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執行部リクエスト

人間、案外どこででも生きていける。

そんなことを言ったのは誰だっけ。その言葉は正しい。人間はどこででも生きていけるのだ。どこででも、ということは、少なからず生きていくための場所がある、ということ。その場所に快適さがなかったとしても、場所があれば生きていける。

じゃあ、場所さえなかったら?人は生きていけるのか?……無理だ。誰からも拒絶され、寝場所も食べ物も与えられなかったら。

……俺達は、死んでいた。



「っだああああああ!!んだよこれ!!マジ有り得ねぇ!」


ここは食堂。しかし、俺達以外に人はいないのでとても閑散としている。

俺の隣に座っているさっきまで妙に静かだった奴が、急に叫んで右手に持っていた箸をお盆の上に投げ捨てた。


「うるさい」


「いいじゃん誰もいねぇんだから!うわああああああ!!」


……俺がいるだろ。無闇に叫ぶのはやめろ。

厳密に言えば俺の前の席にも銀髪の女がいるけれど、彼女は箸を使いこなすのに必死で俺らの会話なんて耳に入ってないようだった。念のため言っておくが、箸の文化がない所から来たので上手く扱えない、というわけではない。現に彼女は、昨日まで普通に箸を扱えていたのだ。


俺はギャーギャー言う隣の奴に冷たく言い放つ。


「……うどんの汁ぶっかけるぞ」


「すみませんでした」


隣の奴――ヒューイはさっと真顔に戻って箸を握り直した。

見ると、器用にグリーンピースだけ除けられている。どうやらグリーンピースの多さに嫌気がさして叫んでいたらしい。


「……シルヴァ」


俺は豆腐を掴むのに苦戦している銀髪の女を呼ぶ。

それでもシルヴァは豆腐を掴もうとしていて、失敗して真っ二つに割ってしまってから顔を上げた。


「どうしたの?」


「ヒューイはグリーンピースが苦手らしい」


俺がそう言うと、シルヴァはぱちくりと瞬きをして俺の前の隣に視線を移した。そして、本当に驚いたような顔をする。


「あら、いつからいたの?」


「ひでぇ!最初からいたんだけど?!」


「貴方がグリーンピース嫌いって記憶したわ。明日からはグリーンピースを使った豆ご飯ね」


シルヴァが「記憶した」と言った記憶は、絶対に消えない。いや、冗談ではなく、文字通り死ぬまで、永久にだ。


「毎日楽しみな飯の時間が地獄になっちゃう……」


「ごちそうさま」


泣き真似をして嘆くヒューイを無視してお盆を持って席を立つ。

食堂の時計はもうすぐで13時30分になろうとしていた。


「もう行くの?」


箸の扱いを諦めたらしいシルヴァが、スプーンとフォークを取り出しながら問う。


「ああ」


俺はお盆を返却口に置き、2人に見送られて自室に戻りながら考える。

今日の残りの依頼は今のところ1件だけ。誘拐犯のアジトに攻め入って犯人を捕まえる。その際、誘拐された被害者を見つけた場合は無傷で保護。俺の同行者は夜月カヤという獣使い。作戦決行は14時からの予定だ。


生きる場所を強制的に与えられた俺達は、日々そうやって依頼をこなし、報酬で生きる。

この場所を与えてくれた主を裏切らない依頼ならなんだって引き受ける。俺は、そんな何でも屋みたいな組織にいるのだ。


自室に入ると、澄み切った空気が肺に流れ込む。当たり前だ。俺の部屋は完全除菌されている。俺の身体は異常な程に病弱だったようで、外の空気を2日以上吸い続けるとやばいらしい。

だから、依頼の時にはガスマスクを欠かさない。


腰にハンドガンとマガジンを差し込んで、背中にライフルを背負い準備完了。

カヤと待ち合わせているミーティング室へ向かう。


この組織は使われなくなった貴族の屋敷を買い取って拠点としており、束ねている主はティカという名前の女性だ。今のところここには、俺が知る限りは俺とヒューイ、シルヴァ、カヤ、ティカの5人しかいない。

また、依頼をこなす執行部、ティカの護衛をする護衛部、情報関係の仕事をする情報部、日々何をしているのか分からない研究部の4つの部で構成されている。


「スカラーさーん!」


俺がミーティング室のドアを開けた瞬間、大声で俺の名前を呼びながらタックルをかます勢いで赤髪のおさげの子が抱きついてきた。

俺のことをちゃんと認識してから飛びついてきたスピードだとは思えない。もしここに来たのが別人だったらどうするつもりだったのだろう。


「カヤ、離れろ」


「えー、いいじゃないですかー」


離れる気配がない……。

こいつはいつもこんな感じだから諦めよう……。


「……作戦を伝える」


部には上官と呼ばれるリーダーがそれぞれ一人ずつ存在する。執行部の上官は俺。護衛部がヒューイ、情報部がシルヴァだ。

絶対にそうしなければならないという規則はなかったが、2人以上で依頼をこなす場合、作戦は上官が決めるというルールみたいなものが出来ていた。


カヤは流石に真面目な表情になって俺を見上げる。

……抱きついたまま。


「カヤはできるだけ誘拐犯に見つからないよう近付いてくれ。俺が誘拐犯を狙撃する。その混乱に紛れてかやが被害者の保護」


「被害者がいなかった場合はどうしましょう」


「確実にいないと分かったら上空で待機。いるかもしれないならその場で隠れたまま待機。敵は絶対に複数いる。俺は1人ずつしか撃てない。全員撃つまでに被害者に危害を加えられそうだったら…」


「その時は私も突進しますね!ね!」


……。

あまり、そういうことはさせたくないけれど。


「仕方ないな」


「やったぁ!あの、スカラーさんが狙撃できない場所に敵がいるってことはないんでしょうか?」


「ああ、心配しなくていい」


何故なら、敵がいる場所はガラス張りの建物なのだから。シルヴァの情報なので間違ってはいないだろう。


「……もう一つ、訊いてもいいですか」


「?ああ」


カヤが元気のない声で、しかも改まって質問の許可をとり、俺から離れたので不思議になる。……不思議で、不安になる。


「この依頼、どうしてスカラーさんが一緒なのですか」


「……は?」


「あ、スカラーさんが嫌だとかいうわけじゃないですよ?寧ろ好きです、大好きです!」


けれど、とカヤは続ける。何故か寂しそうに、悲しそうに。いつもの彼女らしくない、なんて、カヤのことを何も知らない俺の言えることではないけれど。彼女らしくない。


「この依頼、多分私だけでも大丈夫なんです。一気に窓を割って侵入して、被害者以外を一瞬で蹴散らす」


カヤにはそれが出来る。一瞬で依頼は終わる。そこに俺が加わることで依頼が長引く。それにも拘らず、俺がいる理由。

そりゃあ、依頼に誰が向かうかを決めるのはティカで、ティカに出ろと命じられたから、という理由もあるだろう。だがきっと、カヤだってそんなことは分かっていて、今求めている答えはそんなものではないのだ。

そこまで考えた上で俺は言う。

カヤの気持ちは俺の知ったことではないから。


「だって、お前は弱いだろ」


ティカは、誰でもこの組織に勧誘する訳では無い。加入するにはティカに勧誘されることが必要で、勧誘されるには2つの条件があった。

1つめは、社会に見放されて生きる場所がない人。2つめは、何か異能力を持っている人。この2つが揃っていなければいけない。

カヤの異能力は、獣を従えることが出来るということだった。従えられる獣の種類はその辺にいる野良犬から神獣まで幅広いが、カヤ自身に戦闘能力はなかった。


だから、彼女は弱い。

激しい戦闘が予想される依頼には絶対に出さない。

そんなことを知らない彼女が、自分に任せられる依頼が全て安全なものであることについてどう思っているかは分からないが、多分勘違いをしている。俺とティカは、自分に殺人をさせたくないのだろう、と。


「お前は弱いから、単独で戦場には出れない」


殺人をしなくても、殺される可能性はあるのだから。

カヤの気持ちは俺の知ったことではない。だが、命は俺の知ったことだ。


「行くぞ」


落ち込んだのか、俯いてしまったカヤの頭を撫でてから身を翻した。


気付いていた。

もっともらしいことを言って、部下を守っているようなことをしながら、本当に守られているのは自分だということに。

けれど気づきたくないから。目を逸らす。

俺は傷つきたくないのだ。知らないところで、部下が死ぬことを許せない。


——じゃあ、あなたはどうなんですか


——戦場に独りで行けるほど強いんですか


——本当に弱いのは、誰なんですか

救われているのは。

守られているのは。


皆、同じだっただろうか。

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