人のカタチをした魔導書
現代の文化を異世界で変にアレンジしたものである海賊版タピオカを飲みながら、僕は広場を歩いていた。よく分からない魔物のでろでろの味がする。……大丈夫かな、このタピオカ。仮にも高校一年生の僕は、原宿タピが恋しくなってくる。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、魔法のショーの時間だよ!」
噴水の周りには、自身の魔法を使ってパフォーマンスをする大道芸人たちが大勢いる。攻撃や支援型ではない魔法を持った人は騎士団にも治癒隊にも入れないので、仕事にあぶれることがある……異世界史の授業でそう学んだ。
「この光景、滑稽だと思うかい?」
「へっっ!?」
と、突然襟足がつままれる気配がして、僕は勢いよく振り返った。そこには、どこか気怠げな雰囲気をまとった長身の青年がいた。帽子を目深に被り、白のメッシュが入った紅髪をしている――目を見張ったのは、青年が着物を着ていることだった。
「君、別世界から来た子だね。学生さんかな?調子はどうだい」
「……あの、着物が左前です」
「おや失礼」
青年は爽やかな笑みを浮かべ、一瞬で着物を右前に直した。
「別世界の文化に興味があってね。あんなに多様な魔法が根付いているなんて、魅力の塊でしかない」
「ありがとうございます?」
「こっちは死んでる魔法が大半だからさ。君、固有魔法は何だい?」
僕は下を向いて指を弄りながら、ぼそぼそと呟いた。
「わかんない……」
そんな僕に、青年は小さく頷いて顔を近づけてきた。
「そっか。案外、固有魔法は知覚できないものさ」
――と、その時、噴水の端で大きな悲鳴が上がった。
人混みを割って現れたのは、野犬のような見た目の魔物だった。
『グルァアアアアアッッ!!!』
咆哮が打ち上げられる。同時に、警備をしていた衛兵の剣が弾かれ、赤い雫が宙を舞った。
僕は、手に持っていたタピオカを取り落とした。
絶句。世界から、音が消える。
そして――魔物が衛兵に襲い掛かる、その一瞬。
「燃えよ灰と化せ」
隣から、詠唱が響いた。それは青年の声音だった。
閃光が瞬く。炎が野犬を包む。魔物は跡形もなく消滅した。陽光が空へと発散される。
僕は、引きつった顔で青年の方を見る。青年はさぞ当然ともいう表情をした。
「でも基礎魔法だけのままも、危うい。ここはひとつ、詠唱伝道師にでも頼ったらどうかな?」
隙のない微笑をたたえて、顎で噴水の奥を指す青年。そこには、長いローブを広げて地べたに座っている少女がいた。
「詠唱伝道師。失われた古代魔法を知る唯一の存在。君も知っているだろう?」
「でも報酬が高いんじゃっ!?お小遣いじゃ足りないよ!」
「心配いらない。こういうところにいる伝道師は大体グレーさ。魔物を倒して、その討伐代だけで賄えるよ」
僕は財布を開けて残金を確認してみる。3600フェリ。宿は無料で貸してもらえるからいいとして……これじゃ明日のご飯も確保できない。
「魔物の討伐、するしかないな」
先輩たちも初めに研修に来たころ、魔物を倒してお金を工面していたと聞いた。伝道師を雇って、町を出るしかない。
「親切にどうも、お兄さん!」
僕はお礼を言ってその場を後にする。
だから、青年が何者なのかは結局わからなかった。
「ふふ、別世界の子供というのはあんなにエネルギッシュなんだな」
緋雪が去るのを見届けてから、青年は柔和そうな笑みを崩して、目を細めた。そして、通りへと進んでいく。そこで、ギルドの制服を着た女性が駆け寄ってきた。
「あっ、ギルド長!またこんなところで油を売っていたんですね、仕事が山積みですよ!」
ギルド長、と呼ばれた青年は帽子を外して歩き出す。
「ごめんごめん、ちょっかいをかけててさ。厄介払いもできたし、許してよ」
「厄介払い……もしかして」
「うん。帝国に押し付けられて困ってた、
――人の姿をした国家レベルの魔導書」
言葉を失う女性に、ギルド長は言った。
「研修に来ちゃった子に預けちゃった。ま、悪いようにはされないさ……多分」
女性は声の限り叫んだ。
「はあーッ!?」
「すみません、詠唱伝道師の方ですか?」
ガラベーヤのような蒼い衣装を身にまとった少女は、緩慢な動きでこっちを向いた。
「そう、なのかもしれないな」
僕はその答えに首を傾げた。
「ワタクシは全ての古代魔法を網羅している。それが伝道師というのかは謎だが」
少女は、不思議な色味をした黄の瞳で見つめてくる。瞳孔が大きく、底の知れない深さの瞳だった。
「あの、報酬を出すので、よかったら魔法を教えてくれませんか?」
「いいだろう」
「え」
即答されるとは思っておらず、少したじろぐ。
「ワタクシの勘は良く当たる。貴様なら、古代魔法を甦らせることができる」
「待ってください、僕固有魔法持ってないし」
「貴様には素質がある」
人生で一度も言われたことのない言葉だった。
異世界に渡れるだけの才能がないと診断された時は、家族に失望され、学校の友達にも蔑まれた。隣の席で仲が良かった小菊と事あるごとに比べられ、騎士団に所属し名を馳せる彼女に劣等感を抱いたこともある。僕には、魔法を扱う力がなかった。—―だから。
「何の根拠でそう言うんですか」
僕は、少女が言うことを全く信じられなかった。
「さっきも述べた。勘だ」
少女は、彫刻のように白く細い腕を差し伸べてきた。
「魔法を使ってくれ。貴様だけが、魔導書を失わせない」
いかにも怪しい。分かっている。いかにも危うい。それも理解している。けれど、僕は……小菊ともう一度会うためならどんな誘いにだって応じてやる。
「よろしくお願いします。僕は緋雪です」
手を握る僕に、少女は人の感情を貼り付けただけのような、無機質な笑みを浮かべた。
「ワタクシは、バイブル。魔法のことごとくを救済するのが、ワタクシの存在意義だ」
そうして、共同戦線が成立した。
その選択が、僕を教室から遠ざけることになるとは知らずに。
主人公って原宿行くタイプだったんだ……と一番作者が衝撃を受けました。第二話になります。
余談ですが、異世界に行けなかった生徒は容赦なく留年コースになります。
才能がないと進級すらできない。世知辛いですが、この世界では普通です。




