ハートシャドウデス偽者
都内のホテルの一室。
そこで警察が現場検証を行っていた。
「源三先輩、これって?」
賢一に差し出された大鎌のカードを見て源三が眉を顰める。
「何かが違う。そんな気がする」
源三のカンは、当たっていた。
警視庁の会議室。
「未だ、死神のカードを持った依頼人が現れていない」
謙治の言葉に複雑な表情を浮かべる刑事達。
賢一が手を上げる。
「現れなかった前例が無いわけでは、ありませんよね?」
それに対して源三が言う。
「ああ、結局びびって自首出来なかったなんて奴が二、三人居たが、今回の件は、それと違う気がする」
謙治が頷く。
「そうだな。ハートのカードに書かれた文字からしても妙だったからな」
賢一が調査資料にコピーされたカードの文面を見て言う。
「確かにプリンターで印刷されたのは、初めてです。しかし、それくらいの事が何を意味しているんですか?」
源三が真剣な顔で言う。
「自首しなかった奴が居たが、逮捕されなかった奴は、居ない。どうしてか解るか?」
賢一が驚いた顔をしながらも答える。
「周囲の容疑者を筆跡鑑定と指紋で調査して、搾り出したんですよね?」
謙治が頷く。
「そうだ。ハートシャドウデスのやり方を認める訳では、無いが、奴のやり方は、確実に依頼人が逮捕される様に出来ている。殺人には、それ相応の罰が下されると言わんばかりに」
「自分の罪を棚上げして、不逞やろうだぜ」
源三が忌々しげに告げる中、謙治が指示を出す。
「これが、ハートシャドウデスか、どうかに関わらず、我々は、犯人を見つけなければならない。被害者の周辺の人間から調査を開始しろ」
「はい」
動き出す刑事達。
「昨夜もハートシャドウデスが現れたんだって」
「今度は、麻薬を扱う商売人らしいわよ」
「本当にハートシャドウデスってこの世の悪を討つ、正義の味方ね」
クラスメイトの気楽な会話に不機嫌そうな顔になる奏歌。
「何を馬鹿な事を言ってるんだか」
その様子に一緒にお弁当を食べていた心が言う。
「世間なんてより好みが激しいから、直に悪評がたつよ」
「そうかな?」
奏歌の問い掛けに心が頷く。
「だって、しょせんは、人殺しだもん」
奏歌も頷く。
「そうだよね。人殺しなんて人間のする事じゃないもんね」
心も何度も頷くのであった。
奏歌と心の下校途中、一人の青年をみた。
「おばあちゃん、荷物持ちましょうか?」
「ありがとよ」
そうして、近くのバス停まで荷物を運ぶ青年を見て奏歌が驚く。
「今の時代にもああ言う人が居るんだ。凄いね」
「見てるだけのあちき達には、問題あるけどね」
心の正論に奏歌が恥ずかしそうに頬をかく。
「次のチャンスがあったら、絶対に荷物もつわよ」
バスを見送った青年だったが、少しして暗い顔になる。
「どうしたんだろう?」
奏歌は、気になって近くにいって声をかけた。
すると青年は、苦笑して言う。
「ちょっと派遣切りにあってね。この後も暇なんだよ」
それを聞いて奏歌が驚く。
「何でお兄さんみたいな誠実そうな人が!」
心がずばり言う。
「誠実すぎて、会社の不正を見逃せず、元の会社をクビになって、単純な肉体労働の派遣をしていたけど、この不景気だからあっさり派遣切りにあった上、人が良いから会社を訴えたりしてないって所じゃないですか?」
「心!」
奏歌が怒鳴るが青年が頷く。
「その子の言うとおりだよ。でも、僕は、後悔をしてないよ。人間、誠実に生きることが一番なんだ」
「そうですよね! その言葉をハートシャドウデスをヒーロー扱いする奴らに聞かせてやりたい」
同意する奏歌の言葉に青年は、僅かに顔を引き攣らせていた。
それから数日の時が過ぎた。
偽ハートシャドウデスが起こした殺人も三件を越した。
そして、源三達は、一人の青年にターゲットを絞っていた。
「あそこに住む、清水亮吾は、近所の評判も良く、派遣切りにあい、生活が苦しいと解ると、オカズやご飯を恵まれる程の好青年です」
賢一の報告に源三が言う。
「しかし、問題の三件の事件の全ての関係者であり、以前から不正を止めるように言っていた。誠実すぎる男だって事だな」
賢一が頷く。
「はい。その事実も周囲の元同僚達は、あまり喋りたがりませんでしたが、同じ様にクビになった男の一人が武勇伝の様に語ってくれました」
源三が頭をかく。
「問題の殺人をきに、幾つかの事件が解決している。正に正義の味方って感じだな」
賢一も複雑そうな顔をする。
「それでも、犯罪は、犯罪です。逮捕しないと」
「解ってる。そこまで信望があると偽証してまでアリバイを作ろうって奴が出てきてもおかしくない。覆しようのない物証を集めるぞ」
源三の言葉に賢一が答える。
「はい」
こうして、使用したカード等から調査が始まるのであった。
亮吾は、夜の街を走っていた。
その懐には、今さっき人を刺し殺したナイフがあった。
「これで、また一つ世の中が良くなるはずだ」
そんな亮吾が無人の公園に入った時、その前に心が現れる。
「君は、どこかで見たことがあるような?」
心が笑顔で答える。
「おばあさんの荷物をバス停まで運んだ後にあった中学生です。因みにもう一人は、昼間、重たい荷物を無理にもって筋肉痛で唸っています」
苦笑する亮吾。
「無理をする事は、無いんだよ。自分の出来る事をやっていけば、ゆっくりとだけど世の中は、良くなっていく」
それに対して心が告げる。
「それが、人殺しだったんですか?」
その一言に亮吾が戸惑う。
「何を言っているんだ?」
心が鼻を指差す。
「血の匂いって直解るんですよ。あの日も微かですけど血の匂いがしました」
愕然とする亮吾。
「警察に言うのかい?」
心が首を横に振る。
「そんな事は、しませんよ」
安堵する亮吾。
「君も解ってくれるんだね。殺さなければいけない人間が居る。あいつらを生かしておいては、もっと多くの人が悲しむ事になるんだ」
それに対して心が大鎌のカードを取り出し言う。
「最初のターゲットの奥さんからの依頼で、貴方に無様な死を与えにきました」
愕然とする亮吾。
「まさか、君が本物のハートシャドウデスだって言うのか!」
心は、答えの変わりに不思議な二つの筒を投擲する。
それは、亮吾の胸に刺さり、急速に肺から空気を排出していく。
「そんな、どうして?」
掠れた声で問いかける亮吾に心が言う。
「早く助けを求めれば助かるかもしれませんよ?」
その言葉に亮吾が携帯を取り出すが、心がそれを蹴り上げて地面に落す。
「早く拾ったらどうですか?」
亮吾は、必死な形相で、携帯にとりに動くが、もう一歩の所で心が蹴る。
もうまともに歩けない亮吾は、這って携帯に手を伸ばすが、もう少しの所で絶命した。
「命欲しげに携帯を求めて這いずり回って死亡。無様な死に様だよね」
自分の仕事を確認して心は、公園を後にする。
警視庁の取調室。
自首してきた亮吾の殺人を依頼した女性に源三が言う。
「それで、どうして本物のハートシャドウデスに依頼をしたんですか?」
女性が困惑した様子で言う。
「最初、あたしもハートシャドウデスを恨んでいました。しかし、接触してきた相手が教えてくれた。偽者が居て、そいつが殺したと。それを聞いた時、本物に依頼をしたわ」
舌打ちしながら源三を尻目に賢一が言う。
「しかし、よくその話を信じましたね?」
女性は、一枚の写真を見せてきた。
「偽者の犯行現場の写真です。本物のハートシャドウデスは、二件目の時には、傍にいて状況を観察していたそうです」
源三が立ち上がる。
「それは、どういうことだ! 偽者の正体を知っていたんだったら、もっと早く殺せてただろうが!」
女性が頷く。
「あたしもそう思い、尋ねると本物が答えてくれました。自分達は、あくまで代行だから、自分達の意思で殺しは、しないと」
賢一が驚く。
「本当ですか?」
女性が頷き、三件目の写真も見せるのであった。
調書を取り終えた源三が不機嫌そうに調査資料を見る。
「ハートシャドウデスは、本気で人間じゃない。正に殺人機械だ」
「そうですね。目の前で殺人が行われているのに止めもしない。その上、自分の偽者が居ても、殺人の依頼が来なければ放置する。何を考えているんでしょうか?」
賢一の言葉に謙治が来て言う。
「下らないポリシーだろう。私達は、そんな物を理解する必要は、ないな」
源三が強く頷く。
「そうだ。俺達に求められているのは、この最悪の殺人機械、ハートシャドウデスを逮捕する事だけだ!」
「その通りだ。しかし、今日は、家に帰ってやれ」
謙治に言われて源三がばつの悪い顔をしていると賢一が隠れて笑うのであった。
「今帰ったぞ!」
そういって家に入るとそこには、心が居た。
「お邪魔しています」
「志野上さん、どうしたんだい?」
驚く源三に体中シップだらけの奏歌が言う。
「お母さんが旅行でご飯を作ってくれる人が居ないって言ったら、つくりに来てくれたの」
「簡単な物しか作れないですけど」
心の言葉に源三が頭をさげる。
「態々すまないね」
そして、心の料理を食べて源三が絶賛する。
「凄く美味しいよ。きっといい奥さんになるよ」
「そうですか?」
心が聞き返すと源三が力瘤を作って言う。
「力が漲っている。この力で見事ハートシャドウデスを逮捕してみせる」
「本当にお願いよ!」
奏歌の言葉に源三が胸を叩く。
「任せておけ」
楽しい団欒の風景であった。
今まで悪人を殺していた事が多かったので、今回は、善人を殺しました。
悪人にも大切に思う人が居るってことですね。
感想をお待ちしております。




