第005話
さて、今後の方針をまた考えるか。
まず第一にギルドランクをEかDまで上げる。宿屋やギルドでの盗み聞きから推測するに、どうもこのランクが低いと一人前と思われないフシがある。Fは完全に新人で子供扱い、Eから一人前とか。レベルだけ聞いても当てにならないから、わからないことはないが納得いかない。職業とレベルを言えば納得してもらえるだろうけど、エンチャンターなんて職業を言ったら騒ぎになりそうで怖いし、そもそもレベルを公言する勇気はない。結局はギルドランクに頼るしかないのが結論だが、Fランクなんて物の役にも立たないらしく、鼻で笑われるのが関の山のようだ。
ふう、ならEは当然としてDかできればCまで上げたいが、ソロでかつ魔法を使う職業でCまで上がるヤツはかなり珍しいらしく、最近だとアルティアぐらいしか該当するヤツがいない。そもそも、そこまで行く前にパーティに加入するか死ぬか、のどちらからしい。俺のステータスなら剣でもある程度通用しそうだが、魔法使いは装備できないなんてゲームにありそうなオチにもなりそうだし、まだ確かめていない。今後機会あれば確かめたいと思っている。
第二に有力な冒険者を発掘、もしくはサポートすること。これは今後のために布石を打つ必要がある。一応、候補者としてアベルとアルティアを考えているが、実際見てみないと何ともいえない。性格が腐りきっているヤツならいくら有力とはいえ一緒に行動したくないし、そもそもサポートしたくない。見込みあるヤツがそんなんばっかりだったらいっそうのこと一から育てた方がマシだ。俺自身が魔神を撃退するというのも考えているが、これはどうしようもなくなってからだ。どうみてもサポート職であるエンチャンターが前線で戦うのは無理だろう。もちろん覚えている魔法を見た限りいけそうな気もするが、せいぜい対魔神戦の先触れまでぐらいだろう。まあ、これはまだまだ決めるのは先の話だから置いておこう。
第三に魔神の情報を集めること。これは結構重要度が高いと思う。イシュタルだと川のおかげか魔物が少ないので街に悲壮感が漂っていない。ヘルプを見るとかなり絶望的な感じの書き方をしているように思えるのだが。まだ冒険者と交流を結んでないからこの辺の情報は全くもってわからないが、敵を知らなければ話にならない。これに関しては意識して集めることにしよう。
第四にあると思われる俺の拠点を探す。これはもう見つけられるかは賭けだ。なんと言っても情報が全然無い。記憶にもないから見つけられそうにないけど、頭の片隅に入れておくつもりだ。
第五に東方諸国へ旅をしたい。もしかしたら日本があるかもしれないからだ。もちろん俺が知っている日本ではないだろうけど、あるならば行ってみたい。これは東方への護衛募集があって、俺がそれなりの腕になっていたら是非募集に応じようと思う。
第六に言い伝えなどをまとめること。この手のゲームだと言い伝えにヒントが隠されていることとかがよくある。いわゆるお約束ってやつだ。だから念のために集めておきたい。もしかしたら掘り出し物の情報があるかもしれない。
第七に五百年前に滅びた国のことを訊ねる。これは純粋な興味だが、最終職がこの時代を最後に就いた者がいないという噂もある。俺が最終職か完全に断定出来ないが、まあ何かわかれば御の字ぐらいの気持ちで探したいと思う。これも頭の片隅レベルでいいだろう。
第八に俺と同じ境遇、つまり現代世界からこちらに来たヤツを探すこと。俺と同じようならもしかして強いキャラになっているかもしれない。そうすればそいつと組んで魔神と戦えばいいのだから。問題は完全に見た目でわからないことだ。まあ見つかればラッキーぐらいの気持ちでいよう。
第九に王都や帝国へ行く。これは自然にこなしそうだから特にいいか。
第十に実戦を経験する。これは優先度が高い項目だ。俺自身は強いと思っているが本当に強いかどうか早いうちに確かめたい。あと殺し合いに慣れておきたいというのもある。これも重要度は高い。
まとめると、
重要度高
第一 ギルドランク上げる
第二 有力冒険者を発掘、もしくはサポート
第三 魔神の情報を集める
第八 日本から来たヤツを探す
第十 実戦を経験
重要度低
第四 俺の拠点探し
第五 東方諸国への旅
第六 言い伝えをまとめる
第七 五百年前に滅びた国の情報収集
第九 王都や帝国へ行く
こんなところだろうか。
今後の方針は重要度高をこなしつつ、重要度低も隙あらば行うでいいだろう。
俺は方針を決めて、ふと自分の体臭に気づく。やばっ、結構におうかもしれない。
慌てて身支度をすると、階下へ耳をそばだてる。まだ営業してるな。俺はロゼリアに風呂のことを聞こうと下へ降りていった。
一階。
ちょうどロゼリアが手持ちぶさたにしていたので声をかける。
「ロゼリア」
「はい、なんでしょうか」
笑みを浮かべたロゼリアを隅の方まで引っ張ってから風呂のことを訊ねる。
「そういえば、ここにお風呂ってある?」
「お風呂? お風呂ってなんですか?」
うぉ、ここから説明か。
「じゃあ質問を変えて。汗かいた時とかみんなどうしてるの?」
「えっと、たらいにお湯を張って、タオルで体を拭くのが一般的です。表通りの大きな宿屋ならサウナって熱い湯気がこもった専用の部屋で汗を流してから水を浴びるって聞いてますが」
「泊まっている人はタオルで体を拭くぐらい?」
「はい、別料金になりますが、仰っていただければご用意いたします」
「誰でも入れるようなサウナってこの街にあるの?」
「いえ、サウナがあるのは大きな宿屋か大商人の邸宅ぐらいしかございません」
「ちょっと変なこと聞くけど、お湯は簡単に用意できるものなの?」
「今ならお客様も一段落したので、早めに準備できると思います。食事時はちょっと用意に時間がかかりますが」
「というと厨房でお湯を沸かして持ってくる感じかな」
「はい、そのとおりです」
「わかった。じゃあ部屋にいるからお湯を持ってきてくれないかな。料金はいくら?」
「銅貨10枚です」
ロゼリアの言葉を聞くと、大銅貨1枚を袋から取り出してロゼリアに渡す。
「お釣りはいらない。チップにしといて」
そういって背後からのお礼の声に背中越しに手を振りつつ、二階へ戻っていった。
「風呂がないか」
ベッドに腰掛けて俺はぼやく。
「そうだよな、ここは西洋の中世っぽい設定だしな。日本式の風呂は望めないか」
別に日本にいた頃は風呂が好きだった訳じゃない。いつもシャワーで済ませていたし。まあ追い炊きのない狭い浴槽につかるなら、シャワーで十分と思っていたけど、今みたいに絶対は入れないとなると話は別だな。そうなると猛烈に入りたくなるから不思議だ。
「魔法で何とかならないかな」
俺は呪文を検索する。だけどそんな生活を豊かにするような呪文なんて当然のようにない。
「そりゃそうだよな。攻撃職だもんな、魔法使いって。あるわけないか」
まあ、ないなら創意工夫するしかない。魔法を想定外の用途として用いればいいのだ。よし、どんな魔法が必要か一から考えてみよう。
水が張ってあれば、ファイヤーボール火球で温めればいい。威力を調整すれば水蒸気爆発は起きないだろう。
水がなければウォーターボール水球で水を張ればいい。
水を張るには水が漏れないような容器か何かが必要だ。そして設置する場所も必要になる。
となると場所と容器の問題か。
「ロゼリアに聞いてみるか」
場所はロゼリアに聞くとして、恒久的に入れるようになりたいな。温泉があればベストだが、そう都合良く温泉が湧くはずもない。イシュタル川のそばに穴を掘るという手もあるな。しかし、それだと夜に外まで行くのが面倒だ。何で風呂一つでここまで悩まなければいけないんだ。ったく、めんどくさい。
ちょっと条件を考えてみよう。
「一番いいのはここで風呂に入れること。出来れば毎日は入れれば望ましい。風呂に入る幸せを他の人にも知らしめたい。特にロゼリアは女の子だから是非風呂の良さを知ってもらいたい。問題点として水はどうするか。家庭用風呂サイズなら桶で汲んで貯めればいい。沸かしたお湯を入れられればベストだがたぶん満杯になるまで何往復かしなければならないしその間に冷めてしまう。では水を貯めて何らかの方法で温めるのはどうだろう。どうやって温めるか。毎日俺が魔法で温めるのか。それは論外だ。では俺が入りたいときだけ水を汲んでもらい温める。人の敷地で勝手なことをしているようでロゼリアたち宿屋の人に申し訳ない。役立ちそうな魔法はない。基本が攻撃魔法だし……」
うーん、悩みどころだな。自分さえ良ければという割り切った考えが出来るならなんとでもなりそうだけど。
「魔法ね…… あ、エンチャント魔法付与で何とかならないかな。触れた水を温める、いや最初からお湯がでるような魔法を付与して。幸いMPは十分にある。やってみるか」
俺は辺りを見回す。何かエンチャント魔法付与してもいい物、試しに魔法をかけていい物がないかなと。
と、ノックの音がする。
「アキさん、お湯をお持ちしました」
ロゼリアがたらいとタオルとマットとお湯が入ったヤカンを持ってきた。
「もう一回参りますのでもう少々お待ちください」
そう言って足早に降りていく。しばらくすると両手にヤカンを一つずつぶらさげてロゼリアがやってきた。
「これで体を拭いてください。香草のたぐいはないのでご了承ください。終わりましたら声をかけていただければ引き取りに伺います」
ロゼリアは頭を下げると、部屋を出て行った。
俺はヤカンのお湯をたらいに注ぐと、裸になり体を拭く。結構臭っていたかもしれない。全身くまなく拭いて服を着る。
「着替えの服も買わないとな。上のシャツは魔法がかかっているから大丈夫そうだけど、下はまずいな」
さっぱりしたところで、たらいに張ってあるお湯の温度を確かめる。先ほどよりも冷めているのを確認する。
「よし、たらいにエンチャント魔法付与の呪文をかけてみよう。もし弁償するとしても、たらいぐらいなら余裕で払えるし」
俺はエンチャント魔法付与の呪文を思い浮かべ、たらいに手を触れつつ集中する。
付与する効果は常に熱めのきれいなお湯がたらいに張られるように。
「エンチャント魔法付与」
その瞬間、俺の中から何かが流れていった。さすが消費MP750だけある。他の魔法は唱えても全然気にならなかったが、この魔法は体力というかエネルギーというかまさしく魔力というものが抜けていくのがわかった。ヤバイ、クラクラする。全MPの10分の1は伊達ではない。
「さて成功したかな」
気持ち悪いのを我慢して確認してみる。イメージは熱めのお湯。たらい8分目ぐらいまで一杯になっていれば成功。足下には先ほどより湯気が勢いよく出ているたらいがあった。
「うし、成功」
恐る恐る触ってみる。お湯の温度が熱すぎたら問題だからな。触ってみたところ気持ち熱いぐらいの感じで、風呂に入るときの温度としてはちょうどよさそうだ。エンチャント魔法付与の魔法がアイテムにかける呪文だったからこういうたらいとかの日常品にかけられるかちょっと自信がなかったが、うまくいってよかった。
さて次の問題は、これをどうロゼリア達に説明するかだ。冷静に考えてみると下手に説明できないぞ、正直言って。エンチャント魔法付与したこのたらいは買い取って、ロゼリア達に口止めした上で家庭用サイズの風呂を作るか。いや作ったところでどう説明したらいいんだ? 昨日話した限りでは魔法に詳しくなかったけど、知識ある人間が見ればこれはエンチャント魔法付与されたものってバレるんじゃね? たらいを買い取ってとりあえず風呂のことは忘れる。これが一番いいっちゃいいんだが…… いやいや、待てよ。何故エンチャント魔法付与したものがバレるんだ? そもそもエンチャンターという職そのものの存在が知られてないんだぞ。ヘルプを信じるとだけど。いけるか? 口止めは必須だし、たらいは買い取らないとまずいけど、何とかなるかも。エンチャンターという職が世間に知られてない、その一点においてのみ突破口が開けそうだ。もし風呂を作るなら排水と湯気の問題だけ確認すればいける気がする。ちょっと親父さんと交渉してくるか。
階段を覗く。階下の声は聞こえない。俺が下へ降りていくと、ちょうど最後の客が出て行ったところだった。見送ってた親父さんに声をかける。
「ちょっといいでしょうか」
「はい、なんでしょうか」
「ここの宿は水場の排水ってどうしてます?」
「排水ですか。普通に掘ってある溝に流しておりますが」
「お湯も水も一緒に?」
「はい、一緒です」
「客が使った足洗いのお湯とかはどこで流しています?」
「こちらでございます」
そう言って親父さんは厨房奥へ案内してくれた。おかみさんとロゼリアが怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「足を洗ったお湯はこちらの外の穴に流しています。厨房の水は室内に掘った溝に流してここと合流します」
外の穴は直径30cmほどで深さはよくわからない。暗くて見えないのだ。
「深さはどれくらいある」
親父さんはうーんと考えた後、片手を伸ばす。
「だいたい腕二本ぐらいの深さだと思いました」
ふむ。ここなら浴槽を作っても問題なさそうだ。排水の面も湯気の面も。問題は外がどんな感じになっているかだ。パッと見た感じでは建物に囲まれているように見える。明日、日が昇ってから見ればすぐわかるから今は聞かなくてもいいか。よし、当初の計画通りにたらいの弁償をして明日考えよう。
「実は先ほどロゼリアに持ってきてもらったたらいが必要になりまして譲ってほしいのですが構わないでしょうか?」
俺はそう言って銀貨1枚を親父さんに渡す。
「こんなにとんでもない。たらいなんて銅貨20枚もあれば買えるんですよ」
慌てた親父が突き返そうとするのを片手で制す。
「勝手に宿の備品を自分の物にしたのですからこれは迷惑料込みと考えてください」
そう言うと親父さんはしぶしぶ受け取ってくれた。ホントここの人達は欲がない。チップにしたって、払いすぎだなんて言う人はそういない。
「また明日、明るいうちに確認したいことがありますので、ここに案内してください」
それだけ伝えると、答えを待たずに部屋に戻っていった。
部屋に入ると若干湿気っていた。たらいから立ち上る湯気のせいだ。俺は「ディメンジョンオブウェアハウス異界倉庫」の呪文を唱えてたらいをしまう。倉庫の中でどうなるか若干不安は残るが、しまったものは勝手に横にならない、時間が止まっていると説明にあるので大丈夫だろう、たぶん。
しまったあとにリストを確認したら「常にお湯で満たされてるたらい」という名前で登録されていた。
翌朝。
遅めに起きた俺はいつもどおり朝食を注文し、ゆっくり食べる。今日はビリの方らしく、酒場兼食事処のここはほとんど人がいない。食べているうちに俺以外の客は全員出ていった。
「今日は遅かったですね」
ロゼリアは笑顔で言う。たぶん皮肉じゃなくて本当にそう思ったから口にしたんだろうな。
「ちょっと寝坊しました。そうそうあとで親父さんに用事があるので案内してください」
そう伝言を頼むと残りの食事をゆっくり食べた。
食後、一息ついてから、ロゼリアに声をかける。
「親父さんは空いていますか」
「はい、大丈夫だと思います。お待ちください」
ロゼリアは厨房へ小走りに駆けていく。すぐに親父さんが出てくる。前掛けで手を拭きつつ出てくるのはもはやデフォだ。
「はい、なんでしょう」
「昨日の続きをしたいので、外の排水の穴に案内してください」
案内された厨房の外は内庭のようになっていて完全に行き止まりであった。普通、厨房の外は従業員が出入りしたり、注文した物を届けてもらうように道路と繋がっていると思ったのだが、いい方向に予想が外れてくれた。排水の穴も昨日の説明どおりに片手を二回ほど伸ばした長さぐらいはある。
「これはどこに流れていくのですか」
排水の穴を指さして訊ねる。
「そのまま地面に吸い込ませております」
中世当たりの衛生観だとそんなものか。濾過もせずそのまま地面に染みこませるのは井戸水に影響がでるのだが、川が近いから何とかなってるのかな。そんなこと日本で勉強してないからわからん。ちなみにトイレの方はボットン便所で下にはおがくずや枯れ葉がひいてあった。週に一回、業者が回収するそうだ。この部分は道路に投げ捨てた中世ヨーロッパと違い進んでいる。
外の景色を再度確認する。四面全て建物に面しており、それらの建物に窓があるようには見えない。
「ここは他の建物から見えないようですね」
「はい、周りの建物もこちら側には窓を設置しておりません。見ようとしたら石壁に穴を開けない限り見えないと思います」
親父さんの答えを聞き、考える。
「この中庭で作業をするとしたらどのような作業を行いますか」
「特に何もしません。ただ水を流すためだけに使っています」
なるほど。なら、ここでいいか。俺が物を知らないことを知っているのはロゼリアと親父さんのみ(ロゼリアが親父さんに話したらしい)まだまだ訊ねることは多々出てくると思うので、風呂を作って味方を作るか。風呂だけで味方になるかわからないけど。家を買わない限り、宿屋に長逗留するわけだからできれば快適な生活をしたい。バレなきゃ大丈夫、たぶん。俺は自分にそう言い聞かせて、親父さんと交渉を始める。
「ここに風呂を作りたいのですが構いませんか?」
「風呂? あの東方諸国にあるという沸かしたお湯につかる風呂のことですか?」
さすがに親父さんは風呂を知っていたらしい。商人の噂話か何かで知ったのか、案外博識であった。さすが宿屋の主人だけある。
「ええ、たらいにお湯だと体を洗った気がしないので。親父さんさえ良ければここに風呂を作ろうと思います。もちろん自分が勝手に作るのでお金は一切かかりません」
「うーん、中庭は特に使っていないし構いませんが…… お風呂ってお湯を張るんですよね? こちらも忙しいとお湯を沸かしている暇がないのですけど」
「その点も心配しなくて大丈夫です。お湯に関してはそちらの手間をとらせないような手段を考えます。で、風呂に関してお願いがありまして、こちらが望むのは風呂に入る権利と風呂の存在を秘密にすることです。つまり俺以外の客を案内しないでほしいのと周りに吹聴しないということをお願いしたいのですが、どうでしょうか? もちろんそちらの家族が入るのは構いません。あくまで家族までですけど」
「うーん、他のお客様に言えないのですか。「売り」にできたら嬉しかったんですが」
「すいません。あまり噂が広がるのは好ましくないので……」
「わかりました。ここは使ってない場所だから構いません。ですが、本当に風呂を作れるんですか」
「はい、作れると思います。今からしばらくここにいさせてもらいますので、その許可をいただければ取りかかりたいのですが」
「へっ? 普通何日もかかるんじゃないんですかい」
「そんなに時間はかからないと思います。できる限りすぐに終わらすつもりです」
「……ならお願いします」
「よし、交渉成立ですね。口約束ですが、約束の方はお願いしますね」
親父さんが頷いたのを確認した後、準備をするといって自分の部屋に戻った。
「風呂に入りたいがために、初心を曲げたな、俺」
先ほどの交渉を振り返ってため息をつく。
「エンチャント職自体が知られてない以上、そう簡単にばれない。しかし噂を聞きつけて知識ある者が見るとまずい。どう見ても魔法じゃないと説明できないからだ。温泉が湧き出たなんて嘘をついても、すぐにばれるだろうし。出なかったとき、そちらを確かめさせろなんて言われたら温泉じゃないのがばれてしまうからな」
俺は軽く伸びをした後、部屋の中を歩きつつ考えをまとめる。
「お湯が湧き出るたらいを作れたんだ。お湯が湧き出る浴槽だって作れるはずだ。だが前提条件として浴槽をどうやって作る? ……うーん、土魔法の応用で何とか出来ないかな。テストもせずに作るなんて言い切ってしまったけどなんとかなるだろう。とりあえず使用する呪文を確認してみよう」
俺は土系の呪文を上から探していく。落とし穴作成の呪文と土の壁を作る呪文と土を硬化させる呪文があったのでそれらをチョイス。良かった、昨日呪文を確認したときあったような気がしたけど、記憶違いじゃなくて良かった。浴槽がアイテム扱いになるかわからないので、最悪の場合は昨日のたらいを浴槽壁に縦にして埋め込めば常にお湯がこぼれるはずだ。いや、それよりも小石か何かにお湯がわき出る呪文をエンチャント魔法付与した方がバレにくいか。
とりあえず現場で考えてみるとするか。