3.
軋む階段は、二階へと続く螺旋階段とは違い、段が低くて上りやすかった。
薄暗い階段を蝋燭で照らしながら、どれほど進んだだろうか。やがて階段の終着点に見える扉が現れ、ベアルシはためらうことなくその扉を開いた。
一階や二階とは全く異なる、誰かが生活していた痕跡が色濃く残る部屋だった。
もともとは白かったであろう、今は無残に変色してしまったシーツが敷かれたベッドが一つ。
装飾のない小さな机が一つ。
机の傍らには、少なくとも数十年、あるいは数百年は経っているであろう、題名すら判別できないほど古い本がぎっしりと詰まった、半壊した本棚が斜めに立っていた。
上ってくる間に踏んだ埃と、この空間に漂う塵のせいで、ベアルシは何度か詰めたいくしゃみをして鼻をすすった。あまりに古びた本棚を前に、意図せずくしゃみが出てしまったのだ。
理解できなかった。
なぜこの部屋だけが、自分が通り過ぎてきた一階や二階とは違い、これほどまでに歳月の風波にさらされているのか。粘り気を帯びて、もはや埃とは呼べないような塊が、眉をひそめるほど乱雑に広がっていた。
机の上に散らばった紙は、何が書かれていたのかも分からぬほど退色し、決して狭くはない部屋に掛けられた衣服は、最初は服であることすら分からないほど朽ち果てていた。半ば腐りかけた机の脚とベッド。
捨てられてから久しいことが明白な場所。背筋を冷や汗が伝い落ちた。
一階と二階は、明らかに清掃されていた。だとしたら、あちらには最近まで誰かが住んでいたということだろうか? それとも……。
「だめよ、ベアルシ。今は考えないことにしましょう」
いつの間にか時間は宵の口を過ぎ、完全な夜が訪れていた。
懐から懐中時計を取り出して時間を確認すると、八時十四分を指していた。屋敷に入ってから、かれこれ二時間ほど経っただろうか。
今頃、この田舎町のバスはすべて終電を迎えているだろうし、宿へ行こうにも、夜の森で道に迷わない自信がなかった。
この場所に足を踏み入れた瞬間から、ベアルシに選択肢はなかった。どうにかしてここで一夜を明かさなければならない。
ベアルシは唇を強く噛んだ。不安に心臓が激しく脈打つ。
屋敷の現在の持ち主である親戚が、この秘密の空間を知らず、ベアルシが来る前に下の階だけを簡単に掃除しておいてくれたのだと信じたかった。
もちろん、その仮定ではあの手足の模型の説明がつかないが、それでもそう信じたかった。
心の中で安全を言い聞かせながらも、理性的な彼女は周囲に凶器となりそうな武器を探した。机の上に散乱していた物の中から、使えそうなペーパーナイフを慎重に手に取り、懐に忍ばせた。
「あら……?」
見れば、散らかった机の隙間、風化して読めなくなった紙が重なり合った下に、小さな手帳が挟まっているのが見えた。
そっと手を伸ばして手帳を開くと、判読不能な文字も多々あったが、大部分の記述は無事だった。
内容までは分からなかったが、明日じっくり読んでみることにし、ベアルシはその手帳も懐に収めた。
手帳を片付けたベアルシは、この風化した部屋には人形がほとんどないことに気づいた。なぜだろうか。
軋む床板を避けながら、静かに周囲を見渡していたベアルシは、先ほどのクマのぬいぐるみとよく似たぬいぐるみが、部屋の隅に押しつぶされているのを見つけた。
ウサギのぬいぐるみは、泥塊のようだったクマよりもさらに無残な姿をしていた。脇腹が裂け、中綿が不格好に飛び出しているのが気にかかった。
そのせいか、黒いプラスチックの瞳がまるで泣いているようにさえ見えた。
下の階にあった精巧な球体関節人形には全く愛着が湧かなかったが、不思議とこのぬいぐるみたちには心が惹かれてしまう彼女は、首に巻いていたスカーフを解き、ぬいぐるみの脇腹に巻きつけてやった。
応急処置にしかならないが、それでも見栄えは格段に良くなった。
「ねえ、あなたを作った人は、下の階の綺麗な人形たちを作った人と同じなの?」
答えるはずのないウサギのぬいぐるみに、静かに問いかける。
こんなところで一体何をしているのか。ここに住んでいた人々のように、自分も少しずつ狂い始めているのだろうか。
軽く溜息を漏らし、ベアルシはウサギのぬいぐるみをベッドの枕元に置いた。なぜそこだったのかは分からないが、ただ、そこにあるべきだという気がしたのだ。
すると、声が聞こえた。
【そうじゃないよ。僕たちの主人は『彼』の『息子』。どうか君に救ってほしい『人』。お願い、彼を助けて。君ならできるはずだから】
細く澄んだ声は、先ほどと同じように耳元で、あるいは耳鳴りのように響いた。どこか深い悲しみを湛えた声。聞いた瞬間、助けずにはいられないような、切ない響き。
「その人はどこにいるの?」
【道を照らすよ。どうか、彼を】
【彼を助けて】
【罪なき者が犯してはならない罪を重ねる、この場所を終わらせることができるように】
【お願い】
男の子の声と女の子の声が重なり合い、ベアルシに囁きかけた。ベッドを越え、机を通り過ぎ、クローゼットのすぐ隣。
一人通るのがやっとのような狭い空間に引かれたカーテンが、突如として開き、一つの扉が現れた。
ベアルシは見知らぬ声にたじろいだが、彼らの哀切な声に惹かれるように扉へと近づき、取っ手を回した。カチャリと音を立てて開いた扉の先を見て、ベアルシは絶句した。
「あ……」
ガラス張りの天井の下、真っ白な部屋に真っ白な月光が降り注いでいた。家具一つない殺風景な部屋だが、冷たく差し込む月光が、この空間をこの世のものとは思えぬほど神秘的に彩っていた。
どのような用途で造られたのかは分からないが、息を呑むほど美しい空間であることは間違いなかった。
美しい部屋の突き当たり。壁に背を預けて座っている「人形」の姿が、ベアルシの視界に飛び込んできた。
成人男性ほどの大きさがあるその人形は、本当に生きているのではないかと思うほど精巧だった。もともと何色だったのか判然としない髪が月光を受けて銀色に輝き、磁器を思わせる滑らかな頬が、血の気もなく白く透き通っていた。
投げ出された腕の先に見える、肌に奇妙に絡みついた縫い目を見て、ベアルシは『フランケンシュタイン』という小説を思い出した。
死体を繋ぎ合わせて作られた、人造人間。
ベアルシが瞬きをしながら視線を上げると、顔と手首だけを見ていた時には気づかなかった、シャツの襟越しに見える首の様子に、思わず後ずさりした。
腐りかけていたものを無理やり繋ぎ合わせたような、無残な肉が黒い糸で編み込まれ、胴体と頭を繋いでいた。
黒いシミのついた白いシャツの向こうに見える胸元には、何度も縫い直されたのか、原型を留めていない肉片が強引に繋ぎ合わされている。
その時、ベアルシは悟った。これは人形ではない。人間の死体だ!
腐ることも、安らぎを得ることもできぬ姿で、このような場所に打ち捨てられている死体。それを見たベアルシの胸には、恐怖よりも先に哀れみが込み上げた。
ペンだこのできた親指。傷だらけの指で、どれほど多くの針に刺されながら、あの小さなぬいぐるみたちを作ったのだろうか。
父親に心臓を奪われながら、死ぬことも生きることもできず、こんな場所に捨て置かれるとは、どれほど悲しいことか。
この死体が物語の主人公であるはずがないのに、ベアルシはなぜか、彼こそが物語の中の「息子」なのだと確信した。
なぜなら、本の中には狂った父親の死だけが記されており、心臓を抜かれた息子の行方については一切触れられていなかったからだ。
だが、そうだとしても、ベアルシに彼のためにしてやれることは何もない。弔ってやりたくても、葬儀には多額の金がかかる。かといって、勝手に埋めるわけにもいかない。
警察には通報するつもりだが、彼らがこの死体を日当たりの良い場所に埋めてくれるとは思えなかった。せめてもの申し訳なさに、ベアルシは蒼白な彼の頬に温かい手を添え、小さく囁いた。
「ごめんなさい。安らぎを助けてあげられなくて」
乱れた髪の下、どこか穏やかに見える、だからこそいっそう悲しげな閉じられた目を見つめながら、ベアルシが告げたその時。
開くはずのない瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
「っ……?!」
閉じられていたはずの瞼が開かれ、現れた眼窩は真っ暗だった。最初からそこに眼球など存在しなかったかのように、虚無へと広がる闇に、全身の毛が逆立った。
幻想的だと思っていたすべてが、突如として生々しい現実感を伴ってベアルシに襲いかかった。
自分自身が理解できなかった。どうしてこの死体を見て同情などしたのか。どうしてこの奇怪な家を美しいなどと思ったのか。
おぞましい外見の死体から、彼女は本能的に手を離そうとしたが、いつの間にかベアルシの腕を掴んだ死体の握力は、ありえないほど強かった。
心臓が狂ったように跳ね、全身に冷や汗が流れる。掴まれた手首が、氷水の中に突っ込んだかのように冷たい。
(なんなの……これ、一体何なのよ?!)
誰かが言っていた。本当に恐ろしい瞬間には、悲鳴すら上げられないものだと。ベアルシはその言葉が真実であることを、今、痛感していた。怖い。恐ろしい。助けて。
誰でもいいから助けてほしいと願った。だが、彼女を助けてくれる白馬の王子様など、夢の中にさえ現れたことはないではないか。最悪の結末が脳裏をよぎった、その瞬間だった。
空っぽの眼窩から、出るはずのない涙が一滴、二滴と零れ落ちた。
何よりも、その涙があまりに透明だったため、ベアルシは視線を逸らすことができなかった。
「に、げて……おね、がい……助けて」




