後悔コレクト3
カヤ「世間ではセンター試験が騒がれていますね」
シルヴァ「そんなの私の記憶力を持ってすれば余裕よ」
ヒューイ「チートだ……」
「ぅ……っ」
次に目を覚ました時、俺は薄暗くて狭い場所にいた。
金属の床と壁。廊下側の壁は鉄格子。
ここは、上級貴族なら生きているうちに絶対見ないであろう牢屋だ。
俺はそこに放り込まれているだけで、服や武器は剥ぎ取られているものの手足に不自由はない。
体調もソラを来栖から逃がしたあの時から随分と回復したようではある。しかし、服のポケットに入れていた薬も一緒に奪われているため、時間には慎重にならなければいけない。
そういえば、俺はどれだけ寝ていたのだろうか。
近くに時計はないし、窓もない。
それなら外を覗いて時間を把握するしかないだろう。
そう思って外を透視した俺は、息をするのも忘れて絶句した。
「海……?!」
俺は今、海の上にいる。
では、ここは船の中だ。
何故こんな所に。この船はどこに向かっているのか。
その疑問を抱いた瞬間に思い出す。
パーティ会場の護衛という名目の依頼をティカから説明された時。
――その人は帝都から来ました。
来栖は帝都から来た。しかも、王都内の移動なら必ずしも船を使う必要は無い。
この船は帝都に行く可能性が高い。
空を見るとうっすらと明るかった。夜明けだろうか。
連絡手段も武器もなく、俺の能力が攻撃に特化していない今、出来ることはなんだろうか。
このまま待っているといつか死ぬ。
俺が牢屋の外を見ようと鉄格子に手をかけた時、コツコツと足音が聞こえた。それは段々近づいてきて、すぐに人の姿が見える。
「あら、お目覚めでしたのね」
その人は鉄格子の前で俺と目線を合わせるようにしゃがんだ。とても可愛らしい、凛とした声。金髪の縦ロールツインテ。鳶色の目。ピンクのワンピース。首に水滴の形をした青色のペンダント。
……誰かに似ている。どこかで会った気がする。
それが第一印象だった。
「お前は……?」
「ふふ、驚かないでくださいね。私はエンシェです」
エンシェと名乗った彼女は、上品に微笑んでみせた。ティカとは違う、安心感のある笑み。
しかし、驚かないでくださいねとはどういうことだろうか。思わず首を傾げると、エンシェはぱちぱちとまばたきをして言う。
「まさか、忘れてしまいましたの?貴方と私、許嫁だったではありませんか」
は?
「俺に許嫁はいない」
「ぎ、逆に私を驚かそうとしていますの?む、無駄ですわよ」
言葉とは裏腹に、彼女はかなり焦っているように見えた。
困ったように笑っていたが、ふと思いついたかのようにペンダントを手に取り、俺の方に突き出した。
「これ、貴方が私にプレゼントしてくださったのよ?一生懸命私に似合うものを探してくれたと聞きましたわ」
「……知らない」
全く記憶にない。彼女が少し可哀想ではあったが、きっと人違いだろう。
……それにしても。
「お前、俺を許嫁だと思っていたなら、どうして牢屋に閉じ込めたり出来たんだ」
口調からして、彼女は相当許嫁のことが好きだったように思える。
「それには私も反対でしたのよ。でも、皇族が決めたことでしたので……」
皇族。王族とも呼ばれるそれは、文字通り王様と血縁がある者と、王様に心から信頼された者のみがつくことのできる地位。上級貴族も逆らえない。
犬塚が言っていた。
王様が俺を探していると。
「ですから、せめて貴方を助けたいと思ってここに来ましたの。貴方が覚えていなくとも、私の許嫁だということに変わりはありませんもの」
「ここから出してくれるのか」
俺が許嫁だという意見は何を言っても変えてくれなさそうだが、少しだけ希望が見えた気がした。
思わず身を乗り出した俺に、エンシェが首を横に振る。
「皇族には逆らえませんから、私が助けるのは貴方の心ですわ」
「心……?」
「貴方の心は、あの日からずっと悪い神様に囚われたまま。あんなに穏やかに笑っていた貴方は、もうどこにもいません」
「何を、言っている」
彼女は淡く微笑んで、俺を安心させるような口調で訳の分からないことを話し始めた。
意味は理解出来ないはずなのに心がざわつく。
……不安になる。
「可哀想に。神様に記憶まで操作されてしまいましたのね」
「おい、やめろ」
自分でも驚くほど頼りない、震えた声。
「私なら、どんな貴方でも愛してあげられる。神様の愛なんて、貴方にはもう必要ないのです」
神様はもう居ない。
だって、神様は、
「あいつは俺が殺した……っ!」
「いいえ。神様は生きています」
「そんなはずはない!」
嫌だ。嫌だ。
大声なんて何年ぶりに出しただろうか。
勢いよく両手で掴んだ鉄格子が、ガシャリと音を立てた。
「神様は生きていますわ。貴方が殺し損ねたせいで」
「ぁ、嫌だ、うそだ……」
あの時、あれからの数年間、この瞬間も、俺を救ってくれない神様。
苦しみながら贅沢をした昔。
いつまでも俺の心に釘を刺し続ける存在。
やっと薄れたと思ったのに、またお前が……!
「俺をすくってくれない神様なんて、いらない」
俺は、普通に生きたかっただけなのに。
それさえも叶えてくれなかった。
まだ神様が生きているというのなら、もう一度。
もう一度、
「殺さないと……」
頭の中が黒い感情で埋め尽くされていく。
その闇の中で一欠片だけ残っていた理性が、確かな矛盾を告げる。
けれど、こんな状態で、その矛盾の内容を突き止められるわけがなかった。
更に混乱した俺は、助けを求める気持ちでエンシェを見る。
彼女は優しく微笑み、鉄格子の隙間から俺の頬に手を伸ばした。
「泣かないでください」
「え……」
その言葉で、ようやく自分が泣いていることに気付く。何の涙なのか分からなかった。
「もう殺しなんて考えなくて構いませんのよ。貴方には私がついていますから」
彼女の声を聞くと、何故か心が落ち着いた。
エンシェとは初対面のはずだが、何故か彼女の言葉は信じられると思った。
俺は頬に当てられたエンシェの手に、自分の手を重ねる。本当に僅かな温もりが伝わってきて、少しだけ心が落ち着いた気がした。
「……訊きたいことがある」
「出来る限りお答えしますわ」
もう大丈夫だと察したのか、頬からエンシェの手が離れていく。
「この船は帝都行きで間違いないのか」
「ええ。その通りですけれど、何故ここが船だとお分かりに?」
エンシェは俺の能力を知らないのか、本当に不思議に思っているようだった。
けれど、知らない人に無闇に教えるものでもない。俺はエンシェの問いを無視して次の質問を投げかけることにする。
「どうして帝都なんだ。俺を探している王様は王都の王様だろう」
そのまま王様に差し出せばいいものを、わざわざ一度他国に渡る理由が分からない。
「あら、これは失礼。そういえば"王様"と言ってしまえば語弊がありますわね」
エンシェは自分の質問がスルーされたことを全く気にしていない様子で、「私としたことが」と口元に手を当てた。
「皇族とは、帝都の皇族のことですわ。この船を指揮しているのは来栖という男ですけれど、彼は貴方を帝王に差し出すつもりですの」
帝王とは、帝都の王のことだった。
一般的に、区別するために王都の統率者は王様、帝都の統率者は帝王と呼ばれている。
エンシェの回答を聞いた俺は、驚くほどの思考スピードで来栖と帝王の狙いに行き着いた。
「まさか、それは駄目だ」
「どうかしましたか?」
「お前、分からないのか。王様は俺を探しているんだ。見つかったら恐らく捕まって何かに利用される」
首を傾げるエンシェに、早口で説明する。
俺がまだ捕まっていない理由は、王様が俺の捜索を一部の人にしか知らせていないか、犬塚が言っていたように幼少期と現在の俺の顔つきや雰囲気が変わったからか、捜索を知らされた大勢の人が、死んだはずの人間を見つけられるわけがないと諦めているか。
兎に角、俺を見つけるのに少なからず苦戦はしているだろう。
その中、他国の王が俺を捕まえたと知ったら。
「俺は十分な交渉材料になる可能性が高い。帝王が王様に俺を差し出すなら、その見返りとして王様が帝王に差し出すものは……?」
「差し出されるとまずい物があるのですか?」
「……神様は、今王都にいるのか」
「ええ、そう聞いています」
王様にとって、俺の価値はどれくらいだろうか。
喉から手が出るくらい欲しいけれど、かなり慎重に手に入れたいものだった場合が一番厄介だ。
王様には、神様を手渡す切り札がある。
どちらにせよ、俺が帝王の手に渡ると面倒なことになるのが予想される。
「そんなことより、華音様」
エンシェは優しい声で話題転換をする。
俺は華音という名前ではなかったが、いちいち否定するのも面倒で、その上本名を教えることに抵抗を覚えたため黙っておく。
「帝都に到着したら、私と一緒に暮らしませんか?」
「俺は帝王に渡されるんだろう?」
「その前に逃げてしまうのです。誰も私たちのことを知らない場所で、静かに過ごしませんか?」
そんな場所は、あるだろうか。
あったとしても、探す側が諦めなければいずれ見つかる。
けれど……ほんの少しの時間だけでも、そうやって幸せでいられるなら、俺は……。
「……考えておく」
甘えだとか、逃げだとか、そう言われてもよかった。いざと言う時の逃げ道が欲しかった。
「嫌だと言われるより嬉しい答えではありますが、華音様にとって、あの仲間はそこまで大切な人たちなのですか?」
大切かどうか問われると、微妙なものがあった。大切だと思ったことは無かったが、俺はティカがいるお陰で生きていける。彼女のお陰で、世界に居場所を失っても、生きていくための場所がある。
その事実は変わらなかった。
だから大切というより、俺はそこにいるしかない。そこから離れられない。
けれどその中にも、唯一''大切''と同じかそれ以上の切なさと愛おしさを感じられる仲間がいた。
「……ヒューイ」
彼のところに戻らなければ。もう二度と失敗しないために。
「ヒューイ?天園のことですか?まだ彼のことは覚えていらっしゃるのですね」
「え……?」
「天園ヒューイは自宅で起こった火災に巻き込まれて亡くなったと聞きましたわ。下級貴族ごときが麗しき華音様に近づこうとした罰なのでしょう」
「は……?」
下級貴族ごときと言われて怒りを覚えないはずがなかったが、怒りよりも困惑が勝った。
以前、俺とシンとヒューイの三人で大通りへ遊びに行った時、ヒューイの家が俺の家の前にあったことを知った。
貴族街は珍しい構造をしている。道路を挟んで北側に上級貴族の家が並び、南側に下級貴族の家が並ぶ。だから上級貴族と下級貴族の家は向かい合うようにして建っているのだ。
そして俺は、自分の家の前にあった下級貴族の家が火災で全焼し、住民の跡は全くなかったことを確かに知っていた。
けれど、ヒューイが死んだなんてことはあるはずがない。
だって彼は、さっきまで俺と一緒にいたんだ。
俺がエンシェの発言を問いただそうと口を開く前に、エンシェが口を開く。
「少し長話をしすぎてしまいましたわ。そろそろ帝都に到着すると思いますので、私は戻らなければいけません」
そう言って立ち上がり、優雅にワンピースの裾を摘んでお辞儀をした。
「では、失礼致します。楽しかったですわ。またお会いしましょう」
俺は去っていく彼女にかける言葉が見つからず、ただ背中を見送った。
彼女は長話をしすぎたと言ったが、実際にどれくらいの時間が過ぎたかは分からない。
俺の身体は、いざと言う時に動くだろうか。
俺は、この船が帝都に行くと確定した瞬間から決まっていた今後の行動を心の中で復唱する。
その行動はエンシェの提案を裏切るもので、そのことに罪悪感を覚える自分に疑問を抱いた。
何故、こんなにも彼女に親しみを覚えてしまうのか?
何故、ヒューイは死んだことにされているのか?
何故、神様を殺し損ねてしまったのか。
(あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!読んでくださってありがとうございます!!!)




