彼女の種明かし
※カオスからのシリアスという落差にご注意ください
「明日の大会に出てほしい」
魔法で調理した竜肉のステーキを食べながら、キノコ頭の男子生徒はそう言った。
「大会?」
対する僕は首を傾げる。寝耳に水だった。
「部活の功績をアピールするための竜食い競争大会ですぅ……毎年恒例の」
「もぐもぐ。世界競技だからな、竜食い競争は」
「世界競技なの!?!?」
食卓につく千埜先輩とバイブルの言葉に、まさかのオリンピックレベルなのか……と感心していると、
「……食べるか食べられるか、命がけの競技なんだ。無理強いはしないよ」
「……とは言うが、緋雪、貴様は出場するほかないな。
功績を残せなかったらギルド行き確定……だからな」
「あっ、そうじゃん」
「で?引き受けるのか?引き受けないのか?」
僕は、迷わず相手の手を取り、握った。
「お願いします」
ディスコの地下空間から脱した僕は、長い溜息と共にベンチに座り込んだ。
隣にはバイブル。千埜先輩はギルドの仕事の打ち合わせがあるらしく、途中で別れた。
「……なんか異世界に来た意味を見失っちゃいそう。小菊と全然話せなかったし。
いろいろ、有耶無耶になってるな」
僕は、満天の夜空を見上げてみる。元の世界よりずっと綺麗で、澄んでいる空だ。
「例の撫子だが、貴様が気絶していた間、付きっ切りで看病していたぞ。貴様が目覚めたらすぐに去っていったけど」
「マジ!!??そうなの!?じゃ、何で会ってくれなかったんだろう?」
「……事情があるんだと。貴様」
そこで、バイブルがベンチから立ち上がり、目の前に移動してきた。その真剣な表情に、なぜだが気が引き締まった。
「一回、基礎魔法を使ってみろ。古代魔術ではなく」
僕は目をしばたいた。
「え……えっと、防護?」
陽光を発散させながら、僕とバイブルの間に薄い障壁が現れた。
「月光ではなく陽光……ふむ。やはり、言及しておいた方がいいか」
バイブルの白く細い手が、僕の肩にそっと置かれた。
「貴様は、小菊とやらが持つ魔法をすでに模倣している」
その重い宣告が、僕の胸に突き刺さった。
「最初は古代魔術を扱う才に秀でているのかと思った。
けど、違った。
貴様は死んだ魔法も今ある魔法も—―すべての魔法を使いこなすことができるんだ」
上手く、息を吸うことができなかった。
「小菊はそのことを知っていたんだろう。
だから貴様を遠ざけた。奴が持つ、異世界で活躍するための魔法
—―英雄魔法を、緋雪が覚えないようにと」
町の静寂が耳に響く。正面にあるバイブルの瞳は、超越した理知を帯びていて—―初めて会った時と違う温かみを持っていた。
「小菊は、貴様が普通の高校生のままであることを望んでいるんだよ」
目が、見開かれる。大きく開いた瞳から、生温かいものが伝う……なんだこれ。
ああ、そうか、涙か。
去っていった隣の席の同級生は……まだ、僕の隣にいたんだ。
嗚咽が抑えきれなかった。魔法を理解できても、小菊のやさしさはずっと理解できていなかった。
本当に……僕は、未熟だ。
「……貴様にとって、元の世界に戻って、高校に通うのが最善だ。ワタクシも同意見。……でも、貴様がいなくなったら……ワタクシは……」
僕は、バイブルがその瞬間に浮かべた表情を伺うことができなかった。
代わりに、手が引っ張られる感覚に気を取られた。
「宿を探しに行こう?」
不思議と、首を振ることは、できなかった。
今日の宿を探して、夜の街中をあてどなく歩く。
「学校の様子を、教えてくれないか」
ゆっくりとした歩調で後ろをついてくるバイブルが、そう切り出した。
「学校……?うーん、そうだなぁ……。もうすぐ修学旅行があるんだよね」
「シュウガクリョコウ?」
「クラスごとにまとまって旅行するイベントなんだ。全員参加で……って、異世界にいる人はどうするんだろう……」
と、そこで安宿を見つけた僕とバイブルは、引き寄せられるように中に入っていく。
「いらっしゃいまっせー、お二人?今一部屋しか空いていなくて、それでもいいですか?」
僕は頷いて、硬貨が詰まった袋を差し出す。宿の受付の人は快く鍵を渡してくれた。
ふかふかのベッドがいいなぁ、と希望的観測で部屋に向かう廊下を進み、扉を開けると――
「ダブルベッド!?」
部屋の中央には、間違いなく、二人が使用することを想定した、絶望のダブルベッドがあった。
「ああうん……異世界では普通だ」
「めっちゃ困る普通なんですけども!」
微妙に顔を逸らして呟くバイブル。これが最後の一部屋だとは、神がかった魔法でも作用しているのかな?
「別に気にするほどでもないだろう」
早々に割り切ってベッドに飛び乗るバイブルを、僕は複雑な顔で見る。バイブルは年齢不詳で謎が多いけど……不気味なほど顔立ちが整っているし緊張する。
「早く寝よう。ほらほら、明日大会があるんだろう」
不可抗力。僕は観念してベッドの隅に潜り込む。
—―そして次の瞬間、抱き着かれた。
「えっ、えええっ!?」
「抱き枕だ。泣いて喜べ」
……僕の方が抱き枕なんだ……。バイブルの体温と柔らかい感触に、心臓の音がうるさく唸る。先生かお母さん、どっちでもいいから僕をひっぱたいてくれ。理性のタガがが外れる前に。
「……緋雪、ワタクシはな。ギルドに引き取られる前は、ずっと帝国に縛り付けられていたんだ。自由はないし、変化もないし、読み手もいない……そんな状態で数百年を過ごしてきた。
だから、今の生活は新鮮なことばかりで……幸せだな、と思ってしまうんだ」
バイブルの鼓動が体を通して伝わってくる。縋りつかれている感覚が、むず痒い。
「続かないと、ワタクシも分かっているんだ。
だって……古代魔術は」
最後の言葉は、かき消えてしまった。
けれど、まどろみながらも、僕は微かにその音を聞いた。
破滅させるから。
今だけは、幸せな夢に落ちよう。僕はバイブルを抱きしめ返しながら、一緒に眠りについた。
読んでいただきありがとうございます。
ヒロインの内面について、とても悩んだ回になります。
もし何か感じたことがあれば、感想等で伝えていただけると嬉しいです。とても励みになります。




