会食ダブル3
ヒュ「さっむ!最近夜だけ寒くね?!ちょ、布団、俺の布団どこ?!」
シル「洗濯したからないわ」
ヒュ「えっ……(凍え)」
俺の体は反射的に動いていた。
「おい、今すぐこのドアを開けろ」
中と連絡を取る手段を持っている兵士リーダーに掴みかかるようにして言う。敬語なんて使っている余裕はなかった。
「いや、だが……」
「何を迷う必要がある。お前は何の為にここにいるんだ」
自分でも予想以上に低い声が出た。
リーダーは少しおののいた様子で慌てて端末を取り出し、連絡を取ろうと試みたがすぐに首を振った。
「ダメだ、中が混乱していて連絡が取れない」
「……は?」
何だよそれ。全然使えない。ここの兵士はどうなっているんだ。
入口のドアは見た目的にも頑丈で、簡単には開きそうになかった。
無理矢理こじ開ける考えはすぐに捨てる。
「じゃあ外だ。会場外の警備が他にいるだろう」
「だ、ダメだ……!」
「は?どうして」
俺が外の兵士と連絡を取れと詰め寄ると、リーダーである目の前の男はすぐさま首を横に振った。連絡を取ろうと試みてダメだったなら分かる。しかし、何故何もしないでダメだと言えるのか。
俺はその返事を聞いた途端にリーダーを頼るのをやめ、ソラの方を振り返った。
「……!」
するとソラと目が合った。空のような色が俺を真っ直ぐ射抜く。
急激な状況の変化で取り乱すこともなく、ずっと指示を待っているのか。
その冷静さは俺に勇気すら与えた。
「おいリーダー、これは緊急事態だ。お前が何もしないなら俺がやる」
未だ立ち尽くしているリーダーを一瞥して言い、もう一度ソラを見てしっかりした口調で告げる。
「……行くぞ」
「うん」
迷わず頷いたソラを見てから、兵士リーダーの横を走り抜ける。勿論ソラも俺についてくる。目指すのは、恐らくさっき割れたはずの窓ガラスだ。既に割れているなら、中へ入るための一番簡単な方法だ。
後ろから俺とソラを止めるリーダーの声が聞こえたが、俺はもちろんソラもそれに従うことは無かった。
「何だ……?」
目を使って割れた窓ガラスの位置を確認すると、その周りに兵士が集まっているのが見えた。ざっと数えて十人程度がいるようで、何をしているのかは分からない。
ただ……。
その兵士は皆慌てている様子がなかった。
パーティー会場内では真ん中で立っている数人を除いて全員が地面に伏せていて、大騒ぎになっている様子はない。となると、あの立っている数人が標的だと推測される。
割れた窓ガラスの外側に集まっている兵士達は突入の機会を伺っているのだろうか。
……嫌な予感がする。
「ソラ、目は慣れたか」
急激に照明が落ちて、それは今でも復旧していないのだ。俺は能力のお陰で問題ないのだが、ソラはそうではないだろう。
「大丈夫」
「分かった」
俺はソラを連れて、明るければ割れた窓ガラスが普通に視界に入るくらいまで近付くと、丁度そこにあったデスクの後ろにしゃがんで身を隠した。上には花瓶に入った花が置かれている。丁度集まっている兵士から死角になる場所だ。
「どうして兵士から隠れるんだ?」
と、小声のソラ。
「あの兵士は会場の中を気にかけていない。外を監視している」
これは近くまで来て確信に変わったことだ。
中を覗いている兵士は一人もいない。会場内に入る方法で今考えられる唯一の場所に集まり、そこで全員が外を気にかけているということは。
ここから中に誰もいれないように監視しているとは考えられないだろうか。
彼らが中に入れたくないのは敵の増援か。
――それとも俺達か
……兵士リーダーは、外にいる兵士と連絡を取ろうとさえしなかった。
「兵士は全員敵の可能性がある」
俺の言葉の意味が分かっていなさそうなソラに短く淡々と囁く。
「敵だと確信を得たら、相応の扱いをする」
ただ、ここで大きな音を立てるのは控えたい。会場内は勿論防音になっていて外の音も聞こえにくいだろうが、割れた窓ガラスのすぐ隣では意味がない。
「……スカラー、これ」
ソラがまだ手に持っていたタブレットの画面を見るように促してくる。
光が漏れないように気をつけながら覗き込むと、会場内の四隅のうち、俺達が警備するように言われた正面入口から見て右上の部分が赤く点滅していた。タップすると、「bomb 8」と表示され、数字が一定間隔で一ずつ減っていく。
「?!」
俺は慌ててその意味を理解して会場内を透視した。ほとんどの貴族は部屋の中央寄りで伏せており、会場の四隅に人はいない。勿論その貴族の中にティカやヒューイ、シンも混ざっているのだが、シルヴァはと言うとそうではなかった。
彼女だけ、平然とした様子で食事が置かれた丸テーブルの下に潜り込み、テーブルクロスで完全に隠れ、タブレットを右手で操作している。左手には小型のリモコン。
いくらなんでも自由すぎるだろ……!
bomb、すなわち爆弾はシルヴァの武器だった。
記憶力に優れた彼女は、操作さえ覚えれば簡単に扱える兵器を望んだ。
この減っていく数字は明らかに爆発までの時間だ。
「ソラ、目を閉じろ」
「え?」
「いいから早く」
ソラは訳が分からない様子で困惑しながらギュッと目を閉じた。そして、タブレットをソラの両腕に抱きしめさせたその時。後ろの方から轟音が聞こえ、微かに壁が揺れた。直後に割れた窓ガラスから廊下へと熱風と塵が流れ込み、黒い煙が溢れ始める。
「行くぞ!タブレットは離さないで目を閉じたままにしておけ!」
「えっ? うわっ?!」
俺は腕で顔を防いで熱風と、同時に飛んできた何かの塵をやり過ごし、ソラの腕をつかんで煙の中に突っ込んだ。そこには勿論混乱する兵士達がいたのだが、黒い煙の中では彼らは到底普段通りの動きをすることは出来ず、簡単に通り抜け、ソラを担いで窓を飛び越える。
中に入ると、煙が薄くなる前にソラを降ろし、この場を制圧し返してしまおうとした。が、俺がホルスターに手を伸ばしかけた所で、煙が異常な勢いで窓から外に排出され始めた。
まだ窓の近くにいた俺とソラは煙が出ていく時の突風に煽られて腕で顔をふさぐ。
「私の邪魔をしたのは君たちか?」
「っ……」
聞いたことがない、貫禄のある声。同時に煙が全て外へ出ていき、突風も収まったのでそちらを見ると、人目で貴族だと分かるほど煌びやかな服を着た男が立ち上がる所だった。その人も床に伏せさせられていたのだろう。
その男の行動を見た周りが急にざわつき始める。無理もない。貴族たちが床に伏せているのは明らかに俺達が標的としている何者かの指示だ。このタイミングでそれに逆らうなど。それに今のセリフは……。
男は立ち上がるだけでなく、まるでそれが当然であるかのように俺の前へ歩いてきた。
「君のような存在を招かれざる客というんだ」
「お前、誰だ」
俺はソラを庇うように前に立ち、立ち上がった男に言い放った。
周りで立っている標的たちは、男が逆らう行動を取っているにも関わらず何も言わない。
「名乗る時は自分からだと習わなかったか?」
「……塔楼」
俺がティカに言われた通り名字で名乗ると、男は俺の足先から頭まで何かを探るように視線を這わせ、ゆっくりと口を開いた。
「私の名前は鳳」
「鳳……?!」
帝都で有名な貿易商人。依頼を出してまでもティカをパーティーへ呼んだ男。
状況が読めない。
しかし、一つだけあまり考えたくない可能性がある。もし鳳が俺達の標的の仲間だったら。更にこの標的を動かしているのが鳳だったら。彼が自由に動けても不思議ではない。襲撃者に怯えて言う通りに床に伏せる貴族を演じるのも簡単なことだ。
依頼主の裏切りはあってもおかしくない。
何者かが鳳の命を狙っていて、その何者かが会場を襲撃するかもしれないからと執行部に依頼をしてきたのは鳳ではなく来栖だ。
「ここは君が来るような所ではない。出ていきなさい」
どうして俺はこの状況でこいつと冷静に話をしているのだろう。
どうしてこいつはこの状況でこれ程堂々と動けるのだろう。
どうして侵入してきた標的たちは何もしないのだろう。
「塔楼」
俺が混乱して行動に迷っていると伏せている貴族の中から鈴を転がすような異質で綺麗な声が俺を呼んだ。その声の持ち主が誰であるかを一瞬で悟った俺は、そちらを向かずに鳳から視線を外さない。
「鳳を殺してください」
俺の身体はティカの言葉を最後まで聞かなかった。すぐさまホルスターに手を伸ばし、ハンドガンを抜き取る。
勿論、鳳がその一連の動作を見逃すとは微塵も思っていない。
それはきっと俺以外も同じだろう。
だから。
俺は銃口を向けることはせず、横に走り出した。
流石にこの行動は予想外だったようで、鳳は少しだけ目を丸くして何も出来ずに俺を見送る。ソラもその場に留まり続けるわけがなく、俺と反対側の会場入口へと向けて走り始めた。
「ソラ!依頼人を探せ!」
「了解!」
叫ぶようにして指示を飛ばす。この会場内にいる人の顔と名前を覚えているのはシルヴァとソラだけだ。
俺とソラにとっての依頼人は来栖である。
俺は立ち塞がろうとする標的たちを振り切り、会場の左右に備え付けられている階段を登り、二階へと上がった。二階は部屋の内側に取り付けられたバルコニーのようになっていて、一本の通路が会場型に曲がって、一階の会場を見ながら二階を一周できるようになっている。通路には柵があり、一階へは簡単に落ちないようにされていた。
その柵に手をかけて一階を見ると、当たり前ではあるがかなり混乱した状況だった。ソラによって開け放たれた入口ドアから流れるようにして貴族たちが叫びながら出て行く。
出ていく気配がないのは、ティカ、ヒューイ、シンの三人のみだった。
と、ティカと目が合う。いつものように不自然すぎるほど綺麗な微笑を俺に返してくる。
その瞬間、俺の視界を赤色と熱が焼いた。
その炎は俺の脇を通り抜け、先ほど俺が登ってきた階段の辺りに直撃する。見ると、俺を追ってきたのであろう標的のひとりが熱さに悶え苦しんでいた。
「よそ見すんなよ!」
「悪い」
俺の声は親友に届いたか分からない。俺は苦笑して本格的に鳳を目で追い始めた。
俺は自分の仕事に集中すればいい。
その他は皆が片付けてくれる。
――くれぐれも、間違いの無いように
彼女の言葉は、俺の身体を正しく動かし続ける。
俺が緊急事態だって言ったら?




