ハートシャドウデス結末
「この依頼を受けられるの?」
リリスの問い掛けに心が首を傾げる。
「受けられない理由なんてあるの?」
「本気なのね?」
リリスが最後の確認をすると、心が頷く。
「あちきは、殺しをしてないと生きていけない、狂った化け物だからね」
「解ったわ」
そして、リリスが次の仕事の段取りに動く。
「そろそろ帰らないと」
奏歌の家に遊びに来ていた心が時計を見るが、奏歌が時計を倒して言う。
「まだ駄目。あたしが勝つまで止めないんだから」
そういって、ゲームのコントローラーを渡す奏歌。
「やっぱりハンデつけた方が良いよ」
連勝を続けていた心の指摘を奏歌は、がんとして受け付けない。
結局、心が帰れたのは、一時間後だった。
「ただいま」
心の家、リリスがシスターをやっている教会のドアを開けると、クラッカーが飛び散る。
「誕生日おめでとう!」
部屋には、色とりどりのかざりつけがしてあり、クラスメイト達が集まっていた。
「そういえば、誕生日だったっけ……」
自分の誕生日をすっかり忘れていた心に実は、後ろからついてきていた奏歌がいう。
「自分の誕生日を忘れるなんて心らしいな。とにかく、今日は、めいいっぱいお祝いしてあげる」
「見て、桜井さんのお父様が、こんな立派な誕生日ケーキを買ってきてくださったの」
リリスが特大の誕生日ケーキを見せる。
「何時も娘が世話になっている事を考えれば安いもんだ」
かっこつける源三を見て笑う奏歌。
「そんな事言って、お母さんに来月のお小遣い前借してたじゃん」
「それを言うな!」
そんな平和な親子の会話に笑い声が広がっていく。
楽しかった誕生会は、終わり、奏歌達も帰った後、リリスが告げる。
「まだ、間に合うわよ?」
心は、源三が買って来たケーキの最後の一欠けらを口にして言う。
「何に? 決行は、明日でしょ?」
リリスが頷く。
「それで、問題ないのね?」
心が大鎌のカードを見せる。
「依頼人からの要望通り、家族の目の前で、悲惨な死を与える。変更は、無いよ」
「解ったわ。無事に成功させてね」
リリスが諦めを含んだ声でそう告げた。
「もちろん」
自信たっぷり答える心だった。
翌日、奏歌は、学校の宿題、家族の仕事の取材に源三の職場に来ていた。
「娘さんが来ているからって緊張しないでくださいよ」
賢一のからかいに睨みで答える源三。
「何時も、父がお世話になっています。これは、母からの差し入れです」
奏歌の母親が手作りした、お菓子を配る奏歌。
「何で、職場見学なんて認めたんですか?」
源三の文句に謙治が優しい顔で言う。
「いいじゃないか。この頃、殺伐した空気が流れていた。昨日も、またハートのカードが送られてきた。また、警察官がターゲットかもしれない。私達が犯罪と戦う理由をもう一度確認する。その為にも、必要だったのだ」
「戦う理由ですか……」
源三が、娘の姿を見て決意を強める。
「絶対に奴を捕まえて見せます」
和やかな空気の中放送が入る。
『警視庁内の警察関係者に通達、玄関に以前の事件に使われたと思われるピーポくんのぬいぐるみを発見。ハートシャドウデスが侵入して来た可能性が高し。一層の警戒を深めてください』
一気に緊張の糸が張り巡らされる。
「何人かは、玄関に向かえ。残りの者は、警視庁内を上下から追い詰めていけ! 間違っても一人で動くな!」
謙治の命令に警察官達が動き始める。
「俺も行く」
源三が動こうとした時、謙治が止める。
「奏歌ちゃんを護るのが最優先だ。賢一、お前もここに残れ」
「了解しました」
賢一が敬礼をする。
そして、すっかり人気が無くなった職場で奏歌が怯えた声を出す。
「あのハートシャドウデスが来たの?」
源三が娘を強く抱きしめて言う。
「安心しろ。お前だけは、何があっても護ってみせる」
「そうだよ、俺もついてるんだから安心してよ」
賢一が少し引きつった笑顔で告げるのを見て、奏歌が微笑む。
「少し頼りないけど、いないよりましか」
『居ても居なくても変わらない』
業と特徴が掴めなくされた声が響き渡る。
「ハートシャドウデスか!」
賢一が拳銃を抜いて周囲を警戒しようとした瞬間、拳銃が弾き飛ばされる。
慌てて拳銃に向かって駆け出す賢一。
「馬鹿、罠だ、動くな!」
源三が奏歌を全身で覆うように抱きしめる。
奏歌がそれに反応したのは、昨日死ぬほどした心とのゲームでの攻撃が実際の攻撃のパターンのイメージと合致していたからだ。
「お父さんは、殺させない!」
迫りくるナイフに体全体で源三を護ろうとした奏歌。
「止めろ!」
源三も気付いたが、ナイフは、奏歌の目前まで迫っていて、もはやどうしようも出来なかった。
源三の脳裏に最悪のイメージがよぎった。
しかし、奏歌の直前でナイフが止まった。
「貴様が、ハートシャドウデスだな!」
源三が、首から上に何も無い巨大コートを睨む。
その時、銃弾が巨大コートを貫く。
「二人から離れろ!」
拳銃を構えた賢一が怒鳴る。
しかし、巨大コートは、無造作に源三に近づく。
「これ以上、来るな、化け物!」
震える奏歌の叫び声に巨大コートの動きが再び止まる。
その時、銃声を聞いて戻ってきた警官達の拳銃がうなる。
そして、穴だらけになった巨大コート。
「止めろ! 殺すな! 俺たちは、警官だ、生きて逮捕するんだ!」
源三が叫び、銃声が止まり、巨大コートがぼろきれの様に落ちた。
「あちきらしくない失敗だよ。奏歌が居た事なんて解っていて、動きを鈍らせるなんて」
心の顔に奏歌が驚く。
「何で、心がここに居るの? 何の冗談よ?」
心は、淡々と告げる。
「お仕事、依頼があったから、奏歌のお父さんを殺しに来たの。ターゲットは、おじさんだけだからこれいじょう邪魔しないで」
「嘘よ!」
奏歌が、必死に否定する中、源三が告げる。
「本当に君が、ハートシャドウデスなのか? 本物に利用されてるだけじゃないのか?」
「答える理由は、ないよ。正直、顔を見られて半ば失敗なんだから、殺しだけは、成功させないとね」
心は、一気に接近すると銃撃が再開される。
「止めろ! 相手は、まだ十四の子供だぞ!」
源三の悲痛な叫びとうらはらに銃弾は、心には、かすりもしない。
そして、心のナイフは、源三の首筋に触れた。
「依頼人のリクエストで、家族に残す言葉を確認する事になってるんだけど何かある?」
「どうして、こんな事をするんだ?」
搾り出すように言った源三の言葉に心が微笑む。
「あちきが心の壊れた狂った化け物だからだよ」
ナイフが引こうとした時、奏歌が掴んだ。
「奏歌、そんな事をしたら指切れちゃうよ」
まるで教室で危ないことを注意する様な心の言葉に奏歌が涙を流しながら言う。
「……ごめんなさい」
「何で、奏歌が謝るの? どちらかというと謝るのは、あちきの方の気がするけど?」
心の言葉に奏歌が心の顔を見ながら言う。
「ずっと苦しんでたんだよね? 親友なのに、それに気付いてあげられなかった。本当にごめんなさい!」
顔を引きつらせる心。
「馬鹿な事を言わないで! あちきは、心が壊れた狂った化け物なの! だから、だから人殺しをしないといけないんだから!」
初めて見る心の怒りに奏歌が搾り出すように言った。
「あたしは、何も知らなかった。心が本当に怒った顔だって見たこと無かったのに……」
心は、周囲を警戒しながら言う。
「言っておくけど、この距離でも銃弾を避ける自信は、あるから、撃っても無駄だよ」
その声には、焦りがあった。
それに気付いてしまった警官が勝機を見出し、引き金を引いた。
銃弾は、心に命中した。
「へたくそ! あちきが避けてたら、奏歌に当たってたよ!」
ナイフが引き金を引いた警官の腕に突き刺さる。
「心、いっぱい血が出てる! 早く治療しないと!」
奏歌が、腕から大量に血を流す心を心配する。
「このくらいじゃ死なない。止血法だって知ってる。物心着く前から受けてた殺人の訓練は、伊達じゃないからね」
「もう止めるんだ!」
賢一が押さえ込もうと飛び掛るが、心は、腕一本で床に叩きつけて失神させる。
「素手でも、殺すには、十分な技能を修得してるからね!」
殺す機会を逸したが、心は、何時でも源三を殺せた。
今までのやりとりでその場に居た全員がそれを解っていた。
それをやらせていないのが、奏歌の存在だった。
奇妙な均衡が保たれてしまった。
それも絶対では、無いのが源三には、解った。
何度かの接触で感じていた壁みたいな物が、奏歌の言葉で崩れかけている事、それが崩れた時、奏歌も危険だと察知し、源三は、声を出す。
「悪いことは、言わない。このまま捕まるんだ。どちらにしろ、もう戻れない」
「そうだね、高飛びの準備をしないとね。あちきは、捕まらない。捕まったら殺しが出来ないからね」
心の言葉に源三が聞き返す。
「どうして、そこまで殺しに拘る! もっと楽しい事がいっぱいあるだろう。昨日の誕生日会は、楽しくなかったのか?」
心は、首を横に振る。
「初めてで楽しかった。あちきの両親も殺しの一族だったから、そんな物を祝う習慣無かったしね」
「だったら……」
源三がそこを突破口とした時、心が言う。
「でも、あちきは、心が壊れた狂った化け物じゃなければいけないの! だって、そうじゃなきゃお父さんとお母さんを殺したのが、正常なあちきになっちゃうもん!」
愕然とする源三。
「それが、殺人を続ける理由か?」
その時、一発のライフル弾が、心の頭を抉った。
人形のように吹き飛んだ心は、机をなぎ倒して、床に落ちるとそのまま、頭から大量の血を流す。
「心!」
駆け寄る奏歌が激しく心の体を揺さぶるが、何の反応を示さない心。
「誰だ! 誰が狙撃した!」
謙治が叫ぶ中、源三がライフル弾の軌道を辿り、窓の外を見る。
そこには、狙撃銃を構えたリリスが見えた。
「奴だ! 早く捕まえろ!」
源三の一言に一斉に動き出す警官達。
「心、死なないで! お願いだから、目を覚ましてよ!」
奏歌の悲痛な叫び声が響き渡る。
取調室には、逃亡もせずおとなしく捕まったリリスがいて語っていた。
「心は、殺人の天才でした。その凄すぎる才能に両親からも疎まれ、仕事と偽り、殺そうとしたのです。しかし、結果は、心がそんな両親を殺す事になってしまった。その時から心は、狂った化け物と自分を言い続ける事でしか、両親を殺した現実から逃れられなくなっていたのです。だから、殺しを求め続けていた。私には、殺人依頼を仲介する事しか出来なかった。でも、貴方達との心のぶつかり合いで、出来た隙にあの子を苦しみから解放してあげられました。感謝します」
「ふざけるな! お前がやったのは、単なる口封じだろ!」
賢一が感情的に叫ぶ。
「好きに思ってください」
「ふざけるな! 散々、彼女を利用し、殺して、お前は、それで満足なのか!」
掴みかかる賢一を抑え、源三が言う。
「どうして、ハートシャドウデスなんて回りくどいシステムを作った」
「それこそ単なる自己満足ですよ。心は、殺人だったら何でも良かった。だから、私は前から考えていた理想の殺人代行者をやらせました。所詮、殺し屋を雇った所で、その手を血の穢れから逃れられない事を世間に示したかった」
リリスが自傷気味に笑う。
「お前の言うとおりだ。どんな理由だろうと人を殺そうと考え、殺し屋を雇った時点でそいつらも人殺しだ」
源三が同意を示して立ち上がる。
「お前への罪は、軽くないぞ」
「覚悟は、しています。出来れば死刑になって、地獄で心と会いたいものですね」
リリスが淡々と答える。
そして、源三が去り際に告げる。
「心ちゃんは、地獄には、居ないさ」
リリスは、不思議そうな顔をする。
「まさか、あれだけ人を殺した子が天国にいけると御思いですか?」
源三は、答えずドアを閉めた。
警察病院のベッド、そこには、頭に深い傷を負って、意識を取り戻さない少女が横たわっていた。
「今日、学校でね……」
奏歌は、その少女に向かって離し続ける。
そして、面会時間の終わりが来る。
立ち上がり、奏歌は、親愛を籠めて告げる。
「また明日来るね、心」
最終ターゲットが源三って言うのは、最初から決まっていました。
心を殺すかどうかは、最後まで悩みましたが、こんな形になりました。
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