亜人の現状
翌朝。
リコリスは柔らかな布の感触の中で目を開けた。
「……あれ?どうしてベッドで……?」
その温もりが、昨夜の血と叫びを思い出させて胸の奥がきしむ。
昨夜はクロウの看病をしながら椅子に座って眠ったはずだ。状況が飲み込めず瞬きを繰り返していると、突然ドアが激しく叩かれた。
「あの人外を連れて、さっさと村を出て行ってくれ!!」
怒気を含んだ声。
リコリスは返す言葉を見つけられず、分かったと震える声で答えるしかなかった。
村を出る準備をしながら胸が痛んだ。亜人差別が根強い世界だとは知っていたが、クロウと旅をして初めてその重さに直面した。自分がどれほど無知だったか思い知らされる。
村を出る前、リコリスは村人達に向かって叫んだ。
「クロウさんは奴隷なんかじゃありません!私の大切な人です!!」
村人たちは驚き、軽蔑するような目をした。
「ならさっさと出ていけ!二度と村に入るなよ!」
「そんなの、こっちから願い下げです!」
もう二度と、正しさのふりをした残酷さに黙って従うつもりはなかった。
リコリスはハッキリと言い切ってやった。これだけは絶対に言ってやろうと思っていたのだから。
追われるように村の外へ出ると、
ランスが当然のように隣に立っていた。
「……なぜお前までついてくるんだ?」
とクロウは眉をひそめる。
「だって、僕の仲間はこんな村には来ないし……
それに、ひどくないですか?今朝、村の人が魔物の被害で困ってるって言うから、クロウさんが倒してあげたんですよ。そしたらお礼もなしに追い出すなんて!!」
ランスはぷりぷり怒っているが、
クロウは興味なさそうにしている。
「どうでもいい。それより、次はどこへ向かう?」
「どうでもいいわけないじゃないですか!!」
リコリスは思わず声をあげた。
「どうでもいいなんて言わないでくださいよ…私は大切な人にあんな酷い事されて悲しかったです……」
リコリスは自分の手をギュッと握り、声を震わせた。
「……お前、何かされたのか?内容によっては村に戻って皆殺しにしてくる。」
「クロウさんの事ですよっ!」
「俺…?俺、なにか変な事されてたのか……?」
本当に分からない、という顔だった。
クロウが不思議そうにしているのが辛い。この仕打ちは彼にとってごく当たり前のことだと、それを示しているような気がしたからだ。
「この先の村に行きましょう!次こそ僕の仲間がいるはずです!」
場をおさめようとランスが次の目的地を提案する。
その目的地にリコリスは胸が高鳴った。
「あの……その村には、私の祖父母も住んでいて。
少しだけ顔を見せたいんです。いいですか?」
クロウは無表情のまま、ゆっくりとうなずく。
ランスは明るく笑って答えた。
「じゃあ決まりだね!!」
3人は村へと歩き出す。リコリスはクロウの体調を気にして歩調を落とし、ランスは道端の花を摘んでリコリスに渡し場を和ませる。
一方、クロウはいつもどおり無口だが、危険を察知する鋭い視線で周囲を守ってくれていた。
ーーーーー
道中、一人の少女が倒れているのが見えた。
「だ、大丈夫ですか?!」
リコリスが走り寄ると、ランスが驚いた声を上げる。
「リミィ!?なんでここに!」
手当てをしてしばらくすると、リミィはうっすらと目を開けた。
話を聞けばランスを探して滞在先の村を飛び出したものの、迷子になって倒れてしまったらしい。
「この先の村に仲間がいるんだよね!? 早く行こうよ!」
ランスはすでに走り出しそうな勢いで喜んでいた。
「……クソ、ガキが増えた。……なんで俺がガキの世話をしなきゃなんねぇんだ……」
クロウは頭を抱える。
「いいじゃないですか。賑やかで楽しいですよ?」
リコリスが笑うと、クロウはそっぽを向いた。しかしその歩調は、いつの間にかリミィに合わせ、彼女が転ばない速さになっていた。その不器用な優しさが、リコリスの胸を温かくする。
ーーー
村に着くと、行商人らしき4人組の姿があった。
「おーい、みんなー!」
ランスが駆け寄っていく。
「この人たちが僕の家族、行商ギルド『紅』です!」
ギルド長のベニと名乗る男は、丁寧に頭を下げてくる。
「ランスを助けてくださりありがとうございます。
よろしければ、お礼をさせてください。」
ベニはクロウにコートを差し出した。クロウはそれを羽織り、フードを深くかぶって獣耳を隠す。
「苦しくないですか?」
とリコリスが小声で聞くと、クロウはわずかに口元を緩めた。
「別に。大きさは悪くない。」
それ以上の感想を口にしないのが、
彼なりの距離の取り方だった。
「違いますよ、心がですよ。」
「お前の家族に会うんだろ?こうしておかないと会う前にまた村を追い出されるぞ。」
クロウは差別を当たり前のように捉えている。
リコリスにとってこれほど苦しいことはなかった。
ーーー
夜。
ギルドの面々と共に囲む夕食は、温かく賑やかだった。
ベニはランスのことを本当の弟のように大切に思っており、リミィはランスにぴったり寄り添って離れない。クロウは静かに、しかし確かに仲間たちを見守っていた。
——こんな時間が、
いつまでも続くわけがないことを、
誰よりも彼自身が分かっているかのように。




