第30章「弓を持つ者たち」
夜だった。
砦の外で、
小さな音がした。
石が転がる音。
息を殺した、
足音。
ヨルは、
すぐに気づいた。
「……止まれ」
声は低い。
盾は前。
闇の中から、
二人の男が現れた。
どちらも弓を持っている。
矢は、すでに番えられていた。
「……撃つな!」
前に出た方が叫ぶ。
「……迷い込んだだけや!」
声に、
焦りがある。
ヨルは、動かない。
「……理由を言え」
「……魔物や!」
「……森で出くわした!」
もう一人の男は、
一歩後ろに立っている。
声は出さない。
だが、
視線が鋭い。
「……追われて、逃げてきた!」
「……戦える!」
「……守ってもらおうなんて、思ってへん!」
ヨルは、二人の足元を見る。
泥。
血。
新しい。
矢筒。
残りは、少ない。
「……兄弟か」
「ああ」
「……俺が兄や」
「……弟は口数少ないけど、弓は確かや」
その瞬間。
弟の視線が、闇の一点に固定された。
「……右」
低い声。
ヨルは迷わず盾を傾ける。
草を踏む音。
重い足取り。
「……来る」
兄が歯を食いしばる。
「……くそっ、ここまで……!」
「……撃て」
ヨルの一言。
弟が放つ。
音は、ほとんどない。
闇に吸い込まれた矢の先で、
低い唸り声が上がる。
兄が続けて射る。
矢は正確だが、
焦りがある。
魔物が姿を現す。
ヨルが前に出る。
盾で受ける。
衝撃。
重い。
「……下がるな」
短い指示。
弟が、もう一本放つ。
魔物の足が崩れる。
兄が最後の矢を射る。
闇が、静まった。
短い時間。
戦いは終わった。
兄が荒い息を吐く。
弟は弓を下ろす。
手が、わずかに震えている。
ヨルは二人を見る。
「……嘘を吐く足音やない」
それだけ言った。
「……ここは、安全やない」
「……それでも、一晩だけ、おってええ」
兄が目を見開く。
「……条件は?」
「……武器は離さんでええ」
「……だが、勝手に動くな」
二人は顔を見合わせる。
「……分かった」
砦の中。
フェイが、不安そうに見ている。
「……大丈夫?」
「……今は、な」
ヨルは答える。
焚き火のそばで。
兄がぽつりと言った。
「……俺たち、行く当てがない」
ヨルは、すぐには答えなかった。
盾を立てかけ、
焚き火を見る。
「……ここは、人を集める場所やない」
「……選ぶ場所や」
静かに言う。
「……戦えるなら、残れ」
「……戦えん日が来たら、出ていけ」
兄は、ゆっくりとうなずいた。
弟は何も言わない。
だが、弓は手放さなかった。
守る場所に、
初めて戦える者が立った。
それは、
砦が“守られる場所”から
“戦う場所”へ変わる兆しでもあった。




