後悔コレクト2
ティカ『依頼の説明をすると言っていたのに、他の人はどうしたのですか』
シルヴァ「皆温かい布団から出てきません」
ティカ『……叩き起こしてください』
――言霊を、無視した。
言霊は無視しようとして出来るものではない。
例え言霊をかけられた本人がその言霊の内容を忘れていたとしても、言霊としての命令は自然に、強制的にその人を縛りつける。
言霊から逃れる方法はたったひとつ。
聞かないことだ。
これは言霊による命令を聞かないこと、無視することではない。
本当に、ティカの声自体を聞かないことである。
……だから、俺自身も何故ソラを助けに向かえたのか分からない。
――けれど、言霊を無視するのはこれが初めてではなかった。
俺は思う。
神様も、同じように俺を縛ろうとしたのだと。
俺は思い出す。
神様を殺そうとしたのは俺だと。
端末に示された座標位置に辿りついた俺は、
――神様を殺したのは俺だ。
そこが自分にとって最悪の場所であることを、今になってやっと悟ったのだった。
近づくと、油と鉄の臭いで気分が悪くなった。
通常の空気の中でさえ生きていけない身だ。
鳳を殺したあの倉庫の埃っぽさと、この廃工場の空気で臓器が汚染されそうだった。
いや、汚染は確実に始まっている。
端末を見ると、この廃工場の内部構造はまだ載っていなかった。
仕方なく自分で透視して中の様子をざっと確認する。
工場らしい入り組んだ構造だったが、このまま真っ直ぐ進めば、屋根付きの広場があるらしい。人の気配はそこにしかなかった。
まあ、廃工場なのだから、あちこちに人がいることは無いだろうが。
敵の位置を確認するとつい狙撃ポイントを探しそうになるが、生憎俺が持っているのはライフルではなくマシンガンとハンドガンだった。
一度後ろを振り返ってティカたちが追ってくる気配がないことを確認し、廃工場を進み始める。
今は気配がなくても、彼らは絶対に助けに来るはずだ。
俺は人がいると確認した位置に近づくと、相手に見つからないように建物の陰に隠れてそちらの様子を伺った。
人の数は十数人。囲まれるようにして手足を縛られ口にガムテープを貼られたソラが地面に座っている。一人に銃口を向けられているが、恐れを知らないのか元気に相手を睨みつけていた。
そういえば、俺は来栖の顔を知らない。
だからこの集まりに来栖がいるのかどうか分からないのだが、偉そうにしている奴はいなかった。
まあ、いないなら好都合だ。廃工場内を透視してみたがここ以外に人はいないようだし、来栖に会わずソラを奪還できるならそれに越したことは無い。
俺はホルスターからハンドガンを抜き、一番手前の奴に照準を合わせた。
策戦はない。そのまま突っ込むだけ。
「っ……!」
すかさず引き金を引く。乾いた音と共に弾丸が発射され、この距離ではタイムラグなど無しで照準の向こうにいた奴が倒れた。
それを確認する間もなく別の奴にニ発目、更に三発目を打って三人を無力化したところで、ソラに銃口を向けていた奴が次は俺に銃口を向けた。
居場所がバレたことを悟り、考える前に身体が前へと走り出る。
動きを止めないことで飛んでくる相手の弾丸を散らして躱しながら、何の躊躇いもなく敵の頭を撃ち抜く。襲い掛かってきた奴を拳一発で気絶させ、そいつを盾にして避けきれない弾丸をやり過ごす。
それを繰り返していると、簡単に人の数は減った。最後の一人が倒れるとその場は酷い有様となっていたが、気にせずにソラの元へ行き口に貼られたガムテープを取ってやる。
「ぶはぁっ、こ、怖かった……」
「お前は人質なんだから殺されることは無い」
「違う!流れ弾が当たりそうで怖かったんだ!」
手首と足の縄を解いてやると、ソラは自分で立ち上がった。怪我はないようだ。
「早く帰るぞ」
無意味に長居して厄介なことになりたくない。
ソラもその思いは同じなのだろう。頷いて俺の横に並ぶ。
「なあ、ソラ」
「ん?」
俺はソラと共に早足で廃工場の入口に戻りながら、ずっと感じていた違和感を口にした。
「来栖はどこにいるんだ」
「ああ、あいつならオレを縛り上げた後にどっか行ったけど」
おかしい。
廃工場の中を透視して確認出来た人は全員倒した。
来栖がどこか外に行ったとしても、思惑通り俺がここに来たと知った時点で廃工場には戻ってくるはずだ。
まだ俺が来栖と出くわしていないことを考えると、俺が来たことを知らないのか、シルヴァに伝えたことさえもブラフで本当の目的は別にあるのか。
「何か引っかかる」
急ごう。
そう続けようとした瞬間、背中にチクッとした痛みが走った。大した痛みではない。けれど、反射的に立ち止まり後ろを向いてハンドガンを構えた。
「スカラー?」
隣でソラが訝しげな声を上げる。
ソラも俺の視線を追って後ろに目を向けたが、そこには誰もいない。
目を使っても誰も視えない。
「気の所為か……?」
来栖への不信感で過敏になっているだけだと、そう思いかけた。
しかし。
「っ……」
視界が霞んだ。すぐ元に戻ったが、気のせいではない。
俺の能力は目に宿っているのだ。目の前を視ることだけに突出している。何も無いのに一瞬でも視界が霞む事は有り得ない。
立ち止まっていてはダメだと足を動かそうとしたが、上手く力が入らない。
「……ソラ」
何が起こっているのか何となく察した俺は、慎重に周りを見回しながらソラに声をかけた。
「走れ」
「え?」
「走って皆の所へ帰れ」
問答無用でソラに端末を渡す。それを見れば帰り道は分かるはずだ。迷子になってもシルヴァにメールを飛ばせる。
「どうしたんだよ急に」
「いいから、早く。ティカに言うんだ。能力無効化、もしくは姿を消す能力だって」
「は?待てよ、意味わかんな……スカラー!?」
ソラの言葉は最後まで続かず、俺を呼ぶ驚きの声に変わった。
それもそのはずだ。俺が急に崩れ、地面に膝をついたのだから。
立てない。力が入らない。
ソラが焦った顔で俺の肩に手を置き、少し揺さぶるようにしながら何か言ってくるが焦って思考する俺の耳には届かない。
もし来栖が俺の能力を無効化した上で姿を消せる能力を持っていたとしたら。
俺を捕獲することは誰よりもたやすい。
何故なら、俺の身体は通常の空気の中でさえ長時間の活動が出来ないほど弱いのだから。
「はぁっ……いいから、行け……っ!」
俺の目は現実しか見ない。人の心も、そこにない物も、俺の目には映らない。
目の前のものを見すぎた俺の身体は、気配や視線に鈍かった。
その上、今のソラの実力では見えない相手の気配だけを察して戦うのはリスクが大きすぎる。
さっさと帰ってヒューイあたりを連れてきた方が早いし確実だ。
ソラは急激な俺の変化に戸惑っているのか、俺が言いたいことの意味が分からないのか、まだ迷っていたようだが決意を固めた表情をすると踵を返して走り去った。
すると、その瞬間を待っていたかのように後ろから肩を掴まれる。
振り返らなくても、その手が誰なのかは分かっていた。
「くる、す……っ!」
意識が遠ざかる。全身から痛みを訴えかけられているような気がした。
この感覚、どこかで……。
「華音スカラー。地獄へようこそ」
その声を最後に、俺は意識を手放した。
2
……鈴霧。
目が眩むほどの照明に照らされただだっ広い部屋で、鈴霧と呼ばれる人物は馬鹿デカイ窓の外を見ながら悠長に紅茶を飲んでいた。部屋の中は薬品の臭いで満たされていたし、窓から絶景が見えるわけでもなく、お茶をするような場所ではない。
「やあ、やっぱり来たんだね」
やはり、またお前の仕業なのね。
「答えは出たのかい?」
――いつまで彼を生かし続けるのか、そろそろ考えてみてはどうだろうか
話を逸らさないで。
あの薬品を持っているのは、お前だけなのよ。
鈴霧は、強い怒りを向けられても平然として新しい紅茶をカップに注いだ。
「ああ、貴重なデータが取れた。キミたちには感謝している」
ふざけないで。弟を研究に使うなと何度言えば分かるの?
「一度言えば分かる。ボクがキミの命令に逆らえないことは知っているだろう?」
では何故。
これが実験ではないというの?
「そうだ。これは必要なことだからね」
鈴霧はまた窓の外へと視線を向ける。
その視線の向こうでは、今まさに、絶対に死ねない弟が死にそうになっているはずだ。
「あの薬が二度と効くようなら、世界から抹消しないとね」
実際に言われなくても、その言葉で気付く。
これは私のための実験で、薬の抹消も私のためなのだと。
弟の命を危険に晒すものを特定し、確実に消し去る。
例えそれが、鈴霧自身で生み出したものでも。
「それで、答えは出たのかい?」
……ええ。勿論。
「へぇ、意外だ。聞かせてもらってもいいかな」
鈴霧は少し目を丸くした後、興味深そうに私を見て笑って言った。
楽しそうな漆黒の瞳と目が合う。
いつまで彼を生かし続けるのか。
私は――。
――部屋には愉快だと笑う鈴霧の声が響いた。
「ん……」
目を覚まして周りを見回した俺は、ここまできてやっと、自分がどれだけの危機に陥っているのかを知った。
「うみ……?」
透視して視えた景色は海と空だけ。
「……。」
俺の命は、あと何時間持つ?
こんにちは、遅寝遅起き朝ご飯抜きの作者です。
読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
この小説では久しぶりに後書きを書きます。
いつも何かいい感じのことを書いているのですが、今回はそれが思いつかなかったからです((
さてさて、スカラーは通常の空気の中では二日間しか生きられません。薬を入れても四日間です。彼は今海の上にいるようですが、救助は間に合うのでしょうか。
|´-`)チラッ何気にティカは前書き初登場のはずです。




