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神々の黄昏  作者: さくら
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第003話


先ほどと同じようにブーツとローブを脱ぐと、ベッドに飛び込んだ。

「疲れた」

その一言が今の俺を表す全てだ。


階下からいいにおいが漂ってくる。そう言えば昨日から何も食べていない。お腹がぐぅぐぅ鳴ってうるさい。そういえば食事付きで泊まっているが、食事は出来たら呼ばれるのか、それとも下に降りて出してもらうのか、どちらだろう。まさか部屋出しなんてないだろうし。


夕食のことはいったん脇に置いて明日からのことを考えよう。

この世界の現状はロゼリアに質問してだいたいわかった。とりあえずギルドに加入するのが最優先で、次はギルドランクを上げたほうがよさそうだ。冒険者たちが冒険中どのように食事をしているのかも興味があるし、風呂にも入りたい。

ダメだ、考えがまとまらない。


そういえば、このアキという俺自身のキャラはこの世界に突然生まれたのだろうか。

ふと、疑問が浮かんだ。

妙に強くて、装備も反則な感じがするし、すごく謎だ。さらに交金貨という古い(らしい)お金を大量かつ端数で持っているところがよくわからない。

もしかして。

俺というキャラのステータスを見る限り、この世界のどこかで経験を稼いでいたのだろうか。そうだとしたら「俺」という意識が生まれる前はどうしていたのだろうか。たぶん今の現状を現すとしたら「憑依」だと思う。元の「アキ」という人物はどこに消えてしまったのか。俺が上書きしたのだろうか。俺が俺であるために殺してしまったのか。意識せずに。

もちろん、気づいたらここにいた俺としてそんなつもりはない。そもそもここに来ることを望んだわけでもなく、気づいたらここにいたわけなのだから。

だけど、もし。

俺が殺したのだとしたら。

俺は「アキ」の努力を無にすることが出来ない。

ここまで強くなるにはたいそうな努力が必要だっただろう。俺はその努力に応える義務がある。


「結局のところ、魔神を撃退しないといけないってわけか」


「アキ」の目的はわからない。わからないけどここまで強くなって隠遁生活を送るわけではなかっただろう。一国の王を目指したかもしれないが、魔神が攻めてきている現状で国も王もない。全ては魔神を撃退したその後のことだ。


「いくら考えてもやることは変わらないってことだな」


俺は首を振る。

行き着く答えはただ一つ。そんな結論に気が滅入る。


「俺は英雄志望でも何でもないモブだっつーの」




しばらく、そのまま。

ままならない状況を憂いたのち。

俺はずっと宿屋住まいかどうかに疑問がわいた。

そもそもこれだけ大金を持っている高次職キャラなのに宿屋住まいって考えにくくないか。

どこかに拠点があって、そこに今まで見つけてきたアーティファクトなどを保管しているのではないだろうか。

俺はこの考えに気持ちが抑えきれなくなってきた。先ほどまでの空腹感や虚無感はどこへいったやら、とにかく確かめたい気分で一杯だ。あと可能性の一つとして倉庫的な呪文があってそこに全てしまっている可能性だ。拠点に大事な物を置いていて泥棒にでも入られたら洒落にもならない。

俺は頭の中で呪文を探し始めた。倉庫的な呪文名なんて検討もつかないから一つ一つ呪文名から見当をつけるしかない。普通ならこの呪文を確認する作業は非常にめんどくさい作業だと感じただろうが、今の俺のテンションではそんなことを思いもせずひたすら探す。

探し続けることいくぶんか。

俺は真ん中より下に書いてある呪文でディメンジョンオブウェアハウス異界倉庫という呪文を見つけた。


『ディメンジョンオブウェアハウス異界倉庫』 消費MP15

アイテムや食料を詠唱者専用の異次元に保管する魔法。この魔法で繋いだ異次元は時間が止まっているので食料を入れても腐ることがないし、劣化することもない。詠唱者以外しまうことも取り出すこともできないので極めて安全に保管することができる。呪文を唱えるとしまってある物の一覧が頭に浮かぶので、その中から任意の物を念じて手を突っ込めば取り出すことができる。大きさに制限はなく、しまった先でつぶれることも横になることもない。


「ディメンジョンオブウェアハウス異界倉庫」

俺が勢い込んで唱えると、目の前に黒い鏡みたいなものが現れた。ここに手を突っ込むようだが、初見だとかなり勇気がいる。安全だからこそ呪文として登録しているはずだが少々不安だ。しまってあるリストを確認する。思っていたよりも色々な物がしまってある。体力回復ポーションだけでも色別に数十種類並んでいる。各々全く同じ物が五列ぐらいある。どうやら同じものは一列に99個までしかしまえないらしく、それが色別に複数列。ざっとスライドして何がしまわれているか確認する。体力回復ポーションから始まって、魔力回復ボーションや各色の魔石、スクロールや指輪やアミュレット、ロッドや魔法書、用途がわからないけど何かの原料っぽい草や木の実、★付きの武具や鎧、籠手などがずらりと並んでいる。予想外に★付きのアイテムが多い。一つ一つ見ていかないとわからないけどこれは嬉しい誤算だ。

食料もしまわれていた。何故か調理済みのものもしまってあり、名前に作り立てだの熱々だの書いてある。俺はその準備の良さに思わず笑みが浮かぶ。これならサバイバル技術のない俺でも旅は可能だ。それほどまでに調理済みの食べものがしまわれているのだ。見ているうちに気になったのが一つ見つかった。「異界倉庫袋(通称:四次元ポケット)」という括弧書きが国民的人気アニメを想起させる袋だ。もしかしてこれは何でも入る袋じゃないだろうか。戦闘中にいちいち呪文を唱えて黒い空間からアイテムを取り出すなんて悠長なことをしてられないので、この袋が国民的人気アニメのあのポケットと同じなら非常に助かる。

俺はその袋を念じつつ黒い鏡に手を突っ込んだ。念のため左手でだ。もし何かあってもこれなら利き腕は助かる。結果、左手は普通に引き抜けた。思い浮かべていた袋をつかんで。

袋を見る。特に特徴のない目の粗い布袋に見える。俺は周りを見回して、机の上にあった文鎮らしき石を放り込んでみる。袋の重さは変わらず。頭の中に石の文鎮1個と浮かぶ。確認しよう。左手を入れて文鎮を思い浮かべる。先ほどの文鎮が手に触れる。引き抜くと手には文鎮が。どうやら成功したようだ。俺は机に文鎮を戻すと、ローブの隠しに袋をしまって考える。今、確認した限りでは文鎮以外のアイテム名が出てこなかった。ということはディメンジョンオブウェアハウス異界倉庫でしまってあるアイテムをこの袋から取り出すことはできないってことだ。よく使うアイテムはディメンジョンオブウェアハウス異界倉庫から改めてこの袋に移動しておく必要があるらしい。ちょっと残念だが、防犯の面から言うとこの袋を無くしてもディメンジョンオブウェアハウス異界倉庫には影響がないからいいのかもしれない。前向きに考えよう。


アイテムと食料の目処が付き、ホッとしたところでお腹が先ほど以上の音で鳴る。もう我慢できない。食事の件は直接階下で聞こう。俺は身支度を調えると部屋の外に出る。鍵をかけてから「アマノイワト天の岩戸」と呪文を唱えるのも忘れない。これは習慣づけないと怖い。


一階では気の早い何人かが酒を飲んでいる。こういう時、物語で飲まれるお酒からしてエールだろうか。あまり酒の知識がないので自信がないが、ホップを使っていないビールがエールでありビールの原型だった気がする。まあどんな味かわからないし、酔って状況判断を鈍らせたくないので自重しよう。ロゼリアに「食事が出来てます」と声をかけられたので、どうやら呼び出しでも部屋出しでもないことがわかる。俺は返事をして目立たない適当な席に座り、食事を待つ。なんとなくジロジロ見られている気がするが関係ない。本当は飲み物でもご馳走して輪の中に入っていくのが一番なんだろうが、ロゼリアから聞いたとはいえ知識が少なすぎる。ある程度自分のことを偽れるまでは情報収集のみにいそしもう。俺は視線に気づいたそぶりを見せず、ロゼリアが運んできた食事に手をつけた。



厚さ数センチもあるステーキに根菜の付け合わせ、緑がまぶしいサラダに黄金色に輝くスープ、かみ応えのあるパンが減点だが、総じて合格点の与えられる夕食だった。思わず全部食べてしまうぐらいだ。思っていたよりも食事の量が多かったが、お腹がすいていたこともありすんなりと食べられた。この量の食事付きで一泊大銅貨1枚なら十分だろう。俺は食後の飲み物としてドラゴンライムのジュースを頼み、ちびちびと飲む。

ようやく落ち着いた。腹も満腹になったことだし、情報収集をはじめるか。呪文一覧を見てイーズドロップ盗聴という文字通りの意味の呪文を小声で唱える。一階の音が全て聞こえてきて頭がグワンと揺れる。意図的に音量を絞って、台所の音、ロゼリアと親父さんの話、奥さんがせかす声を除外していく。そうしてようやく酒場内の音だけに絞れた。


「王都の景気はどうだね」

「悪くはないが、魔物のせいで南街道を行く商人が少なくなっているよ」

「護衛はどうだ」

「腕のいい護衛は帝国に取られちまっているからな。少しでも名のある冒険者は引っ張りだこさ。うちみたいなところとは契約してくれないよ」

「ギルドももう少し腕のいいヤツを育ててくれないかね。現状だと少なすぎるよな」

「全くだ」


「帝国は川向こうをまだ放置するのか」

「今のところ、西側を防衛するのに精一杯だな」

「そういやアベルが活躍しているとか」

「ああ、アルティアと組んで魔物を殺しているよ。あの調子だと三次職にいくんじゃねえかな。久しぶりの三次職だよ」

「マックスベル以来か」

「そうだな。鉄壁のマックスベル以来の三次職だな。どこの国に仕官するか、帝国じゃ噂で持ちきりだよ」

「帝国じゃないのか」

「アベルとアルティアは今まで仕官の話をずっと蹴ってきたからな。もしかしてそのまま冒険者を続けるかもしれない」

「そりゃすごい。そんな冒険者を護衛につけられたら、勝負をかけるんだけどな」

「全くだ。あの二人がいりゃ東方に行ったって安心だもんな」


「昨日の依頼はどうだった」

「最悪だよ、畜生。ゴブリンの群れという話だから請けたのに、オークが出てきやがった」

「そりゃひでぇ。ギルドに文句は言ったのか」

「言ったさ。そうしたら情報収集も仕事のうちとかいいやがる。お前らの仕事が悪いんだろうが」

「はは、ちげえねぇ。それでどうなった」

「ギルドからオーク討伐レベルの賃金はもらったさ。だが虎の子のポーションを使っちまったから、しばらく安全に仕事するだけさ」

「まあ、そういうときもあるさ。次の一杯は俺のおごりだから飲んでくれよ」

「ありがてぇありがてぇ。ギルドの仕事っぷりにかんばーい」

「ああ、かんぱーい」

ガチンとジョッキのぶつかる音。


他にいくつかのグループの話を聞いたが、重要そうなのはこの3グループの話ぐらいか。

 王都の景気は良くないが、護衛は引っ張りだこ。

 帝国は魔物と交戦中。二次職のアベルとアルティアが戦っている。

 ポーションは貴重もしくは高価。

俺はめぼしい話だけ聞くと、ロゼリアにチップを渡しさっさと部屋に戻った。



ベッドに腰掛け、明日以降はどうするか改めて考える。

まず最優先事項はギルドに加入することだ。身分証を作らないと帝国などの国外へ行けないからだ。

次は、以前使っていたと思われる拠点を探す、二次職のアベルとアルティアを見に行く、ギルドの仕事を請け負う、めぼしい者を見つけてサポートする、地図の輝点の色を確認する、魔法の練習をするの6つがパッとで思いつく。

予想以上に二次職以降の者が少なすぎる。魔神討伐となると当然最終職、もしくは高レベル三次職まで最低なってもらっていないと夢のまた夢だろう。アベルとアルティアがどんな連中か知らないが、こんなところで死んでもらっては正直困る。

うーん、だからといって自分の実力を把握せずにアベルとアルティアのサポートに回るのもどうかな。本当に彼らより高い実力を俺が兼ね備えているか断言できないからなあ。とりあえず彼らは生き残ってくれると信じて、自分の能力の把握を優先するか。となると明日はギルドに加入して、地図の輝点を何色が何か確認して、魔法の練習とするか。その後でギルドの仕事を請け負うなり帝国を見に行くなりすればいいだろう。よし、そう決まれば話は早い。さっさと寝るか。

俺は布団に潜り込むと、アマノイワト天の岩戸の呪文を唱えてから目をつぶった。




翌朝。

気分良く目覚めた俺はウォーターボール水球の呪文を唱える。昨日、この魔法を使ったとき気づいたのだが、その場で静止させてしばらくすると地面に落ちず消えてしまう。それはうがいした水を水球に吐き戻しても消えるのだ。だからタオル一枚あれば顔を洗って、うがいして、うがい後の水は水球に吐き戻せばそれで終了となる。床を汚すのはせいぜい顔を洗ったときの飛沫ぐらい。本当に便利だ。

俺は顔を洗いうがいをして眠気を吹き飛ばす。


「うし、行くか」

準備を終えてから、階下に降りていった。


「おはようございます」

ロゼリアが笑顔で挨拶してくれた。さわやかな笑顔でちょっと嬉しい。


「おはよう」

挨拶を返してから、ロゼリアに訊ねる。


「朝食はいくら?」

「10銅貨です」

安い。大銅貨を渡してお釣りをもらう。カウンターでお盆に載せた朝食を受け取ると、適当な席に座り食べ始める。

焼きたてのパンと野菜メインのスープ、スクランブルエッグにドラゴンライムのジュースだ。品数は少ないけどボリュームは多い。小食気味の俺だが美味しいからか出された物全て食べきった。


「ごちそうさま」

俺は食べ終わってから周りをうかがう。

寝坊したわけではないが、予想より人がいない。朝は食べない人間が多いのか、俺が遅かったのか。

ロゼリアに聞いてみよう。


「ロゼリア、ちょっといいかな?」

「はい、なんでしょうか」


側に来たロゼリアに訊ねる。

「朝食を食べてるお客さんが少ないけど、俺寝坊した?」

「いえ、依頼で時間指定されてない冒険者の方々はだいたいこの時間に起きられます。商人の方々は荷物を運ぶ関係でもう少し早く起きて出発される方が多いですが」

「そうすると商人の護衛の仕事を請け負うともっと早く起きなきゃいけなくなるんだ」

「そうですね。依頼主によりますが、日の出とともに出発する商人の方もいらっしゃいますので」


これは早起きの習慣をつけないと仕事に支障をきたすかもしれないな。


「ロゼリアも早く起きてるよね」

「そうですね。日の出とまではいきませんが、早めに起きています」

「日の出に出発する商人の朝食はどうしてるの? 食べていくの」

「いえ、うちの宿はこの時間から食事としていますので、申し訳ないですが朝早い商人さんには食事を出しておりません」


なるほど。商人に付き合って早起きしているわけではないんだ。


「もちろん出入りされる以上、家族の誰かが交代で早起きしますが、朝食を作るサービスまでは行っていないのです」


あとはギルドまでの道を聞いて、お礼としてロゼリアにチップを渡す。昨日から渡し過ぎだったので今日は銅貨5枚だ。部屋に戻る。一休みしてからギルドに向かうことにしよう。




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