英雄ヒロインと魔導書ヒロイン?
「緋雪……」
小菊は、騎士団の治療室で眠る同級生の手を握りながら、不安げな声を漏らす。
魔の主を無事撃破してから二日が経った。
古代魔術を使いこなし、小菊を救った少年は、今も眠り姫のようにベッドに横たわっている。
「魔法を使ったことのない者が、数段飛ばしで古代魔術を使ったのだから……当然だ。心配せずとも、すぐに目覚める」
部屋の隅には、長いローブを広げて体育座りをするバイブル。ぼんやりとした黄の瞳で窓の外を眺めている。
小菊は、なんとなくムッとした。
「貴方、今まで流してきたけど……何者なの?……緋雪と、どういう関係?」
「ワタクシは緋雪に頼られた。そしてワタクシは緋雪がいないと存在意義がなくなる。それだけだ」
「なっ……っ!?!?」
小菊は絶句した。混乱に目がぐるぐる回る。
「い、いつの間にソンナ……ごにょごにょ」
「言いたいことがあるならはっきり言え。ワタクシは回りくどいことが嫌いだ」
緋雪とバイブルの間で視線を往復させる小菊。それから、長い深呼吸をして、
「私はっ、あっちの世界では緋雪と一緒だったんだから!過ごした時間の長さと想いの丈なら負けないし!?てゆーか緋雪は私と会うために異世界に残ったから、もう相思相愛!よってつけ入る隙なし!」
超早口でまくし立てられる言葉に、バイブルは眉をひそめて、
「じゃあ何故こいつを避ける」
「うぐっ」
クリティカルヒット!小菊に十のダメージ!
「そりゃさ……人には複雑な事情があるよね……」
小菊は唇を尖らせながら、穏やかな寝息を立てる緋雪の水色の髪に手を伸ばす。そして、ゆっくりと、優しい手つきで撫でる。
「……ぶっちゃけ、貴方は緋雪をどう思ってるの」
「まあ、面白い奴だなと」
その言葉に、小菊は胸を撫でおろした。少なくとも恋愛感情はない。きっと。きっとね。
と思った矢先、バイブルが真剣な眼差しを向けてきた。小菊の心臓が飛び上がる。
「な、なにか――」
「来客だ」
バイブルは扉を指差した。
コンコン、という軽やかなノックの音が、何者かの訪問を告げていた。
「初めまして、騎士団の大和撫子さん。バイブルは久しぶり」
部屋に入ってきたのは、不思議な着物の着こなし方をした、紅髪のギルド長、その人だった。
「貴様、ワタクシをお払い箱にしたんじゃなかったか。どの面下げて来た」
「違う、君に用があるんじゃないよ。そこの緋雪君にだ。千埜君、お願い」
「ひゃいっ!!わっ、分かりましたあ!」
ドアの陰から転がり出てきたのは、翡翠色の髪をツインテールにした背の低い少女、千埜だった。
小菊の目が限界まで見開かれる。
「先輩!?!?」
「小菊ちゃん~、先に謝ります~。先輩だって不本意なんですよぉ、小菊ちゃんの想い人を――
ギルドに引き抜くなんて」
小菊の、時が止まった。
「ぎ、ギルド……?」
「緋雪君の古代魔術を扱う力は決して見過ごせるものではない。ギルドで管理させてもらう—―それでいいね?」
「待って、そんなこと許せるわけない!それって一生――
ギルドの奴隷じゃない!!!!」
全員が沈黙した。バイブルは鋭い目つきでギルド長を睨み付ける。千埜は気まずそうに指を弄る。小菊は、怒りに体を震わせた。
「別世界の子供は甘い。才能はこの世界が最も欲しているものだ。
それに、君も姉の仇である『魔の主』を倒せるんだから、好都合だろう?」
小菊は、ぎりっと奥歯を噛みしめる。迷いと悲痛に満ちた面持ちで、
「……緋雪は、緋雪自身は、教室での日常を夢見てるの!異世界に縛り付けるなんて真似、させない!」
そう叫んで、小菊は腰の剣を抜き取った。対するギルド長は、嘆息して、一言。
「跪け」
瞬間、小菊の膝が崩れ落ちた。拘束魔法。小菊の顔が苦渋に歪む。
「無駄だよ。英雄魔法がゆえに、君は正義に逆らえない」
「それが果たして正義かな」
そこで、静観を貫いていたバイブルが口を挟んだ。
「せめて、緋雪に選択権を与えろ。話はそれからだ」
「そもそも、選択権何てないさ」
両者の間に火花が散る。バイブルは、ギルド長の隣で俯いている千埜に話を振った。
「そこの女。貴様は、ギルドの一員としてこんな横暴なやり方を許せるのか」
千埜の肩が大げさすぎるほど跳ねた。
「そんなの聞くまでも—―」
「あ、あ、あたしっ」
そこで、決意を固めた千埜が口を開いた。
「やっぱり、違う、と思います。小菊ちゃんが苦しむの見たくないし、それに、こんなのは独裁だって、いけないって、学校で習ったから—―!!!
すみませんギルド長っ、契約履行!」
詠唱と共に、大きな羊皮紙が現れた。
「なっ、止めろ千埜君!」
「ふむ……強制的に契約を結び、従わせる魔法か。それで緋雪を操ろうとしていたな」
さらさらさら、と一人でに動く羽ペンによって文言が書き殴られる。
「契約 ギルド長は、以下の条件が破られない限り、桔梗緋雪をギルドに加えないこととする。
・緋雪がこの世界に残ること
・緋雪が異世界の部活動『竜食い競争部』で一定の功績を満たすこと
指切りげんまん、契約履行」
羊皮紙がひときわ大きい陽光を発した。
緋雪――『竜食い競争部』強制入部決定。
読んでいただきありがとうございます。
竜食い競争部ってなんだよ、と思った方。
安心してください。異世界版・パン食い競争です。
なお、異世界の主食は竜肉です。これが洗礼。




