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神々の黄昏  作者: さくら
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第002話


何時間飛んだだろうか。森を過ぎ、荒れ果てた土地の上をひたすら飛ぶ。

一応インビジブル不可視とシャットアウト気配遮断の呪文をかけているからか何事もないのだが、とにかく遠い。

「ニブルの朽ち果てた塔」はずいぶん前に過ぎたが、まだ街には着かない。

MPを確認すると500強消費している。

地図を確認すると出発前よりは近づいているが、まだまだ先だ。行程の半分強を消化したぐらいだろうか。

出発地点の目安とした「ニブルの朽ち果てた塔」と目的の街を最大サイズの地図で見ると、俺を表示しているらしい黒い真ん中の点は街よりになっている。

空を見ると夕方。すでに太陽が地平線にかかっている。

雨が降る気配はないが、いい加減今日泊まるところを探すとするか。


近辺の建物の中で神殿などの神を祭ってあるところを探す。

いや、個人的に廃墟だの塔だので夜を過ごすのは避けたかったのだ。どうみても魔物の巣窟になっていそうだからだ。

まあ朽ちた神殿が安全とは断言できないが、廃墟や塔よりマシだと判断したのだ。


そうして俺は「女神イシュタルの去りし神殿」という、アーティファクトのブーツに冠された神様を祭っていた神殿を見つけたのでそこに向かった。




「女神イシュタルの去りし神殿」

イメージはパルテノン神殿のミニ版。大きい柱が何本か立ち屋根の所々に穴が開いているが、一晩過ごすには十分だろう。

地図を確認する限り赤い点が遠くにしかないので、安心だ。

外から覗けず、こちらは外を監視できるような場所を探し、そこに座り込む。

そして結界呪文のようなものを探し、適したのがあったので唱える。


「パーフェクトウォール完全防御の壁」

この呪文は敵も味方も存在する物全てを立ち入らせない空間を作る魔法だ。詠唱者が唱えた場所を中心に半径5mほどの空間を立ち入り禁止とする。今の俺には味方はいないからこの魔法を唱えても何の問題もない。

続いてアラーム警報の呪文を唱え、インビジブル不可視とシャットアウト気配遮断の効果が持続しているのを確認してから横になる。アラーム警報の呪文はナニカが近づいてきたら警報を鳴らすものだ。この警報は俺にしか聞こえないので、下手に鳴り響いて余計に敵を引きつける心配もない。

首にかかっている宝玉はクローク内に納め、この目立つ輝きを漏らさないようにする。


「ふぅ、緊張しているせいかお腹が減らないのはいいけど、気疲れしたなぁ」


玄関開けたら知らない場所にいて、どうやら強いキャラになっていた。

だけど人っ子一人いない場所に現れたので、ご飯さえ調達できない。

魔法が使えたので頭の中に浮かぶ地図を頼りに街まで飛ぶ。

そして野宿。

全く持って何が何だかわからない。


俺は非常識な現実をぼやきつつ、目をつぶる。

いつしか意識が闇に落ちていった。





顔に日が差し込んできて目が覚めた。

どうやら昨日はこのまま寝てしまったようだ。

立ち上がり、こわばった体を伸ばす。


「ウォーターボール水球」


一口水を飲んでから、顔と手を洗い頭をはっきりさせる。


インビジブル不可視とシャットアウト気配遮断の効果は未だ残っている。

これらの呪文は一回唱えると解除しない限り、ずっとMPを消費しつつ継続的効果もたらすことはヘルプを読みわかっていたが、睡眠時という意識がないときでも有効なのがわかったのは僥倖だ。

MPを確認したが、消費より回復の方が上回っていたようで、全回復とまでいかなくてもそこそこ消費した分を回復していた。

これなら街に着くまでかけっぱなしでも問題なかろう。

地図を確認する。

昨日と同じく敵は無し。

何となく覚えているラジオ体操をして体を暖めてから、俺は空へと飛び立った。


太陽がまぶしい。

呪文で何とかなるようにも思えるが、人間は日の光を浴びないと体の調子がおかしくなるらしいのでそのまま我慢する。

地図に意識を移し、昨日目指した街へ向かう。


太陽が頂点を過ぎ、地図に緑の点がちらほら浮かぶようになって。

俺はようやく街近辺へたどり着くことができた。




イシュタルの街。

女神イシュタルの名を冠すこの街は河のそばに立地しており、なかなかの繁栄を見せていた。

街道らしき道が街の両側に延びており、川と反対側の方角にも街道が延びている。丁字路の集合地点に街があるイメージだ。どうやら東西と南を結ぶ中継地点の街と推測できる。

先ほどからひっきりなしに荷馬車が門をくぐり、また出て行く。

荷馬車には剣を持っている男やローブを着ている男などが何人か乗っているのが見える。隊商の護衛らしい。


バードアイ遠視で門の出入りを観察すると、特に何かを提示しているわけではないようだ。

ただ俺のようなローブを着た人間が一人で通っているのは見受けられない。

荷馬車や隊商、剣を持ち鎧を着た冒険者らしきグループが通過している。

インビジブル不可視やシャットアウト気配遮断の呪文を効かせたまま通過するのもいいが、もし魔法的な手段で見張っているとやっかいだ。

空から街の中に侵入するのもありだが、正規な手続きを踏まないで入って後で問題になるのも困りものだ。

ここは正面から行ってみるか。入れなかったらそのときは不正規な手段に頼ればいいだろう。


俺は街道沿いの人目につかないところに降り立つと、インビジブル不可視とシャットアウト気配遮断を解除して、ゆっくり歩く。

街道は川に沿っており、なかなか幅が広い。


門を通過するときに見張りの兵士がチラリとこちらを見るが何も言わずあごをしゃくる。

どうやら問題ないようだ。俺はそのままイシュタルの街に足を進めた。



無事に街へ入れた。さて、これからどうしようか。

この手の話の定番だと酒場かギルドで情報収集だが、まだ昼間だから酒場へ行くのは早いし、ギルドはあるのかどうか不明だ。

となると宿屋を見つけてから腹ごしらえだな。

持ち金はあるが、それが使えるかの確認も重要だし、真っ当な宿にあたるのを期待しよう。


俺は街をぶらぶら歩く。

心配事項の一つに言語の問題があったが、不思議なことに周りで話している言葉を聞く限り理解できている。

多種多様な看板があるが、こちらも文字がなんて書いてあるのか理解できる。

これで問題なのはこちらが話したときに理解してもらえるのかと書きに関してだ。


歩いてみた限りでは思ったほど治安は悪くない。

兵士の集団が街を巡回しているようだし、貧民街のような怪しい場所も見あたらない。

冒険者らしき連中も闊歩しているが、因縁をつけてくることもないので、どうやら当たりの街のようだ。

あとは宿だけか。


何軒か宿を覗き、そこそこ繁盛していそうでかつ大通りに面していない宿に泊まることにした。

大通りの宿は何か問題が起きたらすぐに人が集まりそうなので避けたのだ。

繁盛していない宿は論外だ。


ドアを開けて、目星をつけた宿に入る。カウンターにいた若い女の子―――宿屋の娘だろうか―――が「いらっしゃいませ」と迎えてくれる。

「泊まりたいのですが」


娘は笑顔になると「何泊ですか」と聞いてくる。


「とりあえず7泊。食事もお願いします」

「食事は夜だけになりますがよろしいでしょうか」

「はい、構いません。おいくらですか?」

「前金で銀貨3枚、大銅貨1枚になります」


俺は懐から金貨を1枚取り出す。

「これで支払えます?」


娘は「失礼します」と断りをいれてから金貨を手に取ると、両面をひっくり返してよく見始めた。

まずったか。

俺は内心の動揺をひた隠し、素知らぬ顔で娘を見守る。


「すいません、本物の―――失礼、交金貨のようなのでちょっと父を呼んできます」

そう言うと、俺に金貨を返しカウンターの奥に引っ込んだ。


「お待たせしました」

台所で食事の準備をしていたのだろう、親父が前掛けで手を拭きながら出てくる。


「交金貨ですね。最近は国が潰しているので価値が上がっておりまして」

「なんでですか?」

「へっ、そりゃあ、金が取れなくなっているようでして。まあ私ら庶民には関係ない話ですがね。商売柄金貨も承りますが、大抵銀貨で済みますから」


なるほど。俺が持っている大量の金貨はさらに価値が上がっているようだ。


親父の話は続く。

「交金貨は純度が高いので王国金貨より価値が高くて高額な取引では未だに使われています。まあ貴族様の世界の話で手前共には関係ありませんが。私自身、久しぶりに見ましたよ」


手元に天秤を持ってきて、錘を片方に載せて交金貨の重量を計っている。片目をつぶり真剣だ。

「傷もなく、重さもしっかりあります。これなら今のレートですと、交金貨1枚で王国金貨3枚になります。いかがいたしますか?」


「銀貨と交換したいのですが、レートはいくらになりますか?」

「銀貨ですと王国大銀貨6枚です。一週間の食事付きお泊まりということだと大銀貨5枚に銀貨46枚、大銅貨1枚ですね」


しばらく考える。

大銀貨2枚で王国金貨1枚は確定で、大銀貨1枚は銀貨50枚、銀貨1枚は大銅貨2枚だと計算に合う。

俺が頷くと、親父は奥から袋を持ってくる。


「まず大銀貨5枚に大銅貨1枚です」

話しながら袋から大銀貨を5枚取り出す。

「こちらの袋が銀貨46枚入っております。ご確認お願いします」

俺は袋を受け取ると数枚銀貨をつかんでから、袋を懐に入れる。


「確認しなくて良いんですか」

親父の言葉を流しながら、手にした銀貨を1枚カウンターに置く。

「これでそこの娘さんをしばらく借りたいんですが」

そばにいた娘と親父はギョッとすると同時に、親父は険しい表情を浮かべ立ち上がり、娘を背中で隠すように位置を変える。


一瞬きょとんとしたが、親父の顔を見てどうやら誤解させたらしいことに気づく。

「ああ、すいません。誤解です。そういうことではなくて、そうですね……」

俺は宿屋内を見渡す。

宿屋は一階が食事処兼酒場で二階と三階に寝室があるらしい。

奥の人目につきにくいテーブルを指さすと言葉をつなぐ。

「そこのテーブルでしばらく聞きたいことがあるのでお付き合いいただければと思いまして」


「それだけですか」

「それだけです。それ以上はないですから安心してください」

「それなら、問題はないですが……」

「いったん上で一息入れてからまた降りてきます。そんなに時間はかかりませんので忙しくなるまでには終わらせます」


俺はそれだけ言うと部屋の鍵を受け取り階段を上った。



部屋。

二階だが、階段から離れているので騒ぎ声はあまり聞こえなさそうな部屋だ。

部屋の中は思っていたよりきれいだった。部屋の隅までしっかり掃除されており、布団もよく干してある。

「当たりだな、これは」


ベッドに腰掛けて一息ついていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「失礼します。足湯をお持ちしました」


先ほどの娘がたらいにお湯を入れて、足ふき用のタオルとマットを腕にかけて入ってきた。

「このマットの上で洗った足をタオルで拭いてください。しばらくしてからまた伺います」

「ありがとう」

俺が礼を言うと、何もしゃべらず頭を下げて退出していった。


籠手を外し、頭にかぶっていたローブのフード部分を後ろにやってから、ブーツを脱いで足をお湯に浸す。温かいお湯が疲れを癒す。

「そういや、風呂にも入っていないんだよな」


元いた世界のことを思い出しため息をつくと、タオルで足を拭き、横になった。

ちなみにローブの下の服は、上衣が宵闇に漂う忍びのクロークでこれは裾が長めの黒色の半袖シャツ、下はショートパンツというのだろうか、膝上までの長さのゆったりとした半ズボンだ。その下は何も履いてないのでこれがパンツ替わりらしい。


「失礼します」

しばらくすると娘がノックをしてから入ってくる。


と俺の顔を見てびっくりしている。

なんかマズいのか?


怪訝そうな顔であちらを伺うと「すいません、思っていた以上に若い方だったので……」と顔を赤らめつつ謝ってきた。


「ああ、なるほどね」

そういや、まだ鏡で自分の顔を見ていないことを思い出した。後で見よう。

「そういえば名前はなんて言うんですか?」


「ロゼリアと申します」

「ロゼリアね。きれいな名前だね。手間をかけさせますが、もうすぐ下に降りますので奥のテーブルにいてください」

「あの…… 私にどのようなことを……」

不安そうな顔で訊ねてくる。そんな顔をしなくても。何もしないというのに。

「いくつか質問がありますので、それに答えてくれると助かります」

「……わかりました」


ロゼリアはたらいとタオルとマットを回収すると部屋を出た。


それでは俺も準備をするか。

ブーツを履き直し部屋の外に出る。ゴトリと鍵をかけたあと先ほどベッドで横になっている間に探しておいた呪文を唱える。昨日のパーフェクトウォール完全防御の壁と違い、今日は部屋の中に侵入できないようにする魔法だ。


「アマノイワト天の岩戸」

何故今までの魔法は英語だったのにこれだけ日本語なのかよくわからないが、まあよかろう。




一階。

ロゼリアはすでに奥のテーブルに座っていた。

カウンターからは親父が心配そうにこちらを覗いている。

カウンターの作りはアイリッシュパブっぽい。ブリティッシュパブのようにカウンター上に吊り戸棚はない。

俺はカウンターで酒ではない飲み物を適当に二つ頼んでから席に座る。

今は人がいないから持ってきてくれるそうだが、基本はカウンターで注文して金を支払った後、渡してくれるそうだ。また一つ勉強になった。


「お待たせ」

俺が対面に座るとロゼリアは妙に緊張した様子で首を横に振る。


「では、改めて。俺はアキと言います。まあ見ての通りの人間です。いくつか聞きたいことがあるけどいいですか?」


こくりとロゼリアは頷く。

ちょうど親父が飲み物を持ってきたのでロゼリアに勧めて俺も飲む。さわやかな味。甘みもほどほどでおいしい。


「この飲み物はなんて言う飲み物?」

「ドラゴンライムのジュースです」

「先ほど金貨を交換してもらったけど、レートというか交換単位を教えて」

ここでロゼリアはきょとんとした顔でこちらを見る。

「えっと、実は結構世間知らずなところがあってね、常識的なことを何も知らないから色々教えてくれると助かるんだ」

そう正直に言うとロゼリアはホッと息を漏らし、本当に話だけだと納得したのか、こわばりが抜けて少々笑みを浮かべつつ答えてくれた。


まず王国内で流通しているお金は銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、交金貨、白金貨となる。

街で見かけるのはどんなに高くても金貨までで、たまに交金貨を見かけるぐらい。

さらに高額になってようやく白金貨か宝石でやり取りするのだが、それは王侯貴族のクラスらしい。

価値として銅貨50枚で大銅貨1枚、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨50枚で大銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨3枚で交金貨1枚となる。

ちなみに金貨100枚で白金貨1枚とか。

基本的に100枚単位で、50枚毎に大貨があるが金貨や白金貨にはない。

先ほどのドラゴンライムのジュースやエールなどは銅貨数枚で飲めるらしい。

食事はだいたい一食あたり銅貨10枚から20枚弱、銅貨を100円と考えるとピンとくる感じだ。

金貨は滅多に扱わず、だいたい銀貨が主流。


次に王国について。

イシュタルの街は王国の北に位置しており、イシュタル川の恵みと大街道の中継地点として栄えている。

王都はさらに南にあり、王国のほぼ真ん中に位置している。

王都を超えてはるか南は海に面している。

東は街道沿いにいくつか小国があり、その先はるか東方諸国からときおり珍しい物が流れてくる。

北から西にかけては帝国領土だ。

王国の北にある帝国領土は以前、魔物によって荒らされており、未だ復旧に至っていない。

帝国は東西に大きく伸びたL字型の形をしており、首都はL字の交差点に位置する。ここからだと西側になる。L字型の長い部分が王国の北に位置して、短い部分が王国の西に位置する形―――要は王国の北と西は帝国領土で蓋されているわけだ。

帝国の東側(王国の上辺り)は開拓されていない森と滅ぼされた街や神殿があるぐらい。俺が踏破してきたのはどうやらそこのようだ。


冒険者という身分は現在のところ正確には存在せず、国からすると傭兵になり、一般人からすると魔物と戦う便利屋扱いらしい。

平時はギルドに所属して依頼を請けているが、戦争時はギルド経由で国に徴兵される。

ギルドはそんな冒険者の身分確立のために必死で国上層部に働きかけて。

戦争に関しては今は魔物が跋扈しているので人間同士の戦争はここ数百年起こっていない。

五百年ほど前に神々が去ってから「大攻勢」という名の侵略戦争が何度かあり、その時に滅ぼされたのが各地に転々とある廃墟らしい。以前は栄えていた国の名残とか。

商人が護衛を依頼するとき、必ずギルドを通す。ギルドにも所属していないただの傭兵は信用度が皆無であり、護衛として雇っても逆に盗賊になる危険があるからだ。現在ではギルドに所属していない傭兵はいない。信用度が天と地であり雇って貰えないからだ。

つまり傭兵がギルドに所属すると冒険者になるというわけだ。そしてギルドは冒険者の身分確立に頑張っている、と。

昨今はギルドの啓蒙活動のおかげで冒険者のイメージが良くなってきている。護衛以外に魔物を倒したり廃墟を踏破したりして一攫千金を狙うイメージ通りの冒険者を希望する者が増えてきているようだ。


ギルドではギルドカードという身分証明書を発行しており、これがあればどこの国でも依頼を請けることができる。

ランクは6段階でEからS、ランクを上昇させるにはギルドの依頼を決められた件数をこなし、ギルド指定の依頼をクリアすればランクが上がる。ギルドカードには名前とランクしか記載されない。ちなみに冒険者で人数が一番多いのはEランクだそうだ。次にFときてD、C、B、A、Sの順で少なくなっていく。


レベルという概念はあるが、世間的にはギルドランクの方が主流となっている。

職業に関しては二次職になるとまず国から勧誘を受けて国所属となる者がほとんど。命をかけなくても高給で仕官できるからだそうだ。三次職は国に一人いるかどうかのレベル。最終職はもはや伝説の域とか。最終職は言い伝えでしか伝わっておらず、神々が去る五百年前にはいたらしい。


魔法に関しての認識を聞くとロゼリア曰く、魔法使いの呪文は攻撃、僧侶の呪文は回復という大変シンプルな答えだった。

冒険者になるか、商人として護衛を引き連れての旅に出ない限り、あまり魔法を見る機会はないとのこと。


魔物について聞くと、イシュタルの街は川の恵みがあるので魔物が少なく、魔物の強さもそんなに強くない。

周辺にいることはいるが、冒険者が討伐するので、街への被害は皆無。極めて平和な街のようだ、ここは。

魔物の強さは西側、つまり帝国領の方に強い魔物が跋扈しているとのこと。北にも強い魔物がいるが川を渡ってこないので安心しているとロゼリアは笑っていた。ちなみに東方諸国への途中はかなり強い魔物がいるらしい。だから運良く東方への商売を成功させると一攫千金も夢ではないとか。ロゼリアは女神イシュタルがこの地に残ってくださっているので毎日欠かさずお祈りしていますと敬虔な答えを返してきた。

ちなみに強い魔物はどんなものがいるか訊ねたら、トロルや甲虫やアンデッドやオークの大群とか。ドラゴンはもはや伝説の域にあるらしい。


エルフやドワーフなどの亜人と総称される人間以外の魔物でない種族は王国ではほとんどいない。

理由は王国上層部が亜人を差別するからであり、彼らは実力があれば身分を問わない帝国で多く見かける。

ちなみに亜人という言葉は差別言葉で彼らに聞かれたら喧嘩になってもおかしくないから言わないようにと忠告された。


獣人に関しては存在するが見たことはないらしい。


街に出入りするのに身分証明は必要ないが、違う国に行くのには必要になる。つまりこの近辺の国の中では身分証明書を兼ねる形になる。ギルドカードがない人間は街の領主に証明書を発行してもらい、それで旅をするようだ。


時刻に関してはここイシュタルの街ではどこからでも見えるような時計塔が教会にあり、基本はそれを見て確認する。朝5時から夜8時まで1時間ごとに鐘も鳴らすのでだいたいの時間は明るさと鐘で判断できる。

月に関しては1月から12月、日に関しては30日でだいたい俺の常識と同じで安心した。30日と聞いたとき閏年はどうするのだろうと思ったけど、俺自身もよくわからないから特に質問はしなかった。


有名な冒険者や高次職の者を訊ねると、帝国にはニンジャがいると噂され、実在の人物ではハイウィザードのグスタフが皇帝に仕えている。王国にはロードのマックスベルがいて、東方諸国のどこかの国にはサムライがいると言われている。

国に所属していない冒険者では剣士アベルとウィザードのアルティア、アサシンのアランが有名どころであり、この三人のギルドランクはCランクに位置している。




だいたい状況はわかった。ロゼリアの話とヘルプと俺の能力から推測すると、どうやら俺は冒険者として他の者をサポートするためにこの世界に呼ばれたようだ。まさか三次職の人間が片手の指で事足りるとは想定外過ぎる。今、この世界で冒険者として生きるのは命がけである。しかし、このままではこの世界が魔神の跋扈する想像がつかない世界となってしまうため怖いことは怖いが冒険をするしかない。先にも言ったが、俺は高次職の高レベルキャラであり、この世界では最終職はおろか、三次職ですらほとんどいない。つまり俺はこの世界を救うために高次職キャラとして存在しているのだろう。その割には勇者的な職業ではなくエンチャンターというサポート職なのが気になるが、主役ではなく脇役として世界を救ってほしいという風に理解した。あくまでもメインはこの世界の人間ということだ。魔神を撃退すれば、元の世界に戻れるかわからないが、まず目標として倒すために努力するべきなんだろう。そのために信頼できる冒険者を探し、仲間としてパーティに潜り込み、サポートする。果てしなくめんどくさいがやるしかない。

俺は自分の考えに没頭して、対面に座っているロゼリアが心配そうにこちらを見ているのにも気づかなかった。




ようやく。

しびれをきらしたらしいロゼリアが名前を呼んで、俺は考え事に夢中になっていたことを謝った。


「すいません、ロゼリアの話を聞いて気になることがあり色々考えてました」

「いえ、何か失礼なことを言っていなければいいのですが」

「大丈夫。一から十まで質問に答えてくれて助かりました。これはお礼です」

俺は懐から銀貨を1枚取り出すとロゼリアの前に滑らせた。


「え、こんなにいりませんっ。先ほど父に渡していたのにさらにいただくなんて申し訳ないです」

「いえいえ、気にしないでください。 ―――なら、そうですね、今回の件は内緒にしてほしいので口止め料ということで。あまり田舎者と思われたくないですので」

「……はぁ、それでしたら……」


ロゼリアはしばし逡巡したのち、銀貨を手にして頭を下げる。

「ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ。また次も質問が浮かんだらその時はよろしくね」

「私にわかることでしたら」


ロゼリアはもう一度頭を下げるとカウンターの方へ小走りしていった。

思っていたより話し込んでいたらしい。

俺は残ったドラゴンライムのジュースを飲みきると、部屋に戻っていった。


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