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ハートシャドウデス武道館

 心の教室。

 クラスの女子は、今夜行われるライブの話題で盛り上がっていた。

「親には友達の家に泊まるって言ってあるんだ」

「その手があったか!」

「ばか正直に本当の事を言う必要なんてないじゃん」

 そんな会話を聞いていた奏歌があきれた顔をする。

「たかがライブぐらいで大騒ぎし過ぎ。心もそう思うよね?」

「今夜、リリスさんといく予定」

 心の意外な答えに奏歌が涙目になる。

「心の裏切り者、地元でのライブだからあたしだって興味あったのに!」

 心が遠い目をする。

「中学生がライブにいくには、大人の連れが必要なの。でも二枚しかチケットが手に入らなかったんだよ」

「酷い!」

 奏歌は放課後まで文句を言い続けた。



 警視庁の一課。

「また、ハートのカードが送られてきた」

 深刻な顔で謙治が告げると賢一が内容を読み上げる。

「尽くし続けたのに武道館でライブするようになったら捨てられた、その恨みはらさん」

 源三が半眼になる。

「そんな男は、殺されてもおかしくねえぞ」

 周りが頷くなか、謙治が苦笑しながら言う。

「そいつが最低なのは私も認めるが、実際に殺させる訳には行かない。そして今夜、ライブがある。奴が狙ってくる可能性がある。可能ならば中止してもらい、駄目な場合、警護をする。各自、やつの逮捕に全力を出してくれ」

「はい!」

 捜査が始まる。



 武道館、リハーサルの現場。

「そういう訳で、ライブを中止して貰えませんでしょうか?」

 賢一の問い掛けに今日の主役、ロッコウのマネージャーが反論する。

「うちのロッコウがそんな恨みをかっていると言うのですか?」

 慌てて弁明する賢一。

「そうは、言いませんが、万が一ってこともありますから」

「万が一にもありえませ!」

 マネージャーが怒鳴ると源三がスポーツ新聞を見せて言う。

「アイドルとの交際で話題作りしてる最中だもんな。認めたくないだろうよ」

「ですから、ロッコウにそんな女性関係は、ありません!」

 マネージャーが言い返すと源三がネクタイを掴み、顔を近付ける。

「こっちは、芸能人どうしでくっつこうが関係ないがな、女を食い物にして良いと思ってれば痛い目を見ることになるんだよ!」

「何を証拠にそんな事を!」

 マネージャーが怒鳴り返す。

「中止出来ないんだったら警護をさせろ」

 源三の問い詰めにマネージャーが言う。

「内部でのは、認められません、建物の外でお願いします」

「そんな! 無理に決まってる!」

 クレームをあげる賢一を源三が止める。

「この手の奴等にこれ以上言っても無駄だ、入場客に目を光らせるぞ」

 源三達が去った後、ロッコウが出てくる。

「帰ったか?」

 マネージャーが頷く。

「しかし、大丈夫なのか? あの女だったら本当に殺人を考えてもおかしくないぞ?」

 ロッコウが笑みを浮かべる。

「俺が殺し屋雇える金を残したまま捨てるわけないだろが」

 納得するマネージャー。

「借金まみれにして切り捨てたもんな」

「バックのヤクザに売れて、そこそこの金になったしな」

 ロッコウは、古本が高く売れた様に言うのであった。



 武道館の入口、警察が不審者の調査をしていた。

「男性客は、少ない。怪しい奴には、遠慮なく職質かけろ!」

 源三が指示を出してふと目の前の列を見ると奏歌と心が居た。

「奏歌、こんなところで何をやってる!」

「ライブを見に来たんだよ。お母さんには、OKもらったもん」

 奏歌の反論に源三が言う。

「保護者も居ないのに中学生だけでライブなんて許さん!」

 すると二人の後ろに居たリリスが頭を下げる。

「すいません。お父様にもちゃんと許可を頂くべきでした」

 慌てる源三。

「いえ、貴女が謝られる事じゃありません。どうせ、こいつが無理を言ってついて来たんでしょう」

「おじさんいいよみしてる。結局親から許可を取れなかったクラスメイトからチケットを買って、リリスさんの事を利用しておばさんに了解を得ていたよ」

 心のチクリに視線をそらす奏歌を睨んだ後、リリスに頭を下げる源三。

「本当にうちの馬鹿娘がご迷惑をおかけしてすいません。とにかく今日は、止めた方が良いでしょう」

「えー、折角来たのに!」

 嫌そうな顔をする奏歌に続けてリリスが言う。

「ここは、私を信じてお許し頂けませんか?」

 源三が告げる。

「娘だけの話ではありません。今夜、ここで殺人事件が起こる可能性があります。どうか、お二人も参加は、遠慮してください」

 奏歌が驚く。

「まさかハートシャドウデス?」

 源三が頷くとリリスは、周囲を見てから答える。

「私達だけ災厄から逃れるのは、神の教えから外れます。心ちゃんと娘さんは、私が命をかけて護ります」

 真摯な顔に源三もそれ以上言えなかった。



 ライブ会場に入ると、リリスが立ち上がる。

「頼まれて居る、グッズを買ってきますね。何か欲しい物ありますか?」

 奏歌が悩む中、心が言う。

「流行りで作ったとしか思えないトレーディングカードを中学生時代の青い思い出として欲しい」

 失笑する奏歌。

「確かにそんなの後でみたら、どうして買ったのか解らないだろうけど、思い出としては、良いかも」

 リリスも苦笑して頷く。

「若さの特権ね。買ってきてあげる」

 買い物に行くリリス。



 ライブも予定されていたメニューが終わり、アンコールが起こるなか、ロッコウが登場する。

『今日は、ありがとう! アンコールに応え、一曲行くぜ!』

 伴奏が始まる中、歌い始めようとしたロッコウの首をカードが切り裂く。

 ステージを血塗れにして倒れる。

 悲鳴が上がる中、警察の動きは、素早かった。

「奴は、プロだ、予備のカードを隠してる筈だ。観客の持ち物検査を徹底しろ!」

 指示を出す源三にリリスが駆け寄る。

「桜井さん、心ちゃんの話を聞いてください!」

 リリスの真剣な顔に源三が何かを感じて心の方を向く。

「リリスさんが買ってきたカードの中にこんなものがありました」

 心が差し出したカードを見て、側に居た賢一が声をあげる。

「大鎌のカード! まさか……」

 源三がカードを受け取り怒鳴る。

「奴は、陽動に大量のカードをばら蒔いているぞ、惑わされるな!」

 源三の言葉通り、大量のカードが販売されていたトレーディングカードに混入されていた。

 その為、決定的な証拠を見付ける事が出来ず、観客全員の名前と連絡先を確認することになった。



 数日後の警視庁。

「録画されていた映像からカードの軌道を予測した所、ステージ左前方の観客席から投擲されたと思われます」

 賢一の報告に謙治が指示をだす。

「その周囲の観客の他の事件でのアリバイを確認しろ! 人数は、多いがその中に確実に奴がいる。警察を甘く見た奴を白昼の下に晒してやるのだ!」

「はい!」

 行動を開始する刑事達。

「中央後部に居たお嬢さん達が容疑者から外れて助かりましたね」

 賢一の言葉に源三が頷く。

「そうなったら、捜査が出来なかったからな」

 その時、一人の婦警が駆け込んできた。

「死神のカードを持った依頼人が現れました!」

「取調室に連れてこい!」

 源三が指示を出し、自らも取調室に向かった。

 取調室に入り依頼人女性を見て、賢一は、思わず口を抑え、源三ですら、顔を歪めた。

「身体中の包帯は、なんだ? 交通事故にでもあったのか?」

 源三の軽口に依頼人女性が凄惨な笑みを浮かべいった。

「あの男のせいであたしには何も無かった。女としての最低の尊厳さえ」

 それが何を意味しているのかは源三には、痛いほど判った。

「残ったのは、この体だけ。だから、体を売ったんです。目も内蔵も、あいつの死に様を確認するのに必要な物以外全て売り払った。お陰であんなにあった借金も無くなって、自由な体でここにいる。あいつを殺してやったことを証明出来た」

 歓喜の表情の依頼人女性を見て、堪らず賢一が言う。

「そこまでしなくても……」

 残ったたったひとつの目でにらみ返す依頼人女性に気圧される賢一に代わり源三が尋ねる。

「復讐など考えず、もっと自分の為の生き方を選べなかったのか?」

 苦笑する依頼人女性。

「刑事さんは、女を解っていない。女にとって恋愛は、全て! それを踏みにじったあの男だけは、生かして置けるわけがないんですよ!」

 その狂気に源三が確信した。



 取調室を出た源三が呟く。

「本物だな」

 賢一が頷く。

「はい、ハートシャドウデスの依頼人の特徴、どんなことをしても相手を殺すって強い意志を感じました」

 苛立ちを籠めて源三が言う。

「認めたくないがカードは、見事に関係を表してやがる。殺すのはあくまで死神、依頼人。奴は、その大鎌でしかない」

 その後の警察の粘り強い調査でもハートシャドウデスに至る結果は、得られなかった。



 教会の寝室。

 疲れ、裸のまま眠る心を見ながらリリスが呟く。

「本当に凄い子。いくら室内で突風が無いからって、常人では、届かす事すら不可能な距離をカーブさせて命中させるなんてね。それも隣にいる奏歌ちゃんにすら全く動作を悟られなく。まあ、私だって事前にタイミングを決めてあったから判っただけだけど」

 手に残る心の感触を感じながら苦笑する。

「体は、普通より幼いくらいなのにね」

 そして、組織の情報網に引っ掛かった依頼人候補の資料を見る。

「心ちゃんの為にも早く次の仕事を決めないとね」

 ハートシャドウデスの仕事は、まだまだ続く。

依頼人への取り調べシーンが何気にお気に入りです。

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