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焼け跡から続く光  作者: 不津倉 パン子
前編 動き出す運命

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12/15

地下牢

アゼリアに腕を掴まれ、導かれるがまま、リコリスは地下牢へと足を踏み入れた。


階段を降りるごとに、空気が重くなる。


湿り気を帯びた冷気が肌にまとわりつき、鉄と血の匂いが鼻腔を刺す。使い捨てられた命の残り香が辺りを支配していた。


アゼリアが扉の前で足を止める。


「この中に、あなたの大切な獣人君がいるわ。」


軽い声。


まるで宝物を見せるかのように、アゼリアは鍵束を鳴らし、鍵穴へと鍵を刺す。


重い音を立てて、扉が開いた。


その瞬間——


リコリスの視界が、止まった。


無数の鎖。


壁、床、天井へと放射状に伸びるそれらの中心に、

クロウが縛り付けられていた。


「……クロウさん……!」


名前を呼びかけ、思わず駆け出しそうになる。


生きている。


胸が詰まるほどの安堵が、まず押し寄せた。


けれど——

すぐに、その安堵は恐怖へと変わる。


荒い呼吸。

焦点の合わない、金色の瞳。

額から伝う汗。

喉の奥から漏れる、獣のような低い呻き。


「……リコリス……無事だったか……」


かろうじて発せられた声。


「良かった…だが…近づくな……」


絞り出すような制止。

その必死さに、胸が締めつけられる。


リコリスは、思わず振り返ってアゼリアを睨みつける。


「約束が違います……!クロウさんに、何をしたんですか……!」


怒りと恐怖が、声を震わせる。アゼリアは肩をすくめ、悪びれた様子もなく答えた。


「言ったでしょう?強い獣人の“雄”の遺伝子が欲しかったって。」


淡々とした口調。


「でも、想像以上に手強くてね。理性が完全に切れるまで媚薬を使ったの。あの感じ……まだ、効いているみたいね。でも壊れてない。流石獣人といったところだわ。」


唇に指を当て、楽しげにクロウを眺める。

その視線に、リコリスの身体が強張った。


怒り。

嫌悪。

恐怖。


すべてが込み上げる。


だが、今は——感情に飲まれてはいけない。


リコリスは、震える指でポケットを探り、小さな小瓶を取り出した。それは先ほど調合したばかりの薬の一部だ。


「……あの薬。私たちの分を、少しだけいただきました」


アゼリアの視線が、ぴたりと止まる。


「これで……おあいこです」


一瞬、張り詰めた沈黙。 


アゼリアは目を細め——

そして、すぐに妖艶な笑みを取り戻した。


「ふふ。悪い子ね」


軽く肩をすくめる。


「まあ、いいわ。欲しいものは……もう、全部手に入ったもの」


アゼリアに腕を開放されたリコリスは、迷わずクロウの元へ駆け寄った。


「クロウさん……!」


「……はぁ……はぁ……来るな……」


必死に抑え込むような声。今にも崩れ落ちそうなクロウの姿に胸が痛む。


「……今、鎖を外しますね。」


「やめろ……ッ!」


鋭い拒絶。


「抑えられない……今の俺は……お前を……」


言葉が、途中で途切れた。


身体を縛る鎖が食い込み、手首や首元には赤く滲んだ傷が刻まれている。その姿を、これ以上見ていられなかった。


「……もう、大丈夫ですよ。」


自分に言い聞かせるように呟き、

リコリスは震える手で鎖を外した。


——その瞬間。


強い腕に引き寄せられ、視界が反転する。


荒い息。

獣の熱。


「……っ」


思わず息を呑む。

けれど、抱き寄せる力は乱暴ではなかった。


「……だから……外すなって……」


クロウの声は、苦しげだった。


「今の俺は……お前を“番”として求める……理性のない、ただの獣だ……」


自分自身を責めるような声音。


クロウは、伸ばしかけた自分の腕に噛みつき、必死に衝動を抑え込もうとしている。


ポタリ、と。

血がリコリスの肌に落ちる。


その赤が、リコリスの視界を焼いた。


——この人は、

こんな状態でも、私を守ろうとしている。


胸の奥が、きしむ。


「……クロウさん」


そっと、頬に触れた。

震えは、もう隠さない。


「私は……逃げません」


小さく、けれど確かな声。


「正直今のクロウさんは怖いです。でも……それでも、一緒にいたい。」


クロウの瞳が、大きく揺れた。


「俺が……何をしようとしてるのか……分かって言ってるのか……?」


「はい」


リコリスは、ぎゅっと彼を抱きしめる。


「私……クロウさんのことが、好きです。……初めて、こんな気持ちになりました」


言葉にした瞬間、胸が熱くなる。


唇が、静かに触れ合う。


確かめるように。

逃げ場のない、覚悟として。


「……悪いな」


クロウの声は、少しだけ落ち着いていた。


「……無理は、するな。嫌なら……すぐ言え」


その一言に、胸が締めつけられる。

リコリスは、そっと頷いた。


少し離れた場所で、その光景を見つめていたアゼリアがふと目を伏せる。


「……本当は、ここであなたを殺すつもりだったのだけれど。」 


独り言のように。


「思い出したくないことを思い出しちゃったわ」


微笑みは、どこか寂しげだった。


「殺さないであげる。彼が落ち着くまで……ここにいていいわ。」


そう言い残し、アゼリアは背を向ける。

去り際に、ぽつりと零れた言葉。


「……人間なんて……」


その呟きは、

誰にも届かず地下牢の闇に溶けていった。


扉が閉まり、静寂が戻る。

鎖の外れた音だけが、かすかに響く。


リコリスは、クロウの胸に額を預けた。


罪悪感は、消えない。

選んでしまった道の重さも、分かっている。


それでも——

この人を、救う。


その想いだけは、揺らがなかった。

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