ハートシャドウデス活躍
都内にある、小さな教会。
そこに一人の父親が懺悔に来ていた。
「神よ、私は、愚かにも人を殺そうと考えています」
懺悔室の壁の向こうに居るリリスが問う。
「汝隣人を愛せよ、人を殺すなど、あっては、いけないことです」
それに対して父親が告げる。
「その通りです。しかし、あの男だけは、許せないのです」
「その男とは?」
リリスが聞き返すと、父親が言う。
「刑事です。名前は、原田志郎。息子に無実の罪を着させた男」
「息子さんを信じたい気持ちは、解りますが、何故無罪だと仰るのですか?」
リリスの質問に父親が悔しそうに言う。
「息子が自白し、拘置所に入り自殺をした後、息子のアリバイが立証されました。警察は、誤魔化していますが、間違いない証拠です。でも、息子が死んだ今、真犯人が現れない限り、まともな裁判が行われる事は、ないでしょう」
悔し涙を零す父親にリリスが尋ねる。
「どうして、その刑事が自白を強要したと解ったのですか?」
「息子の遺書に原田志郎に罵倒を続けられたあげく、自白しなければ私の職場まで行くと脅されて、自白した事が書かれてありました」
問題の遺書を握り締める父親。
リリスは、大きく息を吸って言う。
「もう一度だけ言わせてください。罪は、許される為にあります。どうか、人を憎まず、息子さんの為にも、正しい人生を送ってください」
「……」
無言で帰っていく父親とすれ違う心。
「あれは、絶対に復讐を諦めないタイプだよ」
リリスが頷く。
「でしょうね。それでも、諦めるチャンスがあるんだったらそれを促すのがシスターとしての役目よ」
「リリスさんは、組織に情報収集を頼むんでしょ?」
心の質問にリリスが頷く。
「もしも、父親の話が間違えないと確認とれた後、本人の気持ちが変わらなかった時は、お願いするわ」
心が笑顔で告げる。
「二週間も殺してないから、早くしてね」
苦笑するリリス。
「じゃあ、待たせている代わりに、今夜は、たっぷり可愛がってあげる」
「リリスさんのエッチ!」
顔を赤くする心だった。
警視庁の一課で課長の竹中謙治がハートのカードを見せる。
「これが今日、届けられたカードだ」
桜井源三が読む。
「無実の罪を自白させられた恨みを晴らさんだと?」
それを聞いて梅田賢一が言う。
「自白って事は、もしかして警察関係者がターゲットって事ですか?」
緊張が走る中、源三が近くに居た原田志郎に言う。
「お前かもしれないな。こないだの自殺した容疑者、アリバイがあったみたいじゃないか?」
それに対して志郎が舌打ちする。
「うるせい! 最初にハードシャドウデスの事件を担当して、未だに捕まえられていない奴に、犯人を自白させた俺が文句を言われる覚えがない!」
「なんだと!」
源三が睨む。
「二人とも止めないか!」
自分の一喝に背を向ける二人に溜め息を吐きながら謙治が告げる。
「とにかく、奴のターゲットがかなり絞り込まれている。これは、チャンスだ。相手は、職業殺人者、各自十分に注意をし、単独行動は、控えろ。そして、今度こそ、奴を逮捕しろ!」
「はい!」
動き出す、刑事達。
そんな中、志郎は、取調室に向かう。
「さて、今日こそ、あいつから自白を引き出してやるか」
笑みを浮かべる志郎。
志郎は、容疑者から自白を引き出す事を快感としていた。
それも一人でそれをやる事を好み、本来なら単独での取調べが禁じられているのを、新人を相棒にして、始まると直に追い出し、独りで自白まで追い込むのだ。
この日も、否認する容疑者を新人刑事に取調室に連れて行かせていた。
「待たせたな。始めるぞ」
志郎が入ると新人が言う。
「先輩、やっぱり単独での取り調べは、問題があります!」
すると志郎が睨む。
「まだ尻に卵の欠片くっつけたガキがうるせい! お前は、言われたとおりにしていれば良いんだ!」
そのまま、新人を追い出す志郎。
「これで、ゆっくりと取調べが出来る」
「そうだね」
心の声は、部屋の中から聞こえてきた。
振り返ると、ドアの死角から心が表れた。
「ガキ、何処から入ってきた!」
「廊下にピーポくんのキグルミがあるでしょ。あれでこの傍まで来て、そこの容疑者を連れ込んだときに死角から入って、気配を消してたの」
心の説明に志郎の刑事のカンが危険シグナルを出していた。
「貴様、何者だ?」
志郎の質問を無視して、心は、椅子に座っていた容疑者を蹴倒す。
すると、あっさり倒れる容疑者。
「はいる前に、催眠術で半分、意識が無かったんだよ」
「何を考えている?」
志郎ににらまれる中、心は、プレイヤーを出し、再生を開始する。
『とっとと吐け! お前が犯人だって事は、解ってるんだよ!』
それは、志郎の声だった。
「お前、それを何処で手に入れた!」
志郎が戸惑うのは、当然である。
いま、再生されている内容がマスコミにでもばれれば、一発で懲戒免職になるスキャンダルだ。
そんな中、心が自殺した男の事件の朗読を開始する。
困惑しながらも、状況をなんとか挽回できないかと思考を巡らせる志郎に想定外の一言が突きつけられる。
「お前が犯人だろう。大人しく自白しろ」
心の一言に思考が中断した。
「何度でもいってやる、お前が犯人だ! どんなに否定しても、証拠を捏造したってお前が犯人だって証明してやる。とっとと自白しろ」
淡々と続ける心。
「貴様、何を考えてる?」
まるで解らない意図に志郎が嫌な汗をかく中、心が近づき、志郎に針を差し込む。
「ギャー!」
激痛に悲鳴をあげる志郎。
「さあ、大人しく罪を認めろ」
心の言葉に志郎の頭に最悪の予測が組み立てられる。
「お前まさか……」
そんな志郎の問い掛けを無視して心が言う。
「自白しろ」
「俺は、そんな物をやってねえ!」
志郎が叫ぶと、心が数本の針を取り出すとその一本を志郎に突き刺す。
「……」
声にならない悲鳴をあげる志郎。
「早く自白して楽になったらどうだ?」
心の言葉にのた打ち回っていた志郎が言う。
「貴様、ハードシャドウデスだな!」
心に両足に突き刺され、床に縫い付けられる志郎。
「止めてくれ! 俺が悪かった! だから許してくれ!」
心は、相手の言葉など、聞いてない顔で続ける。
「お前にも家族が居るだろう。家族がどうなってもいいのか? 嫌だったら自白するんだな」
それを聞いて志郎が必死に懇願する。
「家族には、手を出すな! お願いだ!」
手を伸ばす志郎に対し、針を突き刺し心が言う。
「家族に迷惑をかけたくなかったら自白することだな」
そして、志郎が言う。
「俺がやった、認める! だから、もう良いだろう!」
それを聞いて心が紙を差し出す。
「書き方は、知っているだろう?」
言われるままに自白調書を書く志郎。
「これで良いんだろう!」
次の瞬間、心の放った針が心臓を貫き、志郎を即死させた。
心は、床に大鎌のカードを置いて、人が居ない隙を狙って部屋を出て、ピーポくんのキグルミに入って警視庁を抜け出すのであった。
「先輩、そろそろ、時間ですよ」
まりもの遅さに新人が取調室に入った。
「先輩! だれか! 先輩が、原田先輩が死んでる!」
一斉に入ってくる刑事達。
そして源三が床に落ちている大鎌のカードを取り上げ読み上げた。
「無実の罪を自白し、それを悔やむ中の死だと?」
賢一が机の上に置かれた志郎の自白調書を見せる。
「これが、その自白みたいですよ」
源三が壁を叩く。
「警視庁の中で殺人代行だと! 絶対に許さんぞ! 直に警視庁を封鎖、これ以上容疑者を外にだすな!」
慌てて動き出す刑事達。
「時間が経ちすぎていました。調べた所、不振なピーポくんのキグルミがあり、それが原田の死亡時間の直後、警視庁から出ているのを確認されています」
源三の報告に沈痛な表情をする謙治。
「規則通りの取調べを行っていれば、この様な惨事は、起こらなかった」
新人が青褪める。
「原田先輩に言われて、仕方なく」
源三が怒鳴る。
「馬鹿が! そういう態度が今回の犯行を許したんだ!」
崩れる新人に賢一が近づき言う。
「そして、それは、今回だけじゃない、拘置所で自殺した容疑者も生み出す事になったんだ。それを忘れるな」
謙治が頷く。
「全ては、私の管理責任だ」
こうして、この事件は、警視庁の大失態、ハートシャドウデスの名を更に高める者となった。
「昨日は、御免ね?」
手を合わせる心に奏歌が苦笑する。
「良いんだよ。それにしても、あのハートシャドウデスって何を考えてるんだろう? 普通、警視庁の中で犯罪をするかな?」
心があっさり答える。
「人殺しをする狂った化け物に普通なんて無いと思うよ」
それを聞いて奏歌が肩をすくめる。
「そうだよね。それに較べて、心みたいに親の仕事の手伝いをする良い子も居るんだから、世の中不思議だよ」
心の頭を撫でる奏歌であった。
リリスは、正義と言うより、ポリシーできっちりと殺人をする覚悟をある人間を選別しています。
そして心は、まるで睡眠をとるみたいに必要性から人殺しをしています。
歪な二人が揃って、初めてハートシャドウデスが生まれたのかもしれません。




