敬語ちゃんと関西弁さん
カラカラ……ゴゴゴ……。
命と時間の塊を吸い取る音……。
セルフレジが抑揚のない声で羽奈に言った。
『お釣りとレシートをお受け取りください。ご利用、ありがうございました』
命と時間を捧げ、その塊を得るために……。
店員が機械よりもやる気のない声で羽奈に続ける。
「……ざした〜」
何気ない日常の風景。
羽奈はなんとなくお釣りの5円玉をつまみ……
チャリン、と。募金箱へ落とした。
自己啓発本で読んだ『募金をしろ』を健気に律儀に守って。
店員のマジかコイツ、と言う顔を自己満足気味の笑顔でスルーして。
気怠い15秒の詰まった塊を、スルッと落とした。
――その時だった。
後ろに並んでいた京香が羽奈へ声をかける。
少し大仰に、驚いたように手で口を覆って。
「えぇ〜?自分いま、なにしはったん〜?」
ビクリと肩を跳ねさせ羽奈は京香を振り返る。
ねっとりとした口調だがからかうような含みはなく
純粋な興味と、少しの困惑から放たれた言葉のようだ。
羽奈は人と話すのがあまり得意ではなかった。
しかも、顔も知らない他人となると尚更である。
「えっ?えっ…ぼ、募金…かなぁ…?」
目を泳がせ答える羽奈に京香は薄気味悪い笑顔を浮かべる。
人見知りの羽奈にとって少し意地の悪そうな顔の彼女は天敵だった。
「その5円あれば……後でかさばるモン買うた時、レジ袋買えたんとちゃうん?」
「あ、はは…確かに…でも。私がちょっと困るだけで、大変な思いをしてる人が助かるって考えたら、いい気分かも…って」
「ほーん…お優しいんやねぇ…」
「そ、そんな…気まぐれですよ…」
軽く会釈をして羽奈はレジ横のコーヒーマシンへ歩く。京香はセルフレジを操作しながらもその姿を目で追っていた。
「アイスカフェラテ、レギュラー一つ。頼んます」
京香の注文に羽奈の耳がピクリと反応する。
自分と同じだ。と。
おかしな事はない。みんな飲むだろう。
電子決済マネーの決済音が響く。
『お釣りとレシートをお受け取りください……』
「ざした〜」
チャリン。
羽奈の耳に小気味よい音が響く。
現代を生きる人間なら誰しもが好きであろう音。
京香がアイスカフェラテのカップを持って羽奈の隣へ優雅な足取りでやって来た。
本当は知らないフリをするつもりが思わず尋ねてしまった。
「ぼ、募金……しちゃったんですか……?」
「出て来た5円玉、汚うて持っときたくなかったんや」
「ウチは汚い小銭とお別れ出来て、どっかの小僧が一日生き延びれる。うぃんうぃんやないの」
「あはは、そう……ですか……」
「待ってください。電子マネーのお釣り……って?」
「……なんや。人が支払うとこ、見てたん?」
見てたんじゃない。見えるだろう。
ほぼ真横である。
だが、羽奈にそのツッコミを入れる度胸はない。
京香の故も知れぬ存在感にどこか気圧されていた。
「見かけない顔やね。この辺の人なん?」
「お、大きい街ですから……」
「ふふ、それもそうやね。一本取られたわ。賢いやん」
スティックシュガー、シロップをお揃いで、同じ分量、出来上がったカフェラテに入れていく。
羽奈の顔は非常に分かりやすく『一刻も早くこの奇天烈な女から逃げ出したい』と雄弁に……いや、情けなく語っていた。
「じゃ、じゃあ私はこれで……」
「ペラペラとごめんなぁ?」
「いえ……」
身体を丸めて羽奈は足早にコンビニを後にした。
店員はその様子を一瞥もせず、スマホを見ていた。
その背中を見送ってるのはせいぜい京香とキャンペーンのポスターのアイドルグループ位のものである。
*
羽奈が去ったあと、京香は車のU字型の車止めに腰を下ろし、カフェラテを啜っていた。
「あっっっっま……こんなんよう飲むなぁ……」
顔をしかめて、また一口。
「……ええ女やったな」
外付けのザルへ氷、ゴミ箱へカップを捨てて……。
「また、会えるやろか……」
薄っすらと笑い呟いた。




