第006話
俺は下へ降りていき、ロゼリアに許可をもらい厨房経由で中庭に出て行った。
ロゼリアにはドアを閉めて作業をすると言い、両親にも伝えるようお願いした。これで俺がどうやって作ったか見られないはずだ。
俺は中庭を見回し、ちょうど真ん中あたりまで歩を進めると、そこで意識を集中した。まず腰を下ろして足を伸ばしても余裕でぶつからない長さと首の根元ぐらいまでの深さを持つ落とし穴を作る。形は角が丸い長方形。幅は2mぐらいあればいいかな。
「クリエイトピットフォール落とし穴作成」
呪文を唱えるとイメージ通りの穴が出来た。内壁を触ってみるとツルツルだ。どうやら落とし穴の呪文で作った穴の側面はツルツルするようだ。
「これは穴に落ちたら登るの大変かも」
思わずつぶやきが漏れる。
さらに念のために浴槽内に入るための手すりと階段を作る。今は使わないかもしれないけど、将来足腰が衰えた時や怪我して不自由になった時用だ。幅を広めに作っているので、階段を作っても邪魔になるまい。
「クリエイトクレイ粘土作成」
浴槽内壁に幅広の階段と手すりを作る。クリエイト系の呪文はここまでイメージを形作るのか。ホント、便利だ。
次に排水を考えよう。エンチャント魔法付与して常にお湯が湧き出るようになる予定だから排水はしっかりしないといけない。昨日見せてもらった排水穴を補強して深くする。そうだな、3mぐらいにするか。
「クリエイトピットフォール落とし穴作成」
再度同じ呪文を唱えて、元々あった排水の穴を深くする。さすがに3mだと底が見にくい。
「ライト光球」
ライトの呪文を唱えて、穴の中に移動させる。ふよふよ光の玉が穴の中へ飛んでいき、だいたい3mぐらい進んだところで止まる。
「こんなものかな」
これで浴槽を作り排水穴を深くした。さらに続いて浴槽に入り、排水穴まで直線に穴を通すイメージを浮かべる。土の中に作られた浴槽の上部から直径3cmぐらいの穴を排水穴まで通すのだ。そうすればあふれそうになってもそこから排水されるという寸法だ。
「クリエイトピットフォール落とし穴作成」
斜めに穴を作れるか心配だったが、イメージしつつ呪文を唱えたら手応えを感じた。どうやら無事に作れたようだ。これだけだと穴上部が貧弱なので、さらに呪文を排水穴2つにかける。
「スクレローシス硬化」
呪文を二回唱えて、排水穴とその周辺をそれぞれカチコチに固める。これなら水流で崩れたり脆くなったりしないだろう。
次に浴槽を補強する前に水が湧き出る石を作り内壁に埋め込もう。そこらへんに落ちていた小石を二個程握り、常にお湯が湧き出るようにイメージした上で呪文を唱える。
「エンチャント魔法付与」
相変わらずのエネルギーが抜ける感覚。今回は実験として複数個同時に呪文をかけられるか試してみた。結果は……
「やはり一つだけか」
一つ持ってみたところ、もう片方からはお湯が出なかった。
再度、呪文を唱えて二つの石からお湯があふれるようにしてから、お湯があふれる小石を浴槽内部に埋め込む。小さいわりには勢いよくお湯があふれ出ている。
「これならもう一つ作らなくてもいいかな」
しかし気持ち悪い。短時間でそこそこMPを消費したせいかクラクラする。たかだか2/10強MPが減ったぐらいでこんなに体調が悪くなるとは。MPを限界まで消費したときどういう状態になるか一度試しておいた方がいいな。命を削ると思わないが、こんなに体調不良になるとは思わなかった。
「この感覚も慣れないと戦闘時きついかも」
新たな課題にため息をつきつつ、浴槽作成の最終段階へ進む。
浴槽全体を補強する。
「スクレローシス硬化」
階段と手すりは力をかけても崩れることはなくしっかりとし俺の体重を受け止める。浴槽内壁は全てつるつるで肌にあたることもない。さすがにエンチェント魔法付与した小石の部分は引っかかるが、そこまで突き出しておらず、ほとんど埋まっている状態なので問題ないだろう。エンチャント魔法付与された小石を埋め込んだ浴槽はみるみるうちにお湯を貯めていく。
念のために浴槽の周りを縁取るように溝を掘る。排水穴で排水しきれない時用だ。これがあれば中庭が水浸しになることもないだろう。
「クリエイトピットフォール落とし穴作成」
正確には落とし穴ではないがイメージ通りにうまく掘れた。溝の深さと幅は5cmほどだ。排水穴に続く穴と繋げ、万が一あふれた場合はこの溝を通り排水穴へ流れるようにした。
その後「スクレローシス硬化」の呪文を浴槽周辺にかけて完成。自家製露天風呂ができあがった。
制作時間正味30分ぐらい。MP消費1500強。今日は念のため昼過ぎまで寝ていよう、そうしよう。ある程度MP回復するまで動きたくない。
俺は厨房への扉を開けて、親父さんたち三人を呼んだ。
「こんな感じに作ってみましたが、どうでしょう?」
俺が披露すると三人ともびっくりしていた。
「いや、まさか本当に作っちまうとは。しかもこんな立派なのを」
「一応、二人まで同時に入れるような大きさにしてみました。若干狭いかもしれませんが。基本は一人用ですので足を思い切り伸ばせてくつろげます」
二人では入れると言ったら親父さんは顔を赤らめていた。奥さんの方はニコニコしていたけど。
ロゼリアはひたすら感動していた。
「アキさん、これって入っちゃっていいんですよね。入ったら気持ちよさそうですね。うわぁ、いいないいな、夜が楽しみ」
浴槽の縁にしゃがみこんで、温かいお湯に手を浸している。こんなに喜んでくれるのなら作った甲斐があったってもんだ。
「約束通り、風呂を作りました。お湯は自然に溜まるので特に何もする必要はありません。たまに浴槽内部を掃除するぐらいでしょうか。排水はこの周りの溝と上部に空いている穴からこちらの排水穴へ流れる仕組みになっています。最後に流れこむ排水穴は昨日より深くしましたのであふれることはないと思います。先ほども申し上げましたが風呂の条件として俺が入れれば後は自由にしてください。ここにいる人間以外には内緒です。それでよいでしょうか?」
三人とも頷いてくれたのでこれで安心。
「あと年頃の娘さんがいるので、覗き対策をした方がいいかもしれません。それに関しては別途相談に乗ります。以上です。俺はしばらく部屋で寝ていますのでそっとしておいてください」
そう言い残すと、俺は部屋へ戻っていった。いやさっさと横になりたいんだ。
ベッドに横になる。たかだか2/10強消費しただけでこれほど疲れるとは。このエネルギーの抜ける感覚には慣れないと本番で命取りになりそうだ。対策が必要だな。それだけ考えると、俺は目をつぶり視覚情報もシャットアウトして脳を休める。するといつしか寝てしまった。
目が覚めた。どれくらい寝ただろう。まだ外は明るいからそんなには寝てないと思うけど。あくびをしてから身支度を調え、下に降りる。ちょうどロゼリアがいたので時間を訊ねる。
「今、何時?」
「先ほど鐘が鳴りましたので、ちょうどお昼ですね」
というと数時間寝たぐらいか。体調も戻ったし、これならギルドの仕事ができる。さっさとランクを上げたいからギルドに行くか。ロゼリアに礼を述べて、外へ出る。今まで朝と夜しか街を歩かなかったので見慣れない光景が目の前に広がる。食事処の呼び込み、今日は休みらしい冒険者、買い物帰りの街の人、雑然としている。
「結構、賑わっているな」
改めてそう思う。魔物が人間を押している現状とはいえ、そんなことを感じさせない営み。人間は強いと思える光景だ。
「軽く飯を食べて…… ああ着替えも買わないとな。それからギルドの仕事をするか」
俺はいいにおいが漂う店をひやかしつつ、どこで昼を食べるか考える。
先に目がついた服屋でショートパンツを何枚か買う。どうやらこれが下着代わりらしい。確かに俺もショートパンツの下は何も履いていないがこの世界では正しいようだ。本当は純粋なパンツが欲しいんだけどな。上はどうしようか。魔法が付与されているシャツだから汚れないのかね。においを嗅ぐ限りでは着たきりの割に全然におわないので、魔法的な効果で汚れないのかもしれない。この辺りは実地で検証するしかないか。とりあえず倉庫にしまっておけばいいわけだから、と割り切ってシャツも数枚購入する。
あとは靴というかサンダルとスリッパを買っておこう。気軽に履ける履き物が欲しい。風呂に入るのにいちいちブーツを履くのもどうかと思うし。違う店に移動してサンダルっぽい靴を買う。あいにくスリッパは売っていなかったがこれは仕方ないか。西洋は靴の文化だしな。ここが西洋というわけじゃないがどう見ても西洋をモチーフにしているとしか思えない。
あとタオルも買うか。倉庫に入っていたけどあるに超したことないだろう。また店を移動して吸水性の良さそうな比較的高いものを何枚か買う。服飾文化について何も知らないけど、タオルなんて現代でも通用しそうに思える。追加でリネンのタオルを買い日常使い用とする。洗うとクズが出やすいが吸水性がよく速乾性もあるので気に入っているのだ。
風呂用の桶も一つ買い人目につかないところで倉庫にしまう。
いい加減お腹がすいたのでご飯を食べよう。適当に入った店でお昼を食べる。食べたことのない肉が入っている肉野菜炒めだったが中々美味しかった。腹が空いていれば何でも美味しいだろうけど。一休みしてから店を出る。ちょっとのんびりしすぎたか。まあ今日ぐらいは別に構わないだろう。俺はゆっくりとギルドに向かっていった。
ギルド。
相変わらず依頼書の数が減っている様子はない。これだけ依頼があるってことはこの街の住民は金を持っているんだろうな。よく見るとどうみても自分で出来そうなことも依頼されているし。俺は依頼書を一通り眺めて、近場ですぐに終わりそうな物をチョイスする。報酬が安いからか誰も請け負いそうにないものを、だ。特に金に困っているわけではないので、安くてもさっさと終わりそうなのを中心に選んで件数をこなすことを優先させようと思ったのだ。壁から剥がすとカウンターで正式に依頼を請け、指定された家へ行く。途中、ギルド職員に話を聞くと、今回請けた力仕事の依頼は戦士限定だったがあまりにも長い間誰も請けてくれなかったので戦士限定をやめたらしい。そこに俺が食いついたわけだ。まあステータスを見る限り筋力はあるから大丈夫だろう。見た目で判断されて追い払われない限りは。目的の家に着いたのでノックをし、ギルドの依頼を請けた旨を伝える。出てきた壮年の男性は魔法使いの格好をした俺を見て心配そうな表情を浮かべるが、門前払いはされなかった。
「ここの石をどかしてもらえないか」
どう見ても石じゃなく岩だろう。そんな大きさの物が庭の真ん中にある。
「どけるだけでいい。どうやら地中に埋まっているようでいくら押しても動かないのだ」
当初戦士限定にした理由もわかる。これは確かに筋力がないと動かせなさそうだ。俺は石の周りを観察し、引っこ抜いて庭の隅にどかしてくれればいい、という条件を念のため確認した。
「レビテーション浮遊」
俺が石に触れつつ、呪文を唱える。石はがたがた動くが抜ける気配はない。仕方がない、呪文レベルを上げて再度詠唱する。
「レビテーション浮遊」
先ほどよりさらにがたがた動く。このレベルでもダメかな、と思っていたらボコッという音と共に石が地中から抜けて膝ぐらいの高さまで浮き上がった。石は円錐形のような形をしており、下の方(地中部分)にいけばいくほど大きくふくらんでいた。確かにこれは簡単には抜けないだろう。浮かした石を庭の隅へ運び、そっと地面に着地させる。手で押してみて倒れないことを確認した後、後ろで驚いている依頼主にサインをもらい、この仕事は終了となった。笑顔で喜んでいる依頼主を見るとちょっと嬉しい。俺はすぐにギルドへ向かい、次の仕事を請け負った。
夕刻。
街の中の仕事を中心に請け負ったが結構数を稼げた。午後だけで3件こなせたのは大きいだろう。Eランクに昇格するのに必要な件数は20件。昨日と今日で計5件終わらせたのだからいいペースだと思う。明日も街中心で仕事を請け負おう。ギルドの職員も笑顔だったので訊ねてみると、街の中の仕事は人気が無くてずっと残ってしまいがちだったり依頼取り下げとなったりしていたそうだ。それが依頼完了で終わったのでギルドの面子も保たれ、街の人も喜び万々歳らしい。他人からそう誉められるとたいした仕事をしてないが嬉しくなる。また明日もお願いしますと言われたので軽く手を振って了承した後、宿屋へ帰った。
宿屋で風呂の様子を覗かせてもらう。周りの排水溝にあふれることなく、上部の穴から排水されている。湯加減も問題ないし、順調に動いているといっていいだろう。俺はついてきたロゼリアに風呂を使わせてもらう旨を伝え、そのまま風呂に入ることにした。桶とサンダルとタオルをディメンジョンオブウェアハウス異界倉庫から出してインビジブル不可視の呪文を唱えて風呂に入る。さすがに浴槽一杯の状態だからお湯があふれ周りの排水溝を伝い流れていく。そういや、かけ湯ぐらいで体を洗ってなかったけど、露天風呂だと先に体を洗うのも難しいな。お湯につかりながら考える。常にお湯を浄化するような魔法を石か何かにエンチャント魔法付与して浴槽に放り込んでおくか。スクレローシス硬化で固定化したあとだから、解除しない限り石を新たに埋め込められない。いったん解除しようと念じてみたが、インビジブル不可視などのように任意に解除ができない。はて? 呪文により効果を取り消せるモノと消せないモノがあるようだ。うーん、想定外だ。解除の呪文も探せばあるかもしれないけど手間がかかるから、とりあえずいったん置いておこう。足を伸ばしつつ、どんな風に浴槽内を浄化するか考え時間は過ぎていった。
いい加減のぼせてしまいそうなので風呂から出ることにした。浄化の件はとりあえず大きめの石にエンチャント魔法付与して放り込むことにした。小さな石だと目立ちにくく、足とかで踏んづけてしまいそうだからだ。そしてエンチャント魔法付与した石はどかさないように伝えておけばいいだろう。体を拭いた後、サンダルを突っかけ、庭を見渡す。小さめの石はあるが、大きめの石はない。仕方がない、魔法で作るか。
「クリエイトリトルロック小岩作成」
攻撃呪文なのかよくわからないが小岩を作成する呪文があったのでそれを唱える。なんでこんな呪文があるかよくわからないが有効活用ってもんだ。手のひらの上に拳サイズの小岩が出来たので、続いて水を清潔にするイメージを思い浮かべエンチャント魔法付与の呪文をかける。
「エンチャント魔法付与」
風呂表面を見ると若干垢が浮かんでいる。俺はそっと小岩を浴槽内の階段側に沈める。すると、みるみるうちに浮かんでいた垢がなくなり澄んだお湯になった。
「成功だな」
どんな原理できれいになっているかわからないが、結果からすると見た目はきれいになったので、湯冷めしないうちに体を拭いて着替えてからインビジブル不可視の呪文を解除し扉を開けた。
厨房では親父さんと奥さんが忙しそうに動いている。一声をかけてから食堂の方へ出る。ロゼリアがいたので小岩のことを伝える。
「ロゼリア」
「はい、なんでしょう」
お客さんはすぐ側にいないのでそのまま話す。
「風呂なんだけど、中に小岩があるけどどかさないでね。ちょっと邪魔かもしれないけど、浴槽内なら動かしても構わないから」
「わかりました。お風呂はどうでした?私ずっと楽しみで」
さすが女の子だな。風呂の魅力に見ただけで気づくとは。
「気持ちよかったよ。お風呂入ると健康にもなるからね。湯冷めさえ気をつければ美容にもいいし、お勧めだよ」
「ホントですか」
食いつかれた。
「ホントだよ。暖かくなると血行がよくなって体の中のいらない物が外に出てくるから。肌もきれいになるって聞くね」
「楽しみだなあ」
幸せそうな顔をするロゼリア。この顔を見られただけで風呂を作った甲斐があったってもんだ。
「仕事終わったら入りなよ。桶とタオルは忘れずにね」
俺は話を切り上げると自分の部屋へ戻っていった。
夕食。
今日は魚のムニエルがメインだった。若干泥臭いので川魚だと思う。イシュタルの街は内陸っぽいので海の魚は干物か加工してないと食べられないだろうし。
そうだな、海にも一度は行ってみたいな。どんな食文化か気になるし、刺身なんてあれば最高だ。
もはやパターン化しているドラゴンライムのジュースを食後に飲んでから席を立ち、二階の部屋へ戻っていった。
部屋。
明日のことをベッドに横になりながら考える。
今日までで5件依頼をこなした。この調子なら明日も10件とは言わないまでもそこそここなせるだろう。金額の多寡はともかくとして、とにかく件数をこなそう。そうしてさっさとEランクにならないと。そういやギルド指定の依頼をこなさないとランクが上がらないんだっけ。明日ギルドに行った際、聞いてみるか。細かい仕事をこなしているのでまだ二日とはいえ、好印象を与えているようだし。そんなことないから、自惚れかな。
あとは情報収集を本格的にしないと。今のままソロで動いているとどうしても情報を仕入れるのに仲間がいる奴らと比べて一歩劣る。正直仲間が欲しいことは欲しいが、俺が援護するだけのヤツならいらない。この二日間見た限りでは多くの冒険者と俺ではレベルが違いすぎるように見える。これではいくら仲間を作っても実質俺が介護する形になっちまう。そりゃ見込みがあるヤツなら構わないけど、将来性を見抜く目なんて持っていないし、当然そんな魔法もない。しばらくはソロで動くしかなさそうだ。参った参った。
色々考えているうちに体が冷えてしまった。俺は布団をひっかぶって横になる。気づいたら寝てしまっていた。