会食ダブル2
ヒューイ「シルヴァが笑ってるの見たことねぇんだけど」
スカラー「俺もない」
カヤ「この前子犬に真顔で接してましたよ」
夕方六時。夕焼けは終わった。
パーティ会場場所は高級街にあるホテルの二階にある一室で行われるようだった。俺とソラは指定された時間に会場へと辿り着き、兵士リーダーっぽい髭の男性と会っていた。
「貴方がリーダーですか」
「ああ、そうだ。お前たちは……?」
どうやら俺達の顔を知らないらしい。どう説明すれば分かってもらえるか……。そういえば、ティカは自分が上級貴族の括りで、俺達はその使用人ということになっていると言っていた。いざとなれば誤魔化せる程度でそれに合わせた方がいいかもしれない。
俺は斜め後方にいるソラを一瞥する。そのまま大人しく喋らないでいてくれると助かるのだが。
「……ティカ様から、会場の護衛につけと言われて」
「ああ、お前たちが……なるほど、表情の動かない手練ってのはお前だな?」
リーダーは俺の顔を除き込んでそう言うと、豪快に笑った。
表情が動かない……ティカはそんな風に俺を説明したのだろうか。
「そっちが新入りか。随分と可愛らしいな」
「か、可愛くない!」
……なんだかおじいちゃんと孫みたいだ。
「それで、具体的に俺たちはどうすればいいんでしょう」
俺は柔らかい雰囲気をぶち壊して、話を本題に戻した。
リーダーは会場の入口を指さす。
「お前たちの配置はあそこだ」
「分かりました」
俺が頷いたタイミングで、リーダーは用事を思い出したと言って慌てて別れの挨拶をし、俺に背を向けて会場の奥の方へと消えていった。
俺はソラを連れて、言われた通り会場を出て入口で待機。
ソラに背負ってもらっていた小さめのリュックからタブレットを取り出し、壁を背にして座り込む。
「何するんだ?」
半開きのリュックを背負ったソラが同じように隣に座って首を傾げる。
「事前調査」
タブレットを画面をタッチすると、既にホテルの構造や兵士の配置位置、参加している貴族の名前が記載されていた。
時刻は18時30分を過ぎたあたり。会場に貴族たちが集まりつつある。もうここまで情報があるということは、シルヴァも近くにいるはずだ。
と、そこで俺とソラがいる場所の近くに緑色のドットが追加された。
「……あ」
それと同時にソラが声を漏らす。どうしたのかと顔を上げると、ソラは会場の入口前にある階段の隣……エレベーターの方を見ていた。
そのエレベーターからは、ちょうど俺がよく知った顔の三人が出てきたところだった。
普段にも増して豪華なドレスを着た車椅子の女性。その車椅子を押す、貴族の気品が漂うスーツの青年。車椅子の左脇を歩くのは、同じくスーツを着た大人しそうな少年。
……完璧に貴族様だな。
「ソラ、あんまり見るな。貴族だぞ」
「え、でも……」
「兵士の俺達は貴族と知り合いじゃない方がいい」
それに、誰が敵か分からない状況なのだ。まさか知り合いでもない兵士と貴族が戦闘中に協力などしないだろうという予想を持たせていた方がいい。
ソラが三人から目を離したのを確認して、画面に目を戻す。
緑色のドットは味方のタブレットの場所を示している。恐らくこれはシンかヒューイが持っているものだ。会場へと入って行く彼らの動きに合わせて移動していく。タップすると、2という文字が浮かんだ。これはタブレットの番号で、恐らく俺が持っているのが3だ。
親指と人差し指を使って地図を縮小し、広い範囲を移すと、この入口とは反対側にある裏口付近にもうひとつ緑ドットが写った。そちらは1の数字が出る。
身体を捻って会場内を覗くと、どうやら裏口も開放されているようで、そこからも人が入っている。
その近くで、水色のドレスを着こなしたシルヴァが知らない貴族と話しているのが確認できた。
「スカラー、何か来た」
ソラに服の裾を引っ張られて会場を除くのをやめ、タブレットを見ると新しいファイルを受信していた。タップして開くと、多数の名前が並べられていた。一番上の大宮という名前だけが赤字になっており、明らかに目立たせようとする意志が見えた。
「何だ……?」
その赤字を更にタップすると、その人の詳細画面が開かれる。
それを隣で見たソラが身じろいだ。
「スカラー、これって」
「……ああ」
そこに書かれていたのは、
――情報無し
の一言だけ。
情報が無いという情報は、俺たちにとってかなり有力なものになる。
しかし……時刻は十八時五十分。パーティ開始まで十分を切ったところだ。会場内には既にかなりの人数が集まっている。その中から情報が無い人物の姿を特定するには……。
「ソラ、お前記憶力に自信はあるか」
「え?記憶力?」
「ここにある名前と顔を全部覚えられれば早い」
言いながら、ファイルにある名前を下までスクロールした。ざっと四十人くらいか。急激な勧誘でよくここまでの貴族を集めたものだ。
ティカの名前もある。が、ヒューイやシンの名前はない。ということは、このリストには参加している貴族の名前が載っており、それについてきた護衛は載っていない。
「とにかく、出来るだけ覚えろ」
「ええ?!」
絶望的な顔をするソラにタブレットを押し付ける。ソラは文句を言いながらも受け取り、真剣にタブレットを眺め始めた。
名前がある貴族は恐らく危険ではない。その周りにいる、明らかに護衛だと分かる人も大丈夫だろう。
警戒するべきなのは、単独行動をしている人と、リストに載っていない顔の人だ。
他には、今は怪しい人物などここにはいなくて、後々勢いに任せて襲撃してくるということも考えられるが。
俺がもう一度会場内を覗いたところで、盛大な音楽が流れ始めた。
時刻は丁度十九時。
壇上に髭を生やした小太りのおじさんが上がる。同時に、俺の所にさっき会った兵士リーダーが戻って来て俺を一瞥し、
入口のドアを閉め始めた。
――やってしまった
そうだ、パーティーは始まると全てのドアが閉められる。貴族と正式な護衛や使用人は自由に出入りができるが、今の俺やソラのような外に配置された兵士は全うな理由がない限り中には入れない。それこそ、何者かに襲撃されたという知らせでもなければ。
何故忘れていたのか。
兵士リーダーのたったひとつの行動で、俺の中に焦りが満ち始めた。
そんな俺を見て、兵士リーダーが不思議そうに話しかけてくる。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「あ、いや、大丈夫です」
平静を装って返事をし、ソラを見るとタブレットに必死でドアが閉まったことにも兵士リーダーがいることにも気づいてなさそうだった。
このままではソラに会場内の貴族の顔を覚えてもらっても仕方がない。俺には会場内が見えるが、ソラには見えないのだ。
「……ソラ」
俺はソラの肩を揺さぶってタブレットへの集中を切れさせた。ソラは急に話しかけられてびっくりしたようにこちらを向く。
「え、あ、何?」
「それはもう覚えなくていい」
「へ?」
「ドアが閉まった。お前には中にいる人の顔が見えないだろ」
そう言うとやっと何が起こったのか気付いたようで、はっとした表情になる。
「別の方法を考えるぞ」
こうなったら、シルヴァに頼んで会場内を見張ってもらうのが手っ取り早い。彼女なら簡単に参加者の顔と名前を覚えられるし、上手く立ち回れるはずだ。
……しかし。
シルヴァは今日仕事でここに来ているわけではない。
俺やヒューイとは違って、自分のやりたいようにやってもいい。そもそも、こうやってタブレットに情報を発信すること自体しなくてもいいことなのだ。
「……なあ、スカラー」
「どうした」
俺を呼んだソラは、ごく自然な表情で首を傾げ、空色の透き通った目で俺を見た。
「このまま待ってて、何か起こってから動くんじゃダメなのか?」
……え。
確かに依頼的にもそれで問題ない。ふいを突ければ殺さずに捕まえるのが簡単になったりもするが、全面戦争をしても結果的に成功するならそれでいいのだ。これ以上いい作戦がないなら、余計なことをするより大人しく待っていた方が……。
と、高速回転する俺の思考を遮ったのは、人の悲鳴と大きいガラスが割れるような高い音、照明が落ちて真っ暗になった目の前だった。
――最初から標的はここに紛れ込んでいるはずだと
――何故思っていたのか
金持ち社会は戦争




