1.
「息子の悲鳴が村中に響き渡り、その声に呼応するように人形たちがざわついた。カロンはすべての音を聞いていたが、狂気に囚われた彼が動じることはなかった。
息絶えた息子の亡骸に、カロンは脈打つ心臓を埋め込んだ。また立ち上がってくれるはずだ。また笑ってくれるはずだ。
だが、カロンの期待が打ち砕かれるのに時間はかからなかった。体内に収まり数分間だけ跳ねたその心臓は、次第にその動きを止めていった。屋敷中に溢れんばかりの血と、自分の手に残る温かかった心臓を、カロンは茫然と見つめた。
息子の死。自分が殺してしまった息子であることを、カロンは認められなかった。彼は狂っていたのだから。
『まだだ。まだ完璧な心臓じゃない……。そうだ、本物の人間の心臓を見て研究しよう! そうすれば生き返らせることができる。きっと……』
その時から、カロンは手当たり次第に人々を捕らえては殺害し、心臓の研究を始めた。村人たちが彼の狂った凶行に気づき、阻止しようと屋敷に乗り込んだとき。
どういうわけか、カロンはすでに首を吊って死んでいた。彼の傍らには鉄の金庫と、日記のようなものが落ちていた。半ば破り取られた日記の最後の一ページには――。
『愛する息子は、もうすぐ目を覚ますだろう。その姿を見届けたいが、人形たちが私を放っておいてくれない。なぜだ? なぜだ? まあ、構わないか……。生意気な人形め。人形の分際で……よくも』
そう書き残されていた。遺書にしてはあまりに奇妙な文句だったが、狂人の世迷言だと切り捨てた人々は、持ち主のいなくなったその屋敷を整理し始めた。
ほどなくして、余所者がそこに移り住むことになった。
だが、その者が住み始めてすぐ、異変が起きた。多くの人形を処分し、家具をすべて新調したにもかかわらず、いつの間にか人形も家具も元の場所に戻っているのだ。
燃やしても壊しても、人形たちは焼け焦げ、壊れた不気味な姿のまま屋敷へと戻ってきた。
夜な夜な聞こえる呪いの声と不気味な嘲笑に、住人は皆狂って自殺するか、屋敷を去り精神病院へと運ばれた。
それでも、その美しい屋敷に住もうとする者は絶えなかった。最後に住んでいたヘスタン夫妻が『あの家で人が住んではいけない。あの家は憎悪と呪いに満ちている!』と言い残し、走行中の車に飛び込んで命を絶って以来、幸いにも住む者は誰もいなくなった。
ただ……不可解な点が一つあるとすれば、その後、誰も住まなくなったその屋敷が、十数年もの間放置されているにもかかわらず、恐ろしいほど清潔に保たれていることだろうか……」
「……うう、何なのこれ?」
ベアルシは青ざめた表情で本を閉じた。いくら幽霊の存在も、それに対する恐怖も感じない現実的な人間だとしても、実際に人が死んでいる家には本能的な拒否感を覚える。
それも一人や二人ではない、十数人もが命を落とした狂った殺人鬼の家だなんて。
今更ながら後悔が込み上げたが、他に選択肢があるわけでもない。ベアルシは薄い溜息とともに恐怖心を追い払い、バスの硬い座席の背もたれに身を預けた。
いつの間にか市街地を抜け、窓の外には単調な風景が流れていた。
のどかな田舎町の景色。その日常的な光景に誘われるように、ベアルシはそっと目を閉じた。
薄霧が立ち込めたような、曖昧で輪郭のぼやけた夢の中。ベアルシは金色の髪が眩しい一人の男を見ていた。
繊細に何かを彫り進める男の容姿は、相応の年齢であることを差し引いても驚くほど秀麗だった。
ただ、男の瞳はあまりに冷酷で、その美しささえも不気味に塗り替えていた。人形に魂を吹き込むべき彼の目は、彫っている物さえ映し出していない。
狂気を孕んだその姿に、ベアルシは男の美貌とは裏腹に、肌が粟立つのを感じた。それでも彼が彫っている物体が気になり、思わず足を踏み出す。
それが心臓に似た何かだとおぼろげに悟った瞬間、決して合うはずのない視線が、ベアルシをはっきりと射抜いた。
その冷ややかな眼差しに冷や汗を流しながら、ベアルシは目を覚ました。
「……?」
何か夢を見た気がするが、うまく思い出せない。ただ、輝く金髪と、それに対照的な真っ青な瞳を見たような気がする。
死体のように生気のないその瞳が気味悪かった。そんな漠然とした記憶だけが残っていた。
寝乱れた髪を整え、窓の外に目を向けると、遠くに村が見えた。
舗装の剥がれた古い道路を走るバスの中から、ベアルシはふと標識を目にした。
【前方 ノーティル 11.4KM】
車一台通らない古く長い道は、その距離を感じさせないほど速やかに、ベアルシをノーティルへと送り届けた。
村は想像よりも小さく古びていたが、活気に満ちていた。
日が傾き始めた時間帯にもかかわらず、村人たちは忙しなく動いている。これから世話になる住民たちに挨拶をしようかと思ったが、長旅で疲れ果てた姿を初対面で見せたくはなかった。
彼女はすべてを後回しにし、重い足取りで自分の家となる屋敷へと向かった。
なぜか、先ほどの夢のせいで余計に疲れが増した気分だった。
村の入り口から三十分ほど歩き、屋敷へと向かう。幸か不幸か、村人たちは余所者の訪問を不思議がる様子もなかった。
なぜだろうかという疑問も、今は考えることすら億劫だった。
最後の民家を通り過ぎ、さらに十分ほど森の奥へと進むと、開けた空間に絵画のような屋敷が姿を現した。
家というよりは「邸宅」と呼ぶにふさわしい、美しい建物だった。
なぜ物語の中の人々は、あんな奇怪な事件があった家に入り浸ったのか。その理由がわかった気がした。
そこには人を魅惑する何かが宿っているような、抗いがたい美しさがあった。
冷静に考えれば、闇が訪れる前に太陽が最後の力を振り絞って世界を染め上げる、その一瞬の魔法による錯覚かもしれない。それでも、ベアルシはその美しい姿から目を離せなかった。
西日に照らされた屋敷は、幽霊屋敷というよりは妖精の住処のようだった。ひび一つない窓が太陽を反射して眩しく輝き、季節外れのつるバラが満開に咲き誇って屋敷を包み込んでいる。
この光景を見て、誰が鬼の棲み家だと言えるだろうか。
本来は色褪せているはずの赤い屋根も、今は太陽の魔術によって燃えるような真紅に染まり、古びた大理石の柱も高貴な黄金色に彩られていた。元人形師の邸宅らしく、随所に彫られた聖獣や天使の像が、この場所をいっそう神秘的に見せていた。
その美しさにしばらく呆然としていたベアルシだったが、長く人の住んでいなかったこの場所に電気が通っていないかもしれないという、妙に現実的な思考に引き戻された。彼女は滑り込むようにして扉を開け、中へと入った。
陽光を受けて踊る塵が、屋敷の内部を埋め尽くしていた。普通の家庭で見られる程度の微量な埃であることに、かえって神経が逆撫でされる。光の粒が舞う場所を通り過ぎ、さらに奥へと探索を進める。
広いホールに敷かれた絨毯は、血を混ぜたような赤紫色。飾り棚に整然と並べられているのは、錆びた鉄の燭台と、桃色の頬が印象的な精巧な球体関節人形たち。
中世の貴婦人が纏うようなレースたっぷりの華やかなドレスを着た人形から、滑稽なピエロの人形まで。
色とりどりの瞳がキラキラと輝いていた。人形たちはどれも愛らしかったが、唯一奇妙な点があるとすれば――人形たちの首がすべて、玄関の方、つまりベアルシの方を向いていることだろうか。人間の形をした人形たちの一斉の視線に、ベアルシは思わず身をすくませた。
怖いわけではないが、少し……気味が悪い。
飾り棚から視線を外し、周囲をさらに探った。ホールの左手には二階へと続く螺旋階段があり、右手には扉のない、キッチンと思われる場所が薄暗く姿を現していた。
判然としないのは、黄昏に沈みゆく屋敷の内部が暗かったからだ。急速に力を失っていく太陽は、もう屋敷を美しく照らしてはくれなかった。
闇が押し寄せる屋敷は重く沈み込み、塵一つ見えないほど陰惨な空気に包まれていく。ここまでくると、いくら幽霊が怖くないベアルシでも、ふと恐怖が込み上げた。
もしここに浮浪者でも潜んでいたら、それこそ一大事だ。
明かりをつけなければと周囲を見渡し、シャンデリアのスイッチを探した。
だが、見当たらない。これ以上暗くなれば足元も見えなくなるという不安に駆られ、ベアルシは先ほど見かけた錆びた燭台へと急いだ。
不幸中の幸いか、燭台には使いかけの、まだ十分に長さのある蝋燭が残っていた。懐に忍ばせていたマッチを取り出し、火を灯す。三本の蝋燭すべてに火が灯った瞬間、崖っぷちで堪えていた太陽が空の向こうへと消え去った。
夜の始まりだった。




