魔法を理解するための初陣
異世界に行ったらまず魔物をボコる系JKの小菊は、平原で剣を振りまくっていた。
そこには魔物に対する容赦が微塵も存在せず、血も涙もないと噂される通りだった。
剣を薙ぐ。返す。突く。斬り払う。
舞のように綺麗に紡がれる技は、残酷でいて刺さる人には刺さるものである。
「今日もキクさまが輝いている……!あっ、魔物が踏まれた!いいな、俺もあのおみ足で踏まれたい!」
「ばっかお前、そんなこと許されっかよ!騎士団の大和撫子だぞ!ちなみにオレは斬られたい!」
「死ぬだろ」
やんややんやと盛り上がる男性陣を尻目に、小菊の傍に控える射手の女性、アンは呟く。
「キク、昨日からずっと魔法発動しっぱなしでしょ。あんたの固有魔法、反則級だけどさ……
そう生き急ぐこともないんじゃない?」
「アンさん、実は……緋雪が、こっちに来ちゃいまして」
小菊は散々悩んだあと、その事実を打ち明けた。
アンは絶叫した。
「はあっ!!!???あんたの初恋の人ッ!?!??」
平原中に響き渡る大声に、男性陣は膝から崩れ落ち、小菊は顔を赤くして手で覆った。
「はっくしょんっ!!」
僕は盛大にくしゃみをした。……風邪かな?異世界ってワクチンあったけ?
今はバイブルと平原を歩いている途中だ。詠唱の練習をするため、比較的魔物の数が多い北の原にやって来たのだが――
「おかしい」
ローブ越しに大きな瞳を見開きながら、バイブルが言う。
「全く魔物がいない。これでは練習にならないではないか」
「騎士団のおかげじゃない?確か見回りに来ているはずだよ」
「それにしたって……まぁいい。あそこのリザードを実験台にしよう」
無表情のバイブルが草むらを指し示す。そこには、トカゲに翅が生えたような魔物がいた。
『リザード』。飛ぶことしか能がない、初心者を煽るためだけの魔物だ。
「緋雪、貴様に魔法を教える。初歩的な古代魔術だから、一か月ほどで覚えられるだろう。」
「一か月!?」
聞き間違いかと思ったが、真顔を見る限りそうではないらしい。
「早い方だ。適性のない者は一生かけても覚えられない。
それが死んだ魔法だ。」
バイブルの細い体から立ち昇る光は……陽光ではなく、月光。
「魔導書の名の下に解呪式を授ける。—―復唱。
そよ風転じて青嵐」
鈴のような音色で詠唱が奏でられる。セイレーン、と口で転がす。掌が月明かりで満ちる。
僕は、そよ風が集まり一つの嵐となるような――そんなイメージを描いて、唱えた。
「そよ風転じて青嵐」
瞬間、暴風が巻き起こる。
集まった風が、辺り一帯を飲み込んで、大きく渦巻きながらリザードへと驀進する。
そして、遂にはリザードをも完全に呑み、何倍にも膨れ上がって――破裂した。
「「……」」
僕はもちろん、バイブルも開いた口が塞がらなかった。
呆ける僕を他所に、バイブルは内心で呟く。
「(うそだろおい。こだいまじゅつって……絶対あんなインスタント感覚じゃないんだけど)」
魔導書が、マホウって何だっけ、と自分を見失ってしまった。
自分は『セイレーン』という魔法名しか教えていない。それをこの少年は、頭の中で組み立てて、魔法を再構築した?
「貴様、固有魔法は」
「ない、よ?」
「ふむ……信じがたいが、理解した。貴様は、新たな魔法を創造する力はない。
――その代わり、既存の魔法を使いこなす絶対的な才能がある」
才能。
聞き覚えのないその言葉に、体が震える。
僕は、いつの間にか笑っていた。そして、嬉しさを噛みしめながら、手を握りしめた。
「本当に、僕、異世界に来たんだ……!」
高揚感が止まらない。
教室では、自分の足元しか見れなかった。クラスメートと同じように勉強するなんて、できなかった。
けれど、ここは教室じゃない。異世界だ。なら、何だってできる。
「もっと教えて、魔法!」
「……りょ、了解だ。新たな解呪式を授ける。駆けあがれ若葉よ」
「リーズフェルナージ!!」
再び復唱。
平原を横切ろうとしていた二足歩行の栗鼠、『スクラール』が餌食になる。
地面に生えていた草花が一瞬で背丈を伸ばし――、スクラールを囲う草のドームを形成する。
それから、ドームが狭まっていき、栗鼠の魔物を締め付けた。
ミシミシという壮絶な音に僕は思わず顔を覆った。
音が鳴りやんだ時には、あっという間に灰と化した魔物が横たわっているだけ。
「これ、確か竜を捕らえるための魔法なんだが……」
バイブルは果てしなく遠い目をする。その後も調子に乗って魔物を倒しまくる僕を見守りながら。
異世界に行く前に担任の先生に言われた言葉……「お前は魔物倒して俺つえーしなくていいから!お願い暴力的にならないでぇ!緋雪だけなんだゴミを見るような目で俺を見ないやつ!」の意味が今になって分かった。
「(本人が気付いていないのが恐ろしい。確実に国家レベルの魔導書を超えていることに)」
舞い上がる僕は、座り込んで思考を巡らせるバイブルの様子が目に入っていなかった。
「(もしや、覚えられる魔法は古代魔術だけに限らないのでは……?
騎士団の大和撫子が持っているあの魔法も習得できる……?
それはまずい。非常にまずい。魔導書として、それは……)」
その時、地響きがした。
「っ?地震?」
大きく揺れる感覚に、僕は動きを止めて警戒する。けれど、その憶測は全くの的外れだった。
「貴様、知らないのか?この地響きは……」
バイブルはそこで言葉を止めて、地平線の端へ視線を向ける。
「数年に一度出現する、魔法を所持した魔物……『魔の主』だ」
はるか遠くから、剣戟の音が聞こえた気がした。
嫌な予感が僕を掻き立てた。まるで――魔法のように。
赤点を回避する魔法があったらいいのにな。三話になります。
小菊の陰に隠れているアンさん、実は長距離戦では騎士団最強です。ちなみに、固有魔法を持っている異世界の人はマイノリティです。もう魔法がネタ切れ状態なんですね。




