焼き魚
朝。
頬をくすぐる心地よい風とどこか香ばしい匂いが、
リコリスを現実へと引き戻した。
……ん……いい匂い……?
昨夜の疲れもあり、リコリスは泥のように眠っていた。
そのせいで何も食べずに寝てしまったことを今さらになって思い出した。
空腹がきゅるると鳴く。
お腹……すいた……
匂いのする方へ目を向けると、焚き火の前に座ったクロウが串に刺した魚を炙っていた。香草の爽やかな香りが、焼ける脂と混ざり鼻をくすぐる。
美味しそう……。お腹空いたなぁ……
わ、私も……魚、捕まえなきゃ……。
寝ぼけ眼をこすりながら、無意識に美味しそうな匂いの方へ足が向かう。意識がぼんやりして、まるで夢の続きみたいだった。
「……お前、何してんだ?」
クロウの低い声に、リコリスはびくっと震えた。
「あっ……え、えっと……。わたしも、お魚捕りに行こうかなって……」
腹を押さえながらの言い訳は自分でも情けなく聞こえた。
クロウは少し呆れたように鼻を鳴らし、
「なら先に、今焼いてあるのを食って行け。」
そう言って、焼きたての魚を一本、リコリスの前に差し出した。
「えっ……食べていいんですか?いただきます!!」
即答だった。
串を受け取った瞬間、熱がじんわり指先に伝わる。
リコリスは我慢できず、ぱくっとかぶりついた。
「……っ!!」
口の中に広がる旨味。皮はパリッと香ばしく、中はふわりと柔らかい。香草は嫌味にならず、魚の味を引き立てている。
「お、美味しいです!! こんな美味しいお魚、初めて食べました!!」
一口、また一口。止まらない。
気づけば夢中で魚を頬張っていた。
クロウはその様子を横目で見ながら、
特に何も言わず、黙って次の魚を焼いている。
ぶっきらぼうで冷たい印象の彼だが、
行動のすべてが優しさでできている。
そんなことを考えていると、
クロウが無造作に串を指し示した。
「魚を捕りに行くのは勝手だが……昼には出発するぞ。あと、お前の分、そこの四本は食ってから行け。」
「えっ……四本もいいんですか!?」
「昨日何も食ってねぇんだから、そのくらい食え。」
クロウが指差す先に、こんがり焼けた魚が並んでいる。それはまるでリコリスのために用意してくれていたかのように。
それは偶然なのか、それとも最初から……?
考えた瞬間、胸が熱くなって、視線を逸らした。
「……ありがとうございます。お魚……分けてくれるなんて思ってなくて……すごく、嬉しいです……!」
目の端がじわりと熱くなる。
リコリスのそんな反応に、
クロウは微妙な表情を浮かべた。
「泣くほどのことじゃねぇだろ。ちゃんと食えよ。
温室育ちの人間様でも食えるようにわざわざ内臓も取ったし、香草で臭みも消したんだからな。」
声はそっけない。でも、優しさに溢れている。リコリスは魚を大事に大事に食べながら、目を輝かせた。
私の為に…そこまでしてくれたんだ……
「クロウさん、今度……レシピ教えてください!
あと、魚の捕まえ方も!」
「ああ? ……面倒くせぇ、今度な。」
「教えてくれるんですか!?」
「……暇なときに。生きてりゃ、な。」
クロウは焚き火を見つめたまま、顔をそらした。その横顔には、ほんの少しだけ照れの色が混じっている。
リコリスは思わず微笑む。
森の冷たい空気の中で、
心だけがぽかぽかと温かかった。
全て食べ終える頃には身体の芯まで元気が戻っていた。魚の旨味も、香草の爽やかさも、なによりクロウの気遣いがリコリスを生き返らせたのだ。
食後、二人は荷物をまとめて出発の準備をする。
リコリスはクロウの後ろを必死についていく。
……ありがとう、クロウさん
ほんの少しだけ彼に近づけた気がする。
空は青く澄み、雲ひとつない。
太陽がまっすぐ差し込み、
二人の背中を暖かく照らした。
この旅……私、頑張れる気がする
もちろん不安はある。
クロウさんと一緒なら……きっと、大丈夫
そんな希望が、心にふわりと広がっていくのを感じながら、リコリスは小さな足を前へ踏み出した。




