付け、そのままガッチリ掴んで右手は手前へ回し、左手は奥へ回す。所謂雑巾絞り。
「ぐああああっ!!」
男は情けない悲鳴を上げてナイフを手放した。すかさず落ちたナイフを拾い上げる。
男にとっては、最初俺を組み伏せた時腕まで拘束しなかったのが悪かった。逆に言えば、こういう状況に慣れている俺が咄嗟に両手を上にあげ、相手に乗られても足の間に腕が挟まれないように行動したことが功を奏した。
「おい」
俺は言う。奪い取ったナイフを男の目の前に突きつけて。
男は未だに何が起こっているのか分かっていないようで惚けていたが、俺の言動でやっと我に返ったらしく、ビクッと肩を揺らした。
……本当、情けない。
「退けよ」
今すぐ、俺の上から。
「じゃないと殺すぞ」
依頼は殺さずに捕まえてくることなので、本当はそんなことできないのだが、それを相手が知る由もない。
男はゆっくりとした動きで俺の上から退き、立ち上がって俺から距離を取ろうとした。
しかし、俺がそれを許すはずがない。相手とほぼ同時に体を起こし、躊躇なく太ももをナイフで突き刺す。
男は声にならない叫び声を上げて地面をのたうち回った。
……カヤが見たらショックを受けそうな光景だ。
「無様だな」
「オ、オマエェエ!くそっ……じゃま、しやがって……!!」
「うるさい」
俺は男の鳩尾に踵を踏み下ろした。
「す、スカラーさん!」
カヤが涙目で神獣に乗ってこちらへ走ってきたのは、俺が気絶した男が逃げられないように手足を縛り終えた頃だった。
「何で泣きそうなんだ」
そんなに怖いことでもあったのか。
敵が1人だとは限らないので、念のため周りを見渡してみたが、半径2キロくらいには怪しい奴はいないようだった。
「被害者たちがあたしを警戒して、どうしようもないんです!」
それはお前が悪い。神獣と一緒に窓を割って、そのまま人の前に出たんだろう。そりゃあ獣を従えた恐ろしい不法侵入者にしか見えない。
「はぁ……俺が説明する。帰りは俺と誘拐犯もお前の神獣に乗せてくれ」
俺は盛大なため息を吐き出し、気絶してナイフが刺さったままの誘拐犯と、そいつが投げ捨てたガスマスクを拾い上げてカヤの神獣に乗せる。さすがに定員オーバー気味で重そうだ。ライフルはカヤに背負ってもらった。
出来ればガスマスクはすぐにでも装着したかったが、今から被害者に事情を説明するのにそれは邪魔になるだろう。
「スカラーさんも乗るんですか?」
と、建物へ歩く俺を、ライフルを背負い誘拐犯とガスマスクと共に神獣に乗って追いかけてくるカヤ。
「ダメなのか」
少しでもガスマスクを除けなければならない状況が発生した依頼では極力体力消費を抑えたいため、徒歩で帰ることは避けたい。行きは組織が雇っているタクシーを使ったが、正直帰りも同じように安全な状態で乗れるとは限らなかったため、そのタクシーには先に帰ってもらった。
「いえ!大歓迎です!」
カヤは多分さっきまで自分が涙目だったことを忘れている。
建物に近づいて分かったが、カヤは東の窓を思いっきり割って、ほぼ直に被害者の部屋へ到着したようだった。もしガラスの破片で傷付けたりしたらどうするつもりだったのだろう。
「カヤ」
「何でしょう?」
「お前、相変わらず馬鹿だな。訓練厳しくするか」
「えっ?!嫌です死んじゃいます!あ、でも、もっと長くスカラーさんと居られるなら……」
やっぱ馬鹿だ。
俺は二度目のため息を吐き出し、カヤが割った所から中へ入った。
厄介な依頼が入ってきたのは、俺がカヤと達成した誘拐犯確保の依頼から帰ってきた時だった。
「あら、スカラー、久しぶりね」
俺は帰ってすぐにシルヴァの部屋を訪ねていた。
「俺とお前が最後に会ったのは今日の十三時三十分頃だ」
「そうだったかしら。その時間帯の記憶はヒューイの食べ物の好き嫌いしか残っていないわ」
シルヴァの記憶は強くて脆い。彼女の異能力はそういうものだった。仕事に関係することや、重要だと判断されたもの、本人が覚えておきたいと思ったことは何があっても記憶に残り続け、二度と消えることは無い。しかし、どうでもいいと判断されたものや些細なことはすぐに忘れてしまう。
「それで、どうして私のところに来たのかしら」
「さっき俺が捕まえてきた男について調べて誘拐犯の仲間を割り出してくれ。受けてくれるならこの依頼の報酬は割り勘だ」
まさか、1人であの数の大人と子供を攫ったわけではないだろう。
「分かったわ」
そういえば、
「被害者が連れ込まれていた建物はどんな用途で建てられた物だったんだろう」
「あれはたまたまそこにあっただけよ」
たまたまそこにあったから、たまたま誘拐犯に利用された。大人と子供がいたから幼稚園に見えた。
彼女は俺にそんなことを言った。そして、今思い出したかのように、忘れかけていたかのように付け足した。
「ティカがあなたを呼んでいたわ。新しい依頼があるそうよ」
「分かった」
まぁ、この時飛び込んできた厄介な依頼は、一言で言ってしまえば人探しで、それ自体に大した難易度はなく、数時間あれば完遂出来そうなものだった。だから俺は、軽い気持ちでこの依頼を受けることになるのだが、この依頼がどれほど人の欲求に塗れたもので、どれほど俺の人生に影響を与えるものになるのかは、勿論まだ誰も知らない。
……予定では、明日は休日だ。
生きるためには。
厄介事に巻き込まれるしかない。