帰省
ランスたちと別れ、旅は二人旅へと戻った。
次の目的地はこの村にあるリコリスの祖父母宅だ。
村の中ほどにある祖父母の家の前に立つと、
リコリスは深呼吸をして扉を開ける。
「ただいま!」
明るい声に気づき、祖母が元気よく顔を出した。
「まあ、リコリスちゃん!よく帰ってきたねぇ。
職場が魔王軍に襲われたって聞いて、どれだけ心配したか……!」
ぎゅっと抱きしめられ、
リコリスの胸に懐かしい温もりが広がる。
「お連れの方も、どうぞ入って入って!」
「いや、俺は……その……」
「いいから!」
気まずそうに立ち尽くすクロウの腕を、
祖母が引っ張るようにして家へと招き入れた。
お茶と手作りの焼き菓子が並ぶテーブルに座り、
リコリスはこれまでの旅の経緯を祖父母に丁寧に話した。
クロウが亜人だと知られないように……
祖父母にクロウの正体がバレてしまったら、また彼に辛い思いをさせてしまうかもしれない。そう思うと胸が苦しい。
慎重に言葉を選びながら素直に旅の楽しさを語る。
祖父母はそれをにこやかに聞いてくれた。
話が一段落した……そのときだった。
クロウが突然立ち上がり、ためらいなく変装を外した。獣人族特有の頭上の獣耳がさらされる。
「クロウさん!?な、何を……?」
リコリスも祖父母も驚く。
クロウは二人の前に立ち、深く頭を下げた。
「……俺は人外、獣人族の者です。ですが……お孫さんのことは命に代えても守ります。どうか、旅を続けることをお許しください。」
静まり返る室内。
リコリスの心臓が大きく跳ねた。
拒絶されるかもしれない、
そんな不安が胸を締め付ける。
だが祖父は、
ゆっくりと…
穏やかな声で言った。
「クロウさん、顔を上げてください。」
クロウが顔を上げると、
祖父は真っ直ぐ彼の目を見据えた。
「こちらこそリコリスをよろしくお願いします。
あの子は、すこし危なっかしいところがあるからね。」
祖父はそう言ってから、少しだけ笑った。
「……でも、人を見る目だけは、昔から間違えない」
「おじいちゃん……」
祖母も優しく微笑み、リコリスの手を包む。
「リコリスちゃん、頑張っておいで。クロウさんを困らせてばかりじゃダメよ?」
リコリスは堪えきれず涙がにじむ。
クロウは深々と頭を下げた。
「……ありがとうございます。必ず、お守りします。」
ーーー
その夜、祖父母の家でゆっくり休むことになった。
リコリスは祖母とお風呂に入り、旅の疲れを洗い流す。湯の中で祖母が髪を梳いてくれながら、ふと尋ねた。
「ねえ、リコリスちゃん……クロウさんのこと、どう思ってるの?」
不意を突かれ、リコリスの頬は熱くなる。
「クロウさんは……とても優しくて、頼りになる人。一緒にいるとすごく安心できるの!」
祖母は満足そうに笑い、優しく頭を撫でた。
「おばあちゃんもね、私のおばあちゃんから聞いた話なんだけどね、昔は、亜人差別なんて無かったんですって……だけどいつの間にか、亜人の方を差別し始めて…魔王軍が出来てからは………」
おばあちゃんが遠い昔の話をしてくれた。昔は人間も亜人も、なんと魔族まで平等で平和に暮らしていたらしい。
しかし、人口が増えすぎて国が貧しくなった時、
人間はそれを、亜人と魔族のせいにしたのだ。
今では人間と魔王軍。
そして、慎ましく暮らす亜人や魔族たち、
皆がいがみ合い、戦っているのだ。
「リコリスちゃんが亜人の方を大切にできる子で良かった。でも無理はだめよ。旅は大変でしょう?」
おばあちゃんが優しく語りかけてくれる。
「うん……大丈夫。ちゃんと考える。」
この世界の現状はとても厳しい。でも……
クロウと歩む未来を思うと、
胸がじんわり温かくなった。
お風呂上がり、クロウを祖父母が受け入れてくれたことを伝える。クロウが正体を隠さずに向き合ってくれたからだと思う。
「本当にありがとうございます、クロウさんのおかげですよ。」
「俺は……別に何もしてない……だが」
クロウは一瞬言葉を区切った。
それから、リコリスを横目で見る。
「隠したまま守るのは……もう、嫌なんだ。」
その照れたような低い声が、リコリスの心の奥に響く。不器用なのに真っ直ぐ。それがたまらなく愛おしい。
気づけば胸がドキドキしていて、
クロウを見る目が熱を帯びていた。
その夜――。
なぜか椅子に座ったまま眠ろうとするクロウを、
リコリスはベッドへ連れ込んだ。
ほんの少し、勇気を出して。
二人は同じ布団で静かに眠った。
ーーー
翌朝。祖父母に見送られて村を出ると、
空はどこまでも青く広がっていた。
歩きながら、リコリスは意を決して口を開く。
「クロウさん、あの……昨日…」
言葉を遮るように、クロウがぴたりと立ち止まる。
そして、真剣な眼差しでリコリスを見た。
「……少し、話がある。」
二人は木陰に腰を下ろす。
クロウは深く息を吸い、静かに言った。
「リコリス。俺は、お前のことを……大切に思っているかもしれない。」
「……っ」
胸が跳ね、視界が熱で揺らぐ。
「だから、薬をもっと手に入れたら……お前を安全な町まで送る。それが、俺の役目だ。」
その言葉の裏には別れの気配が滲んでいた。
温かいのに、どこか遠く感じる声。
リコリスは、震える声で気持ちを伝える。
「私……クロウさんが好きです。一緒にいると安心するし、楽しい。これからも、ずっと一緒にいたい……」
クロウは困惑したように目を見開く。その瞳の奥に揺れる感情は優しさと戸惑いだろうか。
言葉にならない想いが二人を包む――
その瞬間、
地面が低く唸るように揺れた。
遠くの山から黒煙が立ち上る。
「……魔王軍の仕業か。」
クロウが険しい顔をする。
リコリスは不安げに彼の腕を掴んだ。
「どうしよう……」
クロウは強くリコリスの手を握り返し、短く言う。
「大丈夫だ。薬はまだ残ってる。――お前は俺が守る」
その言葉は、揺れ続ける大地の中で、
……より強くリコリスの心を揺らした
守られているはずなのに、なぜか胸を締めつける。




