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別れを取り戻す詠唱

『バイブル』。

一冊の魔導書。それを手に取り、小菊はぽつりと呟く。

「あの子……生きている感じがしないと思ったら、やっぱり魔導書だったか……」

そして、ガラベーヤの衣装をまとう長髪の美女を想起する。緋雪の傍に、ずっといた謎の存在。胸がざわついていた……きっと、嫉妬だけではなかったはずだ。

小菊はページをめくり出す。持ち前の動体視力で文字を追っていると

――ある行で、ピタリと動きを止めた。

「ん?何この魔法」

異世界の魔法でも、古代魔術でもない、詠唱の羅列。

それは小菊たちの世界で使う言語、つまり日本語だった。

「私たち高校生が持つ固有魔法ってこと?どうして魔導書に……」

疑問も束の間、下に添えられた説明文を解読した小菊は、息を呑んだ。

「嘘……」

そして、見る見る内に蒼白になっていく。本を取り落とす。吐き気を抑えるように、口を覆う。

書庫が、静寂に包まれた。小菊は、もう後戻りできないことを知ってしまった。


バイブルの身に刻まれる、恐ろしい魔法を。


「じゃ、じゃあ緋雪は……まさかこのために、異世界に来るようしむけられて……」

よろめいた小菊が、近くの棚にぶつかる。激しい音を立てて本が……棚から滑り落ちる。散乱した魔導書に囲まれながら、英雄の少女は呆然と座り込んだ。

()()があれば私の悲願は達成できる……。でも、バイブルは……緋雪、緋雪はどうなるの?教室に帰れなくなるんじゃ……」

夥しい汗を流しながら、小菊は自問自答を繰り返す。

苦悶に満ちた表情で、

「私は、どうすればいいの」

開かれた一頁。そこには。短い詠唱文がひとつだけ。

『決別』、と。




僕は、必死にバイブルを追いかけていた。

頭上から炎や雷、水、木、岩など多様な魔法が降ってくる。

僕はそれら全てをいなし、空へ空へと上がっていく。炎が肩をかすめ、雷が足を貫き、岩が目の前に突き刺さっても。

……てか、こんなに連発してどうして魔力が枯れないんだ?

という違和感に気付くのが遅すぎた。ここが現実じゃないなら、魔力が枯渇することはないのでは?

――なら、遠慮せずに魔法を放てる。


そよ風転じて青嵐(セイレーン)

そよ風転じて青嵐(セイレーン)

「セイレーン」

「セイレー…」


本来ならありえない、古代魔術の大番振る舞い。絶え間ないジェット噴射で爆走する。思った通り、魔力が枯れる気配はない。そろそろ喉が痛くなってきたけれども。

『ちょ……貴様、反則だ反則!」

雨粒を介してバイブルの慌てる声が聞こえてくる。やっとバイブルの背中が見えたと思ったら、バイブルも同じようにセイレーンの連発で加速していく。

らちが明かない。こうなったら連打ゲ―だ。

「セイレーン」「セイレーン」「セイレーン」

そうだ、僕は意外と早口言葉が得意だった。学年一といっても過言ではないほどの。またもやバイブルの素っ頓狂な声が上がる。

『はあ!?待て待て、使いすぎると自我を失うと言っただろ!』

「バイブル」

僕は雨を通してバイブルに語り掛ける。

「自我なんてどうなってもいいよ。確かに、異世界にいる方が良いかな、教室に帰る意味ってなんだろうな、って最近思うようになってきたけどさ」

『そんなんじゃ……」

「これから、もっと大事なことも見失うかもしれない。証拠に、自分が分からなくなっていっている。でもさ、そんなの関係なしに」

それから、僕は穏やかに微笑んだ。


「バイブルがいる日常は、かけがえのないものだよ」


一瞬、雨が弱まった。

無音が続く。

『……緋雪、新たな古代魔術を授ける。』

やっと、かすれた声が絞り出された。

泡よ、繋げ(フォルン)

僕は、空に向かって手を差し伸べる。

泡よ、繋げ(フォルン)

無数の白い泡が湧き上がる。まるで天に続く柱のように。

泡の中を、かき分けて、泳いで、漂って……僕は、彼女の手を捉えた。

「貴様は選んだ。今更途中でやめるなんて、なしだからな」

「うん、分かってる。現実で、戦場にいるバイブルを……迎えに行くよ」

バイブルは小さく、ふんと鼻を鳴らした。いつも通りの彼女のように、堂々と。顔がほころぶ。安堵の吐息が漏れた。

「ワタクシなんて、私なんて……破滅に導くだけの存在だったのにな。

古代魔術を生かし続けるだけで、十分だったのに……」

その独り言は、風に流されて聞こえなかった。僕は首を傾げる。

頬を淡く染めた魔導書は、今度は大きな声で言った。

「人を、愛してしまったからだろうな」

唇に、柔らかく、温かい感触がした。

僕は目を見開く。

夢が覚める最後に見たのは、バイブルの小悪魔的な笑みだった。


読んでいただきありがとうございます。

ここまでついてきてくださった読者様には頭が上がりません。本当に本当に、ありがとうございます。

これで学校編は完です。物語も終盤になってまいりました。(まだまだイベントは盛り沢山ですが……)

作者も書きたいことを出し切ることができ、感無量です。緋雪と小菊とバイブル、その他諸々がより好きになりました。皆様の心に寄り添うキャラたちでありますように。

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