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3.日向の里の朝

レギュラーが揃いました。

ざっくり説明ばかりです。

今回は比較的長いですね。いや、今までのが短かったのか……。

(-公-)

 二人程座れる長いのソファーが二つとひとり用のものが、それぞれテーブルを挟んで向かい合うように置かれていた。

 ひとり用にはノヴァが座り、長いソファーの一方にはレンとユキ、もう一方にハルトが座っていた。思い思いにくつろいだ様子だが、テーブルに用意されている淹れたばかりのお茶に手を出そうとする者はいない。

 ノヴァが息をつくと、他三人の視線が一斉にノヴァに集中した。


「まずは、ハルトに結論を申し上げねばなりませんね」

「よろしくお願いします」


 前屈みになって両肘を腿に乗せた体勢になって、ハルトはノヴァの顔を覗き込む。僅かに上がった唇は密かな笑みを湛えていた。


「彼女には、暫くここにいてもらうことになりました」

「へー。というと」

「彼女、アランさんと言うのですが、どうやら奴隷の出らしく、頼る宛がないとのこと。保護した私の責任、ということにしてここに居てもらうことになりました」


「それ、本人は了承済みですか」

「いいえ。しかし心配はいりません。彼女は必ずここに留まることを選びますから」


 ノヴァの貼り付けたように崩れない笑みがハルトに向けられる。その目は有無を言わさぬ圧力があり、ハルトは再度疑問を投げかけることはしなかった。

 ハルトも表情を崩さず、静かに目に殺気をたぎらせて抗議する。ノヴァもそれをわかっていて一言も発することはない。

 睨み合いながら微笑み合うという空寒い光景を、まるで見慣れた絵画であるかのようにレンもユキもダラリと眺めていた。ここにきて漸くレンが冷めたお茶に手をつける。


「レン、お前はその女どう思う」

「……何も言えないな。敢えて何か言うなら、『取り敢えず怪しい』」


 傾けたカップはあっという間に空になり、ユキがいそいそとおかわりを注ぐ。

「ユキは?というかその子の記憶視たんだろ。何もわからなかったのか」

「奴隷として売り出された時とか、使用人として働いてた記憶ばかり。何とも言えない。……ぼくは彼女のこと、良い子だと思う。レンとはまた違った正直者だったよ」

「なんでオレの名前が出てくんだよ」

「それから彼女、貴族に棄てられた奴隷だったよ。亜人間の可能性もあるから、あんまり乱暴なことしないであげてね」

「へー?……貴族の奴隷、か」


 ハルトの顔から笑みが消える。まるで蝋燭の炎が吹き消されたかのような、静かで明確な切り替えがそこに表れていた。

 亜人間は人間と比べて奴隷としての価格が高く、貴族たちは自身のステータス誇示のために亜人間の奴隷を所望する傾向が強い。それはある種の常識としてハルトたちも重々承知していた。


 その後はハルトの確認という名の一方的な質問が続き、今後の方針としては“アランの身元がハッキリするまで住み込みで働いてもらう”ということで落ち着いた。


「ノヴァさんが決めたことには、俺も逆らわないですよ。ここにいるってんならそうすればいい」


 そう言ってハルトはダルそうに立ち上がると、廊下に繋がる扉まで飄々と歩きノブに手を掛けた。


「方針が固まってんならもういいです。俺は部屋に戻ってもう寝ます。さっきまでガキ共を寝かしつけてたんで正直クタクタなんです」

「お疲れ様です。おやすみなさい」

「おやすみ」


 扉が閉まる瞬間のハルトの口の端は上がっており、残った三人の中の誰も、彼を止めようとしなかった。



 *************



 日の出頃の空の明るさは、そのまま部屋の明暗に直結した。

 アランは熟睡しており、死んでいると勘違いされて埋葬されてもおかしくない程に静かだった。耳をすませて漸く聞こえる寝息、目を凝らして漸く窺い知る呼吸。

 風のない静寂な夜は時間の感覚を狂わせる。ほんの一瞬一秒がとても長く感じられ、心なしか音という音が反響してこだまするように思われる。


 いったいいつからそこにいたのか、アランが眠るベッドの傍らに背の高い誰かが立っていた。


 アランの部屋には簡単な鍵がかけられるようになっている。だが、本人は寝る前の戸締まりの確認はおろか、そもそもそんなものごあることすら知らないで眠ってしまった。

 また、既にこの部屋に訪れていた三人の誰もそのことをアランに伝えていなかった。

 部屋は誰でも入れる状態であったが故に、今こうして開け放たれた扉は役目を忘れて部屋と廊下を吹き抜けにして来訪者を招き入れたのだった。


「……馬鹿じゃねえの」


 抑える気のない声量がアランに浴びせられる。しかしアランは起きる気配はどころか、声に反応した様子もなかった。

 今度はベッドの縁に片膝を掛ける。ギシギシと軋む音が小刻みにベッドを鳴らし、敷き布団はゆっくりと沈んで彼の者を受け入れた。両腕はアランの顔を挟むように立てられ、中途半端に乗り上げた体はアランに覆い被さっている。


 アランは起きない。寝息の掛かる所まで顔を近づけられても尚起きる素振りを見せない。

 それが癪に障ったのか、或いは初めからそのつもりだったのか、


 彼の者の右手がゆっくりとアランの喉元へ動き──


「何をしている」

「──っ」


 背後からの声に動きを止め、体は動かさず視線のみを向ける。


「……レンか」


 顔の判別がつかない暗闇に向かって言うと、入り口の傍にいたレンが小さく頷いた。大した灯りもなしに、二人の目はまるで見えているかのように正確に互いの瞳に焦点を合わせている。


「怪我人に夜這いとか、大胆だな。ハルト。意外とは思わないけど」

「夜這いってほど穏やかなことする気なけどな。あとお前俺にどんなイメージ持ってんだよ」

「夜這いが穏やかかどうかの審議はさておき、とりあえず、そいつから離れろ」


 淡々としたレンの言葉は覇気がなかった。寧ろ怠惰すら感じるその物言いは、ハルトが従わなかったらそれはそれとしてアランを切り捨てると思えるほどの、面倒くさいといった風である。

 しかし、ベッドに乗り上げていたハルトは半身を起こしてレンと向き合った。アランから離れるつもりはないらしい。

 片足はベッドの縁に乗せたまま。過度な圧力がなくなったことにより再びベッドが軋む。

 やはりアランに反応はない。


「ハァ、まさかお前の尾行に気付かないとはな。迂闊というか間抜けというか、こいつ相手にオレも衰えたというか」

「お前本当に性格悪いな」

「とっくに知ってるだろ?」

「とっくに知ってた」


 普段通りの他愛ないやりとり。憎まれ口もご愛嬌の会話。

 何か違うとしたら、それは雰囲気。声音のみの穏やかさに、夜気の陰が相まった険しい空気。


 ハルトは今度こそベッドから身を離し、正面からレンと向き合った。陰に影が重なって、その表情も睨む眼も深く黒くなる。

 暗い部屋の不気味な静けさは、風すら恐れおののいてしまう程だ。互いに言葉を待つうち、ただ過ぎるばかりの静寂を乱す雑音は無い。

 口火を切ったのは、レンだった。


「その手に持ってるやつも、しまえ」

「はいはい、わかったよ」


 ハルトは愉快そうに口元を緩めると、右手を見せびらかすように軽く振った。

 ヒュン、と鋭い音がして、人差し指が沿えられたそれが薄く煌めく。よく研がれたナイフは腰のホルダーにスルリと収まった。


「で、どうする。ノヴァさんにチクるか?」

「ハルトのムッツリ具合をノヴァさんに報告するとか絶対嫌だ」

「それじゃねえよ。まだ夜這いを引っ張るか」


 喉の奥で笑い、ハルトは肘を下に肩の横へ運んだ両掌を天井に向け、小さく息を吐く。やれやれとでも言っているようなその態度は、それとなくレンの癪に障った。


「やっぱタイミングなんか見計らわず、あの話終わった時に速攻乗り込めばよかった」

「それはそれで失敗しただろうな」

「わかってる。ノヴァさんが見逃さなかっただろうな」


 軽口の中に一瞬だけ畏怖が翳り、恐怖ないし慟哭の以心伝心でレンとハルトはお互い無言になる。

 やがてハルトは急に真顔になって、一歩踏み出した。


「……レン、お前はこいつのことどう思う」

「さっきも言ったが、オレからは何とも言えない。そいつがなんかしない限り、オレから探るってこともしない」

「そんな受動的でいいのか?知ってるだろ、俺が人間大嫌いなこと」

「知ってる。でもそいつはまだ人間と決まったわけじゃない。それに、こいつも一枚噛んでるかもしれないだろ」

「手元に置いとくだけならいい、ってか。……わかった。今夜はお前に免じて諦めてやる」


 やけに強調された語頭はハルトのせめてもの抵抗と意志表明。続いた言葉は彼なりに自身を振り返っての妥協だった。


 ハルトはアランを一瞥すると、院長室から出て行った時のように飄々とした足取りで出入口に向かった。

 アランは眠っていた。布団や髪に寝乱れた様子はなく、所定の位置から僅かも動いていない。

 自分の生死が分かつ瞬間だったとは露知らぬ、安らかな眠りだった。


 レンの傍まできてハルトは足を止めた。先程よりよく見えるレンの無表情の普遍ぶりに、漏れ掛けた笑みをかみ殺す。


「本当にチクってくれてもいいんだぞ。てか、あの人がお前にここ見張らせたんじゃないかとも思ってるし」

「オレの独断。あとチクる気ないから。ノヴァさんにも、そいつにも」

「お前はいい子なようで悪い子だな。それって俺に肩入れしてるってことだぞ。ある意味裏切りだぞ?」


「身内の大胆な淫乱行動の間違いを諭し事態を穏便に収束させただけだろ。何か問題あるのか」

「……真顔で言えるあたり、お前本当にいい性格してるよ」

「とっくに知ってただろ」

「あぁ、とっくに知ってた」


 おやすみ、と残してハルトは出て行った。一定の間隔を保つ足音がちゃんと遠のき、そして聞こえなくなるまでレンはそこに佇んだ。

 騎士を気取ったつもりはない。寧ろ内心はハルトと一緒だった。

 殺すとまではいかなくとも、得体の知れない余所者を留めておきたくない。


「でも、ノヴァさんが決めた」


 わざわざ聞こえるように呟くが、やはりベッドに動きはない。

 半ば呆れて、怒りを通り越して何も思わなくなったレンだが、それでも一言言ってやりたくなった。


「ノヴァさんに感謝しろよ」


 部屋には再び静寂が戻り、あとは朝日を待つばかりだった。



 *************



 陽の光は遮るものがなくなったことに喜び、容赦なく都市に夜明けを告げた。

 黄色に輝く建物はまだ起きる気配がないものの、早い所は窓を開けて朝焼けを歓迎する姿もある。

 外れの孤児院にもその姿は見受けられた。


 夜明けに起きる習慣が染み付いた体は療養の必要性を否定し、アランは体を叩き起こしてさぁ動けと張り切り始める。ぼぅとする頭と重い瞼で意識は朦朧としているのに、もはや勝手に動く手が足首まで覆う紐靴をしっかり履かせていた。

 曖昧な記憶を頼りに半目で窓に向かい、体重を預けるように窓を力いっぱい開け放った。胸いっぱいに朝の空気を吸い込み冷たく湿った空気が身体の内を洗浄するような心地よさを憶えて、何度も深呼吸を繰り返す。そうやってアランは一日の目覚めを開始するのだった。

 はっきりした意識は記憶を鮮明に浮上させた。ここが以前の屋敷ではなく、どこに位置しているのかよくわからない孤児院であること。一度死にかけた自分はそこに拾ってもらったこと。


 当てられた部屋が一階だったことをアランは初めて知った。外向きに取り付けられた窓から見える景色は普段の目線よりやや高めで、傍にある背の高い木の、比較的低い位置にある木の葉に手が届く。


「お掃除に行かな……あ、違いますね」

 いつもの癖でその日の掃除用具をチェックするが、そんなものはない。

 ここは以前いた屋敷ではないのだから当然なのだが、どうも部屋の簡素さに近いものを感じたらしい。寝ぼけているのもあるが、アランからしてみれば使用人の控え室で一番寝坊をしたように映る。


 昨夜のうちに渡された服は、膝下まである淡い緑色のスカートにエプロン。それと髪留めのゴムがあった。サイズは丁度よく、エプロンに関しては慣れたもので着るのに難儀はなかった。

 髪留めを使うべきか否か悩んでいると、扉を叩く軽やかな音がした。


「はい、今開けます」


 小走りに駆け寄ってノブを手前に引っ張ると、そこにいたのは見知らぬ女の子。

 歳はアランと同じくらいで背はやや低く、ピンと伸ばした背筋や皺のない綺麗な服は好感が持てる。男性寄りな服装ながら女の子らしいアレンジが施されており、肩ほどの長さの赤毛は赤や青の小さな石がついたヘアピンやカチューシャがよく似合っていた。


 何より目を引いたのは、彼女の耳。髪の隙間を突き抜ける先が細くなった耳は人のソレとはかけ離れている。

 それが亜人間としての特徴であることは、世間知らずのアランでも理解していた。


 初めて見る顔にアランは虚を突かれ、暫く二人は無言のまま見つめていた。少女の大きな茶の瞳に自分が映り、見慣れない姿をしていることに更に驚く。

 使用人の頃の硬さや、不平等なかんじが全くない。その他大勢の感がある服装はアランにとっては新鮮であり、本人にもよくわからない高揚感をもたらした。


「よかった。ぴったりだね」

「へ?」


 少女の顔が一気に綻び、すっきりした明るい声はハキハキとして元気いっぱいといった風だ。


「その服、あたしのなんだ。もう少し背が伸びたら着ようかなって思ってたんだけど、うん、これなら服も満足だね」

「すっすみません。わたしなんかが、先に着てしまって……」

「なぁんで謝るの!大したものじゃないんだから、ガンガン着ちゃえ!それに着ないでとっといても傷むだけだし、問題なし!」

「は、はい」


 太陽を表現したような表情を惜しみなく振りまく少女は、素早くアランの手をとる。一連の動作を目で追うばかりのアランはされるがままだった。目を丸くしてまじまじと少女を見つめる。


「あたしはシェリー。昨日は挨拶に行けなかったけど、あたしもここに住んでるよ。あなたのことはノヴァさんから聞いてる。大変だったね」

「いえ、大丈夫です。別に気にしてません」

「そっか。まぁ困ったことがあったらあたしに言ってよ。無愛想なレンとか性悪なハルトとかより絶対頼りになるから」

「え?あ、はい。よろしくお願いします。シェリーさん」

「さん付けしないでもう一回」

「よ、よろしくお願いします。シェリー……?」

「よくできましたっ」


 シェリーのくるくる変わる表情にアランは半ば目を回し、されるがままに手を振り回され、そのまま部屋から連れ出された。


 朝日が射し込む廊下は明るくなり始めたばかりといった様子だが、決して暗くはなかった。近辺も陰が大きく表れ、視界は良好である。鼻歌混じりにシェリーは危なげなく進み、アランは彼女の後ろにぴったりついて歩いた。


「それで、わたしは何をすればいいんですか?」

「ん~、とりあえずあたしのお手伝い。今から朝ご飯作りながら昼夜兼用の仕込みをするから、まずはそこから」

「はい」


 やがて廊下は開けたエントランスに至った。

 中央を広い階段が占領し、向かい側には大きさの割に遊び心皆無のペッタリした玄関扉。階段の階下左右と奥には更に廊下が広がっており、アランたちは奥二つのうちひとつの廊下から現れた。

 等間隔に建てられた窓はどれも丁寧に磨かれており、建物内を照らす陽光は足音もなく階段を下りる静かな同居人の影を浮き上がらせた。


「レーンっ」


 呼び止めるシェリーの声に、足を止めて手摺り越しに二人に顔を向ける。朝も早々だというのに昨夜と変わらぬ表情のレンが二人を認めた。


「シェリーと、あんたか」

「おはようございます。レンさん」

「おはよ、レン」

「おはよう」


 階段を下りきって、レンはそのまま玄関扉に手を掛ける。


「こんなに早くからお出かけですか?」

「まぁな」


 扉は年季の入った軋み音を響かせ、朝焼けの見える空はレンを外へと誘った。冷えた風が彼の髪を緩くなびかせ、小さく振り向いた彼の顔をくすぐる。


「もう動けるんだ」

「はい。ノヴァさんのおかげで、すっかり元気です」

「……へー」


 アランは心配かけまいと笑顔で明るく答えたが、レンは興味なさげに答えてさっさと出て行ってしまった。

 耳をすませば舌打ちでも聞こえたんじゃないかと思うほどのレンの些末な態度に、アランは一抹の不安を憶える。


「わたし、何か気に障るようなことをしてしまったんでしょうか」

「レンはあれが通常だよ。あんな風に素っ気ないけど、ちゃんと君のことを心配して声を掛けるあたり、根は優しい人だから」

「そう、ですね」

「そうだよ」


 行こ、とアランの手を引いてシェリーは調理場まで足早に向かった。


 昼夜兼用の仕込みも朝食の支度も、シェリーの予想を良い意味で裏切り続けてスムーズに進んだことにシェリーは驚きを隠せなかった。最小限の説明でアランは効率的にテキパキと作業し、どこかのんびりした雰囲気の彼女からは想像できない有能さを発揮して予定時間の半分程でやることを消費してしまった。空いた時間に片付けや次の仕事の準備と、後始末まで滞りなく終わらせたその手際の良さは脱帽と言わざるを得ない。


「んー、まさかここまで出来るとは……」

「屋敷では料理も担当してましたし、小間使いもしてましたから掃除も得意ですよ」


 疲れを一切感じさせない笑顔でアランは爽やかに言ってのけた。実際、本当に疲れていなかった。調理器具の配置や作る量と品書きを聞けばやることはひとつ。シェリーの留意点に気をつけて互いに声を掛け合う。

 彼女からすれば、今までの要領でやっていたことを場所を変えて行っているにすぎなかった。


〝ご飯はみんな揃って食べること〟というのがこの院でのルールらしく、全員の起床時間に合わせて朝食を準備するシェリーだったが、もっと時間が掛かるだろうと践んでいた分猶予ができてしまった。


「よし、今のうちに院内を案内しよっか。静かにね。ちびっ子たちはまだ寝てるから、そぅっと、ね」

「はい。よろしくお願いします」


 院でのルールや構造についてはしごく簡単な説明のみ、掻い摘まんでの教授。

 この二階建ての建物は一階を公的な場とし、二階はほぼ私用としている。

 孤児たちが普段過ごすのは一階。ノヴァやシェリー等の私室は二階。といった具合だ。故に食事は子供たちに配慮して一階で摂る。


「この孤児院は『日向の里』っていってね、ちょっとした診療所も兼ねて営んでるんだよ」

「診療所?」

「そう。ノヴァさんが魔法で治す、魔法診療所。場合によっては二、三日療養する人もいるから、一階にもベッドがあるの。まぁ他人がお泊まりするとなるとわかりやすく不機嫌になる人がここにはいるから、なるべく自宅療養を推進してるけど」


 一階をさらりと見回って二階へ。といっても大した所は案内されなかった。

 どこに誰の部屋があるかと、夜中はなるべく彷徨かないこと。それだけだった。


「はい、終わり。そろそろいい時間だから、みんなを起こそうか。ついでに紹介しないとみんなびっくりしちゃうだろうし」


 悪戯っぽく頷くシェリーに、アランはそうですねと返して子供部屋に向かう。穴だらけの説明と雑な案内なのは瞭然だったが、敢えて逐次質問しなかったのはその都度訊けば大丈夫だとシェリー本人が言ったからだ。それも方針なのだと納得してしまえば何も言うことはない。

 アランとシェリーが子供部屋で大声を出しに行った時、空は陽は大分顔を見せていた。



 **************



 最大十人掛けが可能な大きなテーブル二つに座る人影は賑やか且つ忙しなく目の前の馳走にありついていた。食器が擦れる音を背景に「おかわり」と「おいしい」が錯綜し、シェリーとアラン、ユキはほとんど席を立っては空になる器に許す限りの盛り付けをする。

 その朝食の席にて、アランは三つのことに驚いた。


 ひとつは総勢十人前後の孤児全員が亜人間だったこと。起こしに行った時から驚いていたが、こうして一様に並べると改めて驚嘆してしまう。耳が人より長い者や尻尾の生えた者、身体の一部が異様に発達した者や極端に退化した者など、様相はバラバラだが人間のソレとは遥かに遠い容姿の者が多かった。

 次にその食欲。昼夜兼用の仕込みも同時平行で作っていたが、それにしてもやけに作るのだなと奇妙に思っていた。何度かシェリーに分量を確認しては不安になっていたほどだったが、子供というのは存外食べるものらしく、アランとしてはかなり大量に作ったつもりが二人で作った料理は空腹チビちゃんズと食べ盛り男性陣に残さず食い尽くされてしまった。殺風景の鍋を見てはどことなく清々しい気持ちさえ湧いてくる。

 そして、ハルトという青年の人物像。藤色の髪に淡い青の瞳。細身に見えてしっかりした体格と秀麗な容姿は、まさに美青年と呼ぶに相応しい。低血圧なのか、彼の意識はシェリーが起こしに行くまで朧気だった。

 アランは昨夜のレンたちの口ぶりからハルトに厳格なイメージを持っていたため、廊下で初めて顔を合わせた時の彼の親しげな物腰に戸惑ってしまった。


『あー、君が昨日拾われたっていう女の子?』

『はっはい。おはようございます。アランと言います。はじめまして』

『おはよう。俺はハルト。ノヴァさんから話は聞いてるよ。身寄りがないんだって?』

『はい』


『そっか。一日も早く自分の帰る先ができるといいな』


 優しさを全面的に押し出した輝かしい笑顔でそう言ったハルトに、アランも慈愛に満ちた直向きな笑顔で元気に返した。


『はい。皆さんにご迷惑をお掛けしないよう、頑張ります。ありがとうございます、ハルトさん』


 喜び勇んで調理場へ駆けたアランは、先の言葉がエールではなく皮肉であったこととハルトが舌打ちした音に、ついぞ付くことは無かった。


 朝食が済むと各々の持ち場へ行って一日の仕事を始める。

 アランはシェリーの手伝いを、シェリーは院の手伝いを、ノヴァとユキは院での仕事を、レンとハルトは外に仕事がある。

 出掛ける二人を見てアランは今朝方の疑問、レンの早朝外出のことが気になった。まだ空も明るくなり始めたばかりに外出が珍しいことくらいはアラン自身もわかっていた。しかしシェリーが見咎めなかったことに、日常的なのだと受け入れてその時は言及することはしなかった。

 声を掛けるとレンは相変わらずのポーカーフェイスで返事もなしに目線だけ寄越した。ハルトは「んー」だか「あー」だかよくわからない返事を返してくれる。


「レンさん、早朝はどこに行ってたんですか?」

「仕込み」

「はい?」

「街に個人経営のパン屋を開いてるんだよ。レンとハルトが基本的に店で働いて、あたしやユキが助っ人に行くかんじ」

「シェリー、どっから湧いて出た……」


 レンとアランの間にひょこっと頭を出したシェリーは我が物顔で語る。


「パン屋、ですか」

「そ。まぁ今ではケーキとかクッキーとかも置いてるし、飲食スペース設けて軽食のメニューもあるし、ただのパン屋じゃなくなったんだけどね」

「それ全部、お前が言いだしたことだろ。パン作ってるだけなら俺とレンで事足りたのに、ちょっと店を任せたら客に今日はケーキはないんですかーとか訊かれるわ、この間配ってたお菓子が美味しかったからきましたーとか言われるわ、気付けば小麦粉の飲食店と誤解されてるわ」

「結局需要のために供給するしかなくなったわけだ」

「大成功なんだからいいじゃない」

「確かに成功ではあるな。売り上げ上がるし、レンの台所技能は上がるし」

「ハルト煩い」



 *************



 都市中で昼夜を問わず最も栄える商業地。

 基本的には食料や雑貨、その他職人による専門店や発注所が中心で、ようするに買ったらそのまま帰るような店が多い。そのため少しの骨休めの需要を狙って小さな喫茶店や軽食店が時折見受けられ、程度もそこそこに儲けていたりする。

 街はまだ起き抜け状態で人の往来が極めて少ない。定時にならねば水を出さない噴水は枯れているかのようでもの寂しく、内側から下げられた“closed”の札ばかりが目につく。アランは知らないが孤児院の朝は比較的早いのだ。

 レンとハルトが切り盛りするパン屋はその中でも繁盛している方で、種類豊富な創意工夫パンを売ると同時に手軽でそれなりにボリュームのある食事を求めた若者を中心に親しまれている。接客に向かないレンは専ら調理と会計を担当し、接客関係はハルトが担当していた。


「……逢ってみてどうだった」


 作業服に着替えながらレンはハルトの背に問う。タイを結ぶ骨ばった指は忙しなく動いて綺麗な結び目を作り、前掛けの方に伸ばされる。


「別に何とも思わんさ。俺の心境は変わらない。余所者には早急に出て行ってもらいたいし、もし人間なら即刻叩き出したい」

「それはお前が決めることじゃないだろ」

「わかってるって。だからまだ殺ってないだろ」

「殺るな。叩き出してもいいが殺るな」

「お前も良心があるなら叩き出すってとこは止めとけ」

「あんたどうしたいんだよ……」


 店を開ける準備をしながら、レンの口調は珍しく呆れていた。店中に焼きたてパンの匂いが広がり軽食の下拵えが一段落する頃、手伝いもせずハルトはぼんやりと窓から空を眺めていた。それは孤児院がある方向。だが木々に隠れているため建物そのものは見えない。


「なぁ、レン」


 ハルトの呼び掛けに、レンは意識だけを傾ける。手は惣菜のための野菜をテンポよく切っていた。


「あいつが“あのこと”に関与してたら、お前どうする?」

「……」

「お前なら、何をしてると思う」


 包丁を操る手が止まり、レンは静かに顔を上げた。不機嫌そうなぼんやりした目が、既に空を眺めるのをやめたハルトのそれとぶつかる。

 何も考えていない子供のように純粋な朱い眼は、しかしその色の通り強い意志を宿していた。


「きっと、殺す。相手の出方次第だが、きっとオレは噛み殺してる」


 淡々と、当たり前のように。嘘偽りのないレンの確かないつも通りの声。

 再び作業に戻るレンに満足したのか、“open”と書かれた看板を片手にハルトは外に出た。


 外はすっかり明るくなって、開店を心待ちにしてちょっとした列ができていた。ハルトを待っていた人間と亜人間の若人の列にハルトは柔らかな笑みを作る。


「いらっしゃいませ」



 *************



 一方、孤児院の一日は子供たちが主体となって回っていた。

 シェリーの手伝いに専念しているアランも驚かざるを得ない。孤児院そのものの運営はユキとシェリーが協力してやっているらしいが、少数精鋭にもほどがある。

 教育と家事をそれぞれ分担して、もしくは協同で進行。自由奔放な年少たちは気付けばどこかに行っていたり、少し目を離した隙に怪我をして戻ってくる。平均年齢十歳前後の孤児たちは今日も元気に部屋を駆け回り、新人のアランは恰好の標的にされていた。


「アランちゃんあれみてー」

「はい、どれですか?」

「ねえねえアランちゃんアランちゃん!」

「はい、今行きますね」

「アランちゃんあのねー」

「はい、なんですか?」

「アランちゃんこっちきてー!」

「はい、ちょっと待って下さい」


 一人一人丁寧に対応してはまた誰かのもとへ。まだ孤児院での過ごし方を把握仕切れていないアランの反応は子供たちのちょっとした優越感を刺激し、あっちこっちに連れまわしては先輩風を吹かせた。

 アランはアランで素直に反応が良いため、小さな先輩の支離滅裂な説明も真剣に聞いていた。シェリーから教えですもらったことと重複することが多々あったが、勿論そんなことは口にしない。


 暫くして部屋で読み書きの練習をしていた子供たちとアラン、シェリーのもとに、土まみれのエプロンをしたユキが訪れた。エプロンが守りきれなかった足元や腕捲りされた袖も所々汚れており、庭いじりをしていたことが窺える。


「みんな、中庭に出ようか。今日お花の植え替えを手伝ってくれる人ー」

「「「はーーーい!」」」


 勉強よりも外に出たいといったふうに我先に部屋から飛び出す子供たちを、シェリーが注意を促しながら追いかけて行く。

 まるで台風のように騒がしいもとが過ぎ去った部屋は、ユキとアランを残して静けさを置いていった。


「もうあの子たちには慣れましたか」


 優しげな瞳が向けられ、アランもそれに応えるように笑みを浮かべた。


「はい。みんな元気で良い子で、わたしに色んなことを教えてくれました」

「そう──、ですか。よかった」


 一瞬、ユキの言葉がどもる。平静を装って言葉使いを正すが、苦笑が漏れてしまう。

 身内には素で話す彼は、大して親しくない女性には敬語を使うという自分の中のルールがあった。それは差別的思想が生んだものではないが、やはりこうしてよそよそしくなってしまうあたりどうしたものかとユキ自身も悩んでいた。

 そしてアランも、ユキが意図的に敬語を使っていることには気付いていた。


「あの、ユキさん。わたしにも皆さんと同じように話して下さい」

「え?」

「レンさんやみんなには敬語じゃないですよね。わたしもそうやって話してくれた方が嬉しいです」

「う、う~ん……。でも、これは母さんの教えだから、そう簡単に破れないんだ。じゃない。です」


 ユキは困ったように笑んで、土で汚れた指で頬をかいた。茶の線が頬に遺っていることに本人は気付かない。

 そうは言うものの、やはり慣れていないのは事実だ。現に今ユキはとうとう訂正しきれず言ってしまった。


「お母様、ですか」

「うん。もう十年以上も前に死にました」

「……ごめんなさい」

「気にしないで下さい。それに、親代わりにノヴァさんがいましたから。ノヴァさんも母さんにそう教えられたみたいで、それをそのままぼくに教えてるって感じです」


 だから気にしないで。柔和な笑みにそう想いを込めて、ユキは繰り返した。母のいない少年時代を叔父と共に過ごした彼の眼は嘘をついていない。


「ここがホームで、みんなが家族なんだ。だから寂しくはなかったよ」


「……ユキさん、口調が」

「え?……え、あ!」

「えーと、やっぱり素でいきましょうよ。ね?」

「ううっ、そういうわけには……」


 みるみる朱に染まるユキの顔は、土まみれの両手に勢いよく覆われた。

 それはまるでサプライズを企画したのにターゲットにあっさりバレた乙女のようだと、本人はやはり気付かない。


「うわぁ、恥ずかしい……。あれだけ言っておきながら……」

「わたしはユキさんが話し難くなければどちらでも構わないんですが」


 土だらけの顔は陽炎が発生するのではないかと心配になるほど、耳まで赤くなっていた。う~う~と葛藤と反省を繰り返す彼の様子に思わず笑みがこぼれる。


「わたしはどちらでも大丈夫ですから、言いやすい方でどうぞ」

「うん……あはは、やっぱり普段の言葉じゃないからか、ノヴァさんみたいにはいかないな」

「叔父、なんですよね。お母様のご兄弟ですか?」

「そう。母さんの弟。髪の色とかもあってか、ノヴァさんとぼくは似てるってよく言われる」

「ユキさんはお母様似なんですね。お父様はどのような方なんですか?」


 アランからしてみればそれは世間話の延長であり、深い意味も熟考のそれもなかった。

 興味本位が軽率なことだったと彼女は瞬時に悟る。不意に訪れた沈黙が空気を重くし、呼吸すら躊躇われた。訳もわからず頭に繰り返される「どうしよう」が心拍数を大きくする。

 先程まで照れ顔だったユキの表情が瞬時に色を失くし、光のが消えた緑の混じる金の瞳は石と化す。

 彼らしくない冷めた無の表情に身長差もあって、見下ろされる現状は恐ろしいとすら感じた。


「父親に関しては、特に言うことはないです」


 呟くように言うや否や、ユキは足早にあげくっぱなしの扉から廊下へと姿を消し、部屋にはアランひとりとなった。

 時間にして十秒もなかっただろうに、追いかけようにも足が竦んで動けなかった。

 そう遠くない所から自分の名前が呼ばれるのを聞きながら、アランは先のユキの表情にレンのソレが重なったことを思い返していた。

もっと動きのある展開になりたい。

『序破急』の『序』が一番だらだらになっちゃうんですよね。うん、なんとかしよう。


まだまだ続いちゃうんですよ。これからコロコロ転がしていきます。

。+゜(゜´Д`゜)゜+。

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