星空ミルキー2
カヤ「(バリボリバリボリ)」
ヒューイ「何食ってんの?」
カヤ「氷です(バリボリ)」
「ん……」
俺は、目の奥に差し込んできた光で目を覚ました。
自分がなぜ寝ていたのかは覚えている。
埃っぽく狭い空間で、あれほど長く過ごしたのは初めてだった。
その時の身体の重さまで思い出し、体を起こそうとしたところで、すぐ側に誰かがいることに気付く。
そちらを見ると、目が合った。
「あら、起きたのね」
銀髪で青い目をした女性。左側の横髪を留めるオレンジの髪留め。心地よい静かな声。カジュアルな服装にピンクのカーディガン。
彼女は口元に淡い笑みを浮かべて続ける。
「ごめんなさい、私もここに座ったまま少し眠ってしまっていたみたい。……おはよう、スカラー」
「おはよう……シルヴァ」
どうやら、俺はまだ生きているようだ。
目を覚ました時にすっかり回復していた俺は、シルヴァに俺が寝ていた間のことを訊いた。彼女が言うには、この建物は帝都にあるティカの別荘で、来栖は無事に捕えられ、きっちり依頼の報酬を貰った後に王都の騎士団へ引き渡されたらしい。どんな罰が下されるかは、騎士団の決定によるとのことだ。
そして、その事件の後はまだ一度も王都には帰っていない。また、俺が寝ていたのは約三日間である。
詳しいことはティカから聞くように言われて、ティカがいるという部屋の前まで案内されてしまった。
「じゃあ、話が終わったらまた会いましょう」
シルヴァは素っ気なく言ってさっさとどこかへ行ってしまう。
「……」
俺は、扉をノックする前に深く深呼吸をする。
彼女と二人きりで話すのは苦手だ。
意を決してノックすると、すぐにどうぞという返事があった。
「スカラー……っ?!」
俺が部屋に入ると、簡素な椅子に座っていたティカが小さく叫んだ。すぐにハッとして両手で口元を抑え、こちらの様子を伺うような素振りを見せる。言霊が発動してないか心配しているのだろうと察した俺は、短く答える。
「大丈夫です」
『よかった……目が覚めたのですね。身体の調子はどうですか?』
「それも問題ありません」
『そうですか。では早速、用件を聞きましょう』
早くも気持ちを切り替えたティカは、普段の完璧すぎる微笑みを俺に向けてくる。
彼女の目はやはり血のように赤い。
「俺はどうして助かったんですか」
俺の体調が、助かるようなものではなかったことくらい自覚している。
あの時、甲板の上で目を閉じた瞬間、俺は死ぬ気でいた。
外での活動は、何事もなく過ごしたとしても持って一日。それなのに、夕方からパーティの護衛につき、パーティ会場の薄汚れた倉庫に入り、空気の淀んだ廃工場へと行き、船の中にある風通しの悪い牢屋に閉じ込められた。その頃には夜が明けており、恐らく船が帝都に着いて俺が甲板へと出されたのはちょうど昼くらいだ。
無事でいられるわけがないのは勿論、普通なら死んでいた方が自然だ。
『貴方の命を助けたのはソラです』
ティカは手首に嵌められた腕輪を通して話す。
ソラが助けに来てくれて来栖と戦ってくれたのは知っているが、それだけで俺の命が助かるはずがない。
『犬塚ソラ。彼の異能力は、自分の命と引き換えに他人の命を救うものです』
「は?」
ソラの異能力……?
ソラは異能者ではなかったはず……。
「覚醒、したんですか」
『そうです』
有り得ない話ではない。
異能力を持てる人間は限られており極少数で、異能の存在自体人々の間での認知が薄い。けれど、誰にでも覚醒の可能性はあるのだ。勿論ソラにも。
いや、でも。
ソラの覚醒が初耳だった俺にとって重大ニュースではあるが、今一番重要なのはそれではない。
ソラの力は、自分の命を引き換えにする治癒能力だという。
それなら、瀕死だった俺を助けたソラは今……。
ティカは俺が考えていることを察したのか、首を振って続ける。
『ソラは、貴方を助けて倒れた後、ずっと目を覚ましていません』
「そんな……」
――どうして。
『私達は、ソラが目を覚ますまで帝都に滞在します。彼を不用意に動かすわけにもいきませんので』
――どうして……?
「……分かりました」
――何故そこまでして、俺を助けたのか。
生まれた罪悪感は消えない。
『それと、これは完全に私の落ち度なのですが……』
ティカは少しだけ申し訳なさそうに続ける。
『シンは、私達と出会った頃から覚醒していたようです。彼の異能力は、触れた相手の本心を見るもの。傍から見れば、異能力が発動したかしてないかは分かりません。ソラとシンの二人が覚醒していると分かった以上、正式に組織の一員として認めなければいけませんね』
ティカは真っ直ぐ俺を見て、試すような悪戯っぽい視線を送ってくる。
『スカラー、この組織が何のために生まれたのか覚えていますね?』
「……はい。生きるための居場所がどこにもない人に、居場所を与えるためです」
人間は案外、どこででも生きていける。
それなら、生きていくための場所すらない人は……?
死を待つしかないのだろうか。
『そうです。ですが、そのような悲しい境遇の人は沢山います。それに、無償で彼らを救っていては、私達の身が持たない』
「だから、救うのは異能者に限定して、彼らには必ず人々からの依頼をこなして稼いでもらうようにした、ということも覚えています」
この組織のメンバーには、生きる場所を失った異能者しかいない。
だからティカは、異能者でないにもかかわらず、この組織に身を置いていたソラやシンのことは、奴隷として扱えばいい、という過激な表現をした。
『では、この組織にいるために、絶対破ってはいけないルールは何でしたか?』
「一、主君を裏切ってはならない。二、報酬が出る依頼は必ず受ける。三……死んではいけない。命の危険を感じた場合、依頼を放棄してでも逃げなければならない」
『土壇場の状況では忘れてしまいがちですが、その三つを絶対に忘れてはいけません。特に貴方は、三番目の約束を心に刻んでください』
「……はい」
俺は今、ティカに叱られているのだ。約束を破ったことに対してではなく、簡単に命を売るような行動へ出たことに対して。
『堅苦しい話はここまでにしましょう。皆が貴方と話したがっていましたよ』
ティカは優しく笑って、俺を部屋の外へと見送った。
「あっ……」
外に出ると、カヤが壁に背を預けて立っていた。
彼女は俺を見るなりビクッと肩を震わせて慌て始める。
「す、すす、スカラーさんっ」
「どうした、カヤらしくないな」
普段なら叫びながら飛びついてくるのに。
「わ、私、スカラーさんが起きたってシルヴァちゃんから聞いて、それで、居ても立ってもいられなくて……!」
「……そうか」
夜月カヤ。
スラム街の向こう側にある森で、今は絶滅の危機にある魔物と眠っていた彼女を、拠点である屋敷から毎晩見て思った。
彼女は何かが違う。魔物でも無い。人間でも無い。
まるで、闇という名の夜空に淡く輝く月。
魔物の血なまぐささからも、人間達の喧騒からも蚊帳の外。
今なら分かる。
俺は、彼女と話している間、意外にもリラックス出来る。幸せそうにしている彼女を見て、満足感に浸れる。
そう思うと、自然に言葉が出る。
「……ありがとう」
「え?」
「何も無い」
「ええ!何ですかそれ!」
カヤはふくれっ面で腰に手を当て、全身で不満を表した。俺は少しだけ笑って彼女の頭を撫でる。
「お前を拾ったのは間違いじゃなかったってことだ」
「拾ったって、私は獣ですけど、犬猫みたいに言わないでください!」
――私は獣ですから。
事あるごとにカヤが言う、口癖みたいなもの。
彼女は人間として暮らしている今も獣であり、勘や嗅覚、聴覚には目を見張るものがある。
「スカラーさん」
「何だ」
「私はスカラーさんが好きです」
「……知ってる」
けれど同時に、カヤは本気で俺のことが好きなわけでは無いということも知っている。
彼女は恥ずかしげもなく好きだ好きだと告げてくるし、何故ここまで好かれたのか分からないが、その気持ちが嘘でないことは確かだ。
嘘ではないし、本気でもない。
獣である彼女の"好き"はかなり不安定だ。
「私、誰かに喜んでもらえることが、嬉しかったんです」
カヤは昔を懐かしむように目を細める。
「実は私、気付いていました。自分が人間だってこと。でも認めたくなかったんです。あの時の私の行いで喜んでくれるのは、人間じゃなくて、魔物のお母さんとお父さんだったから」
「でも、今は人間が喜んでくれる」
「そうです!あの森にはもう、魔物は住んでいない。当時の私も、私達が最後の魔物なのだとどこかで理解していました。だから、お母さんが死んでしまった時、私はこれから独りぼっちなのだと思いました。とても悲しかったです。もう、私の隣で喜んでくれる存在はいないんですから」
そうだ……俺は、ちゃんとカヤを救えたのだ。
「でも、スカラーさんが連れ出してくれて、新しい仲間が出来て、私はまだ誰かを喜ばせることが出来る。私、とっても幸せです。だから、私はスカラーさんに感謝していますし、貴方のことが大好きです」
本当に幸せそうに笑う彼女を見れば、それはもう一目瞭然だった。
「あ、私、そろそろ行きますね。シルヴァちゃんに呼ばれてるんです」
「ああ、分かった」
「ヒューイさんにも会ってあげて下さい。スカラーさんの隣の部屋がヒューイさんの部屋です。それじゃあ、行ってきます!」
カヤは元気よく手を振って、スキップしながら廊下を進んで行った。俺は、カヤとは反対方向へと歩き始める。
シルヴァに案内された道を戻り、カヤに教えられたヒューイの部屋へと辿り着いた。
ノックをしようと手を伸ばした時、タイミングを狙ったかのようにドアが開く。
「あっ……」
「えっ……」
俺もヒューイも、お互いを見て短く声を出し、そのまま数秒間硬直した。
何か言った方がいいだろうか。
「た、ただいm「スカラー?!お前!目が覚めたのか!」」
ヒューイは俺の両肩をガッシリと掴み、遠慮の欠片もなくぶんぶんと前後に揺すった。
「あ、ああ……」
「丁度お前の様子を見に行こうと思ってたんだ。起きてたならよかった。取り敢えず中入れよ」
「分かった」
俺はヒューイの後について部屋へと入った。
「適当に座ってくれ」
そう言われて俺が座っている間に、ヒューイは窓を全開にする。もう外は暗いというのに、熱風が入り込んでくる。
「……帝都は暑いんだな」
「ああ、ここには夏しかないってのは本当らしいぜ。それに……」
と、ヒューイは窓から空を見上げて続ける。
「星が見えるんだ。夜空って、こんなに綺麗なんだな……」
海を挟んで存在する王都と帝都。どちらも国であることに変わりはないが、内情や性質は正反対だ。言うなれば、帝都が光で王都が闇。皇族や貴族が絶対的な権力を振るう王都とは違って、帝都の皇族や貴族は民の為に働き、民は上流階級の彼らに感謝する、ギブアンドテイクの関係が成り立っているのだ。だから、スラム街なんてものは存在しない。
それに、一日中空が灰色の雲で覆われ、寒々しい気候の王都とは違って、帝都の空気は澄んでいるし美しい夜空も見える。噂には聞いていたが、ここまで差があるとは。
俺は、ヒューイの背中に声をかける。
「ヒューイ、お前、俺が来栖に捕まって船の上にいる間、エンシェっていう貴族と何か話してただろ」
「……ああ」
ヒューイは俺に背を向けたまま答える。
ずっと、ヒューイの個人的な関係や過去には触れないで過ごしてきた。それでも親友でいられたのだ。
少しだけ、踏み込んでもいいだろうか。
「エンシェとは知り合いなのか」
「ああ、昔色々あったんだ。まさか再会する日が来るとは思わなかった」
「彼女は、俺のことを許嫁だと言ったんだ。……それに、お前が火事で死んだって」
「……」
ヒューイから返事はない。そのまま数十秒は黙って星空を眺めていたが、やがてこちらに振り返り、困ったように笑った。
「ちょっと、昔話をしようか」
――そうして彼は語り出す。
――数年間秘匿され続けた過去を。
――幼少期、俺の過去の裏で起きていた真実を。
家族殺し。夕焼け。炎。命令。下級貴族。奴隷。
……初めての、友達。




