僕らを隔てる世界
「あ――」
少女の涙が零れた。剣を弾いたグレードギゲルは、哄笑をひとつ。
「3」
三本の指が立つ。同時に、小菊の持つ剣が火花を散らして爆発した。
小菊は、絶叫と共に錐揉み回転をし、地面に落下する。
「キクぅッッ!!!!!!!!」
グレードギゲルは、ぴくりとも動かない少女を長い指で掴む。
『イタダキマス』
そして、黒い体を引き裂いて巨大な顎を出現させ――
少女を口元に運び、飲み込もうとした。
だがそれは、突風によって遮られた。
「そよ風転じて青嵐」
突如吹いた暴風が、小菊の体をさらう。
砂埃の向こう側には、手をかざし唄を唱える緋雪がいた。
「小菊に、何やってんだ」
その表情には、はっきりとした怒りが滲んでいた。
「あの魔の主はグレードギゲルだ。物理攻撃への耐性が異様に高い……魔力の出し惜しみはするなよ」
傍らには、蒼いガラベーヤに身を包んだ魔導書、バイブル。理知を纏った瞳で相手を見定める。
「もちろん」
古代魔術が、開戦の火蓋を切る。
「緋雪、新たな古代魔術を授ける。今日の譲渡は、これで終いだ。
……退けろ光の拳」
グルレア、と復唱する。すると、右手に魔力でかたどられた光のグローブが現れた。
「魔力を直接ぶつける技だ。くれぐれも貧魔力で倒れないでくれよ」
僕は無言で頷き、グレードギゲルの足元へと滑り込む。
「4――」
グレードギゲルが四本の指を立てる。けれど、何も起こらない。
「5」
指は増えていくが、破壊される物はない。グレードギゲルが焦り出す。
「馬鹿め。貴様の魔法対象には当てはまらん。古代魔術を何だと思っている」
そうか、現代の魔法と古代魔術は系統が違う。僕は安心して、拳に膂力の全てを込める。
まずは正面からのストレート。
格闘技のかのじも知らない男子高校生が放った初心者パンチは――
バゴオオオオオオオオン、と壮絶な衝撃音が響かせた。
『ぐふぉオオオオオッ!?』
割れた仮面を散らばらせながらグレードギゲルが傾く。むかつくニヤニヤ笑いがどこかに飛んでいった。
「へぇ?」
度肝を抜かれた僕は間抜けな声を出した。騎士団の人達も腰が抜けてへたり込んでいる。
騎士団の短髪の女性が叫んだ。
「まさか、あれが小菊の初恋の人……?コーコーセ―やべぇ!!」
……言葉の意味は分からなかったけど、現にグレードギゲルの戦闘力は大幅に低下した。
とりあえずもう一発殴ってみよう。
『ッ!』
そこで、グレードギゲルが長い指をこちらに向ける。対する僕は、小さく呟いた。
「駆けあがれ若葉よ」
草のドームが展開される。
突進していたグレードギゲルは、いとも簡単にその檻に囚われた。
狭まっていくドームの隙間から、僕は渾身のパンチを繰り出す。
「退けろ光の拳ァアアアアッ!」
アッパー。
強烈な打撃がグレードギゲルの顎に加わる。体を覆う仮面を粉々に破砕する。
『ギャアアアアアア!!??』
グレードギゲルは、消滅していく。
全身を灰と変え、空へと吸い込まれながら。
魔導書は、鼻を鳴らして言った。
「やはり、ワタクシの見込みは間違っていなかった」
緋雪は、勝利に清々しい笑みをたたえる。
――しかし、それは早計だった。
「おいっ、少年!後ろ!!!」
振り返ると、倒したはずのグレードギゲルが立ち上がっていた。
「緋雪っ、魔の主は本体を倒しても魔法が生きている限り何度でも蘇る!」
駆け寄ってくるバイブルの言葉に、僕は瞠目する。
『ラァアア――』
仮面を失った体をぎこちなく動かしながら、グレードギゲルは手を伸ばす。
「まずっ……」
魔法の発動が追い付かない!
細長い腕は僕を通り抜けて、今も気絶している小菊の下へ――
「待て、このクソ仮面野郎ーーーーー!!!!」
僕らは、まだほんの高校生に過ぎない。
やり残した宿題もやり残したゲームも、やり残した日常もあるのに、ここで終わってたまるか!
小菊との教室での日々に、誰よりも焦がれている僕は――
古代魔術ではなく、最初に学んだ魔法を使った。
「防護!!!!」
クラスメートにもらった、あらゆる者を守護する魔法。
僕は、小菊と肩を並べるだけじゃなくて、――彼女を守り抜きたいんだ!
あの日、小菊が旅立つ前日、僕は教室で彼女に遠ざけられた。
それからずっと、隣の席は空いたままだった。
文字通り、あの日から彼女と生きる世界が違ったんだ。世界が僕らを隔てた。
英雄になった小菊と、ただの高校生に過ぎない僕を。
僕が放った純白の陽光は、障壁となって小菊を守った。
その先で、僕は彼女に手が届いた――そんな気がした。
白い光に阻まれ、グレードギゲルは静止した。
その隙を見逃さず、バイブルは障壁の前に躍り出て、手をかざした。
「星の子よ、帰れ、還れ。空の淵へと」
それは、浄化の呪文だった。魔法を殺すのではなく、在るべき場所へと導くための。
今度こそ、陽光に包まれた魔法が、天へと還っていく。
後には、騎士団と魔導書、そして、少年と少女が残された。
しばらくして、横たわる少女は、ゆっくりと瞼を開ける。
かすれた視界で、かつての隣の席の少年を見つけた少女は、唇をほころばせた。
「緋雪……」
泣きそうでいて、抑えきれない喜びを嚙みしめるような表情をしていた。
「異世界に、来ちゃ駄目だって言ったじゃん……」
少年は、力を使い果たして気を失いそうになるのを必死に堪えて、明るく笑った。
「僕は、小菊に会うために異世界に来たんだよ」
二人が放つ陽光と月光が、交じり合う。
少女は、困ったように微笑んだ。
「あーあ……」
「緋雪は……私だけの英雄だったのに」
読んでいただきありがとうございます。
ここで作者が変なことを言うと空気が薄れてしまいそうなので、次章予告だけ。
これからは、緋雪の古代魔術が更なる波乱を異世界に呼び込みます。異世界バージョンの部活動や修学旅行など、変わった日常も描いていく予定です。




