星空ミルキー
カヤ「あ!それ私が食べようと残しておいたお菓子!」
ヒュ「早い者勝ち!」
カヤ「ズルい!大人なら譲ってくださいよ!」
ヒュ「子供は大人に敬意を表すべきだろ!」
ス「静かにしろ」
ヒュ、カヤ「はい( ˙-˙ )」
自ら親を殺害した子供、なんてものがいたら、勿論世間を騒がせる重大ニュースのひとつとして報道されかねないのだが、そうやってマスコミに取り上げられて大騒ぎになることはなかった。
そして、上級貴族の家を半壊状態にしてまで行われた大規模といえば大規模な暴動も、マスコミに取り上げられることは無かった。
ティカが説明するには、これは原因が私たちだからだ、ということらしい。というか、ここまで騒ぎを押さえつけたのはティカひとりの力だ。具体的に何をしたのかは知らない方がいいと言って教えてくれなかったけれど、電話越しに誰かと物騒な話をしているのを聞いた。
……双子は思った以上に容赦なかった。それほど父親に対して恨みを持っていたのかもしれない。
兎に角、カヤを帰していてよかった。とても見せられたものではない。
『じゃあ、始めましょうか』
事務室での重苦しい空気の中、最初に口を開いたのはティカだった。この場には俺とヒューイ、シルヴァの上官組が集まっていて、外でカヤとソラ、シンが待機しているはずだ。
これから行われるのは、依頼の報告会のようなものだ。普段はわざわざこんなことはしないのだが、今回だけ異例らしい。
『スカラー、貴方が見たものを話してくれますか?』
「……はい」
最初に話を振られた俺は、言われた通り今回の依頼で見たものを話す。魔法陣、犬塚邸内の道が変わる時の感覚、中にいた女性、それから庭での出来事。
……犬塚から聞いたことは意図的に話さなかった。話す気になれなかった。
『ヒューイ、次は貴方の番です』
「スカラーが見たという女性は、多分俺が殺しました。その女性は一切武器を持っておらず、攻撃は魔法陣による魔法」
最後の言葉でヒューイ以外の全員が息を飲んだ。
ということは、俺とカヤを襲った魔法陣の使い手もそいつで間違いない。
「多分、途中でスカラーを追跡する魔法陣がなくなったのは、俺とシンがそいつに近づいて、こっちに対応するためだと思います。実際あまり狙いも定まっていませんでしたし、使用に慣れていないみたいだったので」
そこでヒューイは俺を見て苦笑した。
「正直、お前が撃つ弾丸の方があの魔法陣より怖いぜ」
「それは褒め言葉なのか」
しかし、だから俺とカヤは一撃も受けることがなく庭へと到着できたのかもしれない、ということか。
しかし、その異能を持った人物が使用に慣れていないとは妙な話だ。使う機会は少なかったかもしれないが、そんな大きな力を手に入れたなら使いこなせるように練習くらいするだろう。異能の持ち主に異能が使いこなせないのは聞いたことがない。
「道が変わるのも帰りにはなかったし、それも女の仕業だったかもしれません」
『シルヴァに何か聞きたいことがないか訊いてもらえますか?』
シルヴァは先程からずっとパソコンのキーボードを叩いている。ティカが普段通り文字にして話しかけても気付かないだろう。そして、ティカのこういう頼みを聞くのは自然と護衛部の仕事になっていた。
「シルヴァ、他に聞きたいことは?」
「魔法陣からは火球しか出てこなかったの?全部赤色だったの?」
シルヴァはキーボードを打つ手を休めない。
ヒューイが俺の意見を聞くために視線を向けてきたので頷き返す。
「ああ。俺もスカラーもそれしか見てない」
「分かったわ。私が聞きたかったのはそれだけよ」
シルヴァは顔を上げてパソコンを閉じた。
『では、これで報告は終わりにしましょう』
その号令で、シルヴァが席を立ち、パソコンを少し重そうに抱えて俺とヒューイを交互に見た。
「晩ご飯、買う時間なかったでしょ?ヒューイの部屋に準備してあるから。私の奢りでいいわ」
言いたいことだけ言ってさっさと部屋を出ていってしまう。その後ろ姿を見送り、ヒューイを見ると目が合った。どちらからともなく苦笑する。
そして、シルヴァと入れ替わりで待機していたソラとシンがカヤの案内で事務室に通された。カヤは入って来ず、そのまま仕事に戻るはずだ。
前回この屋敷に入った時に気を失っていたソラは物珍しそうにキョロキョロしている。
『私は主にシンに話があります』
ティカのブレスレット端末から浮かび上がる文字に、ちょっと驚き顔になる双子。
『報酬をどう払うのか、決めてください』
その一言でシンに視線が集まる。
確かに子供に払える額ではない。上官全員を動かしたし、命だって懸かっている。大体、一瞬で終わる簡単な依頼でも普通に子供が払えるとは言えない額がかかる。
「……ここで働かせてくれないか」
そう言ったのはソラの方だった。
「シンにだけ押し付けられない。報酬の分役に立てば……!」
「駄目だ」
そうピシャリと言い放ったのは、意外にもヒューイだった。
「お前らに出来るような仕事は舞い込んでこない」
シンと勝負しておいて尚そう言える。
そもそも、ここには異能者で行き場がない人しかいられないルールだ。この双子も親を失った子供なので行き場はないかもしれないが、異能者ではない。
『スカラーはどう思いますか?』
「俺は……」
正直どちらでもあまり変わらない。報酬がないのは困るし、シンの強さがあれば助けくらいにはなるだろう。もし本当に駄目だった場合は、あまりやりたくはないが別の強制的に稼がせる方法もある。……下級貴族に売るとか。
だから、俺的にはどっちもどっちで、ここで問題視するべきなのは俺よりも寧ろヒューイのことだった。
家族殺し。
しかも意図的なやつだ。
ヒューイのメンタルに関わってくると困る。
「スカラー」
と、鈴を転がすような声で俺を呼んだのはティカだった。言霊のせいもあるだろうが、考え中にふいに呼ばれたため反射的にそちらを向く。ティカの瞳の赤色と目が合った。
『貴方の考えていることは分かります』
「え……?」
『ヒューイ、異能者は生まれつき異能を持っている貴方やスカラーのような者と、生活環境によって覚醒するカヤやシルヴァのような者に分かれます』
ティカは唐突にそんな話を始めた。
ヒューイも面食らったように曖昧に頷く。
「それは……知ってますけど……」
『でしたら、この二人にも可能性はあるでしょう』
それに、と車椅子の肘掛を使って頬杖をつき続ける。その真っ赤な目が細められ、ヒューイを射抜いた。
『依頼の役に立たないなら好きにこき使いなさい。下級貴族なら奴隷の扱い方ぐらい知っているはずです』
「っ……!」
ティカは声を出した訳では無い。けれど、冷徹な声が聞こえた気がした。言霊を使ってもいないのに有無を言わせない強制力。
言葉を失ったヒューイは苦しそうに俯いた。
『それにスカラー、ヒューイの親友は貴方ですよ』
「はい」
つまり、ヒューイのメンタルについては俺がカバーしろということだろう。ヒューイだって俺を助けてくれている(スラム街へ双子を捜しに行ったのはいい例だ)し、お互い様だ。
『ということで、ソラとシン。配属を決めましょう』
きっと、双子はさっきまでのやり取りをハラハラしながら見守っていただろう。自分たちの人生が変わるかもしれないのだ。
外からの依頼をこなすのが執行部。
ティカの護衛や、ティカ本人からの依頼をこなすのが護衛部。
情報関係を扱うのが情報部。
もちろん一番忙しいのは執行部になる。
そして、大きな理由がない限り配属を決めるのはティカがするようになっている。
『そうですね……ソラは執行部がいいでしょう』
「え、な、執行部……?!」
それだけはないと思っていた俺の口から間抜けな声が出る。それを聞いて、苦しそうだったヒューイに一転して隣でくすくす笑われる。
新しく入ってきた人に組織の基本から教えるのは、配属された部の上官だった。だから俺にはカヤにも教えた経験があるのだが、素直で元気すぎたのとうるさいので一気に疲労が溜まった覚えがある。
……多分、ソラだってカヤと似た感じだ。何故俺の周りには騒がしいやつが集まるのか。
『シン、貴方は護衛部へいらっしゃい』
いや……普通は逆じゃないのか……。
『私なりの配慮ですよ。この方が仲良くなりやすいでしょう』
確かに俺が比較的静かなシンと組むと仲良くというよりは淡々と依頼をこなすだけになりそうではある。
そして最後に、ティカはあまりにも大きな爆弾の雨を俺とヒューイに降らせた。
『依頼でこの双子を使えるようにしたいなら、貴方たちが頑張って剣を教えるのですよ。この双子がいつまでも弱いのは、間接的に貴方たちの責任でもあります』
…。
……。
ソラとシンを連れて事務室を出た俺とヒューイは、同じタイミングで盛大なため息を吐き出した。
俺たちが廊下を歩き始めると、一応双子も大人しく後ろをついてくる。
「まさかこんなことになるとはな……」
「諦めろ、もう決まったんだ」
という俺も、ヒューイと同じような気持ちだったりする。
双子が使い物になるまでは、その分の出費が増えるというわけだ。
廊下の壁に等間隔で設置された窓の外にある空は、もう真っ暗だった。貴族街側の窓は屋敷に灯った灯りでそれなりに綺麗だったが、スラム街の方は言うまでもなく闇に包まれていた。
この双子に関する依頼で丸一日を使ったわけだ。
組織の屋敷は、元上級貴族の屋敷だったため、三階建てで造られている。事務室やミーティング室、応接間など依頼に必要な部屋は一階、全員の自室が二階、娯楽施設や浴場などが三階という配置だ。貴族街のように横長の建物で、階段とスロープは全て廊下の真ん中にあり、二階の東側が男部屋、西側が女部屋と分かれている。
「ここがお前らの部屋だ」
そう言ってヒューイがソラとシンに目を向ける。そこは俺とヒューイの部屋と廊下を挟んだ真ん前だった。
「残念ながら鍵は付いてない」
いや、付いてはいるが、全てカードでの施錠になっていて、そのカードをティカが全て預かっている状態だ。まあ、部屋を開ける時は基本的に貴重品は持っていくし、勝手に入られて困るような物は置いていない。
「あの」
と、口を開いたのはソラだった。
「どうした?」
「……ありがとう」
………素直に感謝されるのも、たまには悪くない。
ソラとシンが部屋に入るのを見た後、俺は迷わず自室に入るヒューイの後をついて中に入った。
机の上には、シルヴァが言った通り唐揚げをメインにした晩ご飯が並べられていた。
「うっわ美味そう腹減った!」
机に張り付いて子供みたいに飛び跳ねながら言った後、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出すヒューイ。
俺はその姿を尻目に、窓へ一直線に向かった。
世間一般から王都と呼ばれるこの国では、ほとんどが冬の気候だった。一応春夏秋冬に分けられてはいるが、冬の期間が圧倒的に長く、夏はほぼ無いに等しい。もう一つの、帝都と呼ばれる国では夏が長く冬が短いらしい。
だから今日も例外なく冷風が吹く寒々しい日で、夜なんて考えられないくらい冷え込むのだが。
俺はそんなことをお構い無しに窓を開け放った。
「ちょ、スカラー、寒い!」
「我慢しろ」
空気の入れ替えをしないと俺が死ぬ。
……それは言いすぎたが、気持ちがいいものではないのは確かだ。
「あ……」
そして俺は、何気なく夜天を見上げた時に珍しいものを見た。
……王都はほとんどが冬の気候であり、曇りの天気だった。街は常に灰色がかっていて、太陽も霞む。だから、夜の空なんて雲に覆われて何も見えず、たまに月の明かりがうっすらと滲んでいるくらいだった。
「どうした?」
俺の様子を見て、缶ビールを持ったヒューイが隣に来て同じように天を見上げる。
「……星が……」
「出てる……?!」
その小さな輝きは、全く痛くないのに――痛いくらい俺の目を焼いた。
あの美しさには届かない。




