捨てたはずの想いは、光を消す
その時、高校の教室では出席確認が行われていた。
「出欠取るぞ。伊勢小菊……は騎士団にいるか。委員長はいつものこととして、桔梗緋雪も異世界だな。」
隣合って空いている二つの座席を見て、担任は名簿に書き記す。
「先生、緋雪も異世界に行ったんですか?あいつ固有魔法ないから、今頃途方に暮れてんじゃないすかー?」
途端に、笑い声が教室中を満たす。担任は顔をしかめて、
「お前らなぁ……授業思い出せ。オリジナリティあふれるお前らの魔法より、異世界の方がよっぽど洗練されてるんだぞ?才能の上に胡坐かくな、胡坐」
「だって異世界の奴ら、オレたちいなきゃ魔物も退けられないっしょ?伊勢さんも固有魔法で成り上がったって言うじゃないすか」
担任は頭をかいた。こいつらには何を言っても無駄らしい。勝利したとばかりに顎を上げる男子生徒に、長い溜息をついた。そして意地が悪い笑みを浮かべる生徒たちから視線を外し、窓の外を眺める。
「あいつら、無事かな……」
その不安は、異世界へ続く青い空に溶けていった。
同じ頃、北の原では。
「ッ!!!」
ギィン、と鈍い音が鳴る。魔物の硬い装甲に、小菊は顔を歪ませたが――すぐに剣を両手に持ち直し、真っ二つに斬断した。
「キク、雑魚はワタシが引き受ける!『魔の主』を優先して!」
弓に矢をつがえたアンの言葉に、小菊は駆け出す。
「アーマー、キクの手を焼かせるんじゃねぇ!雑魚敵一掃!」
短い詠唱と共に、碇のような見た目をした巨大な矢が、四方八方に噴射された。
碇が空から降り注ぐ。
逃げ惑う鎧の魔物たちは、例外なく風穴を開けられ、沈黙する。
「アンさん、お願いします!」
小菊はその光景を見届けてから、魔の主と相対する。
「何の魔法を持っているの?こいつ」
目の前にたたずむのは、無数の仮面を黒い体に張りつけた怪物。
全ての仮面がニタニタと邪悪な笑みを浮かべてこちらを見つめている。趣味が悪い。小菊は仮面の魔物『グレードギゲル』を睨み付ける。
そこで、グレードギゲルは黒く細長い指を立てた。
「1」
一瞬、小菊はそれを魔法だと認識できなかった。
あまりにも短すぎた。あまりにも凶悪すぎた。
――騎士団の仲間の武器が、爆ぜた。
「ッあああああああっ!?!?」
悲鳴を上げて倒れこむ青年。鮮血を散らしながら、煙の中へと消えていく。
小菊は無意識のうちに叫んでいた。大和撫子の顔がひび割れる。
「2――」
ケタケタと笑うグレードギゲルが二本目の指を立てる。
その瞬間、小菊は飛び出していた。
「させないッ!」
高く跳躍し、怪物の喉元に剣を突き立てる。花のように切り開かれるグレードギゲルの首。体中に纏わりつく仮面が、絶叫と叫喚に包まれた。
「魔法の解析!!!!」
すかさず、小菊が魔導士の少女に指示する。
「はいいっ、小菊様!切り札暴露
――出ました!グレードギゲルもとい、魔の主の固有魔法は――
魔力の低い者から順に、武器を破壊する魔法です!」
その場に震撼が走る。
「……くそっ、騎士団とはとことん相性が悪い魔法ね!」
冷や汗を滲ませながらアンが舌打ちする。
生命線ともいえる武器を破壊されるという恐怖が、全員を取り巻く。誰もが魔の主の脅威に気圧され、唾を飲み込む。地面を踏みしめる足が、動かなくなる。
ただ一人を除いて。
「なら、私が超える」
臆さず、体の前に剣を構える小菊。
「魔物を超えて、英雄になる。
――そのための魔法が、私にはある」
陽光が辺りに満ちる。平原中を照らすほどの、眩しい光だった。
「手加減はしないよ」
発進。
白色の軌道を残しながら、グレードギゲルの周りを旋回する。
右に左に前に後ろにへと、高速で現れては消える小菊に、グレードギゲルは翻弄される。繰り出された長い腕は空を切り、魔法を発動する余裕もなくなっていく。仮面が苦渋の表情に染まる。
「ほら、捕まえてごらん?」
風を切る音がはっきりと聞こえてくる。小菊は、その風と一緒に流れるほどの勢いで駆けていた。
そして――剣を返す鋭い音がした。
剣の切っ先が、グレードギゲルの仮面を掠めとる。
「終わり。
—―『英雄魔法』」
そして、少女が放った斬撃が仮面の怪物に届く。
その寸前、少女の意識は過去に飛んでいた。
「英雄になったら、この教室には帰ってこれないんだよ、緋雪」
隣の席の男子生徒、緋雪と二人きりの教室で、私はそう言った。
私が異世界に旅立つ、前日のことだった。
「……どういうこと?だって、研修なんだから、すぐに帰ってこれるよね?」
緋雪は、縋るような表情でこちらを見つめてきた。そんな顔をされると――、この教室に未練が残ってしまう。
「緋雪、私の姉さんの話、したことあるよね?」
椅子を引いて勢いよく立ち上がる私。
「うん。……研修に行った先で『魔の主』に殺されたって……」
「私は、異世界で騎士団に入って、最強の剣士になる。そして、魔の主を殺し尽くす。
……それが私の夢なの」
息を呑む音が教室に響く。私は、緋雪の横を通り過ぎて教室の出口へと向かっていく。
「だから、お別れね。緋雪」
剣を振るう少女は、捨てきった想いを、思い出してしまった。
叶うのならば、あの教室で、あの同級生とまた――
その願いが、彼女の魔法をかき消した。
一瞬の迷いが、光を殺した。
「—―ああ」
陽光が消滅する。剣が弾かれる。
怪物が口を開く。
最後に、初恋の同級生が呼びかけてくる幻聴がした。




