二度目まして、殿下。
「………っあ!」
籠から転げ落ちた瓶が、コロコロと芝生の上を転がっていく。
我が家とは違い、寸分の狂いもなく手入れされた柔らかで滑らかな新緑の葉の上を、拾おうとするシャルロットの手の先へと面白いように転がって止まらない。
芝生にもやっぱり格というものがあるのかしら?
なんて思っているうちに、あれよあれよと瓶が転がっていく。
せっかく、お父様に届けるために持ってきたのに!
あんなに早起きして作ったのに!
お仕事でお忙しいお父様が喜んでくださると思って、一生懸命早起きして作ったのに! 料理長のフランクだって、乳母のマーサだって、ジョンだって、アンナもミーナもサラもダンもお父様がお喜びになるって言ってくれたんだもの!
今にも泣き出しそうなのを堪えて、目の前が涙でぼやけて今にも転びそうになった時。
すっと伸びてきた手がシャルロットの身体をふわっとすくい上げてくれたかと思うと、もう一方の手で瓶を拾ってくれていた。
お礼を言おうと思って見上げた途端、キラキラ光る金色が眩しくて、シャルロットは思わず目を閉じた。
「おいお前」
もう一度見上げたその先に、お父様と一緒に見に行った湖と同じくらい綺麗な緑色の瞳が、シャルロットを睨みつけていた。
金色にキラキラ輝く髪が鬣みたいだし、絵本で見たライオンみたいだわと思った。
マーサに言ったらきっと驚くわ!
ライオンみたいな男の子がいたのよって!
ふふっと笑うシャルロットを、不機嫌そうに見ていた緑色の瞳がもっと細くなって睨んでいる。
「おいお前、どっちを落とした?」
「え?」
「だからどっちを落としたのか?って聞いてるんだよ」
「え、えっと」
右手に瓶詰め、左手にはその子の瞳と同じ色をした石のついたペンダント。
「あ、あの」
「どっちだ?」
「…び、瓶詰め」
「どっちだ?」
「瓶詰め」
「言った方を必ずやるから正直に言え」
「瓶詰め」
「だからどっちだ?」
「瓶詰めよ」
それから何度も同じことを聞かれ、シャルロットは同じく瓶詰めだと答えた。
すると、はあ、と大きく溜息をついたかと思ったら、今度はまた緑色の石がついた指輪を差し出してきた。
「さあどっちだ?」
「何回同じことを聞くの? 早く私の瓶詰めを返して!」
「なんでだよ?! こっちの方がいいだろ! キラキラしてんのが好きなんじゃないのか?! さっさとこっちがいいって言えよ! 全部、全部やるから!」
「嫌よ! お父様のために作ってきたんだから、なんであなたにあげないといけないの?!」
そう答えた途端、緑色の瞳が一気に潤んで今にも溢れ出しそうに揺らいだ。
「…ねえ、そんなに欲しいの?」
さっきまで強気に引き結ばれていた唇が緩んで、小さく「うん」と頷いて俯いてしまう。
金色に輝くふわふわの髪をそっと優しく撫でてあげながら、シャルロットは微笑んだ。
「いいよあげる。でも、お父様と半分こよ。ちゃんといい子にしてたらあげるんだからね」
そう、いい子にしてないとあげてはいけないのだ。
執事のジョンがいつも言っていることだった。
お父様はいつもお仕事をしすぎて身体を壊すまでしてしまうから、いい子にしてないとあげてはいけませんよって。
ご褒美のクッキーは、いい子にしかあげてはいけないのだ。
シャルロットが芝生の上に座って隣に座るように指差すと、金色の鬣を揺らしておとなしく座り込む。
その膝の上にハンカチを広げて、瓶の中身を半分広げてやる。
キラキラに輝く緑色の瞳が、期待に満ちた眼差しで見つめてくるのがおかしくて、ついつい意地悪したくなる気持ちを抑えて「いいよ」と頷いた。
「美味しい?」
「んっんっん! お、おいひっ!」
「どれが美味しい?」
「こ、このっナッツのもジャムのもチョコのも全部! 全部美味しい! こんな美味しいの食べたことないぞ! お前魔女だな! 絶対魔女に決まってる! こ、こんな美味しいのが作れるなんて! 本に書いてあった! 魔女だ!」
「魔女じゃないわ」
「じゃあなんだ! 魔女じゃないならこんな美味しいの作れる訳がない!」
「ふふっ、魔女じゃないもの」
「じゃあ妖精か! クッキーの妖精だ! じゃなきゃこんな美味しいのが作れるわけがない!」
「あなたって変な子ね」
「変な子じゃない!」
「変よ。だってこんなクッキー泥棒する子なんて聞いたことないもの」
「泥棒じゃないぞ! 泥棒じゃないけど、こんな美味しいクッキーなら泥棒してもいいな!」
「…ほんと変な子」
柔らかな芝生に二人一緒に寝転んで、キラキラ光る金の鬣のような髪を揺らして「変な子じゃない!」と言い返すあの子と会って数日後。
「二度目まして、殿下。わたくし、魔女でもなくて妖精でもなくて、貴方様の婚約者だそうですの」
「…知ってた」
「まあ!」




