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焼け跡から続く光  作者: 不津倉 パン子
前編 動き出す運命

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7/8

卑怯な言葉

クロウと離れ離れになって5日目の朝。


「森で……何かがあったらしい………」


「魔王軍の死体が……」


村人たちのざわめきが耳に入る。


「死体はどれも巨大な獣に食いちぎられたようだった。」


噂を聞いた瞬間、リコリスの心臓は凍りついた。


「まさか……クロウさん……!」


情報を確認しに外へ出ようとしたその時、村中が突然騒ぎ出した。


「魔獣が出たぞ!!」


リコリスは反射的に駆け出す。


中心にあったのは、血を流して倒れ伏す巨大な獣だった。


真黒な毛並み、風に揺れるほど立派なタテガミ。まるで伝承に出てくる獅子の魔獣のような姿が、地面に沈み込むように横たわっている。


その身体は小刻みに痙攣し、苦しげに息を吐いた。


しばらくすると、魔獣の輪郭がぐにゃりと不自然に歪んだ。


骨の軋む音。


獣の姿は崩れ落ち……

やがてそこには一人の男が倒れていた。


「……クロウ……さん……?」 


声が、震えて上手く出なかった。


信じたくないのに、目が、心が、それを否定できない。


リコリスは我を忘れて駆け寄る。


クロウの身体は無数の傷に覆われ、血と泥にまみれ、今にも命の灯が消えそうだった。


その瞬間、背後から怒号が飛ぶ。


「お嬢さん!その化け物から離れろ!!」


「人外だ!危険だ、今のうちに殺せ!!」


向けられる槍先。

剣を握る手。 


亜人への恐怖と嫌悪が、村人たちの理性を塗り潰していく。


「……やめて……ください……!!」


叫びながら、リコリスは迷わずクロウの前に立った。小さな身体で、必死に庇う。


足は震え、膝が笑い、今にも崩れ落ちそうだった。

それでも、退くことだけはできなかった。


その時だった。


「待ってください!!」


ランスの声が場を切り裂く。


「それは……僕たちの奴隷です!はぐれただけで……決して害をなすモノじゃありません!!」


「……え……?」


一瞬、頭が真っ白になる。

だがすぐに、リコリスは悟った。


――これしか、助かる道がない。


「そ、そうなんです……!高いお金で買った、珍しい奴隷なんです……どうか、どうか殺さないでください……!」


喉が締め付けられ、言葉が刺のように胸を刺す。

それでも必死に、震える声で訴え続けた。


ランスはポケットに入っていた布切れを掲げる。


「ほら……!これが首輪です!驚かせてしまって本当に申し訳ありません!!きちんと躾けますから、今回は見逃してください!!」


村人たちは顔を見合わせ、ひそひそと相談し合う。


そして重い沈黙の末…


「……まあ、今回だけだぞ」


「次に逃げ出したら、容赦なく殺すからな。」


渋々と、村人たちの武器が下ろされる。

その瞬間、リコリスの身体から一気に力が抜けた。


息を吸うことすら忘れていたことに、今さら気づく。


――助かった。


クロウを、助けられた。


「ランスさん……ありがとうございます……!」


「そんなことより、今はクロウさんです!!」


二人は必死に力を合わせ、クロウを宿へと運び込む。治療のため服を開いた瞬間、リコリスは言葉を失った。


生々しい裂傷、深く抉られた傷跡。

それだけではない。


――古い傷。


何度も何度も、命を削ってきた証。


そのひとつひとつが、彼の過去を無言で語っていた。


傷に触れるたび、胸が締め付けられる。痛みが、彼の代わりにこちらへ流れ込んでくるようだった。


何も奪われないように……

こんなにも、戦ってきたの……?


どうして……?


ただ亜人として生まれただけなのに、亜人というだけで、こんなにも苦しまなければならないの……?


視界が滲む。

涙が、ぽろぽろと止めどなく零れ落ちる。 


これほどの仕打ちを受けながら、どうして彼は、あんなにも優しくいられたのだろう。


「……どうか……無事でいてください……クロウさん……」


震える指で薬を塗りながら、

何度も、何度も、その名を呼ぶ。


助けるためとはいえ、

彼を――『奴隷』だなんて呼んでしまった。


『奴隷』


その言葉が、遅れて胸に突き刺さった。


助けるために選んだはずの言葉。


けれど、それは彼を守る言葉ではなく――

彼の尊厳を切り捨てる言葉だった。


クロウは眠ったまま、何も言わない。


怒りも、拒絶も、否定もない。

それが、何より苦しかった。


もし責めてくれたなら、

罵ってくれたなら、


私はこんなにも自分を許せずに済んだかもしれない。


それでも私は、

一番安全で、一番卑怯な選択をした。

守るために、彼を貶めた――


その事実だけが、胸に残り続けている。


胸が苦しい。

心が、痛くて、息ができない。


クロウさんは大切な人だ。

奴隷なんかじゃない。


――明日。

必ず村の人たちに、本当のことを伝えよう。


リコリスはクロウの手を強く握りしめ、

ただひたすら、回復を祈り続けた。

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