第32章「名を呼ぶ」
朝。
砦の中庭で、
弓の弦が鳴った。
短い音。
乾いている。
ヨルが、
その様子を見ていた。
兄の方が、
的に向かって矢を放つ。
力がある。
真っ直ぐだ。
だが。
「……外したな」
「……ああ」
兄は、悔しそうに歯を噛む。
次に、
弟が前に出た。
動きは静か。
呼吸も、
ほとんど動かない。
放たれた矢は、
兄の矢のすぐ横に刺さった。
音も、
ほとんど立てずに。
ヨルは、
そこで初めて声をかけた。
「……名は」
兄が、
すぐに答える。
「……俺は、
レイン」
「……弟は、
カイ」
カイは、
小さく会釈した。
「……弓は、
どこで覚えた」
「……生きるためや」
レインが即答する。
「……勇者様の道、
外れた村でな」
ヨルは、
それ以上聞かなかった。
理由を掘れば、
情が混ざる。
今は、
技量を見るだけでいい。
フェイが、
水を運んでくる。
「……助かってます」
「……一晩だけ、
言われてましたから」
レインが言う。
ヨルは、
静かに返す。
「……まだ、
決まってない」
レインが、
真っ直ぐ見る。
「……残れって
言われたら?」
「……条件次第や」
その言葉に、
レインは笑った。
「……それでええ」
カイが、
初めて口を開く。
「……戦いが来たら、
俺たちは前に出る」
声は小さい。
だが、
迷いがない。
ヨルは、
二人を見る。
「……ここは、
逃げ場やない」
「……守る場所や」
「……それでも、
ええか」
レインは即答だった。
「……逃げ切る場所より、
守る場所の方が
性に合う」
ヨルは、
短くうなずく。
砦の壁を、
もう一度見る。
戦える者が増える。
守れる範囲が、
広がる。
同時に、
狙われる理由も増える。
「……今日は、
ここまでや」
答えは、
まだ出していない。
だが。
名を呼ばれた時点で、
二人はもう、
外の人間ではなかった。




