転章 All complete3
ヒューイ「さっむ!外出たくねぇ」
スカラー「お前火が出せるなら自分で暖取ればいいだろ」
ヒューイ「火で暖取りながら外出たら何も知らない人がビックリするだろ!」
スカラー「ヒューイだから問題ない」
ヒューイ「ひど?!」
――辛いことがあるなら祈りなさい。
――神様はきっと助けてくれる。
それが、お姉様の最後の言葉だった。
家族の中で唯一気を張らないで接することの出来たお姉様の言うことを、俺は素直に信じた。
毎日、毎日、時間の感覚が無くなっても、見ず知らずの神様に祈り続けた。
けれど、救いは来ない。
俺はいつしか神様のことを忘れ、死を望むようになっていた。
そんな遅すぎたある日。
その男は俺が閉じ込められた部屋にやってきた。
彼は床で寝ていた俺を無理矢理に座らせて言った。
「キミにチャンスをあげよう」
俺は何も言わずにそいつを見上げる。
多分鬱陶しそうな顔をしていたと思う。
そいつは黒髪で中性的な顔と声をしていた。その時の第一印象は男だったが、もしかしたら女かもしれない。
私服の上に白衣を羽織っていて、少し異様な雰囲気がある。
「キミはずっと神様からの救いを待っていたかもしれないが、残念ながら神様は万能じゃない」
「別に、待ってない」
久々に出した声は、とても錆びついていた。
「そうかい。神様はね、会って直接聞いた願いでないと叶えられないんだ」
そいつは俺の返答なんかどうでもいいようで、俺の言葉をさらりと受け流して続けた。
自分の話したいことが話せれば満足なのか。
しかし、そいつの言ったことは初耳だった。
会わないと神様の力を借りられないのなら、何故あの時お姉様は祈りなさいなんて言ったのか。
「神様に会うことも出来なくなったキミに、本当ならこんな資格はないんだけど。ボクの上司がうるさくってね」
「上司……?」
「キミもよく知っているはずの人さ」
俺の親だろうか。もう親とは思っちゃいないが。
「何故自分だけ、と思ったことはないかい?」
……ない。
と言えば嘘になる。
確かに他の上級貴族だって行動を縛られてはいたし、ある程度の知識や作法を覚える必要があった。
けれど、話を聞く限り彼らは両親と仲がよくて、失敗を必要以上に咎められることもなくて、やりたいことも、欲しいものも、ほとんどのものが手に入れられる。そんな環境にいた。単純に羨ましかった。完璧であることを徹底するが故に、感情も、欲求も押し殺して生きるよりは、余程幸せそうに思えた。
毎日のように見てきたスラム街は、誰にも縛られていないように見えた。
「だから、キミに生きるチャンスをあげに来たんだ」
そんなもの、今更。
「まあ、キミが何を思おうが勝手だけどね。死なれると困るんだよ」
そう言って、そいつは肩からさげていたバッグをそこに置いた。
そこからガサゴソと袋を取り出しは更にその袋の中からパンと水を取り出して俺に渡した。
「それを食べるといい。これからキミが回復するまで、毎日ボクがここに食料を持ってくるから」
こいつは何故俺を生かそうとするのか。
「何故俺が死ぬと困るんだ」
「まずはこれを見て欲しい」
そいつはズボンのポケットから端末を取り出して画面を俺に見せた。
「っ……!」
その画面を見た瞬間、背中に戦慄が走った。
それは動画で、すぐに再生が始まる。
「こんにちはスカラー。聞こえているかしら」
「お姉様……っ?」
端末は、あの日から変わらないお姉様の姿を映し、あの日から変わらないお姉様の声を流す。
「今貴方の所には私の部下がいるはず。その人の言うことをよく聞いて」
唐突に現れたこの男はお姉様の部下……?
「彼には貴方をそこから出すことが出来る」
俺は、お姉様の言葉を一言一句も漏らすまいと動画に見入った。
「外に出たら、好きなことをやりなさい。必要なことは全て私が教えたから大丈夫」
まるでお姉様にはこうなることが最初からわかっていて、この日のために毎日俺に新しいことを教えた、とでも言うような口ぶりだった。
「貴方は自由になれるわ」
お姉様はいつもと変わらない綺麗な笑みを浮かべた。
思わず俺まで頬が緩む。
動画はとても短くてそこで終わってしまったが、その短い動画だけで、まだ生きなくてはならないという気持ちが生まれた。
端末をポケットに仕舞った男は言う。
「さて、これでキミには神様を殺すことだって可能なわけだが」
は……?
今なんて。
「神様を殺す……?」
急激にそんなことまで出来るようになるのか……?
そもそも、神様は死ぬのか……?
「神様がいなければ、人はあるべき道を辿る。破滅する人は破滅するし、金持ちは金持ちだ。それを神様の手で歪めてしまうことこそが、差別だと思わないかい?」
「急に何を言っている」
「破滅するはずだった人間が、神様の手によって救われる。それだけならいいけれど、キミのように神様に会うことすら出来ない人間は?会えないってことだけで救われないのか?」
それこそが差別だ。
神様がいなければ人は自分たちだけの力で生きていけた。
神様に会えない人が、余計な妬みや憎しみを募らせることは無かった。
――だから神様は悪だ。いない方がいい。
彼はそんなことを俺に言った。
けれど俺には、何故そんなことを言われなければいけないのか分からなかった。
ひとしきり言いたいことを言い終わった男は、俺の顔を見て言う。
「まだ不思議そうな顔をしているね」
「ああ、どうしてお前がそんな話をこのタイミングで俺にするのか分からない」
「……要するに、ボクはキミに神様を殺してほしいんだ。救われなかったキミになら、可能なはずだ」
男はスッと目を細めて言った。
少しだけ雰囲気が狂気じみたものに変わった気がした。
その雰囲気に圧倒された俺は、黙ってそいつの顔を見返すことしか出来ない。
実際には数秒だったと思うが、その時の俺には数分とも思える時間の沈黙が続き、やがて男が肩をすくめて明るい声を出した。
「まあ、今のキミには脱出も神殺しも無理だ。取り敢えず体力をつけな。マトモに動けるようになるまでに考えておくといい」
その言葉で、ようやく自分がパンと水を握っていたことに気づく。
男は少し軽くなったバックを肩にかけ、俺に背を向けた。
そのまま帰るのかと思えば思い出したように話し始める。
「そう言えば、まだ名乗ってなかったな」
そいつは俺に背を向けたまま、面倒くさそうに名乗る。
「ボクの名前は鈴霧だ。名前は識別のための言葉だとしか思っていない。だから好きに呼んでくれ」
その後。
鈴霧と名乗ったその男は、本当に毎日三食分の食料を持って来た。
どうやって俺の両親の目をかいくぐってこの空間に来ているのか、何度も尋ねたが一度も教えてくれなかった。
けれどこうして来れるようになるまでに苦労をしたようで、それが助けにくるのに時間がかかった理由らしい。
「さあ、考えはまとまったかい?」
鈴霧は期待するような目で俺を見る。
俺の答えは、鈴霧が一度目にここを去ったその日に決まっていた。
小さく、けれど力強く頷く。
「聞かせてくるかな」
「神様を、殺しに行く」
……そうしないと何も始まらない気がした。
今思えば、これは生まれて初めてのわがままだったのかもしれない。
今までずっといじめられてきたのだから、やり返してやろう。そんな感じだったのかもしれない。
その日、俺は初めて神様と話した。
確かに女の声だったが、その顔を見ることは許されていなかった。
俺と神様の間は薄い布で区切られていて、そこには神様のシルエットが映っていた。
「……貴方は、何故ここに来たのですか」
神様の正体も知らず、子供じみた、あるいは年相応の動機で、俺は神様に銃を向ける。
「……俺は、お前を殺しに来た」
かみさま、かみさま、あなたがしぬことでぼくがすくわれるなら、こころよくしんでくれますか?




