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階級フェイト6

ヒューイ「うわ!見ろよ雪だぞ雪!」

カヤ「すごーい!純情の色ですね!」

スカラー「……元気だな」

シルヴァ「純情の色って何かしら」

「んー、これでいいか」


ヒューイは左手で木刀を持ち、左右に振って感覚を確かめてから妥協したように言った。


訓練所に備え付けられている武器庫には、戦闘の練習に使うための簡素な武器が保管されている。そこでヒューイが選んだのは、武器庫にある剣でも一番長い木刀だった。それでも本来のヒューイの主武器の長さにはわずかに届いていない。


「じゃ、始めようか」


ヒューイは背中に掛けていた太刀を俺に渡し、木刀を持って定位置につくとシンの方を向いて言った。

同じく位置についたシンも、既に持っていた短剣を腰から抜いて構える。


ルールは簡単。訓練所の真ん中に俺、そこから東に十メートルの位置にヒューイ、西に十メートルの位置にシンが立ち、俺が真上に親指で弾きあげた弾丸が床に落ちたところで試合開始。一回でもべしっとやるか、相手が動けないような体勢に持ち込むか、相手に降参と言わせたら勝ち。

ヒューイは木刀を使うが、シンは真剣の上使い慣れている自前のものを使う。

訓練所内のイメージとしては円形の体育館のようなもので、ヒューイとシンは滑らないようにシューズを履いている。


「ヒューイ、お前、一歩間違えたら依頼前に死ぬからな」


「心配してくれるなんて嬉しくて泣いちゃうわ」


……してない。誰がするか。


俺は訓練所の真ん中から五歩ぐらい後ろに下がり、弾倉の中から一本だけ弾丸を抜き取って手に持ち、その腕を真っ直ぐ前に伸ばした。

ヒューイとシンの視線が俺の手に集まり、この場が静寂に支配される。


シンの構えは、身体を低くした前傾姿勢で、顔の前に横にして持った短剣にもう片方の手を添えるものだった。

対してヒューイは左利きであるのに右手で持った木刀を左脇に通すという、腰に剣を下げている人が抜刀する時のような姿勢。


まあ、ヒューイを心配していないのは本当だ。

しかし、恐怖感がないわけではない。人間の身体に染み付いた行動は、理性的な思考よりも先に出るから。


俺の指が弾丸を上空に弾きあげる。同時に半身になって訓練所の端へと避難開始。

弾丸はくるくると回りながら最高打点に到着し、ちょうど俺がいい感じに二人から離れたところで、キンッという金属音を響かせて床に落ちた。


そして次の瞬間の光景を見た俺は、疑問と驚愕の混ざった言葉を思わず声にせずにはいられなかった。


「何だ……?!」


「ッ……!」


ヒューイとシンの距離は二十メートル離れていたはずだ。西側にいたシンはそれを文字通り目で追うのがやっとのスピードで詰め、その瞬間にはもうさっきまでヒューイがいた所に立っており、短剣を間一髪で躱したヒューイはそれでも動きを止めずにシンの後ろに回り、回避した時の勢いを利用して木刀を斬り上げようとしたところだった。

しかし、シンは木刀が直撃するより早くに振り向き、短剣の刃を木刀に突き立てるようにして繰り出す。それは防御などではなく、完全に木刀を狙った攻撃だった。


「やべっ……!」


ヒューイは慌てて木刀の切っ先を斜めにして短剣を受け止めた。そのまま歪な音と木刀からこぼれ出た木の粉を撒き散らしながら受け流し、追撃するようなことはなくさっとシンから距離をとった。


「はっ……」


離れていても動きで分かるほど大きく息を吐き、木刀を左手で持って水平に構え、静止するヒューイ。それに対してシンは随分とゆっくりしたスピードで開始時の体勢に戻った。


ヒューイの表情には、明らかな疑念の色が見えた。

多分俺も同じような顔をしていたと思う。

シンはかなり余裕そうに見える。いくらヒューイが本気でぶちのめさないように気をつけているとは言え、動きに迷いがない。だから速い。

しかし、それではおかしいのだ。


——これは圧倒的にシンが不利な試合なのだから。


次に動いたのはヒューイの方だった。元々スピードにものを言わせるというよりも正確さやテクニックを重視した戦闘スタイルなのでシンのような速さはないが、距離を詰めながら武器に刃がないことを利用して木刀を回転させ、視覚を撹乱する。


シンは少しだけ戸惑い判断に迷ったようだったが、ギリギリまで引き付け、木刀が斬り出される瞬間に短剣を突き出した。先ほどと同じように武器を狙った攻撃。


「ッ……!」


「折れ……っ」


ヒューイが喘ぐように言葉を漏らすのと同時に、短剣の切っ先が木刀の真ん中少し上辺りに直角に突き刺さるようにして直撃する。

その瞬間、シンのフードが少し捲れ、右目を隠している前髪があるはずもない風に吹かれた。その前髪の下にある右目は……


「金、色……?」


目が見えたのは一秒もないくらいだったが、見間違いではない。


短剣の刃をもろに食らった木刀は呆気なく折れ、破片を散らしながら転がった。木刀は折れたけれど、勢いを殺せなかったシンの短剣はそのままのスピードでヒューイに迫り、頬に薄く傷をつけた。


「ぁ……」


その出来事でシンの動きが一瞬鈍る。その隙をヒューイが見逃すはずがなく、手の中に残った持ち手部分の木刀を数メートル先に放り投げ、シンの胸倉を左手で掴むと同時に足をかけ、自分が上になるように一緒に床に倒れ込む。

ドサッという下にいるシンは結構痛そうな音がして、時間が止まるように状況は終わった。

ヒューイはシンの脇腹の外に両膝を突き、右手で短剣を持っている手首を抑えて床に縫い付け、左手をその細い首筋にかけていた。前屈みになっていて、金髪が前に垂れてきているので表情は見えない。


「……お前」


……ヒューイの声はかなり低かった。


「本気で俺を殺す勢いだっただろう」


「……そうじゃないと負けると思った」


「ははっ……正直焦ったぜ」


——殺したくなってしまうから。


「とりあえず、試合はここまででいいだろ」


ヒューイの声音が普段のものに戻る。シンは無言で頷き、それを見たヒューイは一度深呼吸してから立ち上がった。そして折れた木刀の方に向かい始めたが、違和感があったのか歩きながら乱暴に頬を拭ってしまい、完全に斬られていたのを忘れていたようで「いってぇ……!」と一人で悶えていた。


「スカラー、手当してー」


木刀を拾い上げ、ついでに試合開始に使った弾丸も拾い上げて俺に投げ渡しながら気の抜けた声で言う。


「嫌だ。それくらい自分でやれ」


「でも顔とか見えねぇし……」


……。

…………仕方ないな……。

俺は承諾の言葉を口にしなかったが、返答が分かっていたかのように満足気に笑う幼なじみ。倉庫から救急箱を取り出し、折れた木刀と逆の手で持つ。


「行こうぜ。シンも」


「……僕もつれていってくれるの?」


「あの動きを見せつけられちゃなぁ」


ヒューイは俺とシンを引き連れて訓練所の外へ出ると、木刀を持った手を前に出した。すぐさまほとんど音もなく木刀に火がつく。


「っ……?」


その出来事を見たシンが少しだけ目を見開いた。

ただ持っているだけで火がついたのだから驚くのは普通だが、これがヒューイの能力だった。

火を操る能力。酸素さえあればどこででも炎を出せるが消すことは出来ない。その炎では自分自身が燃えたり火傷をしたりということはない。


数秒で燃え尽きた木刀は灰になり、庭にパラパラと散った。続けて救急箱を差し出してくる。未だに預かっていた太刀を持っていない方の手で受け取る。


「そこのベンチに座れ」


目線で庭の噴水と花壇の近くにあるベンチを指す。


「はいはーい!あ、シンはティカの所行って俺らと同行しますって言ってこいよ。入ってすぐ右の事務室にいるから」


シンはまた無言で頷いて屋敷の中へと入っていく。それを見送り、俺はベンチに太刀を寝かし、救急箱を持って座った。ヒューイは噴水で傷口を洗ってから隣に座る。


「……なあ、シンの右目見たか」


救急箱を開き、消毒液、わた、ピンセットを取り出しながら話題を切り出す。見たならヒューイも気になっているはずだ。


「勿論見たぜ。……普通のオッドアイって感じじゃないな」


なんとなしに救急箱から顔を上げるとヒューイと思いっきり目が合う。多分俺の瞳を見ながら上記を口にしたからだろう。俺は全国的に少ないオッドアイで右が紫で左が青だった。


「前髪で隠してるみたいだ」


ヒューイの純粋な瞳を見続けるのが不可能で、逸らしながら言う。


「実際隠してんだろうな」


確かにあの目は隠しておいて正解な気がする。

俺は消毒液を染み込ませたわたをピンセットで掴み、割と乱暴に傷口に押し付けた。


「ぃたっ……ちょ、もっと優しくしてくれねぇの?!」


「じゃあ俺を見るな」


その純粋さを俺に向けるな。


「何その無理難題?!」


文句を言いながらも、本当に俺を見ないようにするつもりかぎゅっと目を瞑った。

……なんか。これ。

目を閉じて手当されるためにこちらに顔を向けるヒューイを見て湧き上がってきた謎の感情を押しとどめる。下手をすればまた吹っ飛ばしていたところだ。


「……目ぇ閉じるな」


「え……目を閉じないでお前を見ないって無理難題に無理難題が重なってません?!」


「動くな、貼れないだろ」


「あ……はい」


流石に自分でもヒューイに無理を言ったと思う。

俺が正方形で大きめのカットバンをぴらぴらさせながら言うと、いつものように騒ぎ立てていたヒューイは素直に大人しくなった。


……多分俺は物凄くヒューイを振り回している。


カットバンを頬に貼った直後、ヒューイが屋敷の方に視線を向けて、あっと声を漏らした。俺もそちらを向くと、ちょうどシンが玄関の扉をくぐって閉めようとしているところが目に入った。


「よし、行こうか」


ヒューイはベンチから立ち上がり、寝かせていた太刀を拾い上げ背中に背負い直した。




俺達は犬塚と双子の関係を知らない。


知らないことは罪ではないけれど。


知らないことは無力に繋がる。


自分と犬塚の関係すら知らない俺は——?

しょうがないわ。避けられない運命だったのよ。


そうやって解決してきた問題はこれでいくつ目か。

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