第001話
玄関あけたらそこは異世界だった。
あなたの知らない世界、にようこそ。というか誰も望んでないんだけど、こんな世界。
東京下町の景色のハズが、なぜか一面森の中。
空気がおいしい、なんて言ってられないこの状況。
どうする、俺。
ここで二択。
歩きながら状況把握か立ち止まって状況把握か。
よし、後者を選択。
動き出す前に少しでも状況を把握しておいたほうがいいと思う。
もちろんデメリットはここが危険な場所で一刻も早く立ち去った方がいい場合だが、
そのときはあきらめるしかないだろう。
だって、どうしようもないし。
というわけで、木の陰に体を隠しつつ、持ち物チェックから。
黒い杖。
魔法使いが着ていそうなローブ。
両手に一つずつある指輪。
臑まであるブーツ。
重さを感じさせない籠手。
薄ぼんやりとしたシャツ。
白く輝く宝石がついているネックレス。
うん、一つも知らない。
装飾品のたぐいは好きではないので身につけていないし、何より魔法使いの格好ってなんてコスプレ?
全身像を見てみたいがあいにくと鏡がないので見ることができない。
もしかして。
顔をなで回すが、とくにヒゲが生えているとかはないようだ。髪の毛も黒い色のまま。
そこは安心した。
まいったなぁ。こんな展開は今時のマンガや小説にも採用されないよ、ベタ過ぎて。
「どうすりゃいいんだよ、マジでさ」
思わずつぶやきが漏れた。
と、そのとき。
ピコンと頭の中で音が聞こえた。
システムメッセージ、「××××がログインしました」
って、俺じゃん。
何これ、ログインしたの、俺?
いつのまにさ?
続けて頭の中にいくつかイメージが浮かぶ。白い真四角の中に赤い点と灰色の点がポツポツと。
黒い点が真ん中にひときわ大きく鎮座している。
どうやら真四角は縮尺を自由にかえられるらしく横にスライダーが付いている。
もしかして、これは地図か。色は生物か建物を表しているのか。
カーソルを赤い点に合わせるとトロルと出る。うーん、たぶんこれは敵性表示の色か。
灰色の点に合わせると「ニブルの朽ち果てた塔」だの「ダリスの祭壇跡」と出るから、この点は建物を表示しているようだ。
敵じゃない生き物は何色で表示されるかわからないが、この地図が正しければ敵とできるだけ遭遇せずにすむ。
喧嘩なんてもってのほかの俺が、殺し合いなんて無理すぎるから正直助かる。
他に浮かんだイメージに焦点を合わせる。
ステータス、呪文、クエスト、ヘルプ。
ヘルプがある、ってどうすれば見られるんだ?
ヘルプを開きたい、そんなイメージを浮かべたらピコンとヘルプが開いた。
「神々の黄昏」
なんて仰々しいタイトルなんだろう。
続けて文章を読む。
ふんふん、どうやらここは予想していたとおり異世界らしい。
簡単にまとめると、神が世界を創ったが傲慢な人間に呆れはて世界から去っていった。神が去っていった世界を魔神が狙う。残された人間と残った数少ない神は必死に抵抗している。貴方は冒険者として魔神を撃退しないといけない。
これがここの世界観らしい。
玄関開けて外へ出たら、命がけの戦いに参加しないといけないなんて。
俺は思わず天を仰いだ。
状況はなんとなく理解したから、次は自分のことだ。間違ってもこんなコスプレしたことないし、そもそもこれらの服を持っていない。
ステータスをクリックして、能力値を確認する。
筋力 171/255
知力 500/500*
賢さ 201/255
器用 495/500*
体力 198/255
幸運 114/255
名前 アキ
レベル 93/100
種族 人間
年齢 ***
職業 エンチャンター
HP 0396
MP 7500
AC 386
スピード +32
攻撃回数 10
攻撃力 256
所持金 7481539456
名前が本名でよかった。そうそう、俺の名前はアキって言うんだ。知らない世界で知らない名前だったらイヤなのでこれは助かる。
ステータスは、一言で言うとチート。全ステータスがとんでもなくいい。しかもカンストしているのもあるし。
MPもとんでもないことになっている。まあ魔法を唱えたときの消費MPがわからないので断定はできないけど、これはすごい。
種族は人間で安心した。モンスターだったら泣くところだった。
年齢は……
なぜアスタリスクなのかわからない。俺って20代なんだけど。
エンチャンターという職業が予想通りなら、MPに関しては職業補正かなにかで優遇されていると考えていいだろう。
筋力や体力も妙に高いが、今の格好からして戦士系ではないしラッキーなのかな?
しかし体力が高い割にはHPは極端に低い。
魔法系の職業だから体力に対して補正が効かないのだろうか。まさか敵の攻撃一発で死ぬとは思えないが、MPと比較するとため息をつきたくなる数字だ。
所持金が…… いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……
74億8千万か。
MMOの世界はよく知らないが、伝え聞くところによるとインフレを起こしていて貴重なアイテムは単位がメガで取引されていると聞いたことがある。どうやらこの世界も同じらしい。
価値がよくわからないが個人が持つ金額ではないと思う。
まあ、そもそもここで使えないお金だとしたらどうしようもないけど。
職業はエンチャンターか。名前からして魔法付与系だと思うがとりあえず保留。
次にACだがこれは防御力かな。古の名作RPGウィザードリィだと数が少なくなればなるほど良いはずだが、これは普通のRPGを踏襲して高ければ高いほど良さそうな感じだな。
スピード。念のためヘルプで確認したところ文字通りの速度を表すらしい。基本的にアイテムか薬によってしか上げられず、効果として「基本攻撃回数を1セットとした場合、何セット攻撃出来るかという数に影響を及ぼす」とある。+32だからかなりいいと思いたいが、敵のスピードがわからないので何ともいえない。
攻撃回数は1ターンで敵に攻撃出来る回数を示しているようだ。魔法使いのくせにずいぶん多いな。
一番重要な装備を確認してみる。
頭部
首回り ★黄昏に輝く知の宝玉 [守+10] (知+50)(加速+3)
下衣 宵闇に漂う忍びのクローク [5,+18]
鎧 ★ローブ『エンダーの祝福』[8,+43] (知+5)(加速+5)
右指輪 スピードの指輪 (加速+19)
左指輪 ★『スルトの鍛えし指輪』(+21,+38) (器+25)
右手 ★『オベロンの黒き杖』 (3d8) (+18,+25) (知器+10)
左手
籠手 ★『名人ニブルの軽き籠手』[5,+21] (+13,+19) (信+5)
靴 ★ブーツ『女神イシュタルの加護 』[4,+25] (加速+5)
パッと見た感じでは全然わからないが、以前プレイしたことのあるローグ系のゲームだと、「★」がアーティファクト、つまり一つしかない伝説のアイテムだと記憶している。
とすると、この★付きのアイテムはかなり貴重ではないだろうか。
もしかして俺ってかなり強い?
数字の意味は、角括弧が防御力、丸括弧が命中値補正とダメージ値補正のはずだと思った。
例えば★『名人ニブルの軽き籠手』[5,+21] (+13,+19) (信+5)だと、[5,+21]は前数字が基本AC、後ろ数字がAC補正で合計数がその防具のACとなる。 (+13,+19)で命中値とダメージ値が補正され、 (賢+5)は賢さが+5上がる。
アーティファクトだと固有能力を持っている場合が多いが、詳しい情報は鑑定しないとわからないはずだ。たまに呪われているのもあるが、すでに装備しているから呪われていたらあきらめるしかない。装備に関しては落ち着いたら鑑定してみよう。
スピードはアイテムかポーション以外で上がらないとあったが、今の俺の装備だと相当優遇されている感じだ。なんせスピードアップの効果がある装備品を4つも身につけているのだから。ステータスも含めて相当いい。
一応、ヘルプで括弧内の数字の意味を確認したが、記憶通りだった。となるとここはローグ系のゲームを踏襲している形になる。
では次に呪文を確認する前に…… 先に職業を確認するか。
職業は基本の一次職が4つ、二次職が8つ、三次職が7つあり、最終職として現在わかっているのが6つ。
最終職以外、一定のレベルに達しなおかつステータスなどが条件を満たしていると上位職への転職が可能になる。
エンチャンターはどこに位置する職なんだろう。
魔法使いに戦士に僧侶……
暗殺者にウィザードに騎士……
サムライにニンジャにハイソーサラー……
上忍にオーバーロードにサムライマスター……
……ないんですけど。
エンチャンターがどこにもないんですけど。ついでに言うと日本語と英語読みが混在してわかりにくい。
それはおいといて。エンチャンターとはもしかして不明の最終職か。
名前からすると属性や能力付与―――特定の効果をアイテムに付与できる職のような気がするが、現時点では不明。
呪文を確認すればわかるかな。
というわけで呪文をクリック。
頭の中にざっと見た感じ数百以上の呪文名が並んでいる。
とりあえずこういう場合のお約束として強い魔法は下の方にあるはず。
スクロール。
スクロール。
スクロール。
呪文、多すぎなんですが。ようやく最後の方にそれらしき呪文を見つけた。
『エンチャント魔法付与』 消費MP750
アイテムなどに特定の能力を付与できる魔法。詠唱者のレベルにより付与できる能力の数及び強さが変わる。
付与できる能力数は最高で3つ、強さは+20まで。ただしアーティファクトに付与することはできない。
エンチャント魔法付与に失敗すると最悪で対象物が消滅し、たとえ消滅しなくても能力値減少などが発生する場合もある。
よし、予想通り。
アーティファクトに付与できないのは残念だが、アーティファクトは伝説の武具だろうから仕方がないな。
そうするとそれなりのものに付与する形になるが、失敗すると最悪アイテムが消滅するのか。
なかなかうまいこといかない能力だ。
しかも消費MP750って全MPの10%か。かなり燃費が悪い呪文だ。
裏付けがとれたところで、現状を打破するための呪文を探そう。
インビジブル不可視やシャットアウト気配遮断、フライ飛行やテレポート瞬間移動、あとは攻撃的な呪文をいくつか見ておこう。
呪文の説明によると、呪文にはレベルという概念があり、例えばファイヤーボール火球だとレベル1からレベル5まである。
レベルに応じて消費MPが増えるが比例して威力が上がり射程距離が伸びる。
これが上位のボール炎球になるとレベル1からレベル10まであり、ファイヤーボール火球に比べてさらに威力が増す。
このレベルという概念は、フライ飛行やインビジブル不可視などの状態変化系の継続的効果をもたらす呪文にはないようだ。
最上位の呪文であるエンチャント魔法付与にもレベルは存在せず、上位呪文もないただ一つの魔法である。
あとはいないと思うけどパーティとクエストの状況確認。
まあ、当然のことながらクエスト受注中ではなかったし、パーティは組んでいなかった。
これでとりあえずは自分の状態に関しては把握した。
あとはこれからどうするかだ。
いざというときのために呪文の練習をしてから街を目指すか。
ファイヤーボール火球やライトニングボルト雷撃を撃ったり、テレポート瞬間移動やフライ飛行を唱えたり。
頭の中で上の方に表示される呪文はレベルを高くしてもそんなにMPを消費しない。
消費したところでその場でじっとしているとすぐに回復しきる程度だ。
ドラクエ式に寝れば回復するのではなく、よくあるMMORPGのじっとしていると回復するタイプらしい。
フライ飛行で空を飛んだときは以前は高所恐怖症だったのでどうかと思ったが、特に怖いと感じなかった。
どうやらここに来た時点で高所恐怖症はなくなったらしい。よかった、懸念事項が一つ減った。
テレポート瞬間移動にはレベルがなく、テストした限りだと視界内の任意の場所に移動するようだ。消費MPは1m先に移動しようと10m先に移動しようと変わらなかった。
長距離移動はディメンジョンドア次元扉だと思うが、今の状態でこれをテストするのは時期尚早なので試さなかった。どこに移動するか検討つかないし。この世界に慣れて、いくつか街を巡ったあとで唱えてみようと思う。
フライ飛行中にテレポート瞬間移動や攻撃魔法を唱えられるのは確認した。この世界では常識かもしれないが、実際に使えることがわかったのは大きい。さらにファイヤーボール火球やライトニングボルト雷撃をすぐに打たずにその場で待機させられることも確認できた。これで攻撃の幅が広がる。
フライ飛行中に空から現在の場所を確認してみたところ一面森であった。バードアイ遠視の呪文があったので唱えてみると、今まで豆粒ぐらいだったものが何であるかはっきり確認できるぐらい見えるようになった。
続けて地図を思い浮かべる。建物を表示している点をしらみつぶしに見て人がいそうなところを探す。
しばらくちまちまと探してみるが、人がいそうな気配はないし人影も見あたらない。
どうやらここは人里離れた場所のようだ。
いったん地上に降りて考える。
装備している物以外の所持品は腰につけている袋だけ。袋に手を突っ込むとお金がつかめるのでどうやらこれはサイフのようだ。
試しに1枚取り出してみる。金貨らしき輝きを持つ硬貨が手の中にある。
所持金を確認すると7481539455となっており1枚減っている。この硬貨が74億分あるということか。袋を絶対落とさないようにベルトでさらにくくりつける。取り出した硬貨は懐の隠しにしまう。
お金は何とかなりそうだが、現状、一番欲しいのは食べものだ。何か背負っているわけでもなく、食べものを持っていないのだ。さらに付け加えると水もない。
数日は食べなくても何とか耐えられるだろうが、水がないのは致命的だ。
食べものを作り出す魔法を探してみるが、それらしき魔法は見つからない。
水は……
攻撃呪文で水系統の呪文を唱えてそれを飲み水に代えたらどうだろう。
俺はウォーターボール水球の呪文を唱えてみる。
目の前にサッカーボール大の水の球が浮いている。レベル1だとこの大きさらしい。そっと触れてみるがHPは減らなかったので唱えた本人にはダメージを与えないようだ。
何度か人差し指でつついたあと、両手を突っ込んでみる。冷たい水の感触が伝わってくる。そのまま掬う。水球は若干小さくなった気もするがまだ存在する。
そして俺の手のひらにも水が存在する。恐る恐る口にしてみる。普通の水っぽい。特に違いは感じられない。
一口飲んだら止まらなくなり、水を飲み続ける。ついには水球は半分ほどの大きさまで縮み、ふしゅんと消滅してしまった。
ちょっとその場で飛び跳ねてみる。胃の中で水がチャプンチャプンと揺れてるのがわかる。
水の問題はどうやら解決しそうだ。
人間、水があれば一週間弱は生きていけるから、その間に街を探すとするか。
一応三日以内に街を見つけられなければ、ディメンジョンドア次元扉などの遠方転移系の呪文を唱えて街を探そう。
俺は地図を思い浮かべる。
ある程度縮尺を変えられるので最大サイズにして建物をさらに表示させ、街を探す。
地図と格闘することしばらく。
俺はようやく街らしき表示を見つけた。
「ニブルの朽ち果てた塔」のさらに先。正直どれくらい遠いのか見当もつかないが、気力の続くうちに現状を打破したい。
俺は覚悟を決めるとフライ飛行で「イシュタルの街」へ飛んでいった。